( 130089 )  2024/01/19 00:27:01  
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「今年は良いことあるわい」と笑った妻 初詣30分後、柱の下敷きに

毎日新聞 1/18(木) 13:30 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/ed0f9303308a5d4f2b3d4ac0b94557f996cdd6e4

 

( 130090 )  2024/01/19 00:27:01  
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石川県七尾市で起きた能登半島地震で、立川ゆき子さんが自宅の倒壊によって亡くなった悲劇が伝えられています。

夫である立川康則さんと遠い親戚同士の2人は35年の結婚生活を送っており、家族や孫たちとともに楽しい新年を迎えていました。

しかし、地震によって自宅が崩れ、ゆき子さんは倒れた柱に直撃されて亡くなりました。

夫婦仲は良く、家族の中心である明るく頑張り屋のゆき子さんの死は家族にとって大きな喪失です。

(要約)

( 130092 )  2024/01/19 00:27:01  
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能登半島地震による家屋の倒壊で亡くなった石川県七尾市の立川ゆき子さん=家族提供 

 

 「初詣の後『お賽銭(さいせん)で3000円も入れたから、今年は良いことあるわい』なんて大笑いしていた。その30分後にこんなことになるなんてね……」。石川県七尾市川尻町の立川康則さん(64)は、1日の能登半島地震で倒壊した自宅の下敷きになって亡くなった妻、ゆき子さん(56)について、こう話した。 

 

【写真】「早く行けっ、逃げろ!」振り返ると夫の姿はなかった 

 

 遠い親戚同士だった2人は結婚して35年。康則さんの母、一子(かずこ)さん(88)と3人暮らしだった。毎年正月2日は、3人の娘や孫らが帰省してにぎやかに新年を祝うのが恒例。今年も10人以上が集まる予定で、1日は振る舞うおせちを一子さんと2人できれいにお重へ詰めた後、午後3時半過ぎ、近所の神社へ初詣に行った。自宅に戻って一子さんと2人でテレビを見ていた同4時10分、大きな揺れが襲い、自宅が崩れた。 

 

 玄関にいた康則さんが外に出た後、2度目の大きな揺れで自宅の屋根が完全に落ちていた。一子さんはがれきの下に体が半分見えていて、近所の人を呼んですぐに助け出した。 

 

 だが、ゆき子さんの声がしない。「ゆきちゃん、ゆきちゃん」。小一時間かけ、何とかジャッキで屋根をどけて体を引っ張り出した。体はまだ温かく、きれいな顔をしていたが息はなかった。崩れた柱が上半身を直撃し、即死のようだった。 

 

 夫婦は年が八つ離れているせいかけんかもなかった。昨年12月28日のゆき子さんの誕生日には、康則さんがケーキを買ってきて一子さんと3人で祝ったばかり。康則さんが「明るく頑張り屋で冗談をよく言う人だった」というゆき子さんの声は、家族の中心だった。ようやく子供や孫と集まれたのは、5日に七尾市で開いた葬式だったという。 

 

 「台所にでもおれば助かっていたかもしれない。でも地震が(孫ら家族が集まる)2日だったらと思うと、もっと怖い……」。一子さんはうつむきがちに語った。【斉藤朋恵、横見知佳】 

 

 

( 130091 )  2024/01/19 00:27:01  
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文章を読み取った感情・傾向:  

・感傷的で、人間関係や生き方についての深い考察が含まれています。

 

・不幸や災害に対する不安や怒りが感じられます。

 

・普段の日常や家族との時間を大切にする気持ちが表れています。

 

・信仰や宗教についての疑問や考えがあり、運命や偶然についての思索が表れています。

 

・被災者への同情や支援する意志が表れています。

 

 

(まとめ)

( 130093 )  2024/01/19 00:27:01  
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・お写真からも明るくて優しい奥さんだったんだろうな。と感じました。 

ご主人のお母様とも一緒におせちを詰めたり初詣に行ったり、本当に仲良し家族だったのでしょう。 

命っていつ尽きるかわかりません。 

事故や事件や震災・・・明日無事に生きていられるかどうかなんて誰にもわからないし絶対なんてない。 

東日本大震災の時も「あの時こうしてれば」という話をたくさん聞いた。 

喧嘩したままごめんねも言えないまま死別してしまって、それがずっと心残りだ。という人もいる。 

何気ない日常は奇跡に近いのかもしれないね。なるべく喧嘩せず家族仲良く人に優しく生きたい。 

 

 

・世の中に神様はいない事がわかりました。これだけの人々の幸せを台無しにする災害がおこるのなら、初詣もなんの意味もないのだ。結局運に任せるだけ。だからその日その日を精一杯生きよう。そして苦しい試練はみんなで助け合って生きていかないとダメなんだよね。 

日本中で協力し合ってこの災害から立ち上がろう。頑張ろう。 

 

 

・お賽銭たくさん入れたから、いいことがあるとは、限らない。 

神社の神様には、御守護の日々の感謝と祈りも大切で、お願いばかりしている人もいる。たくさんの大勢のなかで、多くの願いがなかなか届かないこともあるのではないだろうか。このことをニュースにあげる家族も痛すぎる。 

つらい人が聞くと、つらさも込み上げる。聞いた私たちも、つらさが伝わる。 

人生は生まれるときに、寿命が決まっているらしく、事故にあったり、病気になったりして、寿命が尽きるときもある。人生はわからないものだと思う。 

乗り越える道に救いの道ができますように・・ 

 

 

・写真を見て、とても明るい朗らかな感じのする方であり、初詣後柱の下敷きで亡くなったという報に接し、この世には神が居なくなったのかといぶかる出来事です!日本中の神様、仏さまにどうかこういう飛んでもないことは起きない様に願う次第です。亡くなった方やご家族には、お悔やみを心から申し上げ、ご冥福をお祈りします。合掌! 

