( 130304 )  2024/01/19 13:29:20  
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ネット上で、松本人志に対する嫌悪感や過去の番組や芸風に対する批判が相次いでいる。

一部では「なぜ今さら」「都合がよすぎる」といった反論も見られるが、これには時代に応じた「空気」の変化が関係している可能性がある。

平成期のバラエティー番組では「イジる」ことが一般的だったが、最近はそのような笑いが受け入れられなくなってきている。

また、メディアの影響やテレビの視聴方法の変化も背景にある。

SNS上での「嫌いだったら見るな」という主張も一緒で、これはコンテンツと過ごした時間に対する純粋な思いに根ざしている可能性がある。

時代の変化により、これまでの価値観が変わっていったことが一因と考えられる。

(要約)

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松本人志さんの報道をきっかけに、彼が過去に出演してきた番組やその芸風に対して、嫌悪感を示すSNS投稿が相次いでいる(写真:INSTARimages/アフロ) 

 

 「実は、ずっと嫌いだった」「あの芸風が、苦手だった」ーー。 

 

 ダウンタウン・松本人志さんの報道をきっかけに、彼が過去に出演してきた番組やその芸風に対して、嫌悪感を示すSNS投稿が相次いでいる。 

 

松本人志氏の性加害疑惑対応に見る「空気の変化」 

 

 一方で、こうした投稿に対して、「なぜ今さら」「都合がよすぎる」と対抗する発言も。そもそもどうして、わざわざ「嫌い」と表明するのか。そして、その発言に反発が起きるのか。 

 

 背景を考察してみると、時代に応じた「空気」の変化が見えてくる。 

 

■「昔から嫌いだった」と今言い出すのはダメなこと?  

 

 いまさら説明するまでもないが、今回の騒動をサラッと振り返ってみよう。『週刊文春』が松本さんのスキャンダルを報じたのは、2023年12月末のこと。所属事務所の吉本興業は2024年1月8日、裁判に注力するために松本さんが活動休止すると発表。 

 

 本人も同日、X(旧Twitter)で「事実無根なので闘いまーす」として、かつてのレギュラー番組である「ワイドナショー」(フジテレビ系)へのゲスト出演に意欲を見せた。しかし世間の反発も強く、結果的に「古巣」への凱旋は実現しなかった。 

 

 これから司法判断に持ち込まれる以上、ここでは事実か否かについては踏み込まないが、一連の騒動をウォッチしていて気になったのが、SNS上で「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジ系、1991~1997年)などを引き合いに出し、その芸風を「昔から嫌いだった」と批判する声が相次いでいることだ。 

 

 これに対して、反対に「今になって言うな」「カリスマが弱ったときにだけバッシングするのは都合がよすぎる」といった投稿も散見される。なかには「お笑い好きでもないくせに」などと、マウントをとるケースもある。 

 

■平成テレビでは「イジる」のは珍しくなかったが… 

 

 現在、30代なかばの筆者が物心ついた頃には、すでにダウンタウンは数多くの番組を抱える「時代の寵児」だった。松本さんの『遺書』ブームと、相方である浜田雅功さんの音楽活動は、小学生になるかならないかの幼い記憶ながら残っている。おそらく「ごっつ」もリアルタイムで見ているはずだが、それほど記憶に残っていないということは、あまり好みではなかったのかもしれない。 

 

 

 しかしながら、「HEY! HEY! HEY!」(フジ系、1994~2012年)は見ていたし、いまでも「水曜日のダウンタウン」(TBS系)を毎週楽しみにしている。とくに嫌悪感もなく、とはいえ神格化しているわけでもない、あくまでフラットな立場だ。 

 

 そのスタンスから、なぜ今になって「嫌いだった」との告白が相次いでいるのかを考えてみると、そこには「時代による『空気』の変化」があるように感じる。 

 

 思い起こせば、平成期のバラエティー番組は、視聴者との共犯関係を築くことで、人気を集めるものが多かった。それなりのポジションにある芸人が、後輩や女性タレントらを「イジる」構図は、「ごっつ」に限らず、十数年前まで決して珍しくなかった。むしろ、2000年代末期の「おバカタレント」ブームあたりまで、高視聴率をたたき出す、テレビ局としても魅力的なコンテンツだった。 

 

 当時を振り返って、古きよき時代と捉えるか、昔でもダメなものはダメと切り捨てるかは、人それぞれだ。また、イジりの対象になった芸能人も、活躍の幅が広がることにより「オイシイ」、いわばWin-Winの関係になっていた側面もあるだろう。 

 

 しかし、そうしたコンテンツは、現実として、次第に受け入れられなくなっていった。それとともに、「イジる系」の笑いを好まない人々によりマッチした内容へと、少しずつ変化してきていたのだ。 

 

 他方、松本さんやダウンタウンをめぐる「空気」が変化した背景には、メディアの影響も、おそらくある。「KY(空気を読め/空気が読めない)」がユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされたのは2007年。その翌年のiPhone上陸により、スマートフォンが日本に普及し始める。 

