( 330171 )  2025/10/08 05:00:09  
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桶井道さん(52歳)は、父親の介護を行った経験を振り返り、介護がいかに大変かを語った。

父親の難病をきっかけに、桶井さんは職を辞し、介護を始めたが、身体的・精神的に限界を迎え、最終的に介護施設を利用することになった。

介護は誰にでも起こり得る問題であり、特に就職氷河期世代では親の介護をする人が増えるとされている。

経済的な不安や介護と仕事の両立が難しい状況が続く中で、制度や支援の利用が重要だと専門家は指摘している。

この世代は今後も親の介護に直面する可能性が高いため、心の準備や制度を知ることが重要であることも強調されている。

(要約)

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写真/写真映像部・松永卓也(以下、同じ) 

 

「24時間365日の介護は、思った以上に大変でした」 

 

 関西地方に住む桶井道さん(52)は、介護のつらさを振り返る。 

 

 2019年に父親(86)が難病を発症した。当時、会社員として働いていた桶井さん。仕事での成績にも納得し、第二の人生として長年続けてきた投資で暮らしていこうと考えていた。そうした中で父親の介護も必要となり、翌20年に会社を退職。在宅で投資と本の執筆をしながら、母親(80)と共に父親の介護が始まった。 

 

 母親は高齢でがんサバイバーなので、母親を気遣いながらの介護となった。父親の症状は日に日に悪化し、23年には要介護5の認定を受けた。 

 

 桶井さんは父親をトイレまで抱えて連れていき、入浴も介助した。夜は2階で寝ていたが、1階で寝る父親の部屋から物音がするたび、ベッドから落ちていないか気になった。介護に休みはなく、緊張感が途切れることもなかった。 

 

 投資家として成功したので経済的な不安はなかったが、体力的にもメンタル的にも限界に近づいた。朝起きるのがつらくなり、頭痛も続いた。医師から「このままだと介護うつになる心配があるから、対策を考えた方がいい」と言われた。 

 

■誰にでも起こり得る 

 

 そこで父親を受け入れてくれる施設を探し、23年11月に、自宅と施設を行き来できる小規模多機能型居宅介護施設を見つけた。 

 

 父親はいま、完全に介護施設で暮らす。桶井さんは体力的な負担はないが、障害者手帳の申請や指定難病認定の更新、施設からの連絡の対応など、介護にまつわる事務手続きに追われるという。 

 

「介護は自分に関係ないと思っていました。でも、50歳に近づいたら、誰にでも起こり得る可能性があると考えておいたほうがいいと思います」 

 

 桶井さんの経験は、就職氷河期世代に共通する課題の一端を示している。この世代が直面する大きな不安の一つが、親の介護だ。 

 

 就職氷河期世代の問題に詳しい、日本総合研究所主任研究員の下田裕介さんは次のように説明する。 

 

「就職氷河期世代には団塊ジュニア層の一部も含まれ人口ボリュームが大きいため、親の介護に直面する人は増えていきます」  

 

 下田さんが総務省の「労働力調査」などを基に試算したところ、就職氷河期世代で介護に携わる可能性がある人数は、2023年の約75万人から、28年には約130万人、33年には約200万人に拡大していくことがわかった。 

 

 こうした状況下、下田さんは、この世代が親の介護に直面した場合、「上の世代以上に働き続ける必要性が高まる可能性が高い」と指摘する。 

 

「理由は3つあります。まず、金銭的な負担の増大です。物価上昇や高齢化、長寿化に伴う介護費用の高まりで、家計への圧迫が避けられません」 

 

 2つ目は、共働き世帯が一般化しているため、家族だけで介護を担うことが難しくなっていることだという。 

 

「3つ目は、賃金水準の低さです。就職氷河期世代は上の世代と比べ正社員の実質賃金が月8万円前後低く、貯蓄が100万円未満の割合も少なくありません。こうしたことから、仕事を辞めて介護に専念するのは非常に難しいのが現状です」 

 

■手取りで月20万円ほど 

 

 とりわけ厳しいのが、親と同居する未婚者だ。 

 

「不安しかありません」 

 

 関東地方に住む女性(49)は、こんな言葉を口にする。 

 

