( 329291 ) 2025/10/04 05:35:14 1 00 奈良公園のシカに対する暴力が外国人観光客によるものとして注目を浴びている。 |
( 329293 ) 2025/10/04 05:35:14 0 00 「奈良公園のシカ」が度々、論争に巻き込まれている(写真:まちゃー/PIXTA)
奈良公園のシカが突然、注目を集めている。
9月22日、高市早苗前経済安保担当相が、自民党総裁選への出馬表明会見で、「外国人観光客が奈良公園のシカに暴行を加えている」という発言を行った。
これを受けて、9月29日放映の日本テレビ系「news every.」で実態を検証。
その中では、SNSで拡散されているシカに暴行を加える動画について「外国人観光客と断定できず」と評価している。また、現地のガイドや飲食店経営者が「攻撃的な観光客は見かけない」とするインタビューを放映した。
■「外国人による“シカ暴行”」を巡る議論
これに対して、ネット上では「やらせだ」といった批判や、インタビュー対象者に対して誹謗中傷したり、個人を特定しようとしたりするコメントが拡散。「高市潰しの印象操作」という批判まで起きるに至っている。
日本テレビは公式サイト上で、同ニュースについて「取材で確認が取れた情報をお伝えしたもの」とし、「取材にお答えいただいた方や無関係の方に対し、誹謗中傷や迷惑行為等を行うことは、厳に慎んでいただきたくお願い申し上げます」とするコメントを発表した。
いったい何が真実なのか? ファクトチェックをすればするほど、メディアへの批判や、信じる人と信じない人の分断が加速してしまう。この状況を打開する方法はあるのだろうか?
実は、日本テレビの問題が起きる前も、前兆というか「前哨戦」はすでに起こっていた。経緯を整理しておこう。
9月22日の高市氏の発言は「(奈良のシカを)足で蹴り上げる、とんでもない人がいる。殴って怖がらせる人がいる。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん何かがいきすぎている、そう思われませんか」というものだ。
9月24日の日本記者クラブ主催の討論会では、高市氏は「自分なりに確認した。奈良公園のシカも被害を受けている」と発言した。
これらの発言は、野党議員やメディアから批判を浴びた。
「news every.」が放映されたのと同日9月29日、大阪市で開かれた高市氏の決起集会では、「シカの話ははっきり言って評判悪かった」と発言しており、シカへの暴力問題に限らず、保守強硬路線の発言は控えている。
高市氏自身、“シカ発言”は総裁選を不利にする「失言」としてとらえているようにみえる。
■不毛な議論になっている
一方、メディアは高市氏の発言を見逃すことはなかった。
東京新聞は9月23日付の朝刊で「奈良のシカ虐待 人物未特定なのに…高市氏、外国人と決め付け」との見出しをつけて報道。
記事中では、奈良県奈良公園室の担当者の「毎日2回公園を巡回をしているが、観光客による殴る蹴るといった暴力行為は日常的に確認されておらず、通報もない」というコメントを紹介している。
一方、ジャーナリストの須田慎一郎氏は自身のYouTubeチャンネルで、東京新聞の報道を「高市さんを叩くため」と批判し、シカ虐待の「証拠写真」を公開した。
こうした流れから、SNS上では外国人によるシカ虐待の真偽、および報道のあり方に対する議論が巻き起こっていった。
そこに、「news every.」の新たな“燃料”が投入されたと――いうのが、現在に至るまでの経緯である。
筆者が見る限り「外国人によるシカ虐待」の議論は不毛なものに終わっているようにみえる。さらに、この議論が白熱することで、高市氏をさらに不利な状況に追い込んでいるようにもみえる。
存在しないことの証明、ある事象がなかったことの証明は「悪魔の証明」と呼ばれ、きわめて難しいことで知られている。
ファクトチェックを試みたメディアが「外国人によるシカの虐待は確認できなかった」としたところで、「なかったことの証明」にはなっていない。
逆にその報道が「あったことを探す」という別の「ファクトチェック」の動きを誘発してしまっている。
実際、前述の須田氏の元には「証拠写真」が届いているのだが、その写真が外国人によるシカの虐待行為なのかどうかはよくわからない。須田氏の発言を見ても「これが外国人による虐待行為の証明だ」とまでは言っていない。
■問題があったかどうかよりも重要な点
