( 133659 )  2024/01/29 14:13:09  
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日本は食料自給率が低く、大変だとされているが、その数字自体が意味をなさない可能性がある。

カロリーベースの食料自給率は都道府県別でランキングされているが、それが絶対的な基準となるべきかどうかについて疑問が呈されている。

たとえば、人口が少ない地域ほど自給率が高くなるため、実際には都道府県別の自給率は単純な比較ができない。

また、畜産や野菜、果物の生産などがカロリーベースにおける自給率に影響を与えることも指摘されている。

これにより、自給率が高いということは必ずしも農業が強いとは限らない。

政府は食料自給率を重視する一方で、現実とは乖離した目標を立てており、農水省が食料自給率を利用して予算を引き出している可能性がある。

そのため、食料自給率が農業の現状を正確に反映していない可能性が指摘されている。

(要約)

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出所=『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』 

 

学校では「日本は食料自給率が低くて大変だ」と習う。ところが、それは実態を表してはいない。ジャーナリストの山口亮子さんは「農水省の元事務次官である渡辺好明さんは『農業にお金を注ぎ込まないと、日本は大変なことになりますよという、ある種の脅し』と説明している。意味のない数字が、政策目標にされてしまっている」という――。 

 

【図表をみる】我が国と諸外国の⾷料⾃給率 

 

 ※本稿は、山口亮子『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)の一部を再編集したものです。 

 

■自給率は高いほどいいというウソ 

 

 「日本は食料自給率が40%しかなくて大変だ」 

 

 1987年生まれの私は、小学校の社会科の授業でこう教えられた記憶がある。中学、高校でも同じことを言われ、社会に出てからは新聞やテレビからも繰り返し聞いてきた。 

 

 あれから四半世紀の間に微妙に変わったのは、その数字くらい。小学校の授業で初めて自給率を知った2000年前後を調べると、その割合は40%だった。2022年度は38%まで下がっている。 

 

 教科書や報道でよく出てくる自給率は、「カロリーベースの食料自給率」である。これは、エネルギー(カロリー)に着目して、国民1人に供給される熱量のうち、国内で生産された割合を示す。 

 

 学校の先生や、ニュースを読み上げるアナウンサーの言葉を鵜呑みにすれば、この間の日本はずっと“大変”であり、しかも状況は悪化していることになる。 

 

 そもそもこのカロリーベースの食料自給率を、日本の農業の現状を測るうえで重要な指標にしていいのだろうか。都道府県別にランキングしてみると、高ければいいという単純なものでないことが分かる(図表1)。 

 

■食料自給率の計算式に潜むカラクリ 

 

 1位が223%の北海道なのは順当だ。なにしろ、コメ、ムギといった穀物や、国によっては主食となるジャガイモのように、カロリーの高い作物を生産している。 

 

 それに続くのが、204%の秋田。確かに秋田はコメばかり作っている印象があるものの、米どころは数あるなかで、なぜ2位に来るのか。 

 

 ここに面白いカラクリがある。人口が少ないほど、自給率は上がるのだ。 

 

 カロリーベースの食料自給率は、次のように計算する。 

 

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1人・1日当たり国産(県産)供給熱量÷1人・1日当たり総供給熱量 

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■コメを作れば高くなり、野菜・果物だと低くなる 

 

 1人が1日に必要とするカロリーのうち、国産の食料で賄われた分ということだ。都道府県別の自給率を示すとなると、それは県産になる。 

 

 コメやムギといった穀物を作るほど、カロリーベースの食料自給率は高くなる。野菜と果物はカロリーが低いので、現状の自給率38%のうち、わずか2%と1%でしかない。 

 

 畜産物の自給率は、国産の飼料を与えたぶんしか反映されない。日本は飼料の大半を輸入に頼っているので、畜産は自給率全体のわずか3%にしかならない。それだけに、畜産が盛んで農業産出額4位の宮崎は、食料自給率が64%で15位に沈む。 

 

