( 129741 )  2024/01/17 22:34:23  
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帰省中の地震「元日は卑怯ですよ」 亡くなった9歳息子…顔のアザは“頑張った証し”

日テレNEWS NNN 1/17(水) 20:02 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/6f2f2b18cbd8bfd068f179dff2f7e3ff350e18cb

 

( 129742 )  2024/01/17 22:34:23  
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昨年の能登半島地震で200人以上の犠牲者が出た中、金沢市から被災者の遺体を運び、弔う作業が進められている。

男性が息子と妻を亡くし、助かった際に息子が母親を助けようとしていたことを語り、一生忘れられない経験だと語る。

(要約)

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(角田さん提供、昨年12月撮影) 

 

200人以上が亡くなった能登半島地震。現地では火葬場も被災し、遺体を離れた金沢市などに運んで弔う“広域搬送”が行われている。発生から10日近くたち、ようやく斎場に妻子を連れてこられた男性は、化粧を施す納棺師に「息子の頬のアザは隠さなくていい。頑張った証しだから」と語った。 

 

【証言】息子のことを知って欲しい 「助けて」ガレキの下から…妻子を亡くした男性が語る被災 

 

妻と子を亡くした角田貴仁さん 

 

金沢市の会社員・角田貴仁さん(47)は、帰省していた珠洲市の実家で妻・裕美さん(43)と長男・啓徳(あきのり)さん(9)を亡くした。  

 

貴仁さんの両親と正月料理を囲んで過ごした、家族水入らずの時間。 「あと10~20分したら出発しようとしていた」と、それぞれが帰宅の準備をしていた午後4時すぎ、突然揺れが襲った。  

 

ガタガタと音をたてて揺れる木造平屋の建物。地震があると、いつも最初に声をあげる妻子の声は聞こえなかった。直後には、天井が落ちてきて……。建物から這い出た貴仁さんが呼びかけても、声はかえってこなかった。  

 

すると、崩れた建物の逆側から、何か叩くような音がした。「ガン、ガン、ガン」。居間のあたりだろうか。 隙間から覗くと、2人が隠れたコタツごと建物の梁に押しつぶされているのが見えた。「まずいことになった」。  

 

ガレキから音を鳴らしたのは、9歳の息子・啓徳さんだった。貴仁さんによると、「こんなに力があるのかと思うくらい、手首で力強く叩き続けていた」という。  

 

角田貴仁さん 

「ちょうど下敷きになっていた時は、(息子が)妻の方を見ていたので…。たぶん息子は『母親を助けろ』って言っていたと思います」 

 

音のする場所に近づくと、ガレキを叩く音は止まった。声もなく、母親と自分の場所を知らせるために頑張り続けた息子。  

 

貴仁さんは「本当に…。本当に立派な息子だった」と、この時の“音”を一生胸に生きていくと話した。ただ、「元日は卑怯ですよ…」。この先、正月を祝うことはないという。 

 

倒壊した実家(角田さん提供) 

 

すでに息のない2人を、建物から助け出せたのは、1日の夜になってからだった。暗闇を照らしたのは、口にくわえたスマホの明かり。ケースには、その痕が残った。  

 

ノコギリでは歯が立たず、貴仁さんは近所の人からチェーンソーを借りて、梁を切断した。その夜は、自宅横の草むらに敷いたブルーシートに2人を寝かせ、一緒に過ごした。  

 

2人の遺体を仮の安置所に運ぶことができたのは、それから2日後。今月10日になってようやく、金沢の斎場に搬送できたため、貴仁さんはようやく葬儀や火葬などに向けて、動き始めることができた。 

 

 

( 129743 )  2024/01/17 22:34:23  
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・犠牲者や遺族の話を聞く際、どう受け止めて良いかわからなくなるという声がありました。

 

・記事を読むと悲しくなり、涙が出る方が多くいることが分かります。

 

・同様に、涙を流しながら記事を読んだというコメントも多数あります。

 

・被災地に住んでいないことに安堵する気持ちと、それを感じながら涙が出る自分を許せない気持ちが交錯している方がいるようです。

 

・犠牲者と遺族に同情を示しつつ、自分勝手な気持ちを抱いてしまう自分に疑問を感じている方もいるようです。

 

 

(まとめ)

( 129745 )  2024/01/17 22:34:23  
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・震災や災害が起きるたびに犠牲者の家族の話とか本人の話が、テレビやネットでこうやって出るじゃないですか。 

どうゆう気持ちで読めば良いのかわからなくなって来ました。 

読むたびに悲しい気持ちにはなるし、涙が出ます。 

ただ、お気の毒に…っていう気持ちで読むのが正しいのか、もしかしたらどこかで自分が住んでる地域じゃなくて良かったとかって思っちゃってる自分がいるのか。 

「この人たちかわいそうだね」って思いながら読むのは見せ物みたいになっちゃうから違うと思うし…。 

他の人たちがどんな思いで犠牲者の家族のニュースを読んでるのか、なぜこの記事を読もうと思ったのかすごく気になります。 

 

 

・息子さん、立派な最期だったんですね… 

記事を読みながら涙が止まりませんでした。 

 

