( 330003 )  2025/10/07 06:13:29  
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バラエティ豊かなドーナツが並ぶミスタードーナツのショーケース(写真:ダスキン提供) 

 

ライター・編集者の笹間聖子さんが、誰もが知る外食チェーンの動向や新メニューの裏側を探る連載「外食ビジネスのハテナ特捜最前線」。今回は3回にわたって、ミスタードーナツ(ミスド)の強さの秘密に迫ります。 

 

前編となる本記事では、コラボレーションメニュー誕生秘話を深掘り。フードグループ15億円赤字からの回復を牽引した、開発の裏側に迫ります。 

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 【中編】店舗数急減→回復「ミスド」復活生んだ3つの改革 

 

 【後編】古風? ミスド「悩み考える経営」常識ハズレの強さ 

 

■そうそうたるブランドの手土産が200円!?  

 

 いつもハズレなし。200円台と手頃な価格で、かなり喜ばれる手土産がある。ミスタードーナツの期間限定コラボレーション商品だ。 

 

 祇園辻利、ピエール マルコリーニ、Toshi Yoroizuka、ポケモン……。そうそうたるラインナップで、味も見た目も、満足度は普通のドーナツの2〜3倍くらいある(と、筆者は感じている)。 

 

 特に筆者が贈った先で好評だったのは、京都の老舗茶舗「祇園辻利」とのコラボ商品だ。2025年春に発売された「ポン・デ・ダブル宇治抹茶」は、自分自身もハマって何度もリピートした。 

 

 もっちりやわらかな生地に宇治抹茶が練り込まれ、表面にも、上品な抹茶チョコがコーティングされたひと品。生地とチョコの両方から押し寄せる、ほろ苦い抹茶の風味があとを引くおいしさだった。 

 

 こんなふうに完成度の高いコラボ商品は、どのように生まれているのか。運営会社の株式会社ダスキン ミスタードーナツ事業本部 企画開発本部 巖(いわお)美里さんに聞いた。 

 

【写真】「もう一度食べたい!」懐かしいコラボ商品なども(7枚) 

 

 ミスタードーナツでは年に3〜4回、他ブランドとのコラボ商品をつくっている。春は抹茶、夏と年末年始はキャラクター、冬はショコラなど、シーズンによってジャンルが決まっている。 

 

 発売期間は約2カ月間で、登場するアイテムは4〜8個。第1弾、第2弾と、1カ月ずつずらして発売する場合も。 

 

 販売個数の内訳を見ると定番商品が6割、コラボ商品が4割ぐらいになり、コラボ商品の人気がうかがえる。 

 

 

 なぜそんなにもコラボ商品は売れるのか。 

 

 「人気の理由のひとつは、『監修』ではなく『共同開発』であることではないでしょうか」と巖さんは分析する。共同開発とは、文字通り一緒に作り上げるということ。手順はこうだ。 

 

 まず、企画ごとに商品開発室から専任担当者が決定。コラボ先企業から「特徴や大切にしていること、こだわり」をヒアリングするところからはじめる。担当者はこの内容を生かして、新ドーナツ専用の生地やトッピングなどの開発に着手する。 

 

 次に、コラボ先企業に、試作品の味と見た目、食感を確認。「フィードバックを反映し、良いところを磨いていく」作業を繰り返す。さらに最終、社内外で広く試食調査を実施、その意見を反映して完成に至る。 

 

 構想から発売までの期間は短くても1年、長くて3年と、かなりの時間がかけられている。 

 

■ドーナツを「覆い隠す」逆転の発想 

 

 コラボ商品の開発においてルールはなく、自由度が高い。2017年からはじまった祇園辻利とのコラボでは、ドーナツを「パッケージで覆い隠す」大胆な施策を取った。 

 

 ミスタードーナツといえば、ガラスのショーケースに美しく並んだドーナツの「顔を見て買ってもらう」のが伝統である。色とりどりのグレーズ(糖蜜)、チョコレートのツヤ、ポン・デ・リングの愛らしい形──それらが視覚に訴える販売手法はミスタードーナツの強みのひとつだ。 

 

 その常識を180度転換したのだ。 

 

