( 330221 )  2025/10/08 05:59:42  
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改正育児・介護休業法の完全施行により、育児休業の利用が拡大することが期待されていますが、職場では「子持ち様問題」と呼ばれる問題が顕在化しています。

この問題は、育児で休業する社員が増えることで残された社員に負担が集中し、心理的ストレスが増大することから生じています。

特に大企業や女性社員の多い企業で発生しやすい傾向があります。

 

 

ここで注目されるのは、SNSの普及によって子持ちの親に対する不満が共有されやすくなったことや、少子化の影響で子育て世帯が少数派になり、育児経験のない大人が増えていることです。

また、育児の負担が会社に偏っているにもかかわらず、リターンがないため不満が蓄積される一因ともなっています。

 

 

最終的に、この問題は単なる個人間の摩擦ではなく、社会全体の構造的な歪みに起因しており、その解決には企業文化や社会の仕組みの見直しが必要です。

(要約)

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PrathanChorruangsak 

 

10月、改正育児・介護休業法の完全施行で、家庭的責任を抱えながら働く環境が一層整うことになる。一方で悲鳴を上げる職場もある。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「職場単位でのデータの解析をしたところ、いわゆる子持ち様問題が起きやすい職場の特徴が見えてきた」という――。 

 

■無視できない職場の“しわ寄せ疲れ” 

 

 今年10月から「改正育児・介護休業法」が施行され、企業にはより柔軟で実効性のある育児休業制度の運用が求められるようになりました。制度拡充は子育て世帯にとって大きな追い風ですが、一方で職場の現場では「その分のしわ寄せを誰が担うのか」という新たな課題が浮かび上がっています。 

 

 こうした状況の中で注目を集めているのが「子持ち様」という言葉です。これは、子育てを理由に職場や周囲に負担を生じさせる親を揶揄するネットスラングで、近年SNSでは「同僚が育休に入ったのに補充がなく、私の仕事が増えた」「子どもの体調不良で早退した同僚の仕事が全部こちらに回ってきた」といった不満とともに使われるケースが急増しています。 

 

 少子化や人手不足が深刻化する中、子育て支援は社会全体にとって欠かせないテーマですが、その一方で現場の“しわ寄せ疲れ”も無視できません。 

 

 今回の法改正で育児休業の利用がさらに広がることが予想される今こそ、「子持ち様問題」を冷静に検証する意義があるのです。 

 

 しかし、この「子持ち様問題」について実際にどんな職場で起きやすいのか、また誰がその影響を強く受けているのかを調べた調査はほとんどありません。 

 

 いわば、実態がつかめない“もやもやした問題”として扱われてきたのです。 

 

 筆者がデータを用いて分析したところ、この問題の輪郭が少しずつ見えてきました。そこで今回は、「子持ち様問題はどんな企業で発生しやすいのか」という点に焦点を当て、その実態を解き明かしていきたいと思います。 

 

■「子持ち様」問題の3つの背景 

 

 実際の分析結果を紹介する前に、そもそもなぜ子持ち様問題が発生するようになったのかといった3つの背景を簡単に説明したいと思います。 

 

 まず1つ目は、SNSの発達です。これまで子持ちの親に対する批判を持つ人々はいたでしょうが、それはあくまで個々人の不満にすぎませんでした。ところが今はSNSで一気に共有・拡散され、社会全体にインパクトを持つようになったのです。「みんなが薄々思っていたこと」が一気に可視化された、と言えるでしょう。 

 

 2つ目の変化は、子どものいる世帯の減少です。日本では、長きにわたる婚姻数と出生数の低下によって、子どものいる世帯数が減少しています。2022年の厚生労働省の『国民生活基礎調査』によれば、18歳未満の未婚の子どもがいる子育て世帯の割合が初めて20%を下回り、18.3%となりました。そして2024年には子育て世帯の割合がさらに低下し、16.6%となっています。 

 

 これらの数字は、「子育て世帯が今では少数派」になりつつあることと、「子どもを育てた経験のない大人」が増えたことを意味します。 

 

 子どもを育てることは多くの苦労を伴いますが、社会の中で少なくない人がその苦労を経験しなくなっており、寛容になれなくなった可能性が考えられます。数の上で子育て世帯と非子育て世帯の差が深まっており、子育ての苦労を「お互い様」と割り切れなくなってきているわけです。 

 

 

■負担増に対するリターンを用意できる企業は少ない 

 

 3つ目の変化は、子育て負担の外部化・社会化の影響です。これまで日本社会では、子育ては家庭で行うものであり、この結果として女性は出産後に専業主婦になっていました。しかし、社会環境の変化に伴い、出産後も女性が就業するようになると、これまで家庭で抱えてきた子育て負担を別なところで対応する必要が出てきました。 

 

 それが保育園や学童であり、子どもの祖父・祖母の支援です。企業の中では女性の子育て負担をさまざまな方法で対処すると考えられますが、どうしても安定的に労働時間が確保できる子どものいない働き手(未婚者等)に負担が偏ることが予想されます。企業が代替要員を確保できればいいのですが、それができるのは一部の体力のある企業のみでしょう。おそらく、多くの企業は既存の人員で何とか対処している状況にあり、負担が増加した社員に対しても何らかのリターンが用意されている環境ではないと予想されます。これでは不満が溜まる一方であり、子持ち様問題へとつながってしまうわけです。 

 

 以上、増加する非子育て世帯が子育て負担の外部化によって影響を受けた際、SNS等でその意見を共有しやすくなったことが子持ち様問題につながったと推測されます。 

 

