( 130919 ) 2024/01/21 12:53:10 0 00 被災地視察で自衛隊、警察、消防の部隊を激励する岸田文雄首相(左手前)(1月14日) Photo:SANKEI
岸田文雄首相による能登半島地震の被災地視察に対して、批判の声が数多く上がっている。なぜこんなことになってしまったのか。(イトモス研究所所長 小倉健一)
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● 岸田首相の総理視察は 被災地「観光旅行」に終わった
やはり危惧していた通りに、岸田文雄首相の総理視察は無意味な被災地「観光旅行」になってしまったようだ。被災地から不満の声が上がっている。一体何が起きているのだろうか。
石川県の馳浩知事は、岸田首相の視察でのやりとりを振り返り、現在の被災地のフェーズをこう話している。
「まず、本日、岸田総理、松村(祥史)防災担当大臣と共にヘリから被災状況を視察しました。また、輪島市、珠洲市の避難所を訪問しました」
「今は、発災直後の段階から移行し、1.5次、2次避難を大きく進めるというフェーズであり、岸田総理とは改めて、災害関連死を防ぐため、現地の避難所からできる限り多くの避難者を1.5次避難所や2次避難所等に移送するとともに、孤立集落の避難者を丸ごと金沢市以南の避難所に移送するミッション、この二つの面からの取り組みをさらに加速させる必要があることで一致しました」(1月14日・第21回石川県災害対策本部員会議)
つまり、現状は発災直後の救急活動、命を守る、救う活動から、第二の段階へと移行する最中であると言っている。今、被災地で求められているのは、感染症が蔓延(まんえん)していたり、インフラもズタズタのままだったりする避難所から、より安全な避難所への「引っ越し」である。
では、岸田首相の視察は、その流れに沿った形でできたのであろうか。時事通信の「首相動静」(1月14日)を見ると、首相の視察の動線が細かく記されている。必要と思われる部分だけかいつまんで紹介する。
● 「首相動静」に見る 総理視察の大失敗
午前7時44分、陸上自衛隊ヘリコプターで官邸屋上ヘリポート発。 午前9時31分、石川県小松市の空自小松基地着。 午前10時32分、同県輪島市の空自輪島分屯基地着。隊員らを激励。 午前10時46分、同市立輪島中学校着。能登半島地震の避難所を視察。被災者と意見交換。松村祥史防災担当相、馳浩知事同行。 午前11時11分、同所発。 午前11時19分、空自輪島分屯基地着。同28分、陸自ヘリで同所発。被災現場を上空から視察。 午前11時54分、珠洲市の野々江総合公園着。同56分、同所発。午後0時1分、同市立緑丘中学校着。避難所を視察。被災者と意見交換。 午後1時17分、金沢市の陸自金沢駐屯地着。 午後1時48分、同市の石川県庁着。昼食。馳知事、古賀篤内閣府副大臣らと意見交換。 午後2時25分から同53分まで、馳知事から要望書受け取り。意見交換。 午後4時6分、小松市の空自小松基地着。同24分、空自輸送機で同所発
ものの見事に、被災地を巡っただけである。前述の通り、今、必要なことは、被災者の1.5次、2次避難を進めることだ。馳知事の発言を見れば分かるように、視察には「安全な1.5次、2次避難所」を組み込んで、被災者が安心して「引っ越し」ができるようにメッセージを送るのが、岸田首相の最大のミッションだったはずである。
日本のリーダーが被災地へ行ったところで、物理的には何の意味もない。安倍晋三元首相が暗殺され、昨年は岸田首相自らの暗殺未遂事件もあった「総理大臣職」がどこかへ行くとなれば、厳重な警備体制が敷かれ、感染症が蔓延する被災地に大人数が押しかけなければならない。その行為自体だけを考えれば、ただの「迷惑行為」なのである。
しかし他方で、「総理大臣」が来ることで励まされる被災者もいるかもしれないし、メディアによって被災地のことが大きく報道されることを考えれば、それはメリットといえる。つまり総理視察は、被災者に希望を持たせ、そして次の行動を促す「大事なメッセージを発信する場」であると割り切らねばならないということだ。
