( 134906 ) 2024/02/02 00:11:33 0 00 地震と津波で壊滅的な被害を受けた街並みを見て涙を流す70代女性。息子の自宅の罹災(りさい)証明手続きをする関係で訪れたといい、変わり果てた街並みを前に「こんななっちゃって、ひどいね……」と声を詰まらせ立ち尽くした=2024年2月1日午前11時9分、石川県珠洲市宝立町鵜飼、田辺拓也撮影
元日に石川県能登地方を襲った、能登半島地震の発生から1カ月が経った。1日、石川県の被災地では、多くの人が犠牲者を悼んだ。
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大規模火災のあった輪島市の「輪島朝市」では、今も焦げたにおいが残っていた。
朝市に住まいがあった惣領(そうりょう)和彦さん(53)は、焼け落ちた自宅跡を毎日訪れている。母親と仲の良かった隣の家の女性が亡くなった。
「1カ月が経つけど、何も変わってない。いろいろなニュースがあるから、みんなに忘れられるんじゃないかなと。お願い、忘れないで」
発生時刻の午後4時10分。組合関係者や商店主らが「輪島朝市」に向けて手を合わせた。
激しい揺れと津波で大きな被害を受けた、珠洲市宝立町の鵜飼(うかい)地区。
避難所となっている宝立小中学校では、地震発生時刻に合わせ住民らが黙禱(もくとう)した。避難する宮口翼さん(10)は「亡くなった人に、今までありがとうと気持ちを込めた」と話した。
同地区の、倒壊した住宅の前で手を合わせていた女性は、地震でおじと帰省中のいとこを亡くした。
「父親のような存在だった。自分だけ助かってしまい、ごめんなさい」と話した。
朝日新聞社
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