( 329093 ) 2025/10/03 06:33:28 0 00 写真はイメージです Photo:PIXTA
現在40〜50代となった世代が新卒だった頃(1993〜2004年卒業)、就活はきわめて厳しいものだった。彼ら「就職氷河期世代」は政府の無策もあいまって、当時のつまづきを持ち越し、中年となったいまも不遇のまま生きている……と語られがちだが、実は違う。雇用のプロである筆者によれば、「就職氷河期世代」対策は、きわめて早い段階から実施されていた。にもかかわらず、氷河期から20年以上が経っても対策が終わらない異常性にこそ注目すべきだ。※本稿は、海老原嗣生『「就職氷河期世代論」のウソ』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。
● 満足な就活ができなかったのは 優秀な女性に“席を奪われた”せい?
「こじらせた」と言っては失礼だが、氷河期問題が現実以上に悲惨に語られる裏には、「女性の社会進出」もあった。この時期に、女性の4年制大学進学率が急上昇し、早慶・旧帝大などの上位大学でも普通に女子学生が見られるようになったのだ。
その結果、就職では「女性に席を追われる」男子学生が増えた。氷河期問題を語る話者に、大卒男性がとみに多いのはそのせいだろう(もっとも、女子学生の場合、それ以前からはびこる男尊女卑的な風土に対する悩みは連綿と続くのだが)。このあたりも振り返っておく。
まず、1980年代の日本では、成績優秀な女子高校生に「4大行ったら就職ないよ」と短大を勧めるのが常識だった。これは親も高校教師もそうだ。
そして短大卒業後は、一般職事務員として企業に勤める。当時は結婚も今より早く、そのさまをクリスマスケーキ(適齢期は24、25まで、26過ぎたら売れ残り)と呼ばれた。そんな結婚までの短期間を企業で事務員として過ごす女子のキャリアは、「腰かけ」などと揶揄されたものだ。
結果、一般職女性社員は短期間で寿退職するため、また新たに大量の新卒求人が生まれる。だから「短大を出れば」就職には困らなかったのだ。バブル最盛期の頃、短大卒者の就職率は9割にも迫っている。これは事情を知る人からは「驚異的」とも評された。なぜなら、この数字は分母を卒業生全員に置いているからだ(現在の就職率は、院進学者などを除いた「就職希望者」をベースにしている)。
卒業後、花嫁修業をする人も当時は多かったし、少数ながら留学や進学をする人もいた。そうした人を含めても9割という数字は、希望者なら100%就職できたということだろう。
● 氷河期のどん底で 女子大学生の採用が急増
ただし、バブルが崩壊したとたん、企業は手のひらを返す。真っ先に一般職の新卒採用を止めたのだ。結果、前期氷河期(編集部注/1993〜98年卒)からは短大卒就職率が急低下し始める。それから2年ほどのタイムラグを経て、1994年より短大進学率も低下し始め、1996年に4大と短大の進学率は逆転を果たす。彼女らが大学を卒業する2000年あたりから、「4大新卒で総合職に就職する」女性が増え始めるのだ。
「雇用動向調査」によると、従業員数1000人以上の大手企業の新卒正社員入職者に占める女性割合は、2000年には32.4%まで増えている(この頃はまだ、4大卒で一般職採用も残っていたから、総合職に限定したら女性比率は20%程度だろう)。
この時代の符合に皮肉なものを感じないだろうか。そう、氷河期のまさにどん底で、女子大学生の採用が急増したということだ。
氷河期といっても、バブル期の平均と比べて、大手の採用数は1割程度しか減っていない。にもかかわらず、悲惨さが語られるのは、「女子に席を奪われた男子学生」の嘆きの声が増幅されていることも大きかったはずだ。
同時に、当時はまだ企業には男社会が根づいていた中で、女子学生たちも就活には苦労した。彼女らは、この苦しさが「男社会」によるものか、「氷河期」によるものか判別できず、そこを混同して後世に語ったことも、氷河期の闇を深くしたと考えられるだろう。
● 政府はいち早く氷河期世代への 支援策を打ってきたが…
氷河期問題をこじらせたもうひとりの犯人は、行政だ。といっても、「無策で通した」という世間の批判とは意味合いが異なる。
2019年に政府が「就職氷河期世代支援プログラム(集中3カ年プログラム)」を決定した時、「遅すぎる」「今さら」という批判が渦巻いた。しかしこれは、大きな誤りだ。政府はかなり早い段階から、氷河期世代に対して、大掛かりな対策を精力的に打ってきた。
まず、厚労省内の業務調整課にあった「若年者雇用対策係」にて、1990年代より対策を講じ始める。もともとこの部署が担当していたのは、「大量に採用した若者をどうするか」「旺盛な若年雇用ニーズにどう対応するか」といったバブル向けの雇用対策だったのが、氷河期に入り性格を変えたのだ。同係は2004年に「若年者雇用対策室」へと格上げされ、若年者の就労困難の解決が主務となった。
当時から行われてきた政策を図表43にしてみた。対策が本格化しだした2003年からおよそ10年ほどの間、行政の活躍は、目覚ましいものがあった。早々に「ヤングジョブスポット」という若年不安定就労者向けの支援施設を開設したが、準公的運営で効率性に問題があったために閉鎖。就職支援に重点を置く「ジョブカフェ」と、心的支援に力を注ぐ「地域若者サポートステーション」に分け、NPOや民間活力を利用して効率的な運営を図るように刷新した。
一方で、ハローワークも新卒(新卒応援)・若年(ヤング)・通常に3分割し、年代相応の求人を集めて専門性を高める体制を構築している。
