( 133628 )  2024/01/29 13:40:14  
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「痛みをともなう笑い」をネタにするバラエティ番組は本当に悪なのか?元テレビマンが覚える違和感

現代ビジネス 1/29(月) 8:03 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/b9f2be17b7a3f88fef2107ac41e58b42104a930d

 

( 133629 )  2024/01/29 13:40:14  
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最近、罰ゲームやドッキリを含むバラエティ番組についての批判が高まっているが、元テレビ東京プロデューサーの田淵俊彦氏は、全てのバラエティ番組が悪いとは限らないと考えている。

以前に放送されていた番組を例に挙げながら、出演者に痛みを伴う行為をさせて笑いにする番組が良い面もあると主張している。

彼は今回の批判に対し、出演者にもメリットがある場合と単なるいじめや差別である場合との違いを明確にする必要があると提言している。

(要約)

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コンプライアンスが叫ばれる昨今、罰ゲームやドッキリなど「痛みをともなうことを笑いの対象とする」バラエティ番組への風当たりが強くなっている。しかし、こうしたバラエティ番組は、本当にすべてが「悪」なのだろうか? 元テレビ東京プロデューサーで、著書に『混沌時代の新・テレビ論』がある田淵俊彦氏と考える。 

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 2021年8月、BPOは罰ゲームやドッキリ企画などが含まれる「痛みを伴うことを笑いの対象とする」バラエティについて審議入りさせることを決めた。 

 

 視聴者や中高生モニターから、苦痛を笑いのネタにする番組は「不快に思う」「いじめを助長する」などの意見が継続的に数多く寄せられてきていることを重要視したのである。 

 

 寄せられた意見の一例としては、「どっきり企画で、男性芸人の下着にハッカ液をぬり悶え苦しむ姿を面白おかしく放送していたが、この上もなく不愉快な気持ちになった。子どもがマネをし、いじめに繋がる可能性もある」といったようなものだ。 

 

 出演者に痛みを伴う行為をしかけ、それをみんなで笑う「苦痛を笑いのネタにする番組」というと、私がテレビ業界に入ったころに放送していた日本テレビの『スーパーJOCKEY』の名物コーナー「THEガンバルマン 熱湯風呂(別名:熱湯コマーシャル)」を思い起こす。 

 

 当時まだ宣伝の場としては効果が大きかったテレビでコマーシャル(宣伝)をしたい人が参加してルーレットで熱湯に入る人を決め、熱湯に浸かるのを我慢できた秒数だけ宣伝できるという企画だ。 

 

 出演者のリアルなリアクションや先ゆきの見えないハラハラドキドキ感が人気を呼んで、日曜日の13時台という時間帯にもかかわらず20%を超える高視聴率を獲得していた。 

 

 このように当時、多くの視聴者を熱狂させてテレビに釘づけにしたのは「苦痛を笑いのネタにする番組」だったということも事実なのである。 

 

 

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 この番組には、A「熱湯を熱がる人」←→B「熱湯を熱がる人を見て喜ぶ人」という構図があった。 

 

 一見、Aは一方的に「損をする人」だと思うだろうが、実はそうではなく最終的に「宣伝ができる」というメリットを得る可能性がある。そしてさらには、「おー、頑張るね」といった称賛や評価を視聴者から得ることができるかもしれない。 

 

 つまり、「いじめられて終わり」ではないということだ。 

 

 「男性芸人の下着にハッカ液をぬり悶え苦しむ姿を面白おかしく放送」する企画の場合も、同じような構図だと考えられないだろうか。 

 

 芸人にはコマーシャルをすることができるというメリットはないが、「テレビを通じて名前を売る」ことや「すごいね、この芸人」的な称賛を浴びる可能性がある。 

 

 それを期待するからこそ、芸人はこういった企画に乗るのだ。 

 

 BPOの審議には、3つの視点がある。 

 

 放送倫理と放送番組の質向上を目指す「放送倫理検証委員会」、放送により人権侵害をされた人を救う「放送人権委員会」、そして青少年が視聴する番組の向上を目指す「青少年委員会」である。この分類に注目してほしい。 

 

 今回のこの「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティ」に関する見解は青少年委員会の審議結果であり、放送倫理や人権に関することではない。 

 

 青少年委員会は、青少年の親や本人から意見が寄せられるとそれに関して検討しなければならない。昔とは違い、さまざまな情報が得られる環境のなかで人々の意見や要望もさまざまなかたちで噴出し、ゆきかうからだ。 

 

 一昔前だと気づかなかったことに気がつくし、気にならなかったことも気になるのが、現代の情報社会の特性である。そんななかで、人々の感覚がコンプライアンスに過敏になってゆくのは自然なことである。 

 

 「苦痛を笑いのネタにする番組」は、時代の変化とともに注目されるようになってきたテーマだ。であるから、昔は看過されてきた「弱いものをいじめてみなで笑う」といった差別やいじめを助長するような表現を「青少年の教育上よくない」とBPOが問題視するのも納得できる。 

 

 以上を前提として、提言をしたい。 

 

 前述したような「出演者側にもメリットがある、もしくはメリットを期待できる状況」にある場合と「単なるいじめや差別、ハラスメント行為」である場合との間に、はっきりとした線引きをするべきである。 

 

 BPOには、ぜひ両者の混同を避け、違いを明確化して審議をおこなってもらいたい。 

 

 コンプライアンスは両刃の剣である。 

 

 過剰になると「表現の制限」や「自己規制」を生み出してしまい、クリエイティヴな創造力をそぎ落としてしまう。そして結果的に、視聴者に「本当の姿」が届かないことになって「知る権利」を損なわせてしまう恐れがある。 