 理由は、ショーケースの明るい照明下では宇治抹茶の風味が劣化し、色もあせてしまう可能性があるからだ。抹茶の風味と色を重視する祇園辻利の姿勢が、ミスタードーナツの創業からの伝統を変えた。 

 

 商品開発と同時に、TVCMや広告、SNSなどの戦略も練られる。「コラボ先の商品の最大の特徴を伝えられる」ビジュアルやメッセージが考案され、発売1週間ほど前から告知が展開される。 

 

 こちらも祇園辻利のコラボを例にすると、抹茶が練り込まれた生地が特徴の際には、「ドーナツを割り、生地の断面」をキービジュアルにする手法がとられた。見た目の美しさやおいしさはもちろん、技術力と品質の高さも、視覚的に表現したい狙いだったという。 

 

 

 加えて、メディアに向けて年に数回発表会も実施。発売前に事前試食をしてもらって生の声をレビューしてもらい、話題化につなげている。 

 

 ところで、開発においては驚くことに、性別や年齢など購買客のペルソナは決めないそうだ。少しはあるのでは……と何度も尋ねたが、「ミスタードーナツは老若男女に愛されるブランドです」と譲らなかった。ほかのドーナツにおいても、それは同様だという。 

 

■「100円セール」が招いた“悪夢” 

 

 コラボドーナツが生まれたきっかけは2016年、ミスタードーナツ史上一番の危機が訪れたことにある。 

 

 ミスタードーナツを含むフードグループ全体で、2015年に約2億円、2016年に約15億円、2017年に約7億円と、累計約24億円の赤字を計上したのだ。原因は、月2回実施していた「100円セール」にあった。 

 

 外食産業全体が価格競争に走る中、ミスタードーナツも同じ道を選択したそうだ。しかし振り返れば、この判断がブランドの価値を下げていた。 

 

 「1店1店で朝からキッチンで手づくりしているドーナツを、安価で販売してはいけなかったんです」 

 

 長年愛されてきたオールドファッションやフレンチクルーラーが、いつしか「100円の価値」として刷り込まれてしまっていた。顧客も「安いときだけ買えばいい」と学習し、通常価格では買わなくなっていた。 

 

 「ほかに客を奪われたのではなく、私たち自身で価値を下げる結果となってしまいました」、ーーこの言葉は重い。 

 

 手づくりの技術、厳選された素材、50年の歴史ーー。本来は高い価値を持つこれらの要素が、100円セールによって「安売り商品」のイメージに取って代わってしまった。そのため、ブランドの独自性が失われ、顧客離れが加速していったのだ。 

 

 そこに追い打ちをかけたのが、立地戦略の失敗だ。駅前再開発などで生活動線が変化するなか、「客がいるところに出店できていない」状況が続いていた。創業から積み上げてきた立地という資産が、時代の変化についていけずに重荷になっていたのだ。 

 

 1店舗あたりの売り上げは減少し続け、これに伴って店舗統廃合を余儀なくされた。店舗数減少がさらなる売り上げ低下を招く、負のスパイラルに陥った。 

 

 店舗数は、2015年の1317店から、2016年には1271、2017年には1160、2018年は1086店。2020年にはついに1000店を割って、977店まで激減した。 

 

 

■「いいことあるぞ」なミスタードーナツへ 

 

 「このままでは、FC加盟店の信頼を裏切ってしまう」 

 

 2016年、経営陣は覚悟を決めた。100円セールの完全廃止だ。単なる価格政策の変更ではない。長い歴史を持つ老舗ブランドが自らの価値を見つめ直し、再定義する決断だった。 

 

 「もう決して100円でドーナツを売らない。ドーナツの商品価値を強化していこう」 

 

 目指したのは、「ちょっと懐かしいミスタードーナツ」から、「ワクワクする気持ち」や「居心地のいい空間」を変わらず提供しながらも、商品やサービスを通じて、客にたくさんの“いいこと”を感じてもらえるブランドへの進化だ。 

 

 言うは易しだが、実現は簡単ではない。商品、店舗、広告、社員の意識、そのすべてを変える必要があった。そうして2016年、「いいことあるぞ ミスタードーナツ」を新スローガンに、3つの改革がスタートする。 

 

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笹間 聖子 :フリーライター・編集者 

 

 

 
 

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