同じ年頃の息子2人がいる身として、身が引き裂かれる思いです。 

きっとこのお父様は最期のお見送りは息子さんを褒めてあげるんだろうなと思います。 

本当に良く頑張ったと思います。 

御冥福をお祈り致します。 

 

 

・ご自身で家族の遺体を助け出したと言うことで。 

自分に置き換えた時に、助かっていてくれと思って動く中で、死んだことがわかってから果たして動けるのかと。。。 

もちろん、そのまま建物の下にしておくのは嫌だとは思うけど、力を出せるのか。 

わかりません。 

この方の強さも優しさもとても伝わってきました。 

 

 

・こんな事が起きてるのに、仕事帰りに今日も疲れた。夕飯の支度面倒くさいとか思ってる自分が心底腹立たしい。 

 

自分に置き換えてみたら、どんだけ辛くて苦しいか、震えと涙が止まりませんでした。 

 

当たり前の日常がどんなに有難いのか。 

改めて一日一日を大切に生きていきたいと思わせていただきました。 

 

 

・めでたい新年明けて1日目の元旦。 

本来なら楽しく初詣行ったり、家族団欒で食卓を囲って各々の楽しみ方で過ごしたはずが、地震で一転して地獄に。 

咄嗟にこたつなら安全と潜ったのでしょうが、梁等の重さには耐えられず、潰されてしまったのでしょう。 

少しでも梁の倒れる場所がズレて居てくれてたら助かったかもしれない…。 

自然災害とは言え酷過ぎる。 

きっと向こうの世界では幸せな暮らしをしてると思います。 

空から見守ってくれてると思います。 

ご冥福をお祈りいたします。 

 

 

・震度7の揺れが家族団らんの時間を一転して悪夢に変えてしまった。記事にならないだけで、人知れず多くの哀しい別れがあったことだろう。そこに愛する人が埋まっているのに助け出せないもどかしさ。 

 

ご主人は一生、正月を祝うことはないと言っておられるが、その気持ちは痛い程わかる。普通の人間ならば天を恨むよ。運命とは残酷だ。 

 

亡くなられた母子のご冥福をお祈りいたします。 

 

 

・学校などでは地震が起きたら机の下に、と私は教えられてきました。娘も地震があると机に潜るのでそう教わっているようです。きっとこの方々も真面目に教えを守ったのかなぁと思うと悲しいですね。 

 

どうするのが安全なのか、その場その場で見極めるのがすごく難しいなと思います。 

 

 

・亡くなったと心の底から実感するのってある程度の時間が経ってからだったりしますよね。 

葬儀も済ませて声も聞くこともなくなり生活は日常に戻る。頭だけでなく心でも亡くなったと十分理解して日々を過ごしている。 

でもある日ふと奥底からしみじみと、嗚呼あの人にはもう二度と逢えないんだなと自覚する瞬間が来る。喪失感で本当に心に穴が空いたようになる。 

 

来るその時に残された方達の心があまり酷く痛みませんように。早く痛みが治まります様に。 

亡くなられた方が安らかに眠れます様に。 

皆様に穏やかな日々が戻りますように。 

 

 

・私は岩手県なので東日本大震災の地震の影響はかなり受けました。岩手県は大震災の数年前にも一関が震源で直下型地震がありました。東日本大震災は横揺れ、数年前のは縦揺れでした。直下型地震の強烈なのが来たら、今回のようにひとたまりも無いと思います。津波とは違う形で建物が崩れて挟まれるのはかなり苦しいと思います。私にも東日本大震災の余震でかなり揺れた時、このまま二階が崩れたらと心配する事もありました。城下町など昔からの建物が沢山ある地域日本各地にありますが、今回のような地震来ると危ないですが全員が補強出来るわけでも無く。自然災害に人間が太刀打ち出来ないのは当たり前ですが悔しいです。親の立場なら、自分が犠牲になっても子供だけは助かって欲しいと考えます。だからこのような小さい子供さんが亡くなるニュース見ると悲しくて涙出ます。目の前に居るのに助けられない程つらいものはありません、神様は残酷です。 

 

 

・このような事がないように、耐震対策や準備は必要なのだろう。 倒壊する建物の倒壊防ぐ、又は壊れても倒壊だけは防ぐこと。 例えば、静岡県で行ってるトウカイゼロなど各地で地震に対する対策はしている。耐震補強は倒壊を防ぐ事を目的としている。壊れない建物を造ることではない。日本は地震大国でいつ何処で起こっても不思議ではない。 国や自治体は助成など支援などの制度をしている。 建築法規に耐震化促進法等もある。能登は2007年代にM6.9の大きな地震を体験している。 今後、痛ましい事が無いように願うしかない。 

 

 

 

・一月一日…これからの正月は、賑やかにって訳にはいかないのじゃないかな。ご遺族だけではなく、日本中がこの日を忘れられるはずが無い。 

 

本来の有るべき元日、粛々と迎える事が正しいのかも知れない。本来の日本文化に戻って新しい年を厳かに迎える事が必然なのかもとも思う。 

 