 

 テレビ局側もこの「線引き」をよく理解して番組作りに臨めば、制作者が萎縮することなくバッターボックスに立つことができるはずだ。 

 

田淵 俊彦(桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修 教授) 

 

 

( 133630 )  2024/01/29 13:40:14  
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これらのコメントには、以下のような傾向や論調が見られます。

 

 

- テレビ業界に対する批判的な意見が多く見られます。

特に、バラエティ番組におけるイジメや暴力的な演出についての批判が目立ちます。

それに対して、子供への影響や社会的責任についての懸念が表明されています。

 

 

- 親の責任や教育への期待が見られます。

子供への適切な指導や教育が重要であるとの意見が多く見られます。

また、親や大人の影響が子供に大きな影響を与えるという指摘もみられます。

 

 

- 社会の価値観やエンターテイメントに対する考え方についての意見も多岐にわたります。

痛みを伴う笑いの是非や偏見についての意見が寄せられています。

 

 

- メディア規制に関する議論も見られます。

テレビ番組やメディアの内容に対する規制やコンプライアンスの問題について様々な意見が寄せられています。

 

 

以上のように、テレビ番組における暴力的な演出や笑いに対する懸念、親や社会の責任、メディア規制に関する意見などが見られます。

 

 

(まとめ)

( 133632 )  2024/01/29 13:40:14  
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・「痛みをともなう笑い」がいじめを助長するという意見はもっともだと思いますが、今やテレビだけでなくyou tubeなどで、過去の映像も含め、いくらでも目にする機会はありますので、「子供の為」と称して何でも遠ざけてしまうことに違和感があります。 

(実際、すべてを遠ざけるのは不可能に近いですし。) 

 

私自身、親として、世の中には理不尽なことや納得いかないこともありますし、価値観も多種多様で、その中で自分の価値観と照らして取捨選択が必要な部分もあれば、妥協して折り合いをつけないといけない時もあることを伝えるようにしています。 

 

それはメディアなどの外部的な事情とは別で、親として子供に伝えるべき躾に近いものではないかと思います。 

 

 

・線引きは確かに必要ですね。 

 

受取手の未熟度によって、悪影響になるものは確かにあるし、かといってがんじがらめでも製作者側の苦悩はあるだろう。 

 

個人的にはイジられたり悪戯された側が望んでなかった場合でも笑って許せる程度のものならいいけど、内心穏やかでないもの以上は、真似された場合イジメに繋がるケースもあると思うので出来ればやめてほしい。 

 

 

・確かに子供に真似してもらいたくないバラエティーやアニメ、YouTube動画はありますが勝手に見てしまうこともあります。 

ただ、生活の上で宜しくない言葉遣いや暴力的なことをしている際にはきちんと話して、良くないことなんだよと教えています。 

テレビなどでやってることと、現実の生活での違いも説明して。 

今のところは、友達に手を上げたりいわゆる汚い言葉を使うこともほとんどないです。(心配事は他にも尽きませんが) 

 

いろんな子を見てて思うのは、言葉遣いなどな特に親の影響が大きいと思うんですよね。普段から「馬鹿」「~しろ!」って親が言ってるとこは子供も友達に同じように話してる。 

なんだかんだ言って一番身近にいる大人は親なので、いいこと悪いことはきちんと子に示してあげてれば、テレビやメディアの影響も緩和できると思います。 

そこを顧みずに、まずメディアを避難するのは育児責任放棄に近いと思います。 

 

 

・その行い、その現象が善か悪か、そこを論じられる傾向にありますが、注目すべきは痛みを伴わない、人を出来るだけ傷つけない方法で多くの人を楽しませたり笑わせたり癒やしたりする、そういう芸やエンタメをされる方々も実際に存在しているということだと思います。ハラスメントにしてもそう。そうした問題を起こさずに素晴らしい作品を生み出している才能も人徳もある方もいらっしゃると思います。私たち人類は環境に合わせて進化することで生き残ってきたわけですので、その過程で物事の基準がよりバランスのとれた未来思考の人々の在り方に傾いていくのは自然なことかもしれないと感じています。 

 

 

・制作側には表現の自由があり、視聴する側には選択する自由がある。 

 

その選択する事を教えるのは大人の役割。 

ただし、あくまでも選択する自由がある事を教えるだけ。 

別に大人の感覚が正しいわけではない。 

 

ドリフを観た子供が下らない大人になったのか?という話。 

 

テレビはまるで公共の電波によって誰もが強制的に目にしてるかのように話す人がいるが、大きな間違い。 

他のメディアと同じく選択して観ているに過ぎない。 

 

我が家では、1人辺り年間でも20~30時間程度しか観ていない。 

 

 

・自分が子供の頃はドリフが全盛期でクラスで日常的にコントと同じことを友人同士でやり合ってたけど、そこからイジメに発展することはなかった。 

やる方もやられる方も冗談だと理解してたし、他人に対して思いやりを持って接することができたからだと思う。 

今の子供はイジメのターゲットを作って集団で攻撃することでしか仲間意識を保てない。テレビが悪いんじゃなくて人に対して思いやりを持って接することができないことが問題。 

 

 

・見る側に知的レベルの差があるから、どういう笑いが好きかはそれに引っ張られると思うけど、一般的に肉弾的な笑いはレベルの低さを感じる。 

そういう笑いが好きな人は、例えば言葉遊びは面白くない場合が多いんじゃないかな。自分に語彙力が無いから。 

で、知的レベルの高低の割合はいつの世もあまり変わらないだろうから、下品な笑いが好きな人は一定数残る。 

 

