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コンテンツ関連産業市場は世界で220兆円、日本でも10兆円を超える。

漫画家の芦原妃名子氏が自殺したことで、漫画の原作者の価値とリスペクトが問題視されている。

芦原氏は漫画『セクシー田中さん』の作者で、彼女はドラマ化の過程で自身の原作が大幅に変更されたことに苦しんでいた。

小倉健一氏は、漫画家や新しい価値を生み出す人たちに対してきちんと対価とリスペクトが必要だと提言している。

(要約)

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AdobeStock 

 

 コンテンツ関連産業市場規模は世界で220兆円、日本でも10兆円を超すとされる。世界でますます拡大が期待されているが、先日、日本の漫画のドラマ化を巡り、悲しい出来事が起きた。作家で元プレジデント編集長の小倉健一氏は「日本テレビにも、脚本家にも非はないと考えている。しかし、最近、人が一生懸命つくった元ネタの扱いが雑になっているように思う」と語る。自身の編集者としての経験から「誰が責任をとれということではなく、自由で開かれた社会を実現するためにも新しい価値を生み出す人たちに、きちんと対価とリスペクトがいくことが大事だ」と提言するーー。 

 

 漫画『セクシー田中さん』の作者である芦原妃名子(本名・松本律子)さんが1月29日、栃木県日光市の川治ダムで死亡しているのが見つかった。1月28日16時ごろに芦原さんの仕事上の関係者から警察へ「行方がわからない」という通報があり、19時に行方不明届けが受理されていた。自死と見られている。 

 

 『セクシー田中さん』は、20代の働く女性の心理を繊細に描いた漫画だ。ストーリーの一部を紹介してみる。身体の関係もなく、結婚したいとも思えない男と同棲する「朱理」は、堅実な相手との結婚を夢見て合コンにでかけるが、その場で一番に気に入った人は「合コンにきて媚を売るような女」は嫌いだとさっさと帰ってしまう。 

 

 3年ほどセックスはしてないが、合コンにはよくいく「朱理」は、自分の人生にずっとモヤがかかっている状態だ。ある日、たまたま入ったお店でベリーダンスショーが始まり、「娼婦の踊り」を踊る女性(田中さん、実は同じ会社で経理をしている)をみて、「いっそ、ここまで開き直れたらすがすがしいのにな」という憧れにも似た感想を持つところから、漫画はスタートする。 

 

 大人気漫画家となった芦原さんだが、私が漫画を読んで感じた限り、マーケットを狙って当てに行くというタイプではなく、自分の感性を大事にして、それを読者に届くようにイメージや表現を洗練させていくタイプのアーティストだ。 

 

 そういうタイプのアーティストはとても多いし、出版社の編集者は、一般常識とは少し違った感性を持つ、そうした漫画家と社会やマーケットを繋ぐために走り回っている。世の中は契約社会だし、契約した上で行われたことなのだから、今回の件が誰の責任ということはない。しかし、職業テレビマン、職業脚本家とは違った感性や動機で生きている人がいるということを私たちもきちんと想像しておかなければならない。産みの苦しみは誰にもわからないとは思うが、最初のコンテンツをつくった人によりリスペクトが集まってほしいものだ。 

 

 今回の事件をよくわからない人のために、芦原さんのXへの投稿を紹介しつつ、簡単に振り返ってみたい。知っている人は読み飛ばしてもらうのがいいだろう。 

 

 

 昨年(2023年)10月期の日曜ドラマ「セクシー田中さん」の漫画原作者であった芦原さんだが、ドラマ化において脚本をめぐって日本テレビ側と折り合いが悪くなり、最終的に「今回のドラマ化で、私が9話・10話の脚本を書かざるを得ないと判断するに至った」とXに投稿。その経緯について、長文で説明をしていた。芦原さんの説明によれば、ドラマ化に際しては、「毎回、漫画を大きく改編したプロットや脚本が提出されていた」「漫画で敢えてセオリーを外して描いた展開を、よくある王道の展開に変えられてしまう」「個性の強い各キャラクターは原作から大きくかけ離れた別人のようなキャラクターに変更される」などと不満があったようだ。 

 

「私が『セクシー田中さん』という作品の核として大切に描いたシーンは、大幅にカットや削除され、まともに描かれておらず、その理由を伺っても、納得のいくお返事はいただけない」として、大幅な加筆修正によって7話までどうにか原作通りになっていたが、終盤に至っても「当初の条件は守られず私が準備したものを大幅に改変した脚本がまとめて提出されました」という事態が続く。 

 

「日本テレビさんから8話までの脚本を執筆された方は9話、10話の脚本には関わらないと伺ったうえで、9話、10話の脚本は、プロデューサーの方々のご要望を取り入れつつ、私が書かせていただき、脚本として成立するよう日本テレビさんと専門家の方とで内容を整えていただく、という解決策となりました」という。 

 