■子持ち様問題が起きる職場をデータで検証 

 

 では、「子持ち様」問題はどんな企業で起こりやすいのでしょうか。 

 

 この点を調べるために使うのが独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が2019年に実施した『人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査』です。全国の4599社と、その企業で働く1万6752人の従業員を対象に行われた大規模アンケートで、人手不足の実態を詳しく把握できるのが特徴です。 

 

 なかでも注目したいのが、「人手不足がなぜ起きているのか」という理由まで追跡している点です。その選択肢の一つに「育児のための休職者や時短勤務者の増加」が含まれており、これこそが「子持ち様」問題を検証するカギになります。 

 

 「子持ち様」問題の仕組みを整理すると―― 

 

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①子育て中の社員が休職や時短勤務に入ることで局所的に人手不足が発生 

②残された社員に業務が再配分される 

③一部に負担が集中し、心理的・時間的ストレスが増加 

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 という流れになります。 

 

 今回の調査では、この①の「育児による人手不足が職場で起きたかどうか」をつかむことができます。つまり、「子持ち様」問題のスタート地点をデータで押さえられるわけです。 

 

 

■大企業や女性正社員割合が高い企業で起きやすい 

 

 それでは早速、このデータを使って「どんな会社で育児による人手不足がおきやすいのか」を探ってみましょう。 

 

 まず図表1を見てください。育児が原因で人手不足になっている企業は、全体の21.3%でした。つまり、5社に1社は、潜在的に「子持ち様問題」の火種を抱えているということになります。 

 

 さらに興味深いのは、企業規模と女性正社員の割合による違いです。データを見ると一目瞭然――会社が大きければ大きいほど、女性社員が多ければ多いほど、育児による人手不足に直面しやすいのです。 

 

 なぜこんなことが起きるのでしょうか。 

 

 まず、女性社員の多い会社では当然、育休や時短勤務を使う人が増えます。制度を使う人が多いということは、それだけ代替要員が必要になるというわけです。 

 

 そして大企業の場合、法律をきちんと守って制度も整備されているので、育児支援制度が使いやすい環境にあります。これ自体は素晴らしいことなのですが、会社が大きい分、制度を使う人の絶対数もグンと増えてしまうのが現実なのです。 

 

■「遠慮しないで休んでいいよ」の落とし穴 

 

 続く図表2は、育児による人手不足が発生している企業において実施されているワーク・ライフ・バランスの取り組みです。この図から複雑な企業の実態が浮かび上がってきます。 

 

 トップに輝いたのは「休暇・急な早退を申請しやすい職場雰囲気の醸成」です。つまり、人手不足に悩む企業ほど「遠慮しないで休んでいいよ」という優しい雰囲気作りに力を入れているのです。これは一見すると理想的な職場だと言えるでしょう。 

 

 しかし、ここに落とし穴があります。 

 

 図中の「休暇・急な早退等が必要な際、従業員間で融通し合えるよう、十分な人員数を配置」の数値は決して高い値となっていません。つまり、「気軽に休んでいいよ」と言いながら、実際には人手が足りていないという、なんとも歯がゆい状況があった可能性があります。 

 

 これでは結局、誰かが代わりに働くことになり、その「誰か」のストレスが増えるのは当然です。これは「子持ち様問題」につながってしまう一つの原因でしょう。 

 

 そして2位にランクインしたのが「育児休業制度の利用促進」です。制度を使いやすくすればするほど、人手不足が深刻化するという負のスパイラルが発生していた可能性があります。 

 

 育児休業の利用促進自体は、望ましい施策です。しかし、これ自体が職場における人手不足を逆に招いていた可能性があります。この点は育児休業制度が普及することで顕在化した一つの弊害だと言えるのかもしれません。 

 

 

■採用難で人材の充足率も悪化 

 

 最後の図表3は、育児による人手不足が発生している企業における直近3年間の採用・離職の状況です。 

 

 この図の中でも最も大きな値を示していたのは、求人募集の充足率の低下です。約半数の企業で求人募集してもうまく採用できないという状況に直面していました。 

 

 育児による人手不足が発生している企業は、近年の労働市場全体の人手不足の影響を受け、採用難といった課題にも直面していたと言えるでしょう。 

 

■子持ち様問題の背後には社会の構造的な歪みがある 

 

 これまでの結果から見えてきたのは、「子持ち様問題」は単なる個人同士の摩擦ではない、ということです。むしろ発生しやすいのは、大企業や女性正社員の割合が高い企業、さらには育児支援を積極的に行っている企業でした。近年の人手不足の影響で求人が埋まりにくくなっていることも、この傾向に拍車をかけています。 

 

 表面的には「職場の不満」に見えるかもしれませんが、その背後には人口減少や制度の不備といった社会の構造的な歪みがあります。両立支援策を進めた結果として、思わぬ副作用が現れている可能性も否定できません。 

 

 だからこそ、この問題は「誰かを責めれば解決する」ものではありません。社会全体で子育てをどう支えるのか、企業は従業員をどう配置し支えていくのか――。今こそ、根本的なあり方を問い直す時期に来ているのではないでしょうか。 

 

 子持ち様問題を乗り越えるには、個人の理解だけではなく、社会全体の仕組みを変えていく視点が不可欠なのです。 

 

 

 

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佐藤 一磨(さとう・かずま) 

拓殖大学政経学部教授 

1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。 

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拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨 

 

 

 
 

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