 食料自給率で2位の秋田は今後、そのパーセンテージを高め続けるはずだ。12年度は177%だったので、10年間の増加率は15%となる。これにだいたい対応するのが、人口の減少率だ。106万人から93万人弱(いずれもその年の10月時点)に減ったので、およそ13%の減である。同県の人口減少率は日本一で、コメを大幅に減産しない限り食料自給率は勝手に上がっていく。 

 

 「高ければいいってものでは、ないんですね」 

 

 知り合いの秋田県民にそのからくりを説明したところ、しみじみとこう言われた。 

 

 人口が減るほど、そして儲かりにくい穀物を作るほど、食料自給率は上がる。だから、その値が高いということは、一部の地域を除いて、農業が弱体化していることに外ならない。 

 

■食料自給率は農水省の政策の「一丁目一番地」 

 

 カロリーベースで食料の6割以上を輸入する日本は、有事に備えて食料自給率を上げなければならない――。そんな主張をする農水省にとって、食料自給率は一丁目一番地である。 

 

 同省の元事務次官である渡辺好明さんは、「農水省が政策を作るうえで最も重視する指標は、『食料・農業・農村基本計画』に数字で載せています」と話す。同計画の筆頭にくる指標こそが、食料自給率だ。 

 

 同計画は、政府が中長期的に取り組むべき方針をおおむね5年ごとに定めるもの。72ページあるうち、2割近い13ページという紙幅を食料自給率に充てている。 

 

 目下、強力な追い風となっているのが、ロシアによるウクライナ侵攻。ロシアとウクライナという一大穀倉地帯で戦争が起きたため、穀物価格が一時暴騰し、世界の飢餓人口が増えた。 

 

 食料自給率の向上が絶対に必要だと受け止める人は多いし、マスコミもこぞってそう伝える。本当にそうだろうか。 

 

 

■都道府県にとっては「あってもなくてもいい」指標 

 

 農水省大臣官房政策課の食料安全保障室は、都道府県別の自給率を出している。 

 

 「食料自給率目標の達成に向けて、地域段階での取組の推進のため、参考データとして利用してもらうことを目的に都道府県別の食料自給率を試算しました」 

 

 公表の理由をこう説明する一方で、「都道府県に対し、とくにこうしてくださいという働きかけはしていない」。 

 

 食料自給率を重視するのは国のみで、都道府県の農政はほとんど注意を払っていない。国からも、お宅の県は何%まで高めなさいという指導は、ない。知事が「わが県の食料自給率が低くて大変だ」と言っているのは耳にしたことがない。 

 

 結果として、そもそも自県の食料自給率を知っている人は少ないはずだ。 

 

 例外は北海道。カロリーベースの食料自給率で1位であるだけに、道は順位や223%という数字を比較的強調している。 

 

 同2位は204%の秋田県である。私は本書の取材を始めてからそれを知り、「え、そうだっけ」と驚かされた。過去に通信社の記者として秋田県庁の記者クラブに在籍し、3年近くその県政を取材していたが、知事や県の担当者が、そのことをことさら取り上げていた記憶はない。調べてみると、当時の県の資料には、2位であることがごくあっさりと書かれていた。 

 

 最下位は0%の東京、下から2位は1%の大阪、同3位は2%の神奈川となる。東京都の小池百合子知事にしろ、大阪府の吉村洋文知事にしろ、「都(府)の食料自給率が低いのは由々しき問題」とか「我々の食料自給率が低いぶん、北海道や秋田県には大いに増産に励んでもらいたい」などと話しているのは聞いたことがない。 

 

 都道府県にとっては、食料自給率など他人事であり、あってもなくてもいいような指標なのである。 

 

■「儲からない農業」をしないと自給率は上がらない 

 

 食料自給率を引き上げる方法は単純だ。カロリーの高いコメをはじめとする穀物を増産し、逆にカロリーが低く計算される野菜や果樹、畜産などを減産すればいい。これはそのまま、自県の農業を儲からなくする方法となる。 