お父さん自らが救出された事が何よりもお二人には嬉しかった事だと思う。 

 

 

・胸が張り裂けてしまいそうな話です。頑張ったご子息、一所懸命伝えたかったんだと思います。優しくて賢いご子息さんだったんですね。 

わずか9歳ですか、突然の別れは辛いと思います。奥様も亡くなられ残されたご主人はお辛いでしょう。まずはこの災害で命を失くされた方、ご親族の方にお悔やみを申し上げます。少しずつ日常が戻りますよう自分が出来ることを少しでもしようと思います。 

 

 

・私にも9歳の息子が居ます。 

子どもなりに大人の大変さとか理解してくれる年頃で、家族を守ってくれようとする意識が育っています。 

父親からすれば、目の前なのに最愛の家族を救えない状況は想像を絶します。 

我々は運良く生かされているだけで、だからこそ日々精一杯生きるしかないということを痛感します。 

心から御冥福を御祈り申し上げます。 

 

 

・東日本大震災に妻を津波で亡くしました。 

波は妻をどこに運んでしまったのかも分からず、見つかったのは5日後。流された自宅の一部の間で冷たくなって見つかりました。 

亡くしたことは本当に辛く、悲しく身を引き裂かれる思いでした。その反面、『やっと会えた』という安堵した気持ちが同時に込み上げてくるのを、13年が間もなく過ぎようとしている今も鮮明に憶えております。 

私には子供はいませんでしたが、この方は妻と子供を亡くされました。 

私などがどう言葉掛けをして良いのか分かりません。 

ですが『奥さんとお子さん。お父さんが最後の時まで傍にいてくれて本当に安心されたと思います。』と言う言葉を私も震災で妻を亡くしたからこそ伝えたいです。 

 

 

・辛かったであろう体験を話してくれ、記事を読み、自分のこの生活は当たり前ではないとつくづく思いました。 

 

息子さんも奥様も無念だったでしょう。 

ご主人も生きている状態で気付いてあげられたのに助け出せなかった悔しさもあると思います。これから日々の生活で寂しさが増す事と思いますが、最後の息子さんの立派な姿を誇りに思い、強く生きていって欲しいと思います。 

 

お二人のご冥福をお祈りすると共に、 

不謹慎かもしれませんが、ご主人にエールを送りたいです。 

 

 

・震災で被災された方々の話は敢えてしばらく見ないようにしていた。他人事と思えず、辛くなってくるから。 

 

あの日あの時までは被災者も皆、どこにでもありふれた家族の日常生活を送っていただろう。他県や海外に帰省や旅行していた為に運良く難を逃れた人々がいる一方でこの時期にこの地域に帰省してきてしまっていた為に震災に巻き込まれ、亡くなってしまった方々がいる。人生の明暗がどこで分かれるのか、誰にも分からない。 

 

人生って当たり前に見えることが実は物凄い奇跡で起こって成り立ってると思うと、誰もの人生が儚く、いつ壊れてしまっても不思議じゃない。今のこの瞬間を悔いなく生きることが1番だと実感させられる。 

 

 

・4時過ぎに地震があり、その日の夜に2人を瓦礫から運び出せたのに既に亡くなっていたのですね。 

ドンドンドン!と音を出したのは、お母さんを思う最期の力だったんですね。きっと息子さんの目にはお母さんが瓦礫の下になっている姿が見えて辛くて、でも自分だって苦しくて痛かったはずなのに。 

読んでいて涙が出ました。 

頑張ったね。と言ってあげたいです。 

 

 

・同じ年の次男がいます。 

今となりにいます。 

毎日同じに一緒に寝てます。 

当たり前の日常です。 

 

突然奪われた日常を考えると涙が止まりません。 

今、次男になんで泣いてるのか訪ねられてます。 

起こってたこと、この日常のありがたさを 

伝えようと思います。 

 

奥様、ご子息が安らかに 

ご主人がお二人の分も強くいきられるよう 

心から願います。 

 

 

・地震のときの対処法として、机の下に隠れて頭を守るというのは常套手段ですよね。同じような発想でコタツの下に隠れたんだと思います。でもそれでは、家ごと倒壊したときには意味がない。地震の対処法は見直したほうがいいと思います。一刻も早く建物の外に出た方が良いと思います。 

 

 

・家族が亡くなって、自分が助かって。それでもやらなければならない事があって、辛いなんて思う間もなかったのか、辛くて悲しい夜だったでしょう。このご主人の心の強さに、私は心打たれました。もちろん今も、これからも、辛い日が続くのかもしれませんが、心は繋がっています。奥様も息子さんも、ご主人のこと、ご家族のことを想って眠りについたでしょう。1人じゃないです。1人でも、1人じゃないですから。まずはご自身もお身体休めてください。 

 

 

 

・お正月実家に帰ってて地震が来ました。関西なので揺れは小さかったですが、両親に「外出よ」と言うと、「この部屋が一番頑丈に作られてるから大丈夫」と言われました。実家は私が家を出てから引っ越してるので、今の実家のことはあまり分かってなくて。 

いくら小さな揺れでもやはり外に出た方がよかったのではないかと思ってます。後から強い地震が来るって思っておかないと、、、 

 