それよりも、ここへ来て「みんな平等」教育を受けた人達の裾野が広がって来たってことだと思う。基本的な感覚として、人に苦痛を与えることを忌避する人が増えた気がするから。 

 

 

・「イジメ」と「イジリ」を区別する唯一のポイントは「対等かどうか」だと思う。 

1人が一方的にダメージを受けてその見返りが無いという状況なら「イジメ」認定。 

 

自分で自分にダメージを与える自虐ネタも含めれば、誰もダメージを受けないネタというのは、リズムネタや顔芸など一時的な笑いしかない。 

誰かがダメージを受ける事を禁止したらお笑い界は死ぬ。 

 

なので、「ちゃんと見返りがある」という事を強調した番組作りをするのが、現代におけるお笑い界の生きる道だと思う。 

 

 

・子供の頃は毎週のように見てたアニメやEテレの幼児向け番組をだんだん見なくなるのと同じで、年齢を重ねるごとにバラエティも「なんか見ててつまらないな」って感じる人がいても当たり前だと思う。  

ただしアニメ好きな大人が一定数いるのと同じで 

いくつになってもバラエティが好きな人も当然一定数いる。 

 

「バラエティがつまらない」 

「昔は良かった」っていう人たちは、かつてアニメや幼児向けの番組を卒業したのと同じ状況なだけなのに、自分が変わったことではなく今の番組や芸人を否定してるだけに見える。 

 

痛みがあってもなくても笑えるものはあるのになぁ 

 

 

・東野幸治のvtuber配信を見るべき。 

あれは中堅も若手もバーチャルアイドルの皮を被ってますが 

とにかく対等に痛みを伴う笑いを追求しているので 

面白いの前に興味深いと思ってみております。 

 

 

 

・痛みを伴う笑いのバラエティはともかくとして、人を騙して笑いをとって、その上怪我をさせる番組ってのは論外だと思う 

それが面白い、笑えるからいい、肯定するといよいよテレビのバラエティがなんでもありになる 

いじめや怪我を肯定するような番組が成り立ってはいけない 

 

 

・タレントならば痛い熱い思いをしても、仕事が増えるというメリットがあるでしょう。 

 

でも一般人に「他者が苦しむさまを見て笑い喜ぶ」という概念を植えてつけて、社会的にメリットがありますか? 

イジメをして喜ぶ人達の心理と、何ら変わらない。 

 

こういう「遊び半分でいたぶり笑う」ノリを、子供達に自然に覚えさせることになる。 

 

お笑いに必要不可欠な部分では無いと思います。 

 

 

・飲み会やスポーツの場で、何かの番組でやってた体を張った罰ゲームを用意されたりやらされたりして、飲みの場がさらに嫌いになった派です。 

そこまでしなきゃ盛り上がらない飲み会なんてそもそもやる必要ない。 

芸人のネタをすぐ真に受ける、すぐ真似をする。バカの一つ覚えか。 

笑いさえ起きれば盛り上がりに成功したと勘違いする人はそれを繰り返していく傾向がある。 

ちなみにあの時の上司は最近パワハラを訴えられてついにクビになった。 

いい時代になりました。 

 

 

・台本があってやる側やられる側がある程度の加減やお約束がわかっているテレビと違ってテレビの影響を受けて真似する側は台本なしの一発勝負でお約束や加減もなにもないわけだから状況が違いすぎるんだよな。テレビマンの立場から違和感訴えたところで影響を受ける視聴側の立場にも立って考えを巡らせないと意味が無いような気がする。 

 

 

・「下着に塗られて悶絶する姿」のほうはどっきりなんでしょ、当人が知らないうちに仕掛けられていたわけだよね、もしかしたら事務所からそういう仕事です、って言われたかもしれんけども見てて不快に感じる人が多かったということは、たぶん知らないんだよね。 

一方熱湯コマーシャルは基本的には当人も理解してもしくは形だけかもしれないけども納得しているんでしょ、それに熱湯に入ることもわかってんだから準備もできるしさ。 

大学教授が、テレビに出れば名前が売れるメリットがあるんだからそのくらい享受しろ的なことをいうとはね、どっきり企画なんて芸人が芸を見せているわけじゃないじゃん、芸で売れなきゃ意味ないじゃん。 

みんなが不快に感じるのは意味があるんだよ、こういう人が大学教授とは世も末だわ。 

 

 

・容認派はイジメをする側の影響だけしか見てないな。全ての人間がイジメを跳ね返せる強さがあるわけでない。イジメをする人間への教育や人間性云々を言ってもイジメをする者はする、ならばイジメを誘発させる可能性がある要因を1つでも排除しようとする動きは必然。より刺激を求める人間にとっては窮屈に感じてもそれが現実。 

 

 

・人間には根源的な部分で、他人に対する攻撃的な要素を持っている。ほとんどの人は理性でそういった要素を抑え込んでいるのだけど、こういった番組で疑似的に他人に対する攻撃を経験することで欲求を満たすような部分はあると思う。 

コンプライアンスでガチガチになったTV番組の代わりに、ネット上で鬱憤を晴らす人が増えたような気もするけどね。 

 

 

・単純にそれが仕事だからではダメなのだろうか? 

人を笑わすことを仕事にして本人が納得してお金を貰っているわけで 

本人は納得しているのが大事なことで 

イジメとかとつなげれば正論みたいだけど 

TVの中では殺人事件もあるけどそれが殺人につながるわけでもない。 

もし仮に一人の人がTVの殺人事件に影響を受け殺人したとして 

これはTVを取り締まる事? 