 

 

・今年の初めに立て続けに起きた災害や事故は本当に心が痛むばかりです。 

 

特に年初めの1月1日は開運日でもあり、めでたい日取りなので旅行に出かけていた方もいたでしょうし、何かの祝いの席を楽しむ予定にしていた方も多かったと思います。 

 

そこにきて大地震が起きるなど誰も想像しなかったでしょうし、気の緩んでいる時だから余計ですよね。 

 

今後も地震が何時どこで起きるか分からないだけに、日本国民は防災意識を高く持って日頃から備えておく必要があると思います。 

 

 

・能登地震と同じ事は他の地域でも起こります。数秒で助かる事ができる対策が必要です。家への先対策、後対策がどちらも必要です。避難シェルター的な箇所を設けるか、潰れない柱を作り、避難箇所とするか。屋根の軽量化や骨組みの補強をするか。自治体はどうするかを考え、助成により促進させるべきだと思います。 

 

 

・すでにテレビがニュース以外つまらないバライティで埋め尽くされているのに違和感を持ちます。遠くで被害会ってない自分が喪に服しても経済は回らないし、無意味であるけど、もう少し過去の教訓から対策、今のボランティア情報や個人でできること、たび重なる余震での追加被害がないのか、全国の支援体制、国の動き、ちゃんと知りたい。 

 

 

・もし初詣に行った時間が夕方だったら外にいたわけで、家屋倒壊に巻き込まれなかったかもしれないと思うと辛いです。 

 

あの時間帯、私たちも家で子どもらと過ごしていて、揺れが来た時旦那が子どもらをテーブルの下に隠れさせました。震源から少し離れていたから助かったけど、震源の真上の場合はテーブルじゃだめで、真っ先に外に出ないと助からないなと教訓を得ました。 

 

 

・今年の1/1は大開運日と言われていたし、昨年末のTVの特集で、こんな開運な日が元旦に訪れるなんて本当に無い。本当に凄い日、凄い年なんです! 

 

みたいな特集もやっていたし、地震が起きたときですらショッピング専門チャンネルでは開運日の事を話ながら開運商品を案内していた。 

 

そんな情報が入っていなくても元旦ぐらい素敵な1年になると思いたいですし、神社では幸せを願いたいですよね。 

 

それなのに、あまりにも酷い。そして辛くなりますね。 

連日の被災地の報道を見ると、心が苦しくなりますが、私は神社ではなく少額ずつでも、お釣りの小銭でも今年は募金をし続けようと思います。 

 

 

・ほんとこういうエピソードを聞いてしまうと 

神も仏も…と思ってしまう。 

 

ビートたけしさんが東日本大震災の時に 

1人が死んだ事件が2万件あった と言っていました。 

数だけで言えば200人超と東日本の時に比べれば… 

と思う方もいるのかもしれませんが 

1人が死んだ事件が…と思うと命を重みを思い知ります。 

 

30分前まで、10分・1分前まで笑う合っていた家族が 

一瞬で永遠に別れをしなければならなくなる。 

被害者の家族の方々には受け入れがたい現実なんだと本当に思います。 

 

 

 

・私は年始に母を亡くしました。母の場合は病気だったので死期もわかり看取れましたが、それでも悲しさ、後悔がたくさんありました。震災で亡くされた方を思うと、突然の事なので私には想像出来ない位の悲しさ、悔しさ、後悔があると思います。それでも取材に応じたりと凄いの一言に尽きます。どうか無理なさらず日常を取り戻して下さい。私には募金するくらいしか役に立てないですが頑張ってください。 

 

 

・ペストが大流行した時に、神に祈っても危機を乗り越えられないと、やっと人々は気付いたという歴史がある。 

 

よりによって初詣の直後にこんな事があると、気分としては、当時のペスト流行を止めてくれない神様への気持ちと似た気持ちになるのではないか。 

 

心に余裕が無いと出来ない考えかもしれないけど、神様には、お願いはしてはいけない。見守ってくれてる存在が前提として、辛い現実に立ち向かうのは生きる人間しかいないんだと、受け止めるしかないと思ってます。 

 

 

・当たり前の日常が続くことは奇跡なんだと改めて思わされました。 

若くしてご主人を突然亡くされた友人に会った時に、その友人の言葉ですが毎日を笑顔で過ごす。と言う事に尽きると言う事でした。 

友人はご主人が亡くなる前は、喧嘩が多く思い出すのは喧嘩してお互いに不機嫌な様子だったので特にそれを感じたそうです。 

頭ではわかっていても日常ではなかなか難しいと思う。 

悲しみは変わらなくても、笑顔が脳裏に浮かぶような日常を過していけたならそれが支えになってゆくのかもしれない。 

 

 

・それにつけても元日というタイミングが最悪でしたね。 

 

元日の夕方ということで、初詣に行くなどしてめでたい気持ちになったり、夜は久々の一家団欒を楽しみにしていたり、そのために張り切って準備したり、新年の抱負を決めて気合い入れていたり、そんな矢先にですからね。 

 

改めて被害に遭われ亡くなった方々にお悔やみ申し上げます。 

 

 

・地震はいつどこで起きてもおかしくないと理屈の上では分かっていても、まさか新年早々元日に大地震が起きるなんて多くの人は考えもしなかった事だと思う。 

地震は人間の都合なんて何一つ考えずにやって来るものだと、今回の大震災以上に教訓になるものは無いと思います。 

亡くなられた多くの方のご冥福をお祈りしています。 

 

 

・地震の直前には色々な家でこのようなお正月の団欒があったんだろうなと思うといたたまれない気持ちになります。 

家族を亡くされた方々がどうか立ち直れますように。避難されている方々が早く日常に戻れますように。 

 

 

・震災の被害は、亡くなったり、けがをされた人の数で捉えがちです。しかし、こういったニュースを読むと、改めて亡くなられた方一人一人に家族がいて、友人がいて。人1人が亡くなるということは、多くの人たちに悲しみを与えることなのかを痛感します。 

改めて、目の前に大切な人がいる状況は当たり前ではない、今を一瞬一瞬大切にしないといけないのだと思いました。 

 