 

・奥さんとお子さんが無事に火葬出来そうで良かった。うちも両親を一昨年に亡くしてるけど火葬終えるまでは気持ちが落ち着かなかった。とりあえず一安心って言葉は正直な気持ちだと思います。 

 

まだまだ悲しんでる余裕もないでしょうがひと段落して落ち着いたらゆっくり二人の事を偲んであげて下さい。ご冥福をお祈りします。 

 

 

・今回の地震をみて、最初に震度5前後が発生したら即外に出ようと感じています。震度5前後ならうちは壊れないけど、震度7クラスは壊れるかもしれない。 

余震の間になるべく外に。 

また、寝るのは2階にしよう。 

1階ではねない。 

常に車のガソリンは満タンにしておこう。 

乾電池も沢山ストックあり。 

水、米、缶詰、携帯コンロなどは 

多分1ヶ月は食い繋ぐ量はある。 

色々と勝手にシミュレーションしています。 

南海地震の直撃を受ける地域ですので。 

 

 

・中には元日だから助かったって人もいると思うんで、いつだったらいいとかはないと思うけど、地震に限らず事故だっていつ巻き込まれたりするかわからない。運もあると思うし。当たり前の日常が当たり前じゃないって思って日々感謝して生きなければ。 

 

 

・こういったニュースを読む度胸が痛くなります。 

どんな気持ちで見たら読んだらいいんだろと 

だったら見るなと言われそうですが 

他人事でもないし、教訓に絶対しないといけん 

今や明日にも同じことが起きたらと考えてしまう。家族を守れるのか 

地震=机など丈夫なものに隠れるが 

通用しないんだなと思いました。 

 

祈ることと見る聞く読むしかできませんが 

少しでも早く家族のもとに全員が帰れます様に。 

 

 

・この記事が出なければ、亡くなった方のお一人としてしか認知されない。記事になっていない他の亡くなられた方々、お一人お一人にこんなに辛くて悲しい別れがあると思うと胸が苦しい。 

 

地震が起こるその寸前まで、どの家庭でも家族や親族で過ごす穏やかな時間が流れていたのに、それが一瞬にして奪われてしまった。 

 

それが自然災害の怖さだと分かっていても、どうにもやり場のない悔しさ、悲しさ、怒りさえも覚えます。 

 

非現実的なことと重々承知ではあるが、もし時が戻せるなら、元日に戻ってどうにか亡くなった方たちの命を救えないかとまで考えてしまいます。 

 

本当に辛いです。 

 

 

・今現在の耐震構造などは全てこういった犠牲になられた方々の最後のメッセージから成り立っている。 

建物を見る限り、瓦屋根が多く、その味が地域の魅力となってはいるがもし仮に地震が多い地域で昭和50年以後の宮城県沖以降の基準適用が多かったら例え震度7の横揺れでもここまででは無かったと悔やまれる感もしてしまう。それは実際そうで無かった現状が全てではあるから結論は出ないけど。旦那さんの話しから良い家族だった事は安易に想像つくし当たれる物が有ったらとは解りすぎる。正月を以後祝う事無いのは意思ならそれで良いと思うが、そういった状況から辺りが出来る事は同じ犠牲者を出さない為に先の様な建物の強度に反映させたりする事だと思う。色々な基準は悲しい犠牲も有った上に有り今が有るのを一時でも考えてみるでもいいのでは。 

 

 

・被災地はもちろん、全国民、いや、全世界が元旦に災害が起きるなんて夢にも思わなかったと思う。自分も含めて認識が甘かったなとまざまざと現実を突きつけられた。被災者にとっては来年も再来年も明るく年を越せないのはやるせないと思うが、時間とともに少しずつ傷が癒えることを願うばかり。 

 

 

・どんな気持ち…とかではなく、この世にこんな勇敢な男の子が、そんなふうに息子を育てた立派で幸せなお母さんがいたよということを生きている私達が知ることが大事なのだと思います。 

 

どの記事も、どんな言葉で表しようのない虚しさが襲ってきますが、一つ一つ読んで、心の中に染み渡らせて留めていきたいと考えています。 

 

 

・金沢市在中ですが、身近な人が何人も亡くなりました。大きくニュースに取り上げられて、嗚咽混じりにインタビューに答えている姿を見、数日後には通夜、告別式に参列し、何人も見送りました。通常と違うのは葬儀でのお写真が一枚ではないこと。今まで生きてきましたがこんなに悲しい苦しいことがあるのかと。能登と金沢は離れていますが、金沢で生まれ育っていれば能登に近しい人がいる人がほとんどです。 

毎年あるはずのあけましておめでとうは今年はありませんし、来年からもないでしょう。SNSも控えてる友人が多いです。 

元旦じゃなければ失わなかっだ命が多すぎてただただ悲しいです。 

 

 

 

・なんとも言えない気持ちになります。 

立派な息子さんですね。 

地震や災害以外にも毎日どこかで病気や事故含めて亡くなります。 

余命宣告されても余命を生きれる保証もありません。 

自分が生きている今日は誰かが生きたかった明日かもしれないと思い大切にしています 

 