殺人を犯した人を取り締まればよいだけ。 

イジメとTVの笑いは別なものでイジメを厳罰にすればよいのでは? 

 

 

・私は50代半ばだ。思春期になるまで毎週土曜の夜は低俗だ、子供へ悪影響を及ぼすとさんざん言われていた「8時だヨ!全員集合」を見て育った世代である。一時期視聴率50%を超えるような番組だったから、おそらく私の世代でこの番組を見たことがない人のほうが少ないだろう。だったらサンプルは十分にある。私ら世代に当番組を見てグレたかとか、性根が曲がってしまったかとか、調査してみればよいではないか。 

刑務所にいる40代後半から70歳くらいの受刑者に、その犯罪を犯す経緯にドリフの悪影響があったか、聞いてみてもよいのではないか?想像だけで懸念ばかりしていても、窮屈なだけだ。コンプラコンプラやかましい米国では日本アニメの描写を批判する人多いようだが、まずアンタの国と日本の治安と比べてみろよ、とツッコミたくなる。 

 

 

・いや、イジメに見える仕打ちをされるお笑い芸人にはギャラが支払われ、さらなる仕事獲得にも繋がるけど、それを真似した子供達や一般人の場合はひたすらイジメなわけだから慎重であるべきだ。 

 

 

 

・もう時代は変わっている事が理解出来ていないですね。 

あの時代は良かったかもしれませんが、それでも不快に思っていた人も沢山いたはずです。 

人が痛がるなどの苦痛を「面白い」と思う事がどれだけ悪趣味なのでしょう。 

タレントさんはそれを理解して、「おいしい」と思い予定調和の中で、ある意味「演じている」のかもしれませんが、一般社会では違いますよね。 

学校で、社会で「イジる」などの行為のハードルが下がっているのは、バラエティーにも大きな一因があると思えてなりません。 

そしてそれは「イジる」つもりても「イジメる」になっているのです。 

私は他人がいやがる事をする人や、人が痛がる姿を見て笑う人を軽蔑します。 

人の頭を叩く事は「面白い」事ですか? 

もう一度よく考えてみてください。 

 

 

・この筆者の主張は、「いじめの笑いであっても、被害者にメリットが有る場合は容認すべき」というもののようだ。そのような笑いは視聴者のいじめを惹起しない、とでも言うのだろうか。論拠がよくわからない。 

 

いじめで被害者が慌てたり苦しんだりする滑稽な姿を笑う、テレビで知ったその笑いを仲間内でも起こして「ウケを狙おうと」被害者役の狙いを定める。その際に被害者役にメリットがあるか否かは通常考えないだろう。テレビ内での良いイジメの笑いと悪いイジメの笑いの線引は、意味がない。 

 

 

・痛みを伴う演出を真似る人が出て来るからダメと言うより、他人の気持ちに共感して笑ったり泣いたり苦しくなったりする「共感性羞恥心」を持っている人が10人に1人居ると言われているので、人前で怒られたり恥をかくドッキリや落とし穴や熱湯風呂、強制高額買い物とか、させられてる側の感覚になるので、そういう演出ばかりやる番組は不快の声が集まりやすいのかなと思った。 

 

テレビマンは共感性羞恥が無い人じゃないと務まらないだろうからピンと来てないのかなと。 

 

テレビ欄や番組冒頭や次回予告で、これからそういう演出やるよって匂わせて、見たくない人がチャンネル変えられる対策が必要なのかもね。 

 

 

・このような記事が出るたびに、TV時代の終わりがそう遠くはないのかなぁと思う。>芸人はこういった企画に乗るのだ。。ってドッキリだとしたら、乗るも乗らないもないじゃん。事務所やマネージャーレベルで受けたとしても、ホントのところ本人はやりたくないかもしれない。。本人の意思がどこまで尊重されているかにもよるとは思うが。。 

 

 

・もともと「お笑い」は「馬鹿が馬鹿なことをやってるのを見て笑う」「差別的」な物だと何かで読みました。確かに落語も喜劇映画も主役が馬鹿なことやる「馬鹿を差別する」と言えば言えてしまいますね、それを「差別だ!」「イジメを助長する!と取り締まると…「お笑い」は「架空のフィクション」だという事がすっぽ抜けているのでは?それこそ「馬鹿」なのでは。 

 

 

・熱湯コマーシャルはゲームでメリットのために頑張る構図だけど、痛みを伴うドッキリは心の準備なく襲われる 

本人の知らないところで仕組まれ、毎度嘘番組のロケまでやらされ、2つは同列ではない気がします 

 

 

・私はいじめられていた側の人間なので、いじめっ子の理屈だと思う。他人をスケープゴートにして集団を結束を強める、それがお笑いという手法で正当化される。みんなで一人を笑いものにすれば「ああはなりたくない」という心理から自ずと集団の結束につながる。 

 

笑いと言えば聞こえは良いが、つまりそーゆーこと。これだけ個性豊かな社会なのに、皆が同じことで笑おうというのがそもそも間違い。 

 

 

・TV業界が 異常になったんじゃないのかな。 

親 袋被せてしまった彼も復帰しようとしてる。 

薬だってそう 普通の常識でやったらいいと思うよ。 

 

昔はゆるかった。なんて言ってるけど 

今も十分ゆるいだろ。 

 