 

・「苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、 

助け合って生きていく事が、これからのわたくしたちの使命です。」 

東日本大地震で被災した気仙沼市の中学生の心に響く卒業生の言葉ですが、この言葉を受け入れるには、まだまだかなり時間が必要ではないかと思います。 

 記事を読み進むと胸が熱くなります。ご冥福をお祈りします。そして被災された多くの方と救助・復興に関わる方々へ心から「頑張ってください」と申し上げます。日本においてはどこに住んでいても明日は我が身です。助け合いの精神が今後も広がっていきますように。 

 

 

・辛いよね。こういうことがあるから初詣、お参り、ご利益、占い、信仰、開運とかあまり信じないと言うか、期待しないように私はなってしまった。 

私は生まれて2ヶ月で姪が亡くなり、毎朝お地蔵さんにお参りに行っていた近所のおばあさんも、その日課に行く途中に轢かれて亡くなった。ちなみにおばあさん家からお地蔵さんは2~300m。 

こういったことが身近であるので、期待は出来なくなった。 

なのでテレビとかでそれ系を特集したり、作法だの仕方だのを芸人や有識者が語っていると、んなわけないと思ってしまう。 

神様がいるならそんな心狭くないからと。 

全ては運命なんだろうと思ってしまう。 

 

 

・まさか元日から大震災に遭遇するとは誰もが夢にも思ってなかったでしょう。正月ということもあり少しゆっくり起きては、午後から初詣に行って、帰って来て少し寛いでいた矢先にこの被災に遭われた方も多くいらしたと思います。奥さん、おせちもきれいに詰め準備を終えて明日(2日)は家族みんなが集まって賑やかに過ごすはずだったのに…本当に本当に悔しかったと思います。しかし、2日の発生だったらもっと人的被害が出ていた可能性もあると思うし。何ともやりきれない思いです。 

 

 

 

・調べてみたら瓦屋根の重さは坪あたり140kgとの事。つまり2階建ての場合は屋根の大きさが14坪の場合1960kgの重さとなる。大きな車が屋根に乗っている事とおなじ。古い家屋で2階が瓦屋根はかなり危険と思う。直下地震で大きく揺れたら例え耐震作りでもペチャンコにつぶれる可能性がある。従って最も安全なのは1階建ての平屋トタン屋根住居となる。土地があるなら1階建て平屋がいいと思う。 

 

 

・地震関連の亡くなった方の記事を読むのはすごく辛いけど、1度目の揺れで外に出た人は助かってて2度目の本震で倒壊された方が多かったと知りました。あの日わたしも震度5以上揺れた地域にいましたが、あの時にテーブルの下に隠れてた幼い娘の顔が忘れられません。色んな状況あるけど、木造の家にいたらとにかくすぐに出ることにします。ただ、猫を外に出すかは悩みそうです。数秒で判断できるのか… 

 

 

・お悔やみ申し上げます。 

今回の震災は元日に起きてしまった。いつ起きても不思議ではないし、いつ起きたから良いというものでも無い。 

また1年365日、必ず誰かの命日であるという観点もある。しかしよりによって元日に起きたことで、被災地は毎年元日にまず慰霊祭を行うだろう。心から「明けましておめでとうございます」などと祝う気分にはなれない。お身内を亡くされたなら尚更だ。 

そして数年で震災の記憶は他県の人々の間で風化する。日本の大多数が新年を祝うのに、被災地、被災者と被災者遺族は取り残される。 

こんな悲惨な話は滅多に無いだろう。 

 

 

・この地震が起こった時、ちょうど初詣に行こうかと考えて台所で用を済ませたところだった。二階に置いていたスマホから聞き慣れない変な音(緊急地震速報)がして上がると、照明器具の紐が揺れていた。大阪なので被害はなかったけど、震度七や六が能登半島で起こったのを知ると神戸の震災が頭をよぎって、とてもじゃないけど初詣なんかに行く気にはなれなくなった。そしてえべっさんもパス。 

神も仏もないよ、本当に。もし神様なんていうのがいるなら、能登に総動員で行ってほしいね。 

 

 

・元旦同県におり、2時過ぎ頃に海沿いの神社に初詣して帰宅し、テレビを見ていたら震度5くらいがきました。40kmも離れていないと思われます。ただただご冥福をお祈りします。 

自社仏閣を擁護する権威も意図もありませんし、不謹慎かもしれませんが、 

こんなに素敵な方なら、 

旦那様と義母様が無事であったことに安堵されていらっしゃることでしょう。 

咄嗟の時、いちばんに家族を守ってほしいと想われたかもしれません。 

どうか幸あれと、願われていらっしゃると思います。 

他人の身でも涙が出ます。ほんとうに何もできませんが、ご親族のご多幸を願っております。 

 

 

・本当に心からお悔やみ申し上げます。 

私は、年末年始の旅先で被災しました。 

個人的には震度5強の地震は3回目でした。 

妻は初めて。揺れが大きくなるにつれ飛び出そうとする妻を抱擁し、揺れが落ち着くのを待ちました。 

東日本の際も被災に、建物からの飛び出しが危険だという認識があり、 

商業施設内にいたため建物から飛び場さぬように言いました。 

お客さんで何人かが飛び出す方もいらっしゃいました。 

 

東日本のときは飛び出してはいけないという教えでしたが、今回は飛び出した人が助かった。 

地震が起こった際、自分のいる建物次第で、避難の仕方を変えないといけないのだなと実感しました。 

 

 

