( 331268 ) 2025/10/12 06:14:38 0 00 高速餅つきで長年、作り続けている伝統のよもぎ餅(写真:中谷堂提供)
一般的に、夏の時期はお餅の売り上げが落ち込むと言われる。しかし、古都・奈良に店を構える1992年創業のよもぎ餅専門店・中谷堂(なかたにどう)は、季節に関係なく多くの観光客で賑わい、繁盛を続けている。
■店主が「毎日が戦い」と語るジレンマ
中谷堂の代名詞となっているのが、代表の中谷充男さんと職人たちが臼に杵を激しく打ち、怒涛の掛け声と共に行われる「高速餅つき」だ。
その圧倒的なパフォーマンス性から、この餅つきは国内外の観光客の注目を集めている。筆者が訪れた日も、お盆明けの平日だったが、店先には観光客が30人ほど集まり、次々にお餅が売れていた。
ところが、多くの人を惹きつける餅つきの裏側には、店主・中谷さんが今も抱える深刻な葛藤が存在する。
中谷さんにとって、高速餅つきはあくまで、美味しいお餅を作るための古くからの純粋な手法であり、「芸として見てもらおうと思い、やっているわけではない」という強い信念があるからだ。
にもかかわらず、特に外国人観光客に餅つきが大道芸人のように映ること、あるいは笑いの対象になることに苦悩している。
取材の日、中谷さんが餅つきを始めるや否や、観光客が一斉にスマホを取り出し、撮影し始めた。
すると、スマホを構えている外国人の女性が声を上げて笑った。悪気があったわけではないと思う。ただ、背中でその声を聞いた筆者は、日本文化へのリスペクトがあるとは言い難い反応だと感じた。
中谷さんにもその声が聞こえていた。インタビューの中で彼は「よくあること」と言いながら、こう語った。
「外国の方にしたら、どこか芸のように映るんやろうね。どのように捉えられても仕方ないけれど、別に芸として見てもらおうとやっているわけじゃない。純粋に日本古来のお餅つきとして見てくれるのはありがたいけれども、滑稽に映るのは嫌やなと思いますね」
かつては過度に盛り上がる客に対して、「静かにしてもらえますか」と注意したこともあった。だが、ネットで「中谷堂に怒られる」という口コミが出たため、今は何も言わなくなったそうだ。それでも、彼の心の中は「毎日葛藤との戦い」だと言う。
「高速餅つき」は、つきたての餅を食べるという最優先事項のためにあくまでも真面目にやっていること。決して、笑わせようとしているわけではないのだ。
■品質を追求するからこそ直面する「供給不安」
中谷堂が、この強烈なパフォーマンスだけで終わらないのは、よもぎ餅の職人らしいこだわりが徹底されているからだ。
あんこには北海道産の十勝大豆を使用し、炊いた後に一日寝かせて熟成させたものを用いる。もち米は佐賀県産のひよく米を8時間ほど水に浸して蒸し上げ、愛媛県宇和島のよもぎの新芽と合わせ、人の手によって餅をつく。
その後、専用の包餡機であんこを餅で包み、きな粉をまぶして、よもぎ餅が完成。この手間暇を惜しまない工程こそが、美味しさの根源である。
しかし今、中谷さんが頭を抱えているのは、この餅の品質を左右する原材料の確保だ。特に、核となる高品質な愛媛県産のよもぎの確保量が、年々不安定になっているという。
不安の背景にあるのは、第1次産業の衰退である。収穫を行う生産者の高齢化や、働き方改革の影響による人手不足、1人当たりの作業量の減少などが影響している。
この危機感から、中谷さんは「見に行かずにはいられない」という思いで、ほぼ毎年自ら産地に足を運び、生産者や加工業者との信頼関係を築いている。
「どこの誰が作ったのかわからないものを使うのが嫌なんです。よもぎの生産者さんが『この間、中谷堂が取り上げられてるのをテレビで観たよ!』とか、そういう話もできるからね」
■観光客の安全を守る「見えないコスト」
奈良駅近くに自宅兼事務所を建てるまでに事業を成長させた中谷さんだが、悩みの種は尽きない。
店は奈良公園に通じる三条通りに面しており、国内外の観光客で賑わう場所だが、中谷さんが「昔と比べて、車がガンガン通ります」と懸念するほど交通量が増えたのだ。
このため、中谷堂では客と自動車による接触事故がないように、常時2名以上の警備員を雇い、社員もそのサポートに周って安全確保に努めている。
取材で訪れている時も、中には警備員が大声で「車が通ります!」と呼びかけているのに、餅つきを撮影することに夢中で気が付かない客の姿も見られた。
「高速餅つき」の人気は、原材料の確保、そして店先の交通問題という、難しい課題も伴っているのだ。
■ただひたすら美味しい餅を作り続けたい
とはいえ、悲観的なことばかりではない。高速餅つきは美味しいお餅を作るための日本の伝統的な手法。「芸として見てもらいたいわけではない」という思いは、弟子たちにもしっかり受け継がれている。
「(弟子たちが)格好だけでやっているかどうか、一目見たらわかります。踊りをやっているわけではないんです。肝心なところは、お餅をつく時に力が入っていること。それをはき違えている時はものすごく注意しますね。
見せ物ではない。美味しいお餅を作るために、しっかりと餅つきをする、真面目にやるという。それが一番大切なんです」
中谷堂は今年で33年目を迎える。お店にはお餅を食べ歩きで楽しむ人たちの姿、パック買いをして、家族や友人と食べようと帰宅を急ぐ人たちの姿があった。
筆者も、持ち帰ったよもぎ餅を家族と食べた。つきたてのものはとても柔らかかったが、持ち帰ったよもぎ餅には弾力のある食感があり、よもぎとあんこの風味がちょうどよく口の中で広がった。「持ち帰って食べる方が好きって言う人もいます」と中谷さんが言っていたことが理解できた。
ワンフロアで窓一つない店構えの店にはエアコンもない。中谷さんと職人たちは、暑い日も寒い日も餅をつき続けているのだ。今日も古都・奈良で、中谷堂の力強い掛け声と餅を打ちつける音が響いているのだろう。
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池田 アユリ :インタビューライター
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