( 330273 ) 2025/10/08 06:46:37 0 00 写真はイメージです Photo:PIXTA
かつて日本はGDP世界2位を誇る経済大国だった。しかし今や中国に抜かれ、ついにはドイツにも追い抜かれてしまった。少子高齢化で打つ手はないと思われがちだが、データを精査していくと意外な事実が浮かび上がる。いまの日本に決定的に足りないものとは?※本稿は、関山 健、鹿島平和研究所『「稼ぐ小国」の戦略 世界で沈む日本が成功した6つの国に学べること』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
● 地方創生と生産性を 両立するのは至難の技
経済学の実証分析から、人口密度と生産性は強い相関があることが分かっており、人口密度が低下すると、生産性の伸びも低下する。
このため、人口減少の中、生産性の伸びを維持・高めるためには、都市や地方の選択と集中を行い、その人口密度を維持・向上させることが重要だ。
だが、人口密度を高めると、出生率が低下するのではないかという懸念も多い。この象徴が東京ではないか。
すなわち、生産性を伸ばすため、人口密度を高める発想は理解できるが、そうすると、出生率が低下するという問題に直面するのではないか、という懸念が湧いてくるように思われる。
このような状況の中、2024年6月上旬、厚生労働省は、2023年の人口動態統計(概数)の公表を行い、同年の日本の合計特殊出生率(TFR)が過去最低の1.20に低下する可能性や、東京都のTFRが初めて1を切り、0.99になる可能性を明らかにした。
この話は大々的にニュースでも取り上げられ、テレビ等で、「日本のTFRが低いのは、出生率が低い東京に出産可能な女性が集まるためである」というコメントをする識者もいた。いわゆる「東京ブラックホール論」だが、そもそもこの懸念は事実なのか。
● 合計特殊出生率だけでは 現実がまったく見えてこない
結論からいうと、これは誤解である。
確かに、先の統計(2023年)では、47都道府県のうちTFRが最高位なのは沖縄の1.60、最下位なのは東京の0.99で、2020年の人口動態統計(確報)でも、若干数値は異なるものの、東京は最下位の47位だ。
だが、別の指標(データ)で出生率をみると、異なる風景が広がっている。たとえば、国勢調査(2020年)のデータを用いて、都道府県別などの平均出生率(出産可能な15歳〜49歳の女性人口1000人あたりの出生数)を計算すると、この値が最高位なのは沖縄の48.9、第2位は宮崎の40.7だが、東京の平均出生率も31.5で、最下位でなく42位だ。
平均出生率の計算では未婚の女性も含むが、東京の前後では、40位の岩手(32.4)、41位の青森(32.2)、43位の奈良(31.4)、宮城(31.1)、京都(31)、北海道(30.8)が並び、最下位は秋田(29.3)となる。
しかも驚くべきことに、東京都心3区(千代田区・港区・中央区)の平均出生率は41.7で、既述の47都道府県の値と比較すると、東京都心3区は沖縄に次ぐ2位になる。この都心3区のうち中央区の値は45.4だ。
以上のとおり、平均出生率のランキングで比較すると、東京都や都心3区のイメージが変わってくるが、この理由は何か。それは、TFRの計算方法の特性にカラクリがある。
● データを見誤ると 少子化対策の失敗に直結
TFRの定義は「1人の女性が生涯に生む平均的な子どもの数」だが、具体的には年齢別出生率を合計して計算している。この計算方法から奇妙なことが起こる。
たとえば、仮想的な例だが、今20代と30代の女性しかいない2地域があり、地域Aでは20代の女性100人が赤ちゃん30人、30代の女性100人が60人を出産、地域Bでは20代の女性20人が赤ちゃん20人、30代の女性80人が20人を出産するとしよう。
このとき、年齢別出生率の合計であるTFRは、地域Aが0.9(=30÷100+60÷100)、地域Bが1.25(=20÷20+20÷80)で地域Bの方が高いが、女性1人あたりの平均出生率は、地域Aが0.45(=90÷200)、地域Bが0.4(=40÷100)で、地域Aの方が高い。
人口戦略会議や政府では、地域別TFRや東京ブラックホールという言葉を使い、TFRが低い東京の一極集中の是正を掲げるケースも多いが、平均出生率では都心3区は沖縄県の次に高い。
EBPM(エビデンスに基づく政策立案)が流行っているが、生産性を高めるため、人口減少下でも都市や地方の選択と集中を行い、人口密度を維持・向上させることは可能であり、データの取り扱いに留意しながら、適切な政策を打つ必要があろう。