・東日本大震災の際、津波が押し寄せ、家族が必死で手を繋いでいたが力尽きて流されて離ればなれになり行方不明になった話などを聞いたときも心が痛くなりました。 

普段は年老いた親や家族などにイラつくこともありますが、このような震災などは〝明日は我が身〟と思うと気持ちが変わります。 

初詣のあとにこのような災難に遭われたのは辛いと察します。 

私は以前から初詣のような験担ぎみたいなことはしないしない人間です。それと言うのも、厄年には厄払いなどをする人が多いですが、そもそも真面目に生きて何の罪も無い人に〝厄年〟という特定の年齢で、事故、怪我、病気などがあり、神社や寺で金額でランクがある厄払いなど見ると「神様はずいぶん俗物的で残酷だね」と思ってしまう。本当に神がいたら、もっとバチを与えるべき人など沢山いるでしょう。以前、同僚などに厄年だなと言われても私は「毎年が厄年みたいだよ」と答えてました。 

 

 

・まぁ、胸熱くなります。 

 

報道で亡くなられた方の人数が数字として発表されますが、そのお一人お一人にさまざまな生活があり、家族があり、人間関係があり、人生があった。 

 

それが、今回の様な突然の天災で突然失われてしまう。残された方の心のケアはとても重要だと思います。 

 

 

・本当に「明日死ぬかもよ」って思わずにいられない。亡くなったご本人も、自身が亡くなった事さえ気付いていないのかもしれない。今回の地震で、数多くの胸が締め付けられる様なお話が出てくる。家屋の倒壊や土砂崩れで亡くなった方が多いので、より身近な死となっているのが何とも辛い。今回亡くなられた方々の死を無駄にしない為にも、色々なお話の中から、震災時の教訓を皆が共有していくことが大切だと思う。 

 

 

・ご冥福をお祈りいたします。人間生身の体で有る事、明日は我が身を思い知らされる感です。世の中は偶然の連鎖で間一髪で云々とか思いもよらず云々とか肯定的なことわざなり否定的な格言なりが溢れています。今回の地震も帰省が一日ずれる予定の方もいたのではないでしょうか?その為帰省出来ずに難を逃れた方もです?正直避けることが出来ない部分、悔やんでも悔やみきれない現実に虚しさを感じます。 

 

 

 

・お正月、しかも元旦にこんな地震が来るとは思いもしなかったです。本当にビックリしました。忘れられない日になってしまい悲しいです。石川県の皆さんの無事と安全、一日も早い復興を心から祈っています。私もいつ何があるか分からないので家族をもっと大切にして生きようと思いました。 

 

 

・本当に平和な日常、平凡ながら毎日同じようなルーティーンを過ごせていることがどれ程幸せか痛感する出来事だった。 

元日から大地震が発生し、その翌日には地震の被災地を支援しようとしていた方々が事故に巻き込まれ本当に悲しい新年になった。元日にみんなで年を越して、新たな年に期待を膨らませていた数時間後にこんな地震が起こるなんて誰も想像できなかっただろうし、奥さんの「今年は良いことあるわい」という言葉が本当に裏目に出てしまったのが切ない。もし大地震がなければ、石川の方々も犠牲にならず、海保の方々も羽田に集まることもなかったと思うと運命は残酷だなと感じる…もう今年はこれ以上の不幸な出来事が起こらないように願うばかり 

 

 

・東日本大震災の時に初めて町の緊急地震速報を聞いて、ラジオで聞いていたから大きな地震が来るのがわかってはいたけど外に出た方がいいのか家の中にいた方がいいのかわからずオロオロしてしまった 

結局家の中に留まりテレビが倒れないように押さえたけど何が正解なのかはわからない 

関東だったから家の中で良かったけど震度7の地震だったらどちらの方がいいのだろう 

 

 

・正月にわざわざ遠くから帰省して亡くなられた若い方も多い。せめて一週間ずれてれば… 御先祖の墓参りに行った後交通事故で亡くなる方達もいるし、神や仏はあくまで人間のいたらいいなという希望であって実在はしない。けれど、人知を超えた存在にすがりたい気持ちはやはり自分もある。ご冥福をお祈り致します 

 

 

・母のきようだいは九人姉弟ですが、母がまだ若い頃は全員仲よく、親戚づきあいも、祭り、お正月など集まり楽しかったのですが、母が亡くなって、それぞれ叔母、叔父どうし仲が悪くなって今ではお互い行き来も有りません子どもの頃、楽しかっただけにとても残念です。お互いに兄妹、70代、80代になればいつ何が有るか、わからない、生きているあいだに仲なおりしてほしいものです。 

 

 

・世間のご夫婦喧嘩などせずに仲良く暮らしてよ 

記事のご夫婦みたいな悲惨な状況が何時来るとは限りません 

仲が良かった素晴らしいご夫婦だったと思います 

心残りだったと思います 

まだまだ残された家族は立ち上がれないと思いますが明日を信じ頑張って下さい 

ご冥福を祈ります 

 

 

・一寸先は闇。地震列島の日本に住み生きている以上、誰にでも起こり得る不都合な真実がある。だから一期一会とも。今日のこの瞬間が一度きりの人生でたった一度しかない瞬間だという事実を悟り、たった一度の人生だからこそ何気無い日常生活を大切に噛み締めながら感謝して生きなければならない。何気無い日常生活が、いかに尊く貴重であったと失くしてから後悔しないために。我々の祖先は幾度となく襲い来る地震などの自然災害が発生してもお互いに助け合い、地域社会で連携して支え合いながら震災の度に復興を果たしてきた。今は我々の世代の人間が一致団結し国民全員で被災地の復興を支援し一刻も早く被災地の被害者の救済と被害者の方々の日常生活を元通りに戻せるように救いの手をさしのべる思いやりと寄付のような行動力が必要だ。 

 

 

・御愁傷様でした。地震から早18日経過しましたが哀しみは癒えないと思います。ご病気で亡くなるのも哀しいのに、それまでイキイキとされていた人が突然亡くなるのは想像を絶します。お母様は助かったようですが、それはそれで幸いでした。人の生命なんてわからない。いつこのように地震で亡くなったり、事故や事件に巻き込まれたり。私は正直、神仏は信じませんが、母が信心深かったので毎日仏壇、神棚のお給仕をして手を合わしてました。それはそれで間違いはないと思っています。手を合わせる、お参りすることで、その人の精神が和らぐならば。年末に墓参りした時に、爺さん婆さん、母、姉に、どうか親父を守ってあげてや!ってお願いしたが、年明け5日に亡くなりました。それでも供養のために毎月墓参りは欠かさず行くようにしています。 

