( 132313 )  2024/01/25 13:42:35  
00

民放のテレビ局は、制作費削減の中で視聴率を維持しようと、長時間の特別番組を編成している。

特に地震や重要な事件が起きた際、報道特番から通常番組に復帰するタイミングは放送局の編成部門の難しい判断となる。

特番の頻発により、視聴者やスポンサーから不信感が生まれる可能性も指摘されており、番組制作費の削減による番組の質の低下が懸念されている。

(要約)

( 132315 )  2024/01/25 13:42:35  
00

制作費の削減が進む中、視聴率を維持するために民放ではあの手この手を打っている(写真:Sergey Nivens/Shutterstock.com) 

 

 テレビのスイッチを入れると、正月の特別編成が終わったはずなのに、2時間、3時間のスペシャル番組ばかり――。こう感じている人がいるかもしれない。実はテレビ局にとって長時間の特番は、視聴率低下を回避するために欠かせないツールになっているのだ。その戦略は今のところ成功しているようだが、手放しに喜べない課題もある。視聴率戦争における番組の長時間化戦略はいつまで続くのだろうか。 

 

他局がCMを流している時間は視聴者を奪うチャンス 

 

 (岡部 隆明:就職コンサルタント、元テレビ朝日人事部長) 

 

■ 各局の編成が問われた「地震の報道特番か正月向けの特番か」 

 

 元日の能登半島地震を知らせる緊急地震速報と震度7の揺れにより、NHKと民放は即座に通常の番組から地震の状況を伝える報道特別番組(報道特番)に切り替えました。これは報道機関としての使命を果たすために当然の対応です。 

 

 その後、地震発生から約5時間が経過した午後9時の時点で、そのまま地震の報道特番を続ける放送局と、バラエティーやドラマの正月特番に戻るところとに分かれました。 

  

 テレビ東京は午後6時半頃にバラエティー番組にいち早く切り替え、午後9時に日本テレビがバラエティー番組、テレビ朝日がドラマ『相棒 元日スペシャル』、10分遅れて、フジテレビがバラエティー番組というように、地震特番から正月特番に戻しました。NHKとTBSは地震特番を続けていました。 

 

 災害や大きな事件・事故が発生して、緊急かつ重要であるという判断で各放送局が通常番組から報道特番に切り替えるタイミングは、ほとんど時間差がありません。しかし、報道特番をいつまで続けるのか、何をもって通常の番組に復帰するのかは難しい判断です。 

 

 報道の緊急特番に切り替える、そして、通常の番組に戻す、という判断をするのは、放送局では一般的に「編成」と呼ばれる部署です。CMを放送して売り上げの責任を負う営業部門としては、今回の報道特番を見ながら、通常番組への復帰について、やきもきしながら編成判断を待っていたと思います。 

 

■ 編成には「天の声」が下ることも 

 

 テレビ朝日の社員から聞いた話では、ドラマ『相棒』に戻す判断は「ギリギリ10分前くらいに天の声があった」ということです。編成という部署ではなく、経営レベルの難しい判断だったことや切迫していた様子が窺えます。 

 

 『相棒』はテレビ朝日の元日の定番であり、日本テレビは翌日に『箱根駅伝』の中継を予定しているから、早く通常運転に戻したい思いが復帰を早めたのではないかと想像していました。 

 

 

 各局が、番組編成上の都合だとか、他局が報道特番を終わらせていたからだとか、そんな理由を対外的に明らかにすることはありません。ただ、番組とともにCMが飛んでしまうと売り上げに打撃を与えてしまうので、早く通常モードに戻したい営利企業としての立場もあります。報道機関の使命と営利を天秤にかけて、どちらに傾くのか・・・今回の復帰のタイミングが分かれたのは興味深いことでした。 

 

■ そもそも「特番」とは何か?  

 

 さて、地震による報道特番によって、休止・延期を余儀なくされた正月特番もありましたが、そもそも、特番とは何でしょうか?  今回は、私たちが視聴者としてよく目にするバラエティーやスペシャルドラマなど、特番の裏事情について考えてみます。 

 

 放送局は何曜日の何時に何の番組を放送するという「基本編成表」があります。特番は、「基本編成表」に沿っていない特別に編成された番組です。また、特番と呼ばないまでも、スポーツ中継や通常番組の拡大版など、レギュラー番組とは異なる番組が編成されることはよくあります。 

 

 本来、特番は、4月と10月の番組改編期や年末年始のような時期に多く編成されてきました。ただ、最近、それ以外の時期にも、プライムタイム(午後7時から11時)の番組が、2時間か3時間の「スペシャルばかりになっている」と感じている人は多いのではないでしょうか。 

 

 連続性が大事なドラマは簡単に休止にするわけにはいきませんが、バラエティーは隔週でも違和感がない前提で、2時間の拡大版にして翌週は休止にするというパターンがよく見られます。その結果、ドラマ枠はそのままにして、それ以外の時間帯をつなげて2時間、3時間の特番が頻発しています。 

 

■ 正月が終わっても「正月モード」 

 

 実際に1月17日(水)の民放の番組を見てみましょう。 

 

 『上田と女が吠える夜・新春3時間SP』(日本テレビ、午後7時~10時) 

 『朝メシまで。SP』(テレビ朝日、午後7時~9時) 

 『東大王SP』(TBS、午後7時~9時) 

 『ワンコイン温泉はしご対決旅』(テレビ東京、午後6時25分~9時) 

 『何だコレ!? ミステリー』(フジテレビ、午後7時~9時) 

 

