( 331003 )  2025/10/11 06:20:30  
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi 

 

「転勤したくない」という若手社員が増えている。どうすればいいのか。経営コラムニストの横山信弘さんは「一方的な通達では社員が納得しないのも当然だ。転職を伝える際は最低でも2〜3カ月かけることを勧めたい」という――。 

 

■転勤の辞令を出したら、退職届で返された 

 

 転勤の辞令を出したら、約半数の人が退職を考えるという。どうしたらいいのか――。 

 

 「エン・ジャパン」が男女2303人を対象に行った調査によれば、転勤経験者の44%が転勤を機に退職を検討している。20代では4人に1人が実際に退職しているのだ。実際に、「転勤の辞令を出したら、退職届で返された」と言う部長がいた。 

 

 「一昔前では、考えられない」 

 

 と苦悩する。社員の言い分は大切にしたいが、転勤ゼロなんて現実的ではないからだ。 

 

 世の中には「びっくり退職」というものがある。まさかアイツが退職するなんて。予想もつかない人が退職を決意していたら誰もがびっくりする。同僚も先輩も上司も、なんでもっと早く相談してくれないんだ、と残念がるだろう。 

 

 それと同じだ。転勤辞令も昔のようにいきなりでは理不尽だ。不誠実すぎる。心の準備だけでなく、あらゆる家庭の事情も考慮する必要がある。 

 

 冒頭に記したエン・ジャパンの調査結果は、もはや無視できない数字である。 

 

 日本は世界でも稀な「同意なき転勤」大国だ。多くの先進国では従業員の同意が前提となる転勤が、日本では企業の一方的な命令として行われてきた。私も大きな会社に所属していたのでよくわかる。期末になると、突然、 

 

 「俺、来週から高松へ行くことになった」 

「愛知の岡崎へ転勤になった。東北で根を下ろすと思ったんだが……」 

 

 毎年、年度末になるとこのような会話が聞かれた。しかしこの慣習は、間違いなく限界を迎えている。 

 

 かつては終身雇用と引き換えに受け入れられてきた転勤制度。しかし人材不足が深刻化する現代では企業にとって大きなリスクだ。この問題にどう向き合うべきか考える時期がきている。 

 

 

■なぜ転勤はなくならないのか 

 

 「転勤なんて、なくせばいい」 

 

 そう簡単に言う人がいる。しかし現実は甘くない。全国展開する企業において転勤制度をゼロにすることは極めて難しい。 

 

 理由は主に以下の3つだ。 

 

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(1)地域格差の是正 

(2)組織の新陳代謝 

(3)人材育成の必要性 

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 一つずつ解説していこう。 

 

 (1)地域格差の是正 

 

 たとえば都市部と地方では、人材の質も量も大きく異なる。優秀な人材は本社や拠点のある都市部に集中する傾向があるからだ。新卒採用では東京本社に難関大学出身者が集まるが、地方拠点への応募は限られる。この格差を是正しなければ、地方拠点の競争力は低下する一方だ。 

 

 地方拠点を維持し、全国で均一なサービスを提供するには、都市部から経験豊富な人材を定期的に送り込む必要がある。それが転勤の重要な役割なのだ。 

 

 (2)組織の新陳代謝 

 

 同じ場所に長くいると組織は必ず澱む。人間関係が固定化し、暗黙のルールが生まれ、変化を嫌うようになる。「うちの支店ではこうするのが当たり前」という思い込みが蔓延する。これがグループシンク(集団浅慮)という集団心理を生み出すのだ。 

 

 イノベーションが必要な時代に、外部からの新しいアイデアを受け入れない組織になってはいけない。 

 

 こうした組織の硬直化を防ぐには、定期的な人事異動は有効な手段だ。転勤は組織に新しい風を吹き込む。地域創生やイノベーションには「よそ者・若者・ばか者」が必要、と言われてきた。このように、よそ者だからこそ見える問題がある。よそ者だからこそできる改革があるものだ。 