 

 

・この震災で「人はいつ死ぬかわからない」と実感した。被災者の方の話で「何で正月なんだよ」と口にされるのを見て心が苦しくなった。生きる為には夢と希望が必要だけど今この瞬間を生きている事に喜びを感じなくてはならない。東日本大震災も含めて寒い地域の方が冬に家族と家財を失う事に涙が流れる。 

 

 

・今年は三千円お賽銭したからいい事が有るって笑い、2日の娘さんとお孫さんの帰省を楽しみにしてた家族の太陽的な明るい奥様を目の前で失った喪失感を思うといたたまれない気持ちです。またこの記事以外でも、仕事で家を留守にしたから自分は助かったものの、帰省して帰って来てた息子さん受験生の娘さんと奥様を亡くし1人残されたお父さんが、神も仏もない!こんな事になる様な悪い事を自分はしたんか!と号泣された姿など、この様な被災者がいっぱい居ると考えると、なんて人間は自然の前では無力なのか思い知らされる。ソレと地震や交通事故やら突然に最愛の人との別れが起きる場合が有るんだと考え、いつでも会えるしじゃなく会える時には会って顔を見て話すのも必要だとも思った。 

 

 

 

・つらいなあ。阪神淡路の経験者ですが、特に今回の地震は似たような光景が多くて見ていて本当につらい。今はまだ何もできないと思うけど、どうか無理しないで、少しずつ日常を取り戻していかれることを願うばかりです。 

 

 

・プレートとプレートの境界に佇む日本列島。国民には後悔しない生き方をしてほしい。今はたくさんの震災の記録が残っており、映像や音声はほとんどの国民が理解できる記録方法だろう。それらをぜひ目をそむけずに見て欲しい。後悔しない生き方をしほしい。 

 

 

・運命には逆らえない。運命を信じる信じないは人それぞれ。努力して、やる事やって後は任せる。今の自分の生活も運命。もし、明日天に召されるのであれば若くして命を落とした母親と父親の元に行けるので、それはそれで嬉しい。自分の家族には悪いが。自分の家族にその時が来れば気持ち良く迎えたい。亡くなった人の分まで自分は一生懸命に生きる。 

 

 

・一年の始まりで、今年も自分・家族や大事な人達が幸せに過ごせるように祈る事が一番多い日だと思う。そんな日にまさか。。長い年月で見たら、こんな数十秒の揺れで沢山の人達の人生を地獄に変えてしまう地震は本当に恐ろしい。 

今回の地震、自分も上越市の実家に帰省しており、本当に家が倒壊するんじゃないかというくらいの恐怖の揺れだった。箪笥が倒れ、食器が割れ、怪我人はいなく済んだけど…高齢の両親だけが古い家に住み続けるのは今もかなり心配。 

 

 

・地震が元日でなく1週間前後して平日だったら耐震性の高い今時の住宅にいたり、職場の鉄筋の建物の中にいて助かったかもしれないよなって考えます。 

昔ながらの建物が多く、アクセスが非常に悪い能登半島の先で、人が多く集まって居るタイミングで来てしまったのが残念でなりません。 

 

 

・初詣は、365日1年という人間の区切った時間の区切りで、自然の恵みや先人に対しての感謝だけのものじゃないかな。家内安全とかいうのも、その人が去年までの、無事に対する感謝と新たなスタートへの抱負ですよね。 

理不尽ですが、神社のせいでもない。誰のせいでもないです。そうでも思わないとやってられないです。 

 

 

・阪神の震災の時、大学時代の部活の仲間が亡くなりました。浪人して大学に入り、1年留年して、就職先も決まったうえでの被災。下宿先のアパートは2階建てだったのですが、まるで元々平屋建てだったかのように1階部分が潰れ、彼の部屋はその1階にありました。 

留年さえしなければ、浪人しなければ、その日実家に戻っていれば。とにかく色々なifがありました。でもみんなそういったifが心に去来はするものの、それを一切口にはしませんでした。それを言い出すのはあまりにも悲しく、亡くなった本人にも酷なことだとみんなわかっていたからです。 

残された者はただ前を向いて生きていくだけです。振り返らずとも心の中にその人はいます。 

 

 

・こういうお話を聞くと世の中不公平だと痛感します 

元日、どこの家も新しい年を家族で一緒に迎え楽しく過ごしてました 

そんな中で災害が起こり家族や人生、生活が壊れてしまった 

かたや犯罪を起こしたり、迷惑をかけたりしてる人が今もいます 

被災された方々は運だから仕方ないのでしょうか? 

いきなりこんな試練を乗り越えろって酷すぎます 

 

ただひとつ言いたい 

東日本大震災を経験した者として復興は必ずします 

時間はかかるけど必ずです 

今は義援金しかサポート出来ませんが、お手伝い出来る時には現地で少しでも被災された方々の何かの役にたちたい 

大好きな日本、風光明媚な北陸の地 

同じ国の仲間です 

共に頑張りましょう 

 

 

・運命のいたずらですかね…辛いですね。 

初詣は子供の頃に親に連れられて行ったけど、独立してから行った覚えはない。 

お金はないけどそれなりに幸せだし、大きな病気もした事はない。親に感謝です。 

災難も明日は我が身だと思いながら日々細々と生きています。 

 

 

・このような方々が沢山居るのでしょう。助かった人と助からなかった人は紙一重…元旦の夕方なんか一番ゆっくりしてる時間帯だった。いつでも地震はやってくるんだと思わないと行けないが、分かってるけど、さすがに今回は元旦は…神も仏もないと思いました。 

お辛いでしょうが、なんとか頑張って下さい。 

 

 

 

・こう言う記事読むたびに辛い気持ちになりながら、 

でもつい読んでしまう。 

 