台本通りのお笑い界なのに 演者ではなく その後ろにいる奴らも考えたらいい。  

やすこなんて 怒鳴られてわけわからんって 弱い者には強く言ってダウンタウンには お見送り お迎え なんだろうその差は 同じ演者だろ。 

 

そもそもバラエティ番組ばかりになって 同じような内容ばかりやってるから もう少し考えたらいいのに。 

 

お笑いは たまに見るぐらいがいいのに 金ない金ないって言って 何人タレント使うのよ。 

動画見るだけに ワイプ何人必要なのよ。そもそも無駄だらけだろ。 

 

いじめ問題につながるかは わからないが いじりは いじってる方は いいけど いじられると 嫌だと思う 

 

 

・いじめが減るどころか増えている状況を考えると規制はしかたないのではないだろうか。 

物事の善悪を学ぶ時期の子供が、何のオブラートもなしに、苦痛を受け、それを面白おかしく笑う人がいるのをどう、解釈していくかだが、仕事としての構図が普段の生活でも、普通の光景なんだと解釈してしまうと、笑いは完全に功罪になる。 

 

 

・バラエティよりよほど子供が見るであろうアニメで「悪人なら痛めつけてもいい、下手すりゃ殺しても良い」という完全な法律違反がまかり通ってるけど、それはテレビの世界だけだからねって教わるでしょ 

バラエティも同じようにテレビの世界だけって教えなよと思う 

 

不快って意見は仕方ないけど「子供が真似する」ってのはいくらでも回避できるし、テレビじゃなくて親の責任 

不快なものを叩くための武器として子供使ってるだけだよね? 

 

 

 

・非日常であるから面白いわけで、あるあるや共感ネタでは爆笑には繋がりにくい 

見る側も演じる側も、人間性の問題でなのだから、バラエティーがイジメにつながる直接の原因ではない 

 

 

・BPO青少年委員会というところがミソ、放送倫理検証委員会や人権委員会ではない。つまり「テレビのお約束」を分かるリテラシーのある大人にたいしては問題としていない。あれがマジものと勘違いする子どもたちの心配をするのが青少年委員会なので、「テレビのお約束」が理解出きるよう演出して欲しいとの要望。罰ゲームやドッキリ、熱闘風呂など何も問題にしていない。仕掛ける側とそれを受ける側の了承と納得があれば問題ないとBPOも言っている。受けての奮闘のリアクションを楽しめる範囲から逸脱して執拗に繰り返し、仕掛ける側の優位性・マウント姿勢を殊更強調する演出は、子どもたちにイジメを想起させる心配があると危惧しているのでしょう。子どもには「水曜日のダウンタウン」のような演出が「テレビのお約束」と理解出来ない可能性がある。また「どっきりGP」のような簡単に真似出来るものは相手の事を考えずに再現しそうで心配なのでしょう。 

 

 

・たまにバラエティ番組を観ると「いまだにこんな事やってるんだ」って驚き呆れることが多い。40~50代の制作スタッフや出演者の感覚が古く、平成時代と変わらないお笑いをやっているという気がする。それじゃあ若い人がテレビを観なくなるのも当然でしょう。 

 

 

・昭和の時代でもテレビを真似てイジメをやる人がいたのかどうか不思議。自分はそんなの見たことない。むしろテレビで誰かが酷い目に遭っている姿を見ることは欲求の捌け口というか、誰もが持つ残虐性の避雷針みたいなものとすら思うのだけど。 

子供が学校などで酷い言葉使いをしたり陰湿なイジメをするのは親の影響だと思う。 

 

 

・言ってしまえば、本当に痛そうに見えたり、ケガしそうなものは笑えないですよ 

今放送されているバラエティでそこまでのものってないですよね? 

熱湯風呂、熱々のおでんみたいに大したことないものオーバーリアクションを見せてるものがほとんどですよね 

その程度なら大した話じゃないです 

そこさえ気を付けていれば、不快にならないんじゃないですかね 

 

あと、「イジメを助長する」という意見もありますが、イジメるやつなんて常にイジメる理由と材料を探してるだけなんで、その番組がなくなってもイジメはなくなりませんよ 

やるやつがダメというだけです 

そこを見失ったら、世の中何もできなくなりますよ 

 

 

・何をやっても反対側からは文句が出るのは当たり前。 

それを解決するのは無理です。 

ホントに相手が高名であろうが低俗であろうが、こちらが完璧に論破出来る材料があろうが、言う奴は「重箱の隅をつつく」からな。 

しかもそれがスタンダードのように言う。 

 

 

・>「テレビを通じて名前を売る」ことや「すごいね、この芸人」的な称賛を浴びる可能性 

 

これは可能性の話で、確実に有名になるならメリットがあるけれど、有名にならなければリスクになるわけで。 

こういうことはハラスメントとの境目にあると思うんで、芸人の側がどう思っているかどうかですよね。 

  

だけど芸人側が「おいしい」と思っていることが表に見えてくるようでは見ている側も興ざめするし、真に迫っていれば見ている側には、勘違いして騒ぐ人も出てくるし。 

こういうのは、難しいですね。 

 

ただ、コンプライアンスが叫ばれる世の中になってから、確実にテレビが 

つまらなくなったのは間違いないと思います。 

 

 

・共演者の頭を叩く「芸」は違法行為として禁止されるべきである。教育上もよくない。子どもたちだけではなく親にも悪影響を与え、社会的な暴力を助長してしまっている。「テレビだから」といって暴力行為・違法行為が容認されてはならない。 

 

 