 

 エンタメ受信機が「一家に一台」から「ひとり一台」になったうえ、ターゲティング技術が進歩して、それぞれに最適化された「あなたへのオススメ」が表示されるようになると、「みんなが見ている番組」は減り、その興味も細分化されていった。 

 

 

 テレビ局が推す「万人向けのオモシロ」ではなく、アルゴリズムが推す「あなた宛てのオモシロ」に触れていくにつれて、かつて触れたコンテンツに「そういえば、面白かったのかな?」と懐疑的な見方を示しても不思議ではない。 

 

 旧ジャニーズ事務所をめぐっても、似たような側面がある。ジャニー喜多川氏の性加害問題が話題になったことで、「そういえば……」と、これまで気にしなかった違和感が浮かび、それをSNSで共有したくなる。 

 

 つまり「カリスマの失脚」に乗じて嫌悪感を示し始めたわけではなく、時代の変遷による変化や、テレビへの接し方の変化などが重なったうえで、長年のモヤモヤにひとつの答えが出たのが、今だったというだけなのではないか。 

 

 昭和が終わり、平成も終わり、テレビの地位が相対的に低下した。そのうえで、視聴方法も変化し、個人に最適化されるようになり、令和になって数年が経過した。大衆が変化するのにも、十分な時間があった……そう考えても、おかしくはないだろう。 

 

■ファンによる「嫌なら見るな」も考えものな理由 

 

 今回の件に限らず、SNS上では「嫌いだった」といった反対側に、しばしば「嫌なら見るな」といった主張が見られる。 

 

 だが、この主張自体が考えものなのかもしれない。というのも、ナインティナインの岡村隆史さんが、テレビ番組について同様の趣旨の発言をし、大きなバッシングを受けているからだ。 

 

 当該の発言がなされたのは、2011年夏のこと。振り返ると、ちょうどその頃は、まさに空気が変わる節目だった。東日本大震災を経て、SNSの存在感が増すなかで、岡村さんの発言は「テレビ業界の傲慢さ」と受け取られ、民放各局が低迷していく転換点となった。 

 

 ただ、そうした経緯も踏まえつつ、「嫌なら見るな」の根源を考えてみると、「自分が好きなコンテンツを守りたい」という純粋な思いが見えてくる。たとえ他人から、ただのノスタルジーだなどと言われても、コンテンツと過ごした時間は実際にあり、それを否定されることは、居場所を奪われるのと同じだ……と感じるのではないか。 

 

 幼き日のノスタルジーを否定されたくない。育ってきた環境を否定されたくない。そんな心情が、異なる意見の排除につながる。防衛本能に身をまかせて、反射的に「見るな」と投稿してしまう人も相当数いるはずだ。 

 

 

■時代は否応なしに変化していくもの 

 

 多様性やら、ダイバーシティやら、声高に言われている昨今だが、ことコンテンツに対する価値観は、こだわりがぶつかりやすい。「嫌いだ」「嫌なら見るな」と正面から対立するのではなく、互いに尊重し合える術はないものか。 

 

 皮肉にも、先にあげた、アルゴリズムによる「あなた宛のオモシロ」の普及は、ひとつの着地点になり得るだろう。自動的に「嫌」が排除されれば、思わず出くわしてしまう機会も減る。これからAI(人工知能)の技術が、さらに発展すれば、好き嫌いを判断するコンシェルジュ役としても、有能になってくるだろう。 

 

 とはいえ、好きなものばかりに触れるのは、それはそれで問題だ。また、いざ向き合ってみないと、好き嫌いの判断もできない。「マズい、もう一杯!」という青汁のCMではないが、苦手だとわかっていても、あえて血肉になるからと接することもあるはずだ。 

 

 また、どれだけ技術が進歩しても、興味が個人ベースに細分化されつつある時代においては、センスや「ツボ」までは判断しにくい。「嫌い」の機械的な排除は、思わぬ「好き」との出会いを妨げるおそれと表裏一体だ。AI開発の主軸になっているビッグデータ解析だけでなく、ありとあらゆる、その人独自の特性を収集し、情報をレコメンドするまでには、技術的にも費用面でも、まだまだ時間を要するだろう。 

 

 では、そこまでの生存戦略として、どうすべきかといえば、極めて簡単な話だ。「言いたいヤツには言わせとけ」。自分の価値観を貫きつつ、こういう考えもあるのねと、いったん受け止める。自分との違いを冷静に判断できれば、なおいいだろう。 

 

 そうすれば、「実は昔から嫌いだった、苦手だった」系の投稿に、過剰に反応することもなくなるのではないか。もし、あなたの価値観のほうが時代に合っているのなら、いつしか反対意見はフェードアウトしていくのだから。 

 

城戸 譲 :ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー 

 

 

 
 

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