運命の綾みたいな記事に特に見入ってしまいます。 

あそこでああしていれば、みたいな。 

ドラマではよく見るけど、現実だと本当に辛い。 

 

読むと余計に辛くなるけど、 

つい読みたくなってしまいます。 

当事者の方のお気持ちになんて、 

到底なれないけど。 

 

何もしてあげられない自分にもどかしさを感じたりします。 

 

最近年を撮ったからなのか、 

刹那的に生きようと思うようになりました。 

若い頃も刹那的に生きてきたけど、 

今はいつ死んでも悔いのないように、 

と言う理由で。 

 

嫌なことを先延ばしにする意味ではなく、 

良いことを明日やろう、と思うのを辞めました。 

思い立ったが吉日。 

いつ死んでも悔いのないように、 

やりたいことはすぐやることにしてます。 

 

 

・運命なんて神様仏様にお願いしようが変えられない、願い事してもどれだけお金を貢ごうと意味がないと証明された気がします。 

人任せ、神任せにせず一日一日を大切に、悔いがないように生きていきたいと思います。 

ご冥福をお祈り致します。 

 

 

・私たちのいのち・人生というものは、こうして良いことがあると笑っていても、30分後には死ぬということだってあるということだ。 

これは、当たり前に毎日を生きている私たちの矛盾した考えなんだ。 

そこを見つめていかないと、自分の死や大切な人の死を受け入れることは難しいだろう。 

神が大切なのか、健康が大切なのか、お金が大切なのか、それともそれ以外なのか。 

しっかりと考えていく必要がある。 

 

 

・被災された方々の悲痛な体験は読んでいて心が痛みます。 

亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。 

 

ただ、主要ニュースにあがってきたので読んでいてなんですが、被災から2週間ちょっとで心の傷も癒えず、避難所にいる方々にこんな話をインタビューで聞く必要はどこにあるのか?という無神経さに憤りを感じます。 

 

 

・人生いろいろあるが、ほんのタイミングで物事の結果が出てしまう場面もあった 

あのときこうしたら、 

あのときこっちにいってれば、 

でも生命に関わることなんてないんだ 

でも稀に起こってしまう自然災害の前に 

人間は成す術が限られてしまう 

その時間にまだ帰宅してなければ、家屋の下敷きになる事はなかった 

僕はNHKの地震速報見てたけど、なん砂煙あがってるな思ったら関西でも揺れた 

人生て、ほんのタイミング 

何か起こったときに 

何処にいて、何してるのか 

そして大きな事に対して何もしようがない 

いつかやってくる南海トラフ? 

その時どこで何してるのか、 

せめて海から離れた地域に住み続けるだけ 

 

 

・私は神社は行きますが、 

自分を内観するために行きます。 

だから、神社は鏡が鎮座してますよね? 

 

この方は、2日にみんなが集まるくらい、 

旦那さんと笑い合えるくらい、 

幸せな人生だったのでしょう。 

 

実は、難治性の癌に罹っていて苦しんで無くなる運命にあったかもしれない。 

それが、全く苦しまず即死で良かったかもしれない。 

 

人間いつかは絶対死ぬし、早いか遅いか、だけだと思います。死んだ方がつらくない、と思うことが沢山ある人を沢山知っています。 

 

 

・本当に元日からこのような事が起きるなんて誰も想像が出来ない事です。 

本当にお気の毒です。 

4000年に一度の地殻変動とはいえ 

遭遇してしまうなんて。 

日本は地震大国なので全国何処で起きてもおかしくない出来事です。 

 

私共で出来る事は限られていますが、 

我が家でも募金を何度もしましたが 

どうかお気を強くもって頑張ってほしいと願っています。 

 

 

・幸せな家族が一瞬にして壊されてしまい、残念でなりません。 

たくさんの家族が地震により亡くなったり取り残されたり本当に怖い出来事だと思います。亡くなられた方にはお悔やみ申し上げます。 

生き残ってる方々には頑張って欲しいと切に願います。 

 

 

・火事も事故も 地震もだけど 365分の1だけど クリスマスやら正月やら 祝いたい日が悲しい記念日になると いつ喜べばいいか かけられた言葉にどう答えていいか 被災地には正月に黙祷のサイレンがなり 避難のサイレンを呼び起こし 気持ちを抉るんだろう 

 

 

・生きるって、今のこの瞬間にしかないのだと思います。 

先のことは分からないし、過ぎたことは変えられない。 

だから、今のこの瞬間を精一杯生きなければいけないでしょうね。 

 

30年前に母を難病で亡くしました。母への後悔は今も変わることはありません。こうすれば良かった。あの事を聞いておけばよかった。こうしてあげればよかった・・・ そして、感謝の言葉を伝えておけばよかった。 

(この文章を書いていて、「ありがとう」と感謝の言葉を伝えことが無いことに気が付き、いい年して涙がこぼれてきました。) 

 

命のある間、精一杯生きたいと思います。 

 

 

 

・地震は本当に憎い。大切な人や自分の命を守る為には、故郷への愛だの自然が豊かだのを優先して住んでいては駄目。海や崖から離れ、丈夫な鉄筋コンクリートの家に住まないと守れない。生活が多少貧しくなってもそこを優先する気持ちが無いと大切な人を失うリスクは下がらない。 

 

 

・毎年初詣に行って良い1年になりますようにと願いますが 

 

2年前に仕事復帰した時は 

酷い職場いじめに遭って人生最悪の1年だったし 

 

昨年も 

辞めてほしいと願い続けた職場の意地悪おばさんは辞めなかったし 

母はガンになったし 

 

神様なんていないなって本当思う。 

 

一応子供たちの手前 

日本の風習を覚えてほしいから 

今年も初詣行きましたけど。 

 

 

・総務省の住宅・土地統計調査によると、2018年の持ち家比率は富山が76.8%、福井が74.9%、石川が69.3%。 3県とも全国平均(61.2%)を大きく上回ります。 