・この記事の言ってることって「いじめる側の論理」ですよね? 番組などでは台本があって双方がわかった上でやっているのでしょうが、一方的にいじめておいて「イジッてやったんだからオイシイと思え!」と言われているような、いじめられたらオイシイと思わなければいけないような風潮って何だか釈然としないものがあります。 

 

 

・出演者のメリット、デメリットというより。 

BPOのコンプライアンス強要は一步間違うとメディアへの言論統制になってしまう。 

明らかな差別や行き過ぎの表現を規制するならいいが。 

教育上云々、真似されたら云々というのは如何なものかと思う。 

結局は自分たち(BPOや声の大きい人達)の基準で封殺行い気に入らないものは排除するという。 

お隣の国の言論統制や検閲に近い。 

「見てて不快」は人によって異なるし「イジメや真似される」というのも。 

受け取る側の人間性の問題で本来は身近にいる親等がキチンと教育すべき物である。 

行き過ぎのコンプライアンスは多様性の排除であり危惧すべきものであると思う。 

 

 

 

・最近は、どのテレビ番組もコンプライアンスを意識して、スポンサーに配慮した番組ばかり。 

苦情がテレビ局ではなく、スポンサーにいくのが厄介。不快なら見なければ良いだけで、なんでもあら探ししようとする今の世の中の風潮に辟易する。 

 

 

・テレビはダメでネット動画はOKと言う変な話。 

テレビの視聴率は下がって、ネット動画の視聴者は増える。 

ネット動画の方がテレビよりヒドイと思うけどね・・・。 

 

テレビ見てマネをするとイジメの助長になる。だからダメ。 

最近のテレビは規制が多くなったけど、イジメの数は減った? 

イジメの助長と言うならネット動画も規制しないと。 

 

 

・最近では罰ゲームで電気を流すのがあります 

人体には影響は無いらしいのですが見ていて面白さを感じないし 

痛がっている様子を見て 

それを誰が面白がっているのだろう、と只々不愉快なだけなんだけど 

そういうのを罰ゲームにする発想は局側の人間だけじゃないのかなぁ 

何が面白いのかわからない! 

 

 

・なぜ、この残念な感じの教授は、勝手に自分で「善悪」の問題にフォーカスしているのか。 

「善悪原理」より人々の行動を規定しやすいのは「快不快原理」だ。 

ナチスの指導者らもそこを熟知していたために、自分たちが「快」(カッコいい)に見えるように心を砕いた。確かに軍服などのデザインは今でも通用する格好良さなのはまちがいない。 

この「快不快原理」がある種の地殻変動をおこしているのをごまかすべきではない。 

ちょうど「熱湯風呂」が話題に上がっているので言っておくと、今は「ああいう醜い不潔な感じのもの」を「目にしたくない」それが快不快原理の中で大きな意味を持って来ている。 

こういう新たな「快不快原理」は「善悪」(倫理)の側から見てどうなのか。 

論じるならそれを論じるべき。 

「熱湯風呂に入ってメリットを感じる芸人」そういう不潔な現象に快を覚えない、寧ろ拒絶したい…それが主流になりつつある現実を見るべき。 

 

 

・論点が違うんだよね。 

本当に当事者全てが「プロとして」やっているなら「笑い」としていい。 

でも、実態がそうでなさそうなのが、昨今は見えてくるようになった。昨日から話題になっている某芸人の暴露が事実なら、裏でパワハラ(暴力)してるやつらが、表でも暴力で笑いを撮らせてる。そんなの許されるわけない。 

 

 

・アメリカなんかでは、「突っ込み」で叩いたりすると「暴力だ」と批判が上がる。 

でも、スタンドアップコメディーとか見ると、人種差別的なことも結構言いたい放題。 

アメリカの笑いも、いじめに直結する気がする。 

 

 

・単純に指導教育出来ない保護者側に問題があるんだよ 

自分達じゃ自分の子供さえ教育出来ないから問題が起きれば学校やこういったバラエティ番組などに責任を丸投げ 

それに昨今の体罰やそれに準じる躾は何が有ってもいけない事って風潮もこの問題を面倒にしてる 

言って聞かないやつにはカラダで覚えさせるしかないのにね 

痛みを知らないから他人にこの程度で殴ったら痛いって加減も出来ないんだし 

 

 

・前にどつき漫才はいじめに繋がるからやめろみたいな記事があって、その記事に対して「アニメなどのバトルものはどうなのか?」っていう反論コメントがあって、さらにそれに対して「どつきは一方的、バトルは双方向的だから違う」という反論コメントがあった。それに対して私は「いや、昭和のプロレスいじめとか知らんのか?逆にどつきいじめとか聞いたことないわ」って思った。 

 

 

・クレーム気にしてグルメ番組ばかりでTVは面白くなくなりました。ドラマも昔みたいな、ありえないドロドロ劇の方が非現実的で見てて楽しかった。普通の生活では体験出来ないのをTVに求めてるはずです。 

 

 

・暴力もやめましょう。罵倒もやめましょう。民放は全然ダメだし、NHKもぼーっと生きてんじゃねえよっていうのは罵倒だからやめましょう。言葉の暴力ということで心が傷つくバカがいるかもしれません。虚構を本物と勘違いして劣等感を刺激される、自分の内面の問題に他人を巻きこむ人たちに合わせて、ニュースだけ流しましょう。ちょうどいい勉強になります。 

 

 

 

・毎回思うけどドラマや映画の殺人や暴力は当たり前のように見過ごされているのに、バラエティの罰ゲームや過酷ロケは批判の対象になりやすいのはなぜなんだろう。 

 

 