 

・いつがいいというのはないけど、本当になんで元旦なんだろうと思う。帰省中とか、普段いない場所で亡くなった話は辛い。でも、東日本大震災の時は平日で、それぞれ会社、家、学校や幼稚園などにいて、離れ離れのまま亡くなっていて、その時は、せめて休みで一緒にいたら違う形があったのではと思ったけれど、今回は、休みで元旦で、それこそ普段一緒にいない家族や親戚も一緒にいて、それでもまた違う悲しみがあり、本当に自然災害ほど怖くて恐ろしいものはありません。お悔やみ申し上げます。どうにか生き残った方が立ち直れますように。 

 

 

・元旦は新しい年を迎えて祝う日に大地震に遭い本当に地獄の正月に胸が痛みます。 

奥さんと息子さんを一瞬にして亡くされ、どれだけ辛く悲しい現実に只々お気の毒しかありません。 

息子さんはお母さんを助けてあげてほしいとお父さんに必死に命が絶えるまでお願いしていたんですね。 

息子さん最期の母親孝行されたと思います。 

顔に木材の木があたりアザとなり…お父さんは「息子が必死にお母さんを助けた証」として息子さんのアザはそのままにされ奥さまと息子さんにお化粧を施されて… 

本当にお辛いとは思いますが、どうか奥さまと息子さんの分までお元気に進まれますように願っております。 

 

 

・本当に読むのも辛くなる。 

帰省していなければ、あるいはもう少し早く出発していれば助かっていたかもしれないと悔やんでも悔やみきれないだろうな。 

息子さんのこれからの成長も楽しみだっただろうし。 

ご冥福をお祈りします。 

 

あと今回の地震で思ったのがこの亡くなられた方のように「コタツ」などに潜った方が亡くなられているケースが多いように思う。これは学校などの訓練から机の下に潜るようにというところからきていると思うがこれは学校だからできることだと思う。 

家だと木造も多いし今回の地震でも1階が倒壊している家がほとんどでコタツに潜っても1階が倒壊してしまえばコタツは余計な障害物にしかならない。家で地震が起きた場合は学校と同じように考えず外に逃げるか2階に上がるかなど避難の仕方を再考した方が良いと思う。 

 

 

・記事やニュース辛いけど、お父さんの息子を誇りに思うと言える強さに立派だなぁ。自分はこんなふうに思えるだろうか?とか悲しみに共感したり、応援したりじゃダメでしょうか。 

熊本地震を経験しましたが、全国の人が応援してくれてるって感じました。そして改めて今回どこでも誰にでも起こりうること、しかしそこから這い上がっていかなくてはならないって考えさせられました。 

 

 

・自分は、子どもが二人いる母親です。 

自分も震度6強の地震の経験はありますが大事には至らなかったので、避難した経験はありません。 

大きな災害のニュースは何度も見てきましたが、3.11の頃から地震や津波の映像を長時間見ることが出来なくなりました。 

日常生活が送れないほど気持ちが落ち込んでしまい、逃げるように別なチャンネルにします。 

ただそれも、被害に合われた方からすると卑怯なのだろうかと思ったり。 

亡くなった方はどれだけ辛かったろう、怖かったろう、もし自分だったら…?もし遺される側なら…?自分の子どもがいつか犠牲になったら…? 

私もコメ主さんの気持ちがわかります。どういう心持ちで、被害に合われご家族を失った方のニュースを見たら良いのかわからなくなります。 

ただ、被害に合われた方が自分の気持ちや家族のことを話すことで少しでも楽になるなら良いのだけどとは思っています。 

 

 

・本当に、まさか元日に大震災が起こるなんて。 

帰省した家族が集まって団欒中の大惨事。 

誰を恨むことさえできない。 

突然に家族を失った方の気持ちは計り知れません。 

 

被災地で家族や親しい友人を失った方、家を失った方、お正月が来るたびに気持ちがよみがえってしまうでしょう。 

お正月番組を自粛するべきは言いませんが、世の中のお祝いムードをこの先冷ややかな虚しい気持ちで見ないようにやり過ごすことになるのでしょう。 

残された方々にはどうか強い気持ちで生き抜いて欲しいです。 

 

 

・きっとこの記事をみた事で、個々で感じるものがあると思います。 

身近な人を大切にしたり。防災グッズを用意したり。義援金をしたり。 

遺族をなくし心の整理がつかない状況のなかで、家族への想いを感じる記事でした。 

これは私自身も子どもをもつ親として他人事ではなくとても悲しい記事でした。 

 

 

・子供であれば泣き叫ぶなり声を出して助けを呼べるのに、音だけというのは既に息が出来ないほど潰された状態だったのだろう。動く腕で知らせるため必死に叩いた。生への執着、本能の行動だったのだろう。 

これが現実か、と思うほど残酷だし表現しようの無い気持ちになった。ご冥福をお祈りします。 

 

 

・言葉が見つかりません、お辛い事があったのですね…ご冥福をお祈りします 

 