1世帯の平均貯蓄額は福井が1561万で全国2位、石川が1442万で全国3位、富山が1408万で4位です(ちなみに岐阜が1位)。 

 

これは、風水雪の災害が比較的少なく、地震の災害が低い為、先祖代々の家が使われていた為だと思います。 

 

沖縄や北海道、地震の多い宮城、福島、台風が多い宮崎、鹿児島は平均より低くなっております。 

 

その為、被災地では古い家屋が多く、私の実家(仙台)は私が生まれて来てから4回も両親が新築で家を建て替えております(建築基準法改定ごとに)し、私自体も震災後に建てた新しい家に住んでおります。そう考えると、豊かであった北陸の住宅事情もこの地震によって考え方が変わると思います。 

 

 

・どこの神社に初詣に行かれたかは知りませんが、もしその神社が今回の地震で無事、あるいは軽度の修復で済むなら、今年の御賽銭は地域の復興に使ってもらいたいですね。 

 

 

・温暖化の加速化で地球環境が不安定な状態に陥っているのは間違い無いだろう。今回は能登半島で起こったが、次はどこで起きるのやら。温暖化の原因を作っている人間の頭数を減らして行くしか解決の道はないと思う。 

 

 

・昨年10月、北陸3県を車中泊旅した時、七尾で作家・西村賢太のお墓参りをした。何故か、今行っておかなければ、という衝動に駆られた。あの時に散策した風情ある一本杉通りも甚大な被害を受け、賢太氏の墓も倒壊したとのニュースを見た。この方も七尾で亡くなられた。自分が被災しても不思議ではなかった。今はただ胸が潰れる思いだ。 

 

 

・良いことどころか最悪の事が起こっている。 

お賽銭なんてせいぜい100円くらいを入れる人が多いのに3000円も入れた方がこんな目に合うなんて本当にやりきれない気持ちになる。 

地震が起きることは防ぎようがないけど命まで失ってしまうなんてつらすぎるし、3000円もお賽銭したのに理不尽すぎる。 

私も5000円札入れてみようかな、5000円もの金額投げたらさすがに良い事起きるんじゃないかな?なんて思ったことがあったけど高額のお賽銭はしないようにしたい。 

 

 

・見てたら古い家ばかり。しかも田舎の家はデカくて増改築しまくりで耐震もなにもないわな。金が無いと建て替えることもできんし、震災が来ないことを祈るしかないわ。 

 

うちの実家も阪神大震災は耐えたが南海トラフでどうなるか。建て替える金もないし、補強する金もない。南海トラフが来る頃には死んでるんと言うが、タイミングによっては能登のように古家に集まってこのような悲しい状況が起こってしまう。 

 

神も仏もなく、運しかない。本当にそう思う。 

 

 

・うちはだいぶ被災地域から遠いところに住んでいるのだけど、 

大晦日にツレと正月用のモチ作りなから「元日は一粒万倍日でなんとかだからとても目出度いねぇ。いい年になると良いねぇ」なんて話していたら元日にでっかい地震が来て。 

 

俺もヲッサンだからリアルじゃ口にはしないけど、 

「神も仏もいたもんじゃねぇな」と思っているよ。 

 

311の時は結構喰らった記憶があるからとても他人事とは思えなくてね。 

 

初詣も行ったし御祈祷してもらったりもしたけど、 

喰らってしまった人達に少しは優しい天気であっても良いんじゃないかと思わざるを得ないよ。 

ちっとヒドいんじゃないの?神様たち。 

 

 

・やるせないよね…初詣行ってないならまだしも行って、お賽銭も沢山入れて…。 

 

自分の母が信心深い人で、日頃から神社参りを欠かさず、家でも神棚を大切にまつり、体調崩したら病院には行かずに神社に行く様な人でした。(←ここがもうアウトだけど…) 

そしてお札を貰って悪い所に貼ったりしていたけど、結局突然死。 

これだけ信心深くてもそういう亡くなり方をするんだ…と思い、結局神様は心の拠り所なだけなんだなと思った。 

 

 

 

・切なく悲しいですね。 

 

人の命はあっけなく、自身を含めてどんな原因で急死してしまうかも分かりません。 

 

今を大切に生きることが残された者の務めなのでしょう。 

 

日本全国、安全な場所など一つもないと思うべきです。 

と考えていましたが、これは世界のどこでも同じことですね。 

 

天災どころか悪くすれば、人類は戦争などという愚かしい人災からも脱却出来ないのですから。 

 

 

・ごめんなさい、少し読んだだけでも、涙が出てきて最後まで読めませんでした。ご家族はこの現実のなかにいらっしゃるのですよね。お写真を拝見しただけですが、朗らかでやさしそうな奥さまですね。 

どうか、どうか、生きてください。それを望まれていると思います。 

 

 

・この女性や被災された皆さんにいったい何の罪があるというのだろう。 

何も悪いことなど無い、毎日毎日を穏やかに暮らしておられただけなのに…痛ましくて言い表せない。 

ただただ被災された方々が少しでももとの生活を取り戻せるよう祈るばかりです。 

 

 

・報道で明らかになるにつれ、想像を絶する揺れだったことが分かってきた。 

90kmに渡って海岸線が後退するって…完全に干上がっている漁港もあるし。 

たとえ最新の耐震住宅であったとしても、無力だったのではないかと思う。 

 

 

・神や仏はいない事がわかりますね。 

正月で一年の安寧を願う日にこんな悲しい出来事が起こるなんて神社に行っても何のご利益なんて無いという事がわかりました。 

私は神社仏閣と言うと所には行きませんし、神や仏などは金儲けのために人間が作り上げた偶像だと確信しています。 

ご冥福をお祈りいたします。 

 

 

・新年早々お気の毒としか思えません。 

ご夫婦はけんかもなく、親戚ともども仲良くされてて、命をなくすほどのひどい罪を犯してるわけでもないのにこの仕打ち…  

我が家はいくら正論や心配事を言ったとしても、聞く耳持たずで周りにも迷惑かけたりしていてて、話もあまり通じなくて、この年末に至ってはたいした理由がないのにイライラしてて家族に当たり散らす始末で、そんな人間であっても何の仕打ちも受けずに元気であったりします。 