大事なメッセージを発信する場と捉えたときに、岸田首相の訪問によって被災者の安心は増したのだろうか。1.5次、2次避難所へと被災者に「引っ越し」をしてもらうための説得材料になったのだろうか。その答えは、残念ながら0点だ。失敗だった。
● 総理視察に対して 被災者からは冷たい反応
今回、被災地視察について「官邸内部からも慎重論が出ていたにもかかわらず、岸田首相が視察を強行したのは、歴代総理が発災から数日で被災地入りしていたことを念頭に置いた、自身のメンツを最優先する岸田首相の強い意向があった」(官邸関係者)のだという。
確かに、東日本大震災当時の首相だった菅直人氏は発災翌日に福島原子力発電所に乗り込んだが、混乱に拍車をかけただけだった。
孤立集落がいまだにあり、食糧不足や電気不足が解消されず、何より感染症が蔓延する被災地である。道路が寸断されているために自衛隊や警察、消防を大量に派遣できていない現状では、これまでの総理視察と時期だけを競っても仕方がない。総理視察は、もっと後になってもよかったはずだ。
岸田首相が「被災地へ負担をかけてしまうために被災地へまだ入れない」ということをメッセージで出さないのだから、被災地の反応は当然冷たいものだった。新聞各紙が拾った被災者の言葉がそれを物語っている。
《発生から14日目の駆け足の訪問に「今更来たのか」「励ましが足りない」と冷ややかな視線も向けられた》
《地震が起きた1日から身を寄せる井上美紀さん(75)は「首相の地震対応は遅い」と手厳しい。一部の教室などを回って30分間程度で切り上げた姿を見つめ「体育館で皆を大声で励ましたりしてくれれば、心持ちも違うのに」と不満がった》(「産経新聞」1月14日)
《「裏金問題もある中でのパフォーマンスではないか」。3階の教室に身を寄せる市内の60代女性の反応は冷ややかだ。「わずかな時間、1階をのぞいただけでヘリコプターで帰っていった。どんな思いで来たのかもわからない」と取材に不満をこぼした》(毎日新聞・1月14日)
被災者に何一つ希望を与えられず、総理視察は大失敗に終わった。そもそもあれだけ国民に対して「被災地へ入るな」と言っておきながら、自分だけは行くというのはメッセージとして最悪だろう。岸田官邸はもはや、自分たちのやっていることと言っていることの整合性すらとれない状態なのだろう。
● 災害危機管理の専門家が考察 「初動には人災の要素を感じます」
そんな中、石川県の災害危機管理アドバイザーも務めてきた神戸大学名誉教授の室崎益輝氏が、能登半島地震について興味深い考察をしている。
《初動対応の遅れがとても気になりました。これまでの多くの大震災では、発災から2、3日後までに自衛隊が温かい食事やお風呂を被災された方々に提供してきました。でも今回は遅れた。緊急消防援助隊の投入も小出しで、救命ニーズに追いついていない。本来は「想定外」を念頭に、迅速に自衛隊、警察、消防を大量に派遣するべきでした。被災状況の把握が直後にできなかったために、国や県のトップがこの震災を過小評価してしまったのではないでしょうか。初動には人災の要素を感じます》
《苦しんでいる被災者を目の前にして、「道路が渋滞するから控えて」ではなく、「公の活動を補完するために万難を排して来て下さい」と言うべきでした。マンパワー不足と専門的なノウハウの欠如で、後手後手の対応が続いてしまっている。政府は「お金は出します」というリップサービスではなく、関連死を防ぐなどの緊急ニーズに応えられる具体的な対策を提供すべきで、「必要な人材を出します」というサービスに徹するべきです》(「朝日新聞」1月14日)
被災地からここまで不信感を持たれる首相は、菅直人氏以来ではないか。危機にあって、適切な行動が取れないリーダーなど要らない。
小倉健一
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