 

 民放5局がスペシャル番組になっています。驚くのは、翌18日(木)も5局すべてが2時間から3時間のスペシャル番組を編成していることです。1月第3週になっても民放各局は正月特番を続行中であるかのようです。 

 

■ 抱え続ける「CMで視聴率下落」の葛藤 

 

 「スペシャル」が視聴率トップの要因に間違いない。 

 

 バラエティー番組制作に関わるテレビ朝日のA氏は断言しました。つまり、テレビ朝日が視聴率争いで優位に立っているのは、2時間、3時間というスペシャル番組をたくさん放送しているからだというのです。 

 

 「他局は何曜日の何時の番組という視聴習慣を大事にしているが、テレビ朝日は(リモコンを片手に頻繁にチャンネルを切り替える)ザッピングで行き当たりばったりの視聴者をつかんで離さない戦法。そのためにスペシャル番組が増えている」とのことです。 

 

 スポンサーは放送局や番組に媒体価値を認めて、CM放送に対する高い対価を支払います。スポンサーとしては、CMを通じて、なるべく多くの視聴者(消費者)に自社の商品・サービスや企業イメージを訴求できると期待しているのです。 

 

 しかし、視聴率を分析すると、通常、CMの時間帯は下がります。これはいかんともしがたい事実です。 

 

 CMを放送しなければ視聴率は下がりにくくなりますが、民放の収益に打撃を与えます。CMをたくさん放送すれば収益は一時的に上がりますが、視聴率は下がり、結局は収益に悪影響を及ぼします。民放は草創期から、この葛藤を抱えてきました。 

 

 一定量のCMを放送するとして、視聴率が下がらないようにするにはどうしたらいいのか?  

 

■ 「劇薬だ」「スポンサーから不信感」との指摘も 

 

 プライムタイムの番組は通常1時間単位ですが、番組が終了してから、次の番組の開始までに、比較的長い時間のCMが流れます。放送業界用語で「またぎ」と呼ばれる、正時をまたぐ「CMの塊」で視聴率が急落します。A氏が言っているのは、午後8時などの正時をまたぐのを避けることが重要だということです。 

 

 つまり、他局が通常編成であれば、正時をまたぐ時に「CMの塊」があるので、対抗措置としてスペシャル番組で、他局の「またぎ」の時間帯にCMゾーンを置かずに視聴者を呼び込む戦略です。 

 

 確かに、視聴率競争で有効な手法なのだろうと思います。しかし、後輩の営業経験者B氏は、この手法について視聴率向上の成果を認めつつも、「劇薬だ」と指摘し、「スポンサーから不信を招いている側面がある」と言います。 

 

 スポンサーは○曜日○時の「△△△」という番組を買ったのに、週ごとに放送したり、しなかったりというのでは不満が生まれます。特番が頻発すると、買った番組ではない別の番組にCMを提供することもあり得るため、「スポンサーのストレスが大きくなる」と、B氏は「劇薬」の「副作用」を憂えていました。 

 

 視聴者の立場からすれば、レギュラーだろうがスペシャルだろうが形式に関係なく、番組が面白ければよいということに尽きます。各局が「またぎ対策」でスペシャル番組が増えていけば、結局は中身の勝負になります。 

 

■ 「タレントが旅館行って飯食うだけ」 

 

 そういう中で、私は各局が番組制作費を削減していることが気がかりです。当コラム「『リアルタイムで見るのはスポーツだけに』テレビマンの焦りが現実になる日」で指摘したように、番組制作費の削減が番組クオリティーの低下を招き、それが視聴率の低下、放送収入の低下につながり、そしてさらなる制作費の削減という下向きのスパイラルにはまりつつあるのではないかと危惧しています。 

 

 【関連記事】 

◎「リアルタイムで見るのはスポーツだけに」テレビマンの焦りが現実になる日 

 

 テレビは2~3人のタレントがどっかの旅館行って飯食って帰ってくるだけだもんね。 

 

 2023年11月、ABEMAの番組でビートたけしさんが、番組制作費の削減により、安易で平板な番組が多くなっているテレビ業界の現状を嘆いた発言です。 

 

 

■ 飾りのように軽くなる「スペシャル」という言葉 

 

 激増している特番に対して、視聴者が慣れてしまって、スペシャル感を抱いていないのではないかと、私は懸念しています。「スペシャル」という言葉そのものが飾りのように軽くなっていて、2時間や3時間の長時間の番組を「スペシャル!」と言っているだけという印象になっていないでしょうか。 

 

 旅、散歩、グルメ、おしゃべりで展開する特番が多いと思います。「また同じようなことをやっている」という倦怠感はテレビ視聴からの離脱を招きかねません。 

  

 若者世代を中心にテレビ視聴に惹き付けたい、視聴率競争で優位に立ちたい・・・そんな理想に対して、番組制作費の削減という厳しい現実があります。スポンサーが必ずしも支持していない特番が今後ますます増えていくのかどうか、引き続き視聴率競争で有効であり続けるのか、各局の動向を注視したいと思います。 

 

 岡部 隆明(おかべ・たかあき) 

1991年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年、テレビ朝日に入社。報道局ニュースセンターで夕方ニュース番組ディレクター。政治記者として「55年体制」の終焉から細川政権樹立、その後の自社さ政権まで取材。また、経済記者としてバブル経済崩壊後の金融問題を取材した。営業局を経て人事局に異動、2013年から7年間人事部長を務める。2021年に退職、独立した。 

 

岡部 隆明 

 

 

 
 

IMAGE