ああこの世は無情としか思えないですよね… 

 

 

・お正月ってことで普段の人口より多くの人達が帰省や観光で集まったことで被災者が増えた要因でしょう 

逆に私の子供は被災地近くでも正月でこっちに帰省して被害を免れた 

家の中はぐちゃぐちゃだったが取りあえず必要な物だけ持って我が家に帰っている 

かたや知人の子供は観光で能登に行って亡くなった・・・ 

人の運命とは紙一重なんだと思う 

 

 

・親戚同士の結婚か、相当好きな者同士じゃなければ結婚はしないよなよく親同士が許してくれたものだなある意味凄いなあ 

賽銭箱に3000円も入れてお祈りし 

30分後に悲劇が起こるなんて誰も予想はしてないからなあ 

これも運命なんだよな一生涯生きていたいと思っても誰かが犠牲になってしまう、自分より一歳年下だが自分より早く亡くなってしまうとは何とも言えない気持ちになるよ 

 

 

・うちは午前中に初詣をし、午後から能登に親戚が集まっていました。 

そういう家族もきっと多かったと思います。 

義父は「うちの柱は絶対倒れない」と根拠のない事言っていましたが、本当にどの場所が倒壊するかは運でしかないと思います。 

こちらのご家庭は親族が集まる前だったことも運なのだと思います。 

 

 

・能登半島地震のニュースは本当に悲しいです 若い頃に社員旅行で能登半島に行きました。美しい半島だったのに 阪神淡路や熊本も復旧しました 能登半島も復旧します 時間は多少かかりますが元気を出して頑張って下さい。 

 

 

 

・タイトルが切なくてもう… 

 

でも、この方だけではないのですよね 

テレビでも、仕事で離れていたご主人を遺して家族親戚一同が皆犠牲になった方々もいらっしゃると伝えられて… 

謹んで哀悼の意を申し上げますと共に 

皆様の早期の復旧と安寧を心よりお祈り申し上げます 

 

 

・まさに一寸先は闇ですね、まさか元旦からこのような震災が起こるとは思いませんでした、地震がにくいですが、自然災害の脅威の前には人間はなすすべがない、今後このような震災が起こらないことを祈るしかない、早く復興することを願います。 

 

 

・助かる人と助からない人ほんのちょっとの事だったのがよく分かる記事。 

ステキな奥さまだったんだなと分かります。 

自然災害に対して人間は無力。 

助かったお二人がいてよかった。お命大切にしてください。 

 

 

・ほんの少しの違いで難を逃れた人も居れば、こうして別れを強いられた人もいるんだよな…。最近、もし地震がきたらどうすべきか考えることが増えた。被災者の方々が1日も早く不自由のない生活を送れるようにと祈りつつ、この地震から学んだことを活かしたい。この地震に限って言えば、外に出た人が助かり家の中に居た人が亡くなったという記事をよく目にした。「机の下に隠れる」が正しいのかわからなくなった 

 

 

・結局世の中は無常という現象で成り立っているのだろう。 

30分前に笑顔でいた人が、そしてほんの今生きていた人が人生を閉じるという理不尽さをどう説明すればよいものか。 

ある葬儀時にお坊様が法話の中で、お釈迦様がお弟子さんたちを前に無常とはと問われたそうな。 

が、お弟子さんたちからは的確な答えは得られなかったようで。 

そこでお釈迦様は人間の吐く息、吸う息の一息一息がこれ無常と仰ったという話を今しみじみ思い返している。 

 

 

・これは報道のあり方だと思うけど、この悲しい現実を報道して、誰か得をする人がいるのだろうか、自分は胸が張り裂ける思いでいたたまれない。 

 

読まなければ良いと言う意見もあるだろうが、その前に報道の立場としての正義とはを考えさせられる。 

 

 

・お正月の夕方という、本当に悪魔のようなタイミング。 

日本のだいたいの家庭が、こちらのご家族と同じような時間を過ごしていたのでは。 

我が家も夕食前に家族で寛いでいて、震度3程度は揺れたので、驚いて子供をダイニングテーブルの下に入れました。 

能登のような強さの揺れであれば、我が家も崩れてそれも意味がなかったかもしれないと思うと本当に怖い。 

 

 

・痛ましい記事。 

事実だろうけど個人的にこの表現は好きではない。 

家族にとってみたら痛恨の極みだろうと思う。 

私ならそおっとしておいてほしい気持ちです。 

亡くなられた奥さんはさぞ無念だったと思います。 

心よりご冥福をお祈りします。 

 

 

・正月元日は一年の中でも最ものんびりする特別な日なのに。 

29年前の年明け間もない寒冷期に阪神淡路を経験して被災した自分もTVの報道で緩んだ気持ちが飛んでしまい、あの日の事が鮮明に思い出された。 

能登は木造家屋が多い地域で在宅率の高い時間帯だけに被害の全貌が判明するまで1週間はかかると思った。 

又、道路が寸断され物資が運べない状況も阪神淡路の時と同じだった。 

阪神間も東西を走る幹線で成り立っている地域なので、高速道路の倒壊や道路の隆起で幹線が使えなくなり立ち行かなくなった。 

阪急、阪神も線路や駅の倒壊で全面運休となった。 

その為か自転車の盗難が激増し、至る所にパンクした放棄自転車を見ることになった。 

パニック時とは言え浅ましい事だった。 

 

 

・大切なお話し何でしょうけど  

地震で被害にあわれた方のお話しを知るたびに気持ちが沈みます 

 

ニュースで地震の話題が出てもすぐに変えてしまいますし 

ヤフートップで題名が出ただけで暗くなってしまいます 

 

もう少し地震の被害の話題をセーブしてもらえると良いのですが… 

 

 

 

 
 

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