● かつて日本が覇権を取れたのは とにかく長時間働いたから
成長を促進するため、労働力との関係で、最近の政策議論で抜け落ちている視点は何か。このヒントの1つを提示するため、興味深い試算を紹介しよう。
それは、「仮に日本における労働者1人あたりの平均労働時間が1990年と変わらない場合、2019年における日本・アメリカ・イギリス等の1人あたり実質GDPの順位はどうなっていたか」という簡易推計である。
先に推計の結論を述べると、これらの国々の中で日本は1位となる。以下、簡単にこの概要を説明しよう。
まず、この議論をするためには、約30年前(1990年)における労働者1人あたりの平均労働時間を知る必要がある。OECDデータによると、日本の1年間の平均労働時間は2031時間だった。アメリカは1764時間、イギリスは1618時間なので、日本はそれらの国々よりも250時間以上も多く働いていたことを意味する。
このとき、日本の1人あたり名目GDPは約25895ドルで、アメリカの23847ドルやイギリスの20854ドルを上回っていた。
しかし、2020年では、日本の1人あたり名目GDPは40088ドルであり、これはアメリカの63358ドルやイギリスの40394ドルを下回ってしまっている。
では、いま日本・アメリカ・イギリスにおける年間の平均労働時間(労働者1人あたり)はどうなっているか。実は、日本は1558時間、イギリスは1367時間だが、アメリカは1731時間であり、アメリカの平均労働時間は1990年頃とあまり変わっていない。日本の平均労働時間が1990年以降に急激に減少した
結果、現状ではアメリカの方が日本よりも170時間も多い状況になっている。
● 貿易赤字を解消したい欧米の 圧力で進んだ労働時間の削減
では、なぜ日本の平均労働時間は減少したのか。
その要因は様々だが、1つの契機は1980年代の貿易摩擦の中で「日本人の働きすぎ」が欧米諸国の間で問題になり、日本政府が1988年の「経済運営計画」にて、年間の労働時間を1人あたり1800時間程度とする目標を定めたことだ。
この流れの中で週休2日制が定着し、1992年の時短促進法を経て、1994年には労働基準法の改正により法定労働時間が原則40時間(週あたり)になった。
では、仮に日本の平均労働時間が1990年と変わらなかったとした場合、2019年における日本・アメリカ・イギリスの1人あたりGDPがどうなっていたか。
既述の議論では「名目」で記載していたが、物価の影響を除いた「実質」で比較してみよう。
推計方法の詳細は省くが、図表7-6が筆者の試算結果である。
日本の経済力が最も力強かったのは1990年頃のため、図表では、各国の1人あたり実質GDPの推計値が1990年で1になるように基準化して表示している。この図表では「日本」「アメリカ」「イギリス」「フランス」「ドイツ」「スウェーデン」「オランダ」の7ヵ国を掲載している。
図表のうち、太い黒線が「日本(仮定試算)」であり、これは「労働者1人あたりの平均労働時間が1990年と変わらない場合、日本の1人あたり実質GDPがどう推移したか」を表す。
2019年をみると、その値は1.58となっている。他方、細い黒線の「日本」は、日本の1人あたり実質GDPの実績の推移を表し、2019年の値は1.28となっている。
すなわち、この図表が示すとおり、1990年と比較して、日本の1人あたり実質GDPは1.58倍であり、これはアメリカの1.55倍、イギリスの1.52倍よりも高い。
フランスは1.36倍、ドイツは1.47倍、スウェーデンやオランダは1.49倍なので、実はこれらの国々の中で日本が最も高い値となっている。
逆に、日本の平均労働時間が1990年と変わり、2019年の平均労働時間で試算すると、日本の1人あたり実質GDPは1.28倍にしかなっておらず、これらの国々の中で最下位となってしまう。
● 労働時間さえ取り戻せば 日本は世界1位に返り咲く?
さらに興味深い試算をしてみた。1人あたりGDPに人口を掛け算すれば、GDPが計算できるので、それで現在のGDPがどれくらい増えるのかという試算だ。
日本の場合、1990年と同じ平均労働時間で働けば、簡単な計算で「160兆円増」という結果を得ることができる。
岸田首相以降の政権では「成長と分配の好循環」を目指しているが、実は(かつてのように)日本人が本気になれば100兆円以上の富を生み出すことは難しくないのかもしれない。
関山 健/鹿島平和研究所
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