 しかし、芦原さんは、自分で執筆した9話、10話について、ドラマとしての出来には、相当悔やんでいたようだ。「何とか皆さんにご満足いただける9話、10話の脚本にしたかったのですが…。素人の私が見よう見まねで書かせて頂いたので、私の力不足が露呈する形となり反省しきりです」という。行方不明になる直前には「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい」という投稿を残している。 

 

 振り返ってみると、本当に、芦原さんは、この騒動にヘトヘトになってしまったのではないかと推察される。自分の原作を大切にしてくれる人たちのために、誠実にドラマ制作と向き合い、未完の漫画の最終話をつくらされる苦労は、想像するだけでしんどいものだ。 

 

 日本テレビは、<芦原妃名子さんの訃報に接し、哀悼の意を表するとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。/2023年10月期の日曜ドラマ「セクシー田中さん」につきまして日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら 脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております。/本作品の制作にご尽力いただいた芦原さんには感謝しております>というコメント発表している。 

 

 民放の構成作家は最近のテレビ事情についてこう話す。 

 

 

「民放では、ネット配信でのアクセスを稼ぐために、めちゃくちゃな数のドラマ作ってて原作が不足気味です。今回、脚本家に批判が向けられている部分もありますが、大衆受けはしにくいが、光るものがある原作を、良いものは残しつつ、ドラマ化した手腕は素晴らしいものがありました。しかし、その一方で、とりあえず設定だけ借りてあとはドラマ的脚色でなんとか乗り切るみたいなのが増えていて、原作者の自殺までは想定していませんでしたが、いつかどこかでハレーションは起きそうな状況ではありました」 

 

 とはいえ私は、日本テレビにも、脚本家にも非はないと考えている。しかし、最近、人が一生懸命つくった元ネタの扱いが雑になっているように思う。そして、それを批判してきたのも読売新聞を中心とするオールドメディアだったのではないだろうか。 

 

 2024年1月28日ごろに読売新聞オンラインにアクセスしたら、読まれている記事のランキング1位に、『週刊文春で「元タレントが実名顔出し告発」松本人志の被害訴える女性が続き「全部うそだと言いにくく…」とゴゴスマ弁護士』(https://www.yomiuri.co.jp/culture/hochi/20240125064-OHT1T51142/)という1月25日付の記事が1位になっていた。3日前の記事が一位ということは、相当長い時間、読まれ続けているということだろう。 

 

 しかし、中身を見て唖然とした。冒頭はこんな調子で始まる。 

 

<TBS系「ゴゴスマ」(月~金曜・後1時55分)は25日、お笑いコンビ「ダウンタウン」松本人志が飲み会で性的行為などを強要したとの疑惑を報じている「週刊文春」がこの日発売の最新号で第4弾を報じたことを伝えた>。 

 

 読売新聞が、TBS系の情報番組において、週刊文春の記事についてとりあげたことを、かなり詳細に報じているのだ。それも「(有料)読者会員限定」の記事として(どうやらスポーツ報知のネット記事が転載されたようだが、そのようなことを読者へ明示する記載は見当たらない)。 

 

 読売の有料記事は、TBS番組の内容に、何一つ付加価値をつけず、垂れ流すばかりである。聞いたこともなく、志の低いネットメディアやまとめサイトならやりかねないことかもしれないが、まさか読売新聞がそんなことを始めたとは正直がっかりしてしまった。とはいえ、このTBSの番組も文春報道に乗っかっているだけなわけだが、出版社とテレビの慣習から、対価は払っていると思われる。 

 

 

 あらかじめ言っておくが、私は読売ジャイアンツは大嫌いだが、読売新聞は好きだし、昔から購読している(今、読んでいるのはデジタル版)。圧倒的な部数を誇っているのもすごいが、それだけではなくスクープも含めた医療面の充実ぶりや人生相談などは他紙は到底真似できないものだろう。紙が強い分、デジタル化が他紙より少し遅れていて、それを「政治力」でなんとかしようという動きには、やや批判的にみているが、日本の報道を一翼を担い、そしてまた、そんなお金をかけずに「タダ乗り」のような記事からは距離を置いていたはずではなかったのか。 

 

 先ほどの話に戻せば、脚本家や日テレはきちんとルールを守り、契約通りに行動していたのだろう。そこを責めているのではない。しかし、全体として見れば、価値をつくっているのは原作漫画であり、この不幸な事件をきっかけに、新しい価値をつくりだした人たちに対する正当な評価やリスペクトを増やしていきたいものだと思う。読売新聞であっても、TBSの報道を垂れ流すだけというのはやはりやってはいけないことだ。 

 

 このあたり、誰が責任をとれということではなく、自由で開かれた社会を実現するためにも新しい価値を生み出す人たちに、きちんと対価とリスペクトがいくことが大事だと思う。 

 

★「日本いのちの電話」相談窓口★ 厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼びかけている。 

 

◆ナビダイヤル0570-783-556(午前10:00~午後10:00)◆フリーダイヤル0120-783-556(毎日:午後4:00~9:00、毎月10日:午前8:00~翌日午前8:00) 

 

小倉健一 

 

 

 
 

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