また、若年不安定就労者のキャリアアップが目に見える形でわかるように、職歴ごとの獲得スキルを明示できる仕組み「ジョブ・カード」を作り、この記録に協力してくれる企業への助成制度も作っていた。
● もっとも効果があった 「試行雇用(トライアル雇用)」
こうした精力的な施策の中でも、「試行雇用(トライアル雇用)」は最も効果があったものといえるだろう。これは、不安定就業者が就職する場合、一定期間、お試し入社をしてみて、本人・企業双方が納得した場合に正社員に移行するという仕組みだ。
お試し入社期間中は、企業に助成金が支払われる。この制度は、企業・就業者双方に安心感を与え、入職・採用を促進する良き役割を担う(申請作業がなかなか難しいことや、助成金支払いが遅いことなどの問題はあった)。
図表44は試行雇用の活用状況を示したものだ。リーマンショックから東日本大震災までの不況期には、中小企業を中心にこの施策は重宝され、年間8〜9万人が利用、4〜5万人が正社員就職を果たしている。大学卒業時点の無業・フリーターは、氷河期最悪期でも年14万人強だったことを考えると、この施策だけでこれだけの就職数はなかなかのものだろう。
ちなみに、2003年〜2012年の10年間で、こうした若年者の雇用対策費は、直接予算だけで図表43に示したように合計4166億円にもなる(2009年分は、総合対策で一括予算のため含まれていない)。また、関連予算の中にも若年対策と思しき項目が見られる。そうしたことも併せて考えると、若年雇用対策の総予算は、当初10年で5000億円を超えたのではないか。
贅沢を言えば切りがないが、これだけの内容と予算額は、決して「何もしなかった」という誹りを受けるものではないだろう。にもかかわらず、なぜ、マスコミや識者は、「対策が何もされなかった」「今さら手遅れだ」という批判を繰り広げるのか。
その理由はひとえに「無知」だからとしか言いようがない。
政府の対策予算には、件の2019年決定「就職氷河期世代支援プログラム」まで、“氷河期”という言葉が使われていなかった。「若年対策」「再チャレンジ支援」などがその代わりとなっている。氷河期という言葉が入っていないため、「何もしなかった」と勘違いする人が多いのだ。
「氷河期」も「フリーター」も民間の造語であり、軽々にこうした言葉を使用することに政府はためらいを感じていた。また、これら流行り言葉に政府がお墨付きを与えることで、周囲が差別意識を持つことや、本人に屈辱感を与えることなども考えられ、利用を差し控えていただけなのだ。それがこんな誤解を生むとは……。
● なぜ官僚たちは的外れな批判に 無言で通すのか?
では、こうした的外れな批判に、政府は反論をしたか?
答えはノー。まったくしていない。官僚の目の前で「何もしなかった」論が出たときでさえ、無言でスルーしているのだ。以下は、氷河期世代対策の予算を検討するための審議会での、ある委員の発言だ(傍線は筆者)。
〈就職氷河期世代は、本来若い時期に支援していれば、ここまで問題が大きくなることはなかったと思っておりまして、今日まで中年になってしまっているわけですが、引きずってしまったことで支援が重要だということは改めて申し上げたいと思います。以上です〉(第38回労働政策審議会人材開発分科会 2022年9月5日議事録より、堀有喜衣委員=独立行政法人労働政策研究・研修機構所属の発言)
まさに、マスコミで繰り返される「何もしなかった」論が、厚労省のお膝元の審議会で、官僚の面前にてなされていた。同席した私は思わず不規則発言で反論をしている(議事録から削除)。
にもかかわらず、官僚たちは無言で粛々と議事を進行していた。この風景を見て、私は切ない思いに駆られた。氷河期直後の10年間に、汗を流して走り回った官僚・地方政府の人たちの努力をよく知っていたからだ。なぜ、官僚たちは、自身の先輩の努力さえ貶めるようなこうした批判に、無言で通すのか。
それは、彼らの置かれている立場を理解するとわかる。
● 政治家が喜び官僚が楽できる 氷河期世代対策の現実
彼らは忙しい。なかんずく、厚労省の官僚の多忙さは半端ではない。日本が今、直面している最大の社会問題=少子化と高齢化のどちらもが、この省の主務だからだ。この省だけで、利払いなどを除いた純粋な国家歳出の過半を占めるといわれる。
にもかかわらず、官僚の数は総定員法に縛られて増やすことができない。だから、ブラックを極める労働環境で、それは、同省出身のコンサルタント、千正康裕氏の著書『ブラック霞が関』(新潮新書、2020)にも詳しい。
こうした日常の中で、政治家はマスコミ受けする話、票が掴めそうな話をどんどん議題に上げる。内閣も経済財政諮問会議などの「お偉いさん」をそろえた会議で、現場とはかけ離れた見栄えのいい政策を発表し続ける。それらを現実に着地させるために、官僚たちは、法案を作り、地方政府や関係各所と調整し、そして、識者を集めた審議会で了承を得る。こんな多忙な毎日なのだ。
この中で、「氷河期世代対策」は骨休めができる数少ないテーマである。通常だと、イデオロギー、労使、貧富、こうした対立軸があって法案作りには時間がかかるが、氷河期関連だけは、反対者なく簡単に通るのだ。しかもその中身は、20年来重ねてきた多数の施策の焼き直しに過ぎないから、実施場面でも楽ができる。
つまり「氷河期世代対策」とは、官僚たちにとって、忙しい毎日の中で、格好の骨休めなのだ。だから、この課題は、政府の中で永遠に重宝され続ける。それが氷河期問題をこじらせた2つめの理由と言えるだろう。
海老原嗣生
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