 30年ほど前に短大を卒業したが、正社員への道はなく、非正規雇用で雇い止めを繰り返しながら働いた。いまは事務の派遣をしている。給与は手取りで月20万円ほど。一人で生活するのは厳しいので、母親と同居してきた。 

 

 母親は80代半ば。まだ自分のことはできているが、数年前から歩く時は足を引きずるようになった。転んで骨折でもしたら、一気に寝たきりになり介護が必要になってくるのではないかと、心配になる。 

 

 女性は独身で、きょうだいもいない。父親は十数年前に亡くなったので、母の介護を担うのは自分しかいない。 

 

 

 派遣社員の立場で介護休暇を取れば、契約を切られる可能性がある。訪問介護やデイサービスも自己負担があり、今の収入では利用できる範囲が限られてしまう。 

 

 母はよく、「迷惑をかけたくない」と口にするが、聞くたびに胸が痛む。 

 

「結局は、制度や支援からこぼれ落ちて、誰にも助けてもらえずに追い込まれていくのではないかと、そんな不安がつきまといます」(女性) 

 

 日本総合研究所の下田さんは、「親と同居する未婚者の介護は、経済的困窮に陥る恐れがある」と語る。 

 

「就職氷河期世代のうち厳しい雇用・所得環境に身を置いてきた人は、経済的な理由から、未婚で親と同居しているケースが少なくありません。そうした人たちは、親の収入や資産に頼って生活を維持してきましたが、親が高齢化し介護が必要になることで『親に頼る』立場から『親に頼られる』立場へと役割が逆転します」 

 

 下田さんが総務省の「国勢調査」などから試算した結果、就職氷河期世代のうち、未婚で親と同居する非就業者や非正規雇用者は、20年時点で、親の介護や死亡などによって約72万人が経済的に追い詰められる心配があることがわかった。男女別では男性29万人に対し女性43万人と、非正規雇用率が高い女性が深刻な影響を受ける可能性が高いことが浮き彫りになった。 

 

■仕事と介護の両立支援 

 

 さらに、親と同居する未婚者は、親の介護が必要となった時に、「孤立し社会的な繋がりが欠如する可能性がある」と下田さんは言う。 

 

「この層には、ひきこもりなど社会との繋がりが希薄で、親が唯一の支えという人も少なくありません。こうした人たちは、親の介護や死後、完全に孤立するリスクがあり、孤立していると、公的機関の情報や支援が届きにくいという課題が生じます」 

 

 親の介護をきっかけに、金銭負担が増し、経済的に困窮していく就職氷河期世代――。対策として何が必要か。 

 

 下田さんは、「仕事と介護の両立支援が重要」と説く。 

 

「雇用形態にかかわらず、仕事と介護を両立しやすくするための支援が欠かせません」 

 

 

 そのためには介護制度の利用が不可欠だが、利用率は高いとはいえない。下田さんの調べでは、50歳代の介護制度の利用率(22年)は、1~2割程度にとどまる。国や自治体の周知が足りておらず、介護制度の存在や利用方法を具体的に知らない人が多いためだという。 

 

「利用する側も、親の介護のために仕事を一時的に休んだり、時短勤務を利用したりすることに気が引けてしまうような人が少なくないと思います。国や自治体は制度を積極的に周知したり、企業に制度利用を促すようなインセンティブを設定することが重要です。また、企業も、柔軟な働き方を可能にし、働く人が引け目を感じることなく介護制度を利用できる雰囲気を築いていくことが求められます」(下田さん) 

 

■心の準備を 

 

 とりわけ、経済的に困窮する親と同居する就職氷河期世代に対しては、未婚女性などターゲットを絞った就業支援に加え、福祉面からのサポートも必要と下田さん。 

 

「ひきこもりなど、情報が届きにくい人には、家庭訪問や近隣からの情報収集といったアウトリーチや、NPOとの連携による伴走支援といった、多様な方法で情報や支援を届ける努力が必要です」 

 

 氷河期世代が抱える介護の課題は多岐にわたり、解決策は一つではない。下田さんは最後にこうアドバイスする。 

 

「就職氷河期世代は、親の介護に直面する可能性が高まるとされる50歳代を順次迎えています。いざという時に慌てないよう、制度や仕組みを知って、心の準備をしておくことが大切です」 

 

(AERA編集部・野村昌二) 

 

野村昌二 

 

 

 
 

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