 

 人口が減ればなお良い。島根、鳥取というほかの指標でパッとしない両県が、16位と17位という悪くない位置に付けている。コメが多く、人口が少ないからだ。 

 

 第2章で紹介したように、多くの県が需要の減るコメを減らし、代わりに野菜や花卉(かき)などの園芸を推奨している。それはすなわち、カロリーベースの食料自給率を引き下げることにほかならない。 

 

 食料自給率を高めるという国家目標のために、自県の農業を儲からなくしては本末転倒である。とはいえ、都道府県はその値を引き上げるつもりがさらさらないのだが。 

 

 

■事務方トップがこぼした本音 

 

 そんな都道府県の姿勢を国は静観している。もとはといえば、国が実現不可能な目標を立てているからだ。 

 

 カロリーベースの食料自給率の目標値を見ていこう。20年に閣議決定された最新版の食料・農業・農村基本計画は、30年度に45%に高めると掲げている。 

 

 過去を振り返ってみると、10年に決定された基本計画は、20年度までに50%に引き上げると打ち出していた。現実はどうなったかといえば、20年度に37%という過去最低の記録を打ち立てていた。50%という目標は、大風呂敷もいいところだったわけだ。 

 

 50%から45%に下方修正したから達成できるかというと、そうはならない。 

 

 渡辺さんはこう話す。 

 

 「基本計画の数字のなかで、一番実現性が薄いのが、カロリーベースの食料自給率なんです。農水省も、そこは分かっているはずですよ」 

 

 元事務次官、つまり事務方トップの言葉は重い。 

 

■農政に予算を引っ張るための方便でしかない 

 

 もっとも重視する目標が、もっとも実現できそうにない。こんな逆説的なことが起きるのは、農水省にとって食料自給率が予算を獲得するための方便に過ぎないからである。 

 

 カロリーベースの食料自給率には、たかだか36年の歴史しかない。その公表が始まったのは1987年分からだ。くしくも、私と同い年ということになる。 

 

 考え出したのは、農水省である。渡辺さんはこう振り返る。 

 

 「これがあったら、財政当局に予算を要求する道具として便利ですね。農業にお金を注ぎ込まないと、日本は大変なことになりますよという、ある種の脅し。論より証拠で、カロリーベースの自給率なんて、日本以外に計算して発表している国はほとんどないですよ」 

 

 国際的に通用しない、極めて「ガラパゴス」な指標だという。 

 

 農水省は、日本のカロリーベースの食料自給率が低いと強調する。日本は算出できる13カ国のなかで、最下位の韓国の次に食料自給率が低い。2020年で比較すると、アメリカ115%、フランス117%、カナダに至っては221%なのに日本は37%……。 

 

 農水省はこうした比較をするため、ご苦労なことに統計を使って各国のパーセンテージを自ら試算している。日本と同じカロリーベースの食料自給率を自国で算出しているのは、スイスと韓国だけだからだ。 

 

 カロリーベースの食料自給率が編み出された当時、農相の所信表明の冒頭部分で「わが国の農業・農村をとり巻く情勢は誠に厳しいものがある。このような状況に対処して……」と切り出すのが定番だったと渡辺さんは振り返る。 

 

 「当時の大蔵省に対して、日本の農業はこれじゃ大変だから金をよこせという、長年来の保護農政の続きをやっていた。そういうわけだから、僕はカロリーベースの自給率は目標たりえないと言っているんですよ」 

 

 カロリーベースの自給率を国家目標にすることが、農業の過剰な保護につながり、あるべき姿から遠ざけてしまうのではないか。そんな指摘は、農業経済学者からもしばしばなされている。 

 

 

 

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山口 亮子(やまぐち・りょうこ) 

ジャーナリスト 

京都大学文学部卒、中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。雑誌や広告などの企画編集やコンサルティングを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。2024年1月に、『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)を上梓。共著に『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)、『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)などがある。 

 

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ジャーナリスト 山口 亮子 

 

 

 
 

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