 

 (3)人材育成の必要性 

 

 複数の拠点を経験することで視野が広がり、視座が格段に広がる。東京など都市部の論理だけでは地方の実情は理解できないし、地方の常識だけでは全社戦略は描けないものだ。 

 

 それに将来の幹部候補を育てるには多様な経験が必要だ。顧客も違えば競合も違う。商習慣も地域によって大きく異なる。また昨今重要視されている「リスキリング」にも一役買う。新しい部門、新しい地域で、新たな経験を積むことで「キャリアの複線化」にも寄与する。 

 

 転勤は単なる場所の移動ではない。経営者としての器を大きくするため、将来の幹部候補などには重要なターニングポイントになるだろう。 

 

 ある大手メーカーでは、転勤をいったん廃止した期間があった。コロナ禍を経験し、リモートワークを駆使すれば、わざわざ転勤しなくても問題はないと判断したのだ。 

 

 しかし結果は残念なものになった。 

 

 地方拠点の業績が軒並み悪化したのだ。本社の方針が浸透しないし、現場の声も本社に届かないようになった。昨今「オフィス回帰」が叫ばれているように、リモートでは解決できないことが表面化した。心の距離が離れ、組織が分断されてしまったのだ。 

 

 結局、最近になって転勤制度を復活させた。ただし昔とは運用を変えた。それが「同意ある転勤」である。 

 

 

■「本質」を見失っている 

 

 転勤の本質は何か。それは「人材リソースの効果的な配分」だ。市場環境は刻々と変化する。顧客ニーズも地域によって異なる。その変化に対応するには、長期視点で人材を柔軟に配置する必要がある。 

 

 だから「視座」の高さが必要なのだ。 

 

 たとえば九州で新規事業を立ち上げるとしよう。もちろん現地採用だけで事足りるのならいいが、そうでないのなら経験者を本社や他の地域から送り込む必要がある。逆に九州で成功したノウハウを全国展開するには、九州の人材を各地に配置する必要がある。 

 

 必要があるときに、経験者を呼んでノウハウを共有すればいい、というものではない。転勤は単なる人事異動ではなく企業の成長戦略の一環なのだ。 

 

 ところが本質を見失っている企業も多く、それが問題なのだ。転勤を目的化しているのだ。昔ながらの「3年たったら異動」「新婚のうちに転勤させる」といった前時代的なルールで運用している企業もいまだにある。これでは社員が反発するのも当然だ。 

 

 ある外資系企業の日本法人社長が、興味深いことを言っていた。 

 

 「日本企業の転勤は理不尽だ。なぜ、転勤一週間前に辞令を出すのか。なぜ、その人でなければならないのか、上司でさえまったく説明できない。だから社員が納得しない」 

 

 まさにその通りである。転勤には明確な理由が必要だ。その理由を丁寧に説明する必要がある。それができていないから問題が起きるのだ。 

 

■転勤を伝える「3つのステップ」 

 

 では転勤をどう伝えるべきか? 私は3つのステップを提案する。 

 

 (1)「なぜあなたなのか?」を説明する 

 

 「君の経験やスキルが青森支店で必要だ」 

「名古屋でこの経験を積んできてほしい」 

「福井で、こういう部署を起ち上げた。君の力が必要なんだ」 

 

 このように本人の強みと転勤先のニーズを結びつける。単なる人数合わせではない。あなたでなければならない理由を明確にするのだ。 

 

 (2)キャリアに「どうプラスになるか?」を示す 

 

 「九州で人脈を広げられたら、大きな財産になる」 

「全国展開のノウハウを身につけられる」 

「新しいスキルを習得するチャンスだ」 

 

 このように、転勤がキャリアアップにつながることを具体的に示そう。単なる「横移動」ではない。成長の機会であることを理解してもらうのだ。 

 

 (3)サポート体制を約束する 

 

