( 130684 ) 2024/01/20 13:55:49 0 00 中途で退職した元社員と企業が交流する「アルムナイネットワーク」を導入する企業が増えている。人手不足が深刻化する中、企業文化を熟知する即戦力として再雇用するだけでなく、ビジネスパートナーになってもらうのが狙いだ。終身雇用が前提の時代は「裏切り者」と言われかねなかった退職者を貴重な戦力として活用し始めている。(川口尚樹)
【表】リクルートエージェントを利用した転職者数
メタバース上で若手社員のアバター相手に研修を行う大英産業元社員の佐々木さん
「部署の異動は不安かもしれないけど、新たな経験として挑戦してほしい」。分譲マンションなどを手掛ける不動産会社の大英産業(北九州市)が昨年10月、仮想空間「メタバース」上で開いた若手社員約30人のキャリア研修。講師は元社員の佐々木菜那さん(32)で、かつての同僚と「久しぶり」と言葉を交わしながら、和やかな雰囲気で行われた。佐々木さんは「退職後は関係が途切れていたけど、好きだった会社の力になれるのはうれしい」と話す。
佐々木さんは約10年間の勤務後、2020年に独立し、人材教育のコンサルタントを始めた。大英産業は21年にアルムナイネットワークを開設。佐々木さんら約30人の退職者が登録し、専用チャットで情報交換したり、オンライン懇親会を開いたりして交流している。
コミュニケーション推進課の西山慶課長は「社内事情を熟知しているからこそ説得力がある。もともと優秀な社員で、独立して挑戦した先輩として社員の刺激になる」と説明する。一ノ瀬謙二社長も「退職後にスキルを身につけた人材と協力すれば、事業の幅が広がる」と期待する。
読売新聞
アルムナイ(alumni)は「卒業生」や「同窓生」を意味する英語で、企業を辞めた退職者を指す。退職者と企業、退職者同士がサークルのように交流できるのがアルムナイネットワークの特徴だ。
山口フィナンシャルグループ(FG)は再雇用に活用している。給与や待遇など退職前と同等以上の条件で再雇用する制度を21年に設け、昨年10月にアルムナイネットワークを本格的に始めた。これまで約20人が古巣に戻ってきた。
山口銀行の支店に勤務する岡本綾さん(43)もその一人だ。窓口や資産運用の営業を経て、40歳を前にした20年、「外の世界を見たい」と退社。ユニクロを展開するファーストリテイリングに転職した。しかし、元同僚から「戻ってこないか」と誘いを受け、岡本さんは「退社して自分には銀行員が向いていると再認識した。辞めた自分から再就職は言いにくいが、制度が出来て戻りやすくなった」と話す。
山口FGは、退職者にネットワークへの登録を呼びかけており、転職先の企業との協業も目指している。人財支援部の坂本亮一部長は「他社を経験した退職者は銀行に新しい風を吹かせてくれる。退職者との交流を深めていきたい」と話す。
アルムナイネットワークは、トヨタ自動車や住友商事、日本製鉄、みずほFGなど、大手企業が次々と導入している。システムを提供するハッカズーク(東京)によると、同社システムを導入した企業は21年から3倍に増えた。リクルートの23年の調査では、全国で約3割の企業(従業員30人以上)がネットワーク構築に取り組んでいる。
終身雇用を前提とした働き手は減り、ジョブ型雇用など雇用形態が多様化し、副業の解禁も進んでいる。起業など前向きな退職も増えている。企業にとって退職者は人手を補うだけでなく、スキルを持つ高度人材のほか、社内事情を知る立場で客観的なアドバイスを期待できる貴重な人材で、新規事業の審査を依頼するケースなども増えている。
ハッカズークの鈴木仁志社長は「人材の獲得競争が激しくなる中、退職によって能力が高い元社員と関係を断ち切ることを企業が損失と認識し始めている」と指摘している。
リクルートによると、同社の支援サービスを利用した転職者数は、コロナ禍を除いて10年間伸び続けており、2022年度は13年度の約3倍に増えた。政府も労働市場改革を打ち出している。人材獲得競争が活発になれば、持続的な所得向上につながるためだ。転職を促す制度の導入を進めており、昨年から転職に向けた専門スキルを習得する費用の補助を始めた。
働き手の人口が減少する中、転職市場が拡大し、企業にとって人材獲得は難しくなっており、退職者をいかに活用するかが重要になっている。
リクルートHR横断リサーチ推進部の津田郁研究員は、「企業は雇用の流動性を前提とした経営が必須で、働き手に選別されるようになる。退職者は直接雇用でなくても、業務委託や副業で仕事を発注できる。アルムナイネットワークは、(異分野・異業種の知見を結集する)オープンイノベーションの一種として優秀な外部人材を活用しやすい」としている。
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