( 330778 )  2025/10/10 06:26:36  
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(写真:ブルームバーグ) 

 

突然のように降ってわいた「令和のコメ騒動」。これまで、私たちは「安い」ということも「おいしい」ということさえも意識することなく、当たり前のようにコメを食べてきました。その無意識の大前提が、いま崩壊しつつあります。 

いったい、何が起こっているのでしょうか。足もとのコメ価格の上昇は収まるか、どこまで下がるか…というレベルの問題ではなく、今回の価格高騰は、日本のコメ農業の大きな地殻変動を警告しているのです。 

 

三菱総研・食農分野フェローの稲垣公雄氏と、三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チームによる緊急出版『日本人は日本のコメを食べ続けられるか』より一部を特別に掲載します。 

 

■生産調整をやめると農家はコメをたくさん作る?  

 

 「減反政策によりコメの生産は抑えられている」と一般には思われている。政府が「生産目標の目安」を示さなくなったら、農家はどんどんコメを作る、という理解である。しかし、農家は「生産数量の目安」を参考にはしているが、それだけで生産する内容を決めているわけではない。 

 

 各農家が所有している農業生産基盤(主として農地)は決まっているので、そのリソースを前提に、主食用米の価格を見極めながら、主食用米以外を作るときの収益と比較して、主食用米の生産量を確定していく。おそらく、生産数量の目安を政府が提示することをやめただけでは、コメ農家の行動はほとんど変わらないだろう。 

 

 では、コメ生産政策のもうひとつの柱である、転作作物への補助金を大きく下げる、あるいはやめた場合は、どうだろうか。じつは、令和7年(2025年)の作付けは、主食用米の価格が大きく上昇したことによって、相対的に転作作物の収益性が大きく低下している状況にある。 

 

 その効果により、図4─1にあるように、主食用米の作付けは125.9万haから136.3万haまで、8.3%の増加になっている。転作作物の補助金を低下させることは、主食用米の作付けを増やす方向に農家を動機づけるのは間違いなさそうだ。 

 

 ただ、現状は「転作作物はそれなりの収益を確実に得られる」し、「主食用米は大きな収益を得られる可能性が高い」という状況が、天秤にかけられた状態である。これが、もし「転作作物の補助金をゼロ/ほとんど収益がない状態」にした時に、農家がどのような判断をするかは、誰にもわからない。 

 

 

 農業者や農業団体が恐れているのは、全体としての過剰な増産である。令和7年産の6月末の作付け意向では主食用米の作付け意向136.3万haまで増えたが、それでも飼料用米・加工用米などの非主食用米で合計15.6万ha、水田での麦・大豆の作付け意向が17.2万haある。 

 

 もし、この合計32.8万haすべてが主食用米の作付けになると、900万トン以上の生産量になるだろう。それがすべて市場に出てくれば、コメの価格はおそらく暴落する。 

 

 その結果、経営継続できない農家が続出してしまう可能性がある。翌年か、数年先かは、わからないが、今度は需要を満たす生産ができなくなり、コメ価格が暴騰する事態が次にくる。そうした極端なコメ安とコメ高を繰り返したのち、生産量と価格の安定が待っているかもしれない。ただ、その前に、コメ農業の生産基盤が壊滅する可能性も否定できない。 

 

■今後、日本が取り組むべき政策とは 

 

 つまり、単に「減反政策をやめればうまくいく」というような簡単な話ではない。あらゆる政策に当てはまることだが、とくに農業生産に関する政策は性急に革新すればいいということではない。 

 

 むしろ、政策の連続性や安定性がなによりも重要だ。「試しにやってみたけど、うまくいきませんでした」は、絶対に許されない。理論的な理想状態が仮定できたとしても、問題は、その状態にどうやってスムーズに移行できるかである。 

 

 ときには大胆な政策展開を考えることも必要かもしれないが、ほとんどの場合、個別具体的な政策展開においては、過去の政策との連続性を担保しつつ、慎重にチューニングしていく必要がある。まず足もとでは、その適切な設計が必要になる。 

 

 そして、その設計のためにはコメ農業の目指すべき状態を、より長期の視点でしっかり描くことも重要になる。そのうえで、大きな課題解決にむけた農業生産力・基盤強化という骨太の政策展開が求められる。 

 

■まず足もとで取り組むべき政策 

 

 農家の保護の在り方をどうすべきかということが、2025年夏の参議院選挙でも話題になったが、少なくとも足もとの課題は、農家の保護をどうするかではない。いまは主食用米が高くなりすぎていることで、農家は非常に儲かる状態になっており、ある意味、保護されすぎている状態にある。 

 

 

 まずなにより、コメの価格を下げることが必要だ。令和7年産で、自然体で主食用米の生産増がすすみ、すぐに価格の沈静化がもたらされればよいが、そうならなかった場合には、令和8年産でさらなる増産に取り組む必要がある。 

 

 令和8年産の増産にむけて、農家の主体的な判断だけで十分な量が確保できればよいが、その見通しが厳しい場合、令和7年の秋から令和8年の春にかけて、行政サイドから農家に対する積極的な働きかけが求められる。さいわい、令和7年3月まで作成していた地域計画づくりにおいて、行政と農家・集落の間にその関係ができているはずである。 

 

 もちろん、思いきった増産は急激な価格低下をもたらす可能性があり、その事前の対策も不可欠である。現状、備蓄米が80万トン以上も不足しているわけだから、政策の設計は可能なはずだ(価格が低下しすぎる兆しが出た時に、すみやかに相応な価格で備蓄米を買い入れるなど)。 

 

 一定の生産量、価格水準に安定させたうえで、令和9年度以降の新しい水田政策を構築していく必要がある。まず取るべき政策は、転作作物への助成の削減だろう。ただし、いきなりゼロにするのではなく、「それほど儲からないけれど、農家がやってもいいと思えるレベル」に設定する必要がある。 

 

 現在の多くの大規模農家は、主食用米、転作作物(非主食用米、小麦・大豆)の組み合わせで経営をおこなっているが、今般の令和のコメ騒動は、主食用米の価格が下がりすぎたことにより、転作作物へのシフトがすすみすぎ、主食用米生産が減少しすぎたことで、主食用米が暴騰した。やはり、転作作物の補助金で、主食用米の生産量をコントロールするには、無理があるのではないだろうか。 

 

 いまは非主食用の飼料用米や加工用米、備蓄米など、用途別のコメの生産量を先に確定している。今後は、主食用米を中心としたコメ全体の生産量目安をもちつつ、主食用米の需要からあぶれる部分を、事後的に非主食用米にまわすような制度設計が求められるのではないだろうか。 

 

稲垣 公雄 :三菱総合研究所・食農分野フェロー/三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム 

 

 

 
 

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