( 134401 ) 2024/01/31 14:32:19 0 00 (写真:ABC/PIXTA)
10年に一度、一時的な株価の高騰と改革の約束が相まって、株式ブローカーや政治家、そして一部のアナリストが 「日本の復活」を宣言する。その10年がやってきた。だが、今回の「宣言」も、橋本龍太郎、小泉純一郎、安倍晋三の各首相の時代に語られたのと同様、幻想に終わる可能性が高い。
【図表】日本人1人当たりの利益は増えている一方で、賃金は横ばいの状態が明らか
日経平均は2018年初頭から60%上昇しているが、実質GDPの成長は1%増とわずかでしかないうえ、従業員1人当たりの実質報酬に至っては5%減っている。
■一般大衆にはほぼ恩恵がない株価上昇
つまり、株価の上昇は日本経済についてはほとんど“語っていない”。むしろ株価が反映しているのは、企業利益の増加と自己株買い(企業が自己株を買うことで株価を上げること)の氾濫である。
つまり、経験豊富な投資家は大儲けできるが、一般大衆にはほとんど恩恵がないというわけだ。
株価は、現在の利益と将来の利益に対する期待の両方を反映しているはずである。利益というのは、売上高の増加や企業効率の改善などを反映したものであるべきだ。しかし、現在の日本ではそうなっていない。
1996年から2023年にかけて、日本の大企業5000社の労働者1人当たりの利益は2倍以上(110%増)になった。ところが、労働者1人当たりの売上高は12%増加にとどまっている。
さらに悪いことに、労働者1人当たりの名目報酬(賃金+福利厚生)は、約30年間でわずか1%しか増加していない(下図参照)。株式市場に上場している企業は約4000社なので、この5000社は近似値である。
消費者が製品を買う余裕がないのに、企業はどうやって製品を売るのだろう? 政府が毎年赤字を垂れ流し、ゼロ金利に近い金利を設定し、過剰な円安で輸出を増やすことで、不足している消費者需要を補っているからだ。
■昨年の大手企業5000社のROAは1994年水準
コーポレート・ガバナンスの向上が叫ばれて久しいが、企業の効率性は向上していない。生産性を測る最良の尺度の1つに、ROA(総資産利益率)がある。
大手企業5000社のROAは、2023年には1994年と同じ、わずか3.5%で、1976~1990年の5.2%から低下している。私見では、ガバナンスの向上は株主の利益分配に役立つかもしれないが、競争は業績を向上させるはるかに強力な力である。
賃金抑制にとどまらず、企業は現在、過去最高水準の自己株買いという、価格を押し上げるための財務上の手段を用いている。状況によっては、自己株買いは有用な目的を果たすこともあるが、今回氾濫している自己株買いはその1つではない。
株式の価値を測る最良の指標は、株価収益率(PER)と呼ばれるものだ。これは、1株当たりの株価と1株当たりの純利益(収益)を比較したものだ。昨年12月31日時点のアメリカのPERは約22倍、日本は約16倍である。
計算が簡単なので20倍を例にしてみよう。1億円の利益があり、100万株を発行しているとすると、1株当たりの利益は100円である。PERが20倍の場合、株価は2000円となる。
1株当たりの純利益が2倍になれば、株価も2倍になるはずだ。1億円の利益を2億円に倍増させるという難しい方法もあるが、日本企業はより「安易な」方法を選んだ。すなわち、余剰資金を使って過去最高水準の自己株買いをしたわけだ。
仮に企業が半分買ったとしよう。その場合、同じ1億円の利益を50万株で分け合うことになり、1株当たりの利益は200円になる。
■企業が自己株買いに走るワケ
2023年には過去最高の992社が自己株買いを発表し、その額は10兆円に迫る。2024年にその数がさらに増えても不思議ではない。ホンダはわずか1年で発行済み株式の4%を買い戻すと発表した。これを毎年続ける企業もある。日本だけではない。
投資家は、株価を上げるためにこのような手法を使っている企業を見ると、そのアドバンテージを享受するために株を買い、株価をさらに上げる。アメリカの有名投資家ウォーレン・バフェットもその1人で、日本の上位5つの商社の株式の約5%を購入した。
バフェットは報道陣に対し、「もし彼らが自己株を買い戻すのであれば、われわれは一般的にそれをプラスとみなす。株数が減っていくのは好ましいことだ」と語った。2023年に日本株を買った3分の1は多くの中国人を含むとされる外国人投資家だった。
買い戻しが殺到する背景には、日本取引所グループがプライム上場企業1840社に適用する新ルールがある。このルールは2025年3月に施行されるが、企業はこれに備えて今すぐ動かなければならない状況にある。
要求事項の1つは、株価が低い企業が株価を上げるための手段を公表することだ。取引所はいわゆる株価純資産倍率(PBR)を1.0倍以上にすることを望んでいるが、プライム企業の半数で1.0倍を下回っている。
PBRが1.0を下回るということは、投資家がその企業に成長力がないと見ていることを物語っている。その理由は以下の通りである。
簿価とは、企業の純資産価値、すなわち資産から他者への負債を差し引いたものである。PBRが1.0倍を下回るということは、企業が解散して負債を返済し、資産を少しずつ売却するだけで、継続企業としての市場価値よりも多くの資金を調達できることを意味する。
こうした中には、単なる業績不振企業もある。また、卓越した技術力を持ちながら、市場の変化によって収益が頭打ちになっている企業もある。
例えば、精密大手ニコンのPBRが1.0倍を下回っているのは、スマートフォンの台頭で2013年に1兆円だった収益が2023年には6280億円に激減しているからだ。ニコンはさまざまな製品で新たな未来を切り開こうとしている。より多角化したキヤノンでさえ、売上高は2006年当時を上回っておらず、PBRは1.0倍を少し上回っている程度だ。
多くの企業が休眠資金をため込み、収益性の高い投資ができないでいる。総資産が負債を上回っているだけでなく、単純な金融資産でさえ負債を上回っている。そこで日本取引所は、余剰資金を自己株買いに回し、株価とPBRを引き上げるよう圧力をかけている。
■自己株買いは改革か?
企業が使っていない資金を使わせることは前向きな動きである。しかし、それは最初の一歩に過ぎない。より良い使い道は賃上げだろう。それが十分に行われていない。自己株買いの場合、日本経済全体にとって最も重要なのは、売り手が受け取った現金をどのように投資するかだ。
外国人はほぼ3分の1を保有し、日本株の買い手と売り手の間を行き来している。これは日本経済のためにはなっていない。日本の家計が保有する株式や投資信託は全体の13%に過ぎない。残りの投資家は現金をため込むのか、より成長が見込める企業に投資するのか、海外企業の買収に使うのかーー。すべてはまだわからない。
リチャード・カッツ :東洋経済 特約記者(在ニューヨーク)
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