筆者はここ10年の間に2回、奈良公園に行っているが、シカに対する暴力行為は一度も目にしたことはない。ただ、シカと人間が直接触れ合うことができる環境にあることから、ちょっとしたトラブルを目にすることは何度かあった。
一番記憶に残っているのが、野生のシカが筆者の前を歩いていた日本人観光客のバッグに口を突っ込んで、ビニール袋に入っているバナナを食べはじめたことだ。観光客は最初は抵抗していたが、途中であきらめた。ただ、シカはビニール袋ごとバナナを食べてしまった。
筆者はその光景を見ていただけだったが、たとえば、その光景を写真に収め「こういうことがあったので皆さんも気を付けましょう」とSNSに投稿したらどうなっただろう? 筆者の投稿が勝手に使われ、「外国人がシカにビニール袋を食べさせていた」みたいな文脈で拡散されてしまった可能性もありうる。
そもそも、奈良にこれだけの外国人観光客が訪れ、シカと直接触れ合う環境があれば、観光客からのシカに対する暴力行為が起きてもおかしくはないし、その中に外国人が含まれていたとしても不思議ではない。
重要なのは、問題がどのくらい深刻な事態になっているのかということだ。
■「ファクトチェック」が不毛な理由
もうひとつ筆者の経験を話しておきたい。20年近くも前のことになるが、ブラジルに行った際に、アマゾン川のジャングルツアーに参加した。
そのツアーにスイス人のヒッピー風の若者が参加していたが、禁止されているにもかかわらず、ジャングルの中でタバコを何本も吸ったり、立ち入り禁止のエリアに侵入したり、触れてはいけない植物に触ったりしていた。ガイドが何度も注意したが、彼は聞き入れることはなかった。
筆者は、スイス人は環境意識が高く、公共性も高い国民だ――というイメージを持っていたので、彼の行動は意外だったのだが、筆者が目にしたのは特殊なケースで、スイス人観光客一般に当てはまるものではないと理解している。
実際、これまで多くのツアーに参加したが、スイス人に限らず、外国人観光客でここまでマナーが悪い人は見たことはない。
メディアがいくら「ファクトチェック」を行ったところで、それを信じない人は、個別事例を“証拠”として反論してくるだろう。しかも、双方がいくら事実を積み上げていったところで、すべての事象を網羅することはできない。そして議論は延々とすれ違い続ける。
筆者としては、外国人によるシカへの暴力行為がどの程度広範に行われていて、それがどの程度の問題なのかが気になるのだが、メディアもインフルエンサーも、誰も言及してはいない。
そもそも、奈良公園のシカの死亡要因として最も高いのが、交通事故、疾病である。シカを保護したいのであれば、交通事故の防止と疾病対策の強化を図ったほうが有効ではないだろうか?
先日世間を騒がせた、国際協力機構(JICA)の「アフリカホームタウン」に対する反発もそうなのだが、批判の根底にあるのが一部の日本人による排外意識だ。排外意識が払拭されない限り、彼らの考えが覆ることはない。
ファクトチェックを行い、事実関係が提示されたところで、彼らはそれを反証する別の“事実”を探すだろう。その“事実”の真偽を確認し、“偽”であることが検証されたところで、それを認めるとは限らない。また別の“事実”を探してこられると、無限ループに陥るだけだ。
■総裁選は日本の未来を暗示している
この事態は、高市氏の“失言”をメディアが拾って批判したことで議論が沸騰したものだ。高市氏自身が早い段階でこの発言を撤回していれば、メディア報道も収束し、ここまで大きな議論は巻き起こらなかったのではないかと思う。
そもそも、日本の指導者を決める自民党総裁選を前にして、「外国人のシカの虐待があったか、なかったか」が論点になっている状況は滑稽に思える。まさに馬鹿げた状況ではないか。
念のために言っておくが、筆者は高市氏をおとしめる意図はまったくない。小泉進次郎氏の「ステマ問題」に関しても別の記事で批判しているし、テレビ番組でも問題を指摘している。
今回の自民党総裁選は、SNS時代の世論操作、世論誘導、あるいはメディア報道報道について考えさせられる事案が多かった。
真偽不明な情報や印象に流されて間違った指導者を選ばないよう、今回の件からしっかり学んでおきたいものだ。
西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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