コタツって比較的普通のテーブルよりは頑丈ってイメージがありましたけど、、一般知識として地震発生時は椅子や机の下、バスタブに逃げるってなんとなく考えてたのですが 

場合によってはそういうのをふまえないといけないのですかね、、 

私達はこの震災やこれまでの災害からもっと色々学ぶべきだと思うばかりです 

 

 

 

・お父さん立派な息子でしたね。奥さん息子さん二人を亡くして、やっと送り出せましたね。この先寂しさや辛さがあると思うけど、息子さんの最後の逞しくて立派な姿に負けないように頑張ってくださいね。 

 

 

・テレビでニュースが流れると、とても辛くなり消してしまいます。ネットの記事も全て読み切る前に閉じてしまいます。 

現実を見なきゃいけないのかも知れませんが、自分にはこの辛さや悲しさが耐えられません。そんな自分が唯一できる現実的な支援は募金しかありませんので、とても微力ですがそこだけは努めだと思っています。 

それで良いのか正直分かりませんが、私にはそれしか出来ません。 

 

 

・これから南海トラフや首都直下地震が待ち受けている日本で学校で当たり前に教えられる“大きな地震が来たら揺れが収まるまで机の下に潜る”はケースバイケースだと言うことを周知させた方が良いのではないか。 

耐震性の低い建物の場合は一目散に飛び出した方が生存率が高いことも多い。 

机の上に隠れたらそのまま天井が落ちてきて圧死溺死焼死の可能性があります。 

 

 

・我が家にも10歳の息子が居ます。この記事の9歳の少年の最期を思うと涙が出ます。 

お母さん助けたかったと思うし、自分もなんとかして生きようとしていただろうし。。 

お父さんの気持ちを考えると本当に辛い、これ以上辛い事があるだろうか。 

 

 

・ぐうぅぅ、歯を噛み締めてしまいます! 

当事者でないとこの辛さはわからないと思いますが、本当に悲しいです涙が出ます。 

が現地の方の事を思うと被災していないものが滅入っても仕方が無く! 

必死に働いて、被災された方々の力になれるようにしようと思います。 

亡くなられた方には心よりご冥福をお祈りし、被災された方にはどうかお身体ご自愛頂き、1日でも早く復興される事を願っております。 

 

 

・阪神大震災のあと、住めそうな住宅でも基準を満たしていないと住んではいけないとの指示が出て、免震補強や退去が余儀なくされました。 

地方都市の古い家はどうなっているのでしょうか。  

配偶者の実家が古くて危険だから行きたくない、とはなかなか言えないものです。  

けど、地震大国の日本はこういった不幸をなくすためにもっと意識を変えなければいけないかもしれません。 

 

 

・倒壊した家屋を重機が使えず、全国からボランティアが来て多くの人力で少しずつでも取り除いて、救出できるなら、現地に向かいたいと思った人は、自分だけじゃなくたくさんいたと思います。 

ボランティアがプロの邪魔をしてはいけないとか色々あると思いますが、個人的にはすぐにかけつけたかったです。 

 

 

・自分も苦しくて死にそうな中、多分、もう気を失っているお母さんのために一生懸命叩き続けたんだろうな。気づいてもらえて、ホッとしただろうな。 

 

まだ小さいのに。お母さんも若いのに。 

可哀想だ。 

何度も地震が来ていたから、大丈夫かなと心配したけど。 

悲しくなるね。 

正月なんて祝えなくなるよね。 

 

 

・机の下に隠れる避難訓練をしましたが、間違ってますよ。机は潰れる。助からない。机の下に隠れた後に、外に逃げる。小学生の時に行った避難訓練です。今はすぐ外に逃げないと今後も犠牲者は多く出るでしょう。 

 

 

・子供が亡くなるのはただただ悲しい。これから先、楽しいこともたくさんあったろうに。残された親はどんなにか辛い日々を過ごすのでしょうか。私なら耐えきれません。 

楽しいはずの正月元旦の団らんの日が、一瞬にして暗転してしまい、自然の恐ろしさを痛感しました。 

 

 

 

・子供が亡くなるのはただただ悲しい。これから先、楽しいこともたくさんあったろうに。残された親はどんなにか辛い日々を過ごすのでしょうか。私なら耐えきれません。 

楽しいはずの正月元旦の団らんの日が、一瞬にして暗転してしまい、自然の恐ろしさを痛感しました。 

 

 

・感情にケジメをつけるために話すということは大事なのかもしれませんが、不特定多数が読む記事にまでする必要はあるのかな。この大混乱の中多かれ少なかれ同じような体験をされた方はたくさんいると思います。これも自己顕示欲なのでしょうか。 

 

 

・数年前なら、可哀想って思ってだけど、 

今は自分の子どもと重なってしまう。 

これが親になった。守らなきゃいけないって事だと改めて思い知った。何も出来ないけど、少しでも子どもの近くにいようと思う。 

 

 

・この地震で「神様はいない」という台詞をよく聞くけど、神様って崇め奉ることで自分の心の支えにするという存在で、神様自体が人間に何かをしてくれるわけではない・・・。 

そうでなければ、元日に限らず死んでいった人々全員に対して同じことを言わなければならなくなる。 

神様うんぬんは置いておくとして、生きている人間が精一杯生きるしかない。 

 