・少し飛躍して一言。 

欧米のように、日本のお笑いに「風刺」がもっとあってよい。 

いまの日本では、芸人がテレビで政治風刺をやるのは相当ハードルが高いだろうが、芸人ならではのユニークな視点は、権威や権力に対する風刺と皮肉にこそ活かされるものでないか。 

チャップリンを愛する私はそう思う。 

 

 

・何かにつけコンプライアンスとうるさい世の中ですが窮屈に思う。 

痛みをともなう笑いと大げさに言ってるけど、例えば友達がどこかで頭やスネぶつけたりコケたりしたら笑ったりしますよね。 

昔のドリフが子供たちに大人気だったのは 

天井から金だらいが頭に落ちてくるお決まりのパターンで大爆笑していまいた 

これは人間の本質だと思うのですが。 

 

 

・視聴者がどう思うかなど制作者に分かるまい。 

「ラスタとんねるず」で、とんねるずの2人が司令塔、芸人が将棋の駒に扮し闘う、というゲームコーナー(ジャイアント将棋)があったが、 

同じフジテレビでの「おはようナイスデイ」で、中学生がいじめられっ子同士を闘わせている、という特集があり、中学生の行為はまさに「ジャイアント将棋」だった。 

ナイスデイのスタッフはラスタとんねるずなど見てないのだろう、と思ったが。 

 

 

・子供が真似するって言う人ほど、テレビをみせてるだけでその時に親が何か教えていないからでしょ 

 

使い方だよ 

使い方が下手で工夫ができない人が批判する 

それを教材に教育だってできるでしょ 

 

 

・力が上の者(個人でも制作側でも)が 

自分より弱い者(文句を言えば番組に出してもらえなくなる恐れのある側) 

に対して、逆らえない関係を利用して、身体的精神的苦痛を与えるって 

これパワハラそのもでしょ? 

だいたいこういう番組って 

とんねるず、ダウンタウン、それにつぐ連中がMCやっている番組内で起きていることじゃないの? 

不良グループが弱っちいやつを大勢でいたぶって遊ぶ…あれを 

スポンサーが資金援助して、テレビ局が制作してるわけでしょ? 

だからフィードバックして 

学校や職場で模倣され、被害者がでるわけよ。 

芸人は痛い想いをしてもギャラがもらえ、ステップアップできるけど 

学校や職場でやられている者達は 

やられ損なわけで 

それがトラウマになり 

引きこもってしまう例も多々あるわけですよ。 

そういうことがもう何十年も続いていているわけよ。 

彼らのはお笑いじゃない。 

単なる人権侵害よ。 

芸とは言わない。 

 

 

・スーパージョッキーは、熱湯に入ることもそうだけど、わざわざ地上波で女性でも男性でも着替えさせてたもんなあ 

しかも男性は乳首を隠さなかった 

今だと、絶対放送できないよね 

 

 

・逆にそういうバラエティが無くなればイジメは無くなるのかという話。可能性の話をすればキリがない。あまりにもひどいものは排除すべきだとは思うが、その判断は難しい。 

 

 

・今の笑いは体を張った芸が少なくなりイジメへの配慮なのでしょうが、トークによる言葉の方には配慮が足りていないのも事実だと思います。 

 

 

・スポーツなどできつい練習に耐えてすばらしい競技を見せてくれる姿には感動しますが、素人や芸人が無意味な痛みに耐えていることを見せることに何の意味があるのですか? 

視聴者の残酷な感情を刺激しているだけではないでしょうか? 

 

 

 

・今のコンプラ揚げ足取りの風潮は、是正すべきだと思います。ちょっとしたことで揚げ足取りをされて、マスコミやネットにリンチされる現代って熱湯コマーシャルの様な表現よりはるかに退化しているのではないでしょうか。 

 

 

・似た様事だと、ヤンキー漫画だとか泥棒が活躍する漫画やアニメも…ってなりますよね。 

時代劇やアクション映画を見て、太刀や銃で人を傷つけたくなるかと言うと別の話ですし。 

家庭や学校での教育的な部分が大切なのではともう。 

 

 

・親に監視されながらドリフやひょうきん族、11PMをこっそり見ていた子どもたちが大人になり、クレヨンしんちゃんに苦言を呈する。その子どもたちが大人になり、バラエティに苦言を呈する。なんかこんなのを繰り返しているだけ。 

 

 

・善悪が問題と言うより、幼稚すぎる。 

子供が下品な言葉に大はしゃぎするのと同じレベルだと思う。 

そういう番組が存続するって事は、それを見て喜ぶ品位の方々が多い。って事。 

今、渦中の松◯氏の番組も20年見てないですし。本当に残念なお笑い業界だと思う。 

 

 

・子供がマネするのは親の責任です・・・。悪いと思う行いがある以上にいい行いの番組もあるはずだけど、そっちはなぜ真似しないんでしょうね? 

 

余計にテレビ見なくなるでしょうね。ニュースも偏向してみる価値ないし、娯楽もないとなったらもう終わりですね。 

 

 

・バラエティはいじめにつながるのは残念だがありえることだ。 

特にドッキリは止めた方が良い! 