 そして、キチンとサポートすることも約束するのだ。 

 

 「住宅手当は会社が全額負担する」 

「家族の生活も全面的にサポートする。相談窓口も完備している」 

「定期的に本社に戻る機会も作るよ」 

 

 ポイントは、転勤に伴う不安を一つひとつ解消することだ。経済的な負担はもちろん、精神的な負担も軽減するようケアをすべきだ。会社が全面的にバックアップすることを約束する。 

 

 

■最低でも3カ月かけて伝える 

 

 この3つを順番に丁寧に説明する。そしてもちろん大事なのは、日ごろから信頼関係を築いていくことだ。上司とのラポール(信頼関係)が形成されていないのなら、 

 

 「九州で人脈を広げられたら、大きな財産になる」 

 

 と伝えても「転勤させたいから、そんなこと言うんだろ」と受け止められる。 

 

 「福井で、こういう部署を起ち上げた。君の力が必要なんだ」 

 

 と伝えても「福井じゃなくたって、自分の力を必要としている部署はあるのに」と不満を訴えるだろう。 

 

 転勤辞令を出すときだけ、用意周到に準備してもダメ。人を育成するときも、雇用維持(リテンション)を考えるときも一緒。常に相手の不安や疑問に真摯に向き合い、対話を続けることだ。それが「同意ある転勤」への第一歩であるし、最低限やるべきことだ。 

 

 転勤を伝えるには長期視点が必要だ。1回の面談で決着をつけようとしてはいけない。 

 

 まず第1段階では可能性として伝える。「来期、千葉への異動があるかもしれない」と。相手に心の準備をさせる期間を設けるのだ。 

 

 第2段階では具体的な情報を共有する。千葉支店の雰囲気、仕事内容、住環境など。できれば現地の社員と話す機会も作る。 

 

 第3段階で正式な打診をする。このときも一方的な通達ではなく対話形式で進めよう。相手の不安や疑問に丁寧に答える。 

 

 このプロセスに最低でも2〜3カ月はかけてみる。「びっくり転勤」にしないための配慮だ。 

 

■問題なのは「転勤そのもの」ではない 

 

 転勤をめぐる考え方は大きな岐路に立っている。たしかに転勤経験者の44%が退職を検討し、若い世代ほど抵抗感が強いという現実は重い。しかし企業経営の視点から見れば「転勤ゼロ」での人材マネジメントは現実的ではない。 

 

 全国に拠点を持つ企業が限られた人材を効果的に配分し、組織の最適化を図るためには、転勤が必要な場面は確実に存在する。業種によってはリモートワークには限界があるし、人材の「地産地消」も理想論に過ぎないからだ。 

 

 前述のエン・ジャパンの調査によると、転勤した人の56%が「知らない土地・環境を知る機会になった」と、転勤経験を前向きに捉えている。繰り返すが、問題の本質は転勤制度そのものではなく、運用方法だ。「同意ある転勤」を増やすには、まず対話を通じて信頼残高を増やすことだ。何よりも、それが第一歩なのだ。 

 

 

 

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横山 信弘(よこやま・のぶひろ) 

経営コラムニスト 

1969年、名古屋市生まれ。アタックス・セールス・アソシエイツ代表取締役社長。企業の現場に入り、目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の理論を体系的に整理し、仕組みを構築した考案者として知られる。15年間で3000回以上の関連セミナーや講演、書籍やコラム、昨今はYouTubeチャンネル「予材管理大学」を通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。NTTドコモ、ソフトバンク、サントリーなどの大企業から中小企業にいたるまで、200社以上を支援した実績を持つ。メルマガ「草創花伝」は3.8万人超の企業経営者、管理者が購読する。著書に『絶対達成マインドのつくり方』『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズのほか、『「空気」で人を動かす』などがあり、その多くは、中国、韓国、台湾で翻訳版が発売されている。 

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経営コラムニスト 横山 信弘 

 

 

 
 

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