 

・避難の仕方も考えなければいけないのかなと今回すごく思いました。 

揺れたらテーブルの下に隠れろ、外には出るなと教えられてきたけど地域や環境によっては真逆なのかもしれないと。 

 

 

・阪神淡路を経験した。あちこちで家の下敷きになりながら助けられず、火の手が回ってきてどうすることもできなかったことを思い出す。地獄絵図のようだった。 

今でもトラウマのようになって夢にも出てくる。 

9歳の息子を助けられなかったこの人は自分を責めないで欲しいね。ただそれだけ。 

 

 

・何という悲惨な惨事。一日に。自分達は、この事を胸に、直向きに働こうと思いました。1月1日は今度からは弔う日にもしたいと思います。 

絶対、また、亡くなった方々が生まれ変わって幸せになれますように。 

 

 

・こういう記事を読むと辛く悲しくなるしなんでわざわざ記事にするんだろうとも思う。と同時に自分じゃなくて良かったと思ってしまう。でも読むことによって自分にも起こりうる事だから家族や親しい人との時間を大切にしなければと思った。 

ご冥福をお祈りします。 

 

 

・たった9歳で助けを求めて音を出し・・それすら聴こえなくなったお父さんはどれ程悲しく悔しかったでしょう。 

神様がいるのなら、どうしてこの日に・・と訴えたい。 

悲しいニュースばかりです。 

どうか、来世では幸せな人生を送れます様に。。 

そして、総理、口先だけでなく、検討検討ではなく、迅速な対応をお願いします。 

 

 

・自分にも年末に10歳になったばかりの子供がいる。 

姿が見えるのに助けられない気持ちを思うと胸が苦しくなる。涙が出てくる。 

この先正月を祝えないと言う気持ちわかります。 

妻と子供が苦しい思いをした日をおめでとうなんて言えない。 

本当に元旦は卑怯ですよ。 

 

 

 

・元日で普段の日より家族揃って過ごしている家庭が多くいて離ればなれの時よりは…と思ったけど、目の前にいるのに助けられなかった、一緒にいたのに自分だけが生き残ってしまったもどかしさ。余計に辛いのかもしれない。 

 

 

・お辛いですね。 

同じ年頃の息子がいるので、胸が詰まる思いです。 

新年を迎えてお祝いするはずのお正月が、 

これからは思い出したくもないお正月になるのは辛すぎる… 

 

ご冥福をお祈りいたします。 

 

 

・正月だったんだよな。 

年賀状やお年玉、家族との団欒。来年以降祝う気持ちが持てそうにありません。 

強く生きようとした人、辛さを耐え忍ぶ人。 

色んな方の気持ちに想いをめぐらせる時になるかなと思います。 

 

 

・うちには8歳の息子がいる。もう少しで9歳。 

そして我が家にもこたつがある。 

家にいるときに地震が起きたら、こたつの中に隠れようと思っている。 

色々とかぶってしまい、涙なしでは読めなかった。 

頑張った息子さん、天国でお母様と安らかに… 

 

 

・「この先、正月を祝うことはないという。」 

 

私は普段からあまりテレビを見ないですが、来年の元日からテレビ各局はどう放送するのでしょうか? 

 

元旦特番で晴れ着で「おめでとうございます」なんて言えないのでは。 

来年の元旦は地震から1年の追悼番組ばかりになるような気もします。 

私は追悼番組でも良いですが。 

 

 

・能登地震は発生日時が残念 

1月4~5日の昼前頃発生なら、日没まで時間があるし、 

子供は学校だし、市役所も消防も通常勤務だし、 

親族等も帰省先から自宅へ戻っていた人は多い筈だし、 

被害者も少ないし、動きも早かったのになあ 

 

「次の震度7の地震は、平日の午前中にお願いします」と 

神様にお願いしたい 

 

 

・息子も立派だが、父ちゃんが立派だ。 

いや、立派な父ちゃんだから息子が立派だったんだな。 

父ちゃんは頑張って生きて、息子と母ちゃんの立派に生きた話を可能な限りたくさんの人に教えてやってくれよ。 

 

 

・息子さんは本当に頑張った。父の誇りとなって奥さん共々、心の中で一緒に居る事だろう。元旦は卑怯でこの先祝う事は無いだろう。誰だって当然に思うし、こんな最悪な日は一生忘れない。本当に胸が痛む。 

 

 

・能登の家々は黒光する立派な屋根、美しい石垣、しっかりした木造の板壁。地震がなければ、日本の美しい昔ながらの景観を残す街並みだった。まさかこんな元旦に、一家団欒のひとときに。元旦に卑怯というのは恨んでも仕方ないが、つくづくそう思う 

 

 

・地震に元日は卑怯も何もないでしょう。 

ウクライナでは年末年始もロシア軍の空爆が続いているし、 

イスラエルでも同様の状況が続いている。 

 

戦時下とは状況が違うとしても、 

災害大国の日本は、 

いつ有事が起きてもいいよう覚悟は必要だと思う。 

 

 

 