嘘告白 嘘ケンカ 椅子を引いて転ばす 

こういった事は一生引きずることがあるので、すぐに規制すべきだと思う、。 

頭の悪い学生時代などはすぐにマネする連中がいるからな。 

 

 

・そんなん言い出したら頭を叩く突っ込み全てに言えるしいじめる側は例えテレビでやってなくても無法地帯のYouTubeや配信等見てもっと卑劣な行動とるだろうし、結局んとこダメなもんはダメと教える親や教育者で何とかするしかない。どんどん過保護になって全く言うこと聞かない子供や初対面の年上に平気でタメ口使う非常識人間が増えるだけ 

 

 

・子供には何事も経験させて学ばせるべき。危ないから触れさせないと危険を回避する知恵も育たないし、危険かすらも判断できない大人になってしまう。 

 

 

・ちなみに私は「運動神経悪い芸人」が一ミリも面白くないです。同じ理屈なんですかね?いわゆるキワモノの笑い・・・がそういうことなのかもしれませんが、それなら「感動ポルノ」とかもどうなんでしょうね?とか思っちゃいます。まぁ嫌な時代になりました。 

 

 

・真似する馬鹿がいたからなぁ 

今でもいるだろうし、それを受ける〜とか言うバカもいるだろう。 

真似するのが恥ずかしいってなったら、いいけどね。 

痛みを伴う方の人はプロなんで大丈夫って事で良いんじゃないかね。 

格闘家みたいな感じで。 

報酬も貰ってるし… 

 

 

 

・見返りがあれば良いって、異常だと思わないのかな。 

見返りがあろうと無かろうと、人に苦痛を与えて笑える感性は気持ち悪いと思いますけど。 

カイジ達を笑う帝愛の客となんら変わらない感性だと思うけど… 

 

 

・痛みを感じさせたらアウトってそんなこと言い出したら格闘技とかプロレス、ケンカや戦いの描写のあるドラマやマンガなんか全部アウトになっちゃうでしょ。 

 

バラエティだけ悪者みたいな風潮は筋が通ってない。 

 

 

・子供の頃毎日バラエティ番組見てたけどイジメとかなかったなテレビ悪じゃなくてやっぱ人間性の問題だと思う! 

自分で見てて嫌な番組は文句言う前に見なきゃいい! 

 

 

・基本的に、、見たくないなら、 

見なければ良いだけなんだけども。。 

別に見たくないなら、、 

見なくても。。 

昔に比べて、 

そんなに見てる人も多くないだろうし。。 

20代以下で毎日TVを見る人が、 

どのくらいいるんだろうか。。 

 

 

・いや単純な話 

 

目の前で痛がっているひとを見ても、愉快な気持ちになんかならない 

 

そのひとにメリットがあるとかないとか、そんな話にさえならない 

 

最悪痛がることでメリットがあるのだとしても、見えないところでやってくれ 

 

 

・「出演者側にもメリットがある、もしくはメリットを期待できる状況」 

 

だからイジメとは違うって事かね。屁理屈言えば『ジュース奢れば殴っていい?』でも成立しそうだけど。 

 

 

・学生時代はダウンタウン被れの先輩にツッコミの真似事で意味もなく日常的に頭を叩かれてた。 

本当に悪なのか?少なくとも自分にとっては悪だわ。呆れるほかない。 

 

 

・漫画やアニメみたいな出演者が実在しない媒体でもそういう笑いが減ってるのだから、 

単にダサくなってウケなくなったから減ってるのんじゃない? 

永遠に同じものが流行り続けることはないよ。 

 

 

・ずぅ〜と思ってた事なんですけど、 

「痛みを伴う笑いや容姿いじりはイジメに繋がるからアカン!」とか、 

「アニメでも道交法違反はアカン!」とか言ってる人と1回でいいから会って話を聞いてみたい。 

「それならイジメや殺人事件がテーマとなるドラマはダメではないの?」 

「それこそ殺人事件がテーマとなる国民的アニメは問題ないの?」って質問してみたい。 

と言うか子供への影響を考えるなら、間違いなくTVよりネットの動画だと思うけどな〜。 

 

 

・出川さんやダチョウ倶楽部も言ってたけど 

可愛そうって思われたら逆にしんどいし営業妨害だと言ってましたね 

おでんや熱湯風呂は逆に笑ってくれないとつらいと 

 

 

 

・出川さんがら後輩にいじられてる番組は楽しんで観れるけどダウンタウンが文句が言えない立場の後輩をイジってる番組は私は面白くない。 

 

 

・肉体的な痛みだけじゃなくて、精神的な痛みを伴う笑いもいじめを助長するよね。 

運動神経悪い芸人、絵心ない芸人、格付けし合う女たちももはや時代遅れだろう。 

 

 

・いじられてる側がいじってる側に自由に突っ込めるのが笑い。いじる側の異常さを笑う。いじられてる側が何も言えないのがいじめ。 

 

 

・苦痛を受ける側にもメリットがあるはずだって意見は制作者サイドが言わないほうがいいと思う。 

 

 

・多少は笑えるけど、40超えて来ると 

ローションでヌルヌルの坂道登るやつとか 

とりもちで、ベトベトに顔付けるのとかみてたら 

ハラハラしかしなくなった 

 

 

・不快に思うからってわざわざテレビ局やスポンサーにまで苦情を入れる方がおかしい。SNSにしてもそう。嫌ならわざわざ見なきゃ済む話。 

 

 

・でも、イジメや殺人をして笑っているシーンのあるドラマは問題ないんですよね。 

ドラマ見て同じようなイジメをやる子供はいないのかね? 

 

 

・痛みやルッキズムという種類の問題じゃなく、意としていない素人やスタッフへのイジリ笑いはNGだと思う。 

 

 

・芸のない芸人が、犠牲になる構図。売れてくれば、それを見て笑う側になる。下積み時代の通り道。見たくもねえけど。 

 

 

・自ら体を張ってるのは笑えるけど、自分より後輩の芸人に体を張らせるのは笑えない。 

 

 

 

 
 

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