・地震に元日は卑怯も何もないでしょう。 

ウクライナでは年末年始もロシア軍の空爆が続いているし、 

イスラエルでも同様の状況が続いている。 

 

戦時下とは状況が違うとしても、 

災害大国の日本は、 

いつ有事が起きてもいいよう覚悟は必要だと思う。 

 

 

・お子さんは痛い、苦しいを超える悶絶する中よく頑張った!これ以上の事は赤の他人の私には言葉にできない。 

お父さんの心中を察する事はできない。私が思う以上の目の前での出来事、愛する奥様と愛おしいお子さんを同時に亡くすなんて想像できないからです。 

 

 

・同い年の息子がいますが、涙がでます。 

 

正月を祝うことはないと言う言葉が非常に重い。 

 

同じ国の話とは思えないほど残酷です。 

 

仕事のため、今年から子供だけで留守番する日が増えますが本当に怖いです。 

 

 

・息子を持つ身としては他人事ではない 

 

自宅の耐震補強は何とかなっても、自分たちの行先、実家だったり宿泊施設とかまではチェックできないし、元日は卑怯というお父さんの気持ちも理解できます 

 

 

・これだけ自信が多い地域でもほとんど耐震工事をしてなかってというから驚き 

おじいおばあの高齢者が住んでたらどうせ死ぬまで何十年もないしその為に何百万もかけたくなかったんだろうが、帰省してきた子供や孫達がこうやって被害に遭い命を奪われたとならばなんとも言えないし家主の責任もゼロではないのかなと思ってしまう。 

 

 

・頬の痣を頑張った証として受け止めていらっしゃるお父様に涙が出ました。 

あっという間の出来事でも、とてつもなく長い時間だったはずと思います。 

心から、お二人の御冥福をお祈り申し上げます。 

 

 

・かわいそうや苦しいだったり、仮に自分じゃなくて良かっただとしても、どんな気持ちで読むのも正解だと思う。 

そこにいた人の生きた証を知ることは意義のあることじゃないかな。 

 

 

・近県で大きい揺れを感じていたが、幸い目立った被害はなかった。元日でもあったのでとりあえず飲酒していたが、その間に亡くなった人がいたと思うと、自分がこの地震をいかに他人事と捉えていたか痛感して、恥ずかしく思う。 

 

 

・私にも子供はいる 

子供が出来てから、子供が親より先に亡くなるほど辛いことは無いと思うようになった 

 

お父さん、よく頑張りました。奥さんも息子さんも感謝していますよ 

 

 

・自分にも息子がいるので、亡くなったお子さんと重なり、涙が止まりませんでした。  

 

また、合図が聞こえなくなった時のお父様の悲しみ苦しみは、いかばかりだったのでしょう。 

 

心からご冥福をお祈りさせていただきます。 

 

 

 

・自分にも息子がいるので、亡くなったお子さんと重なり、涙が止まりませんでした。  

 

また、合図が聞こえなくなった時のお父様の悲しみ苦しみは、いかばかりだったのでしょう。 

 

心からご冥福をお祈りさせていただきます。 

 

 

・確かにこれから元旦が来ても祝う気持ちになれないかもしれない、だけどお父さんが無事年越しをして元旦を迎えられた事を息子さんや奥さんは、ほっとしてくれると思う。 

 

 

・元旦が親族の命日は考えただけでもかなりキツイな。 

阪神大震災の被災者です。 

29年経過しても鮮明に覚えていますよ。 

町内で何人も亡くなったし、旧友の家は目の前で燃えました。 

 

 

・美談にするんじゃなくて倒壊しやすい建物を建て直すとか災害に巻き込まれやすい地域の将来的な危険性に目を向けてほしいですね。 

命を大切にする方向性の違いかもしれないですけど。 

 

 

・苦しくて息が上がって先を読めなかった。こんなに辛く悲しい事が他にあるだろうか。 

この方も含めて家族を亡くされた方に、どうか安息の日々を与えて欲しい 

 

 

・悲しい年明けでした!当たり前の日常が瞬く間に消えてしまった地域の皆様、癒えるのには時間がかかるかと思いますがどうか気を落とさず生きてください。 

 

 

・生と死の境目に無情さを感じる 

元日じゃなかったら.. 

家から飛びだして逃げていれば.. 

後悔の念しか出てきませんからね 

自分を追い詰めることなく生きていってもらいたい 故人はそんな姿を望んではいない 

 

 

・1年で1番心休まる元日に、、、 

息子さん、お母さんを助けたかったんですね。 

なんで、こんなことが。くそっ、なんで。 

悔しいです。 

 

 

・自民党議員も少しはこういう状態の解決に心砕いたら?私財をためることに奔走して腐ってるな。 

以前東日本大震災について東京じゃなく東北で良かったとほざいた大臣が居て罷免されたが、安倍晋三が亡くなった今もぬくぬくと議員生活続けてて何だか虚しくなったよ。 

 

 

・辛かったし怖かったし痛かったよね。本当に地震が憎いです。元旦に一生思い出してしまうなんて。少しでもご飯食べて暖かくされて眠れますように。 

 

 

 

 
 

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