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高齢化は経済に大きな影響を与える。

日本が高齢化社会の先頭を行くことから、この問題を論じる上で重要な事例となっている。

高齢化により労働人口が減少し、経済成長が鈍化していることが指摘されている。

また、高齢者によるインフレスパイラルが新たな問題として提起されている。

高齢化は華やかな経済の成長を前提としていた従来の経済モデルに大きな影響を与えつつある。

(要約)

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高齢化は経済成長にも影響を及ぼす(写真:Graphs/PIXTA) 

 

高齢化は経済にも影響を与えます。日本の経済が数十年にわたり停滞してきたのは、高齢化による労働人口の減少と無関係ではありません。高齢化の進行した社会において、金利や貨幣価値はどのような影響を受けるのでしょうか。人口学者のポール・モーランド氏が解説します。 

※本稿はポール・モーランド氏の新著『人口は未来を語る』から一部抜粋・再構成したものです。 

 

■日本は高齢化社会の行く末を知る「未来の実験室」 

 

 日本は社会が高齢化するとどうなるかを知るための未来の実験室だと言える。現在、日本人の28パーセントが65歳以上で、この割合は世界でも群を抜いて高い。だが国連の予測を信じるならば、イタリアは2030年、ドイツは2035年ごろ、中国は今世紀なかば、アメリカは2100年にこの水準に達する。 

 

 これほどの高齢化社会は誰も経験したことがないが、どのようなものになるのか知りたければ日本を見るのがいちばんである。 

 

 ここでは経済を切り口に説明するのがいいだろう。一時は経済の輝く星だった日本だが、1990年ごろに生産年齢人口がピークに達すると、ほぼ同時に経済の勢いも止まった。この唐突で思いがけない停止は、労働人口が減少に転じたことがきっかけだったのかもしれないが、そこからすぐに立ち直れなかったのは、明らかにある人口動態の要素と関係がある。それは、日本が漸進的な人口減少という足枷をずっと引きずってきたことだ。 

 

 日本の株式市場は1980年代末に到達した目がくらむような高値を、30年たっても更新できていない。過去30年間で、日本のGDP(国内総生産)成長率が年率2パーセントを超えたのは5回だけだったが、その前の30年間には2パーセントを超えなかったのが2回だけだった。 

 

 経済学者が言う「長期停滞」、すなわち先進国世界における経済成長の長期的な鈍化について考えるとき、この状態に陥っている国々のなかで日本が長くリーダー的存在であることを忘れてはならないが、もうひとつ注目に値するのは、日本が高齢化のリーダーでもあり、それが長期停滞と無関係ではないということだ。経済成長の鈍化は持続的な低インフレを伴う。日本の年間インフレ率が2パーセントを超えたのは、過去30年間で二度だけである。 

 

 

■経済は人口の増加を前提に進んでいく 

 

 わたしたちが知る経済は、物価上昇と失業のトレードオフに翻弄されながら進んでいくものだが、そのような経済は若い人口の増加を前提にしていたと言っていい。その前提が崩れると、よくても経済は伸び悩む。そして持続的な低インフレと相まって、低金利にも大規模な景気刺激策にもあまり反応しなくなるようだ。実際に高齢化社会は、景気刺激策が打たれても、それで不景気とデフレを防ぐのがやっとという状態になっている。 

 

 高齢化が進むイギリスでは労働争議の件数が減っていて、1970年代や80年代前半に比べると数分の1でしかない。多くの経済国で完全雇用がほぼ達成されているにもかかわらず、労働争議は減っている。かつて高雇用は労働の戦闘性を保証すると思われていたのではなかっただろうか。どうやら世界経済も、世界人口と同じく、老化しつつあるようだ。 

 

 高齢化社会で経済が伸び悩む最大の原因は、労働人口の減少にある。日本はその最たる例かもしれないが、アメリカのように以前は人口増加と経済増加が調和していた国々にもあてはまる。 

 

 経済生産高を一人ひとりの生産高を足したものだと考えてみよう。人が多ければ多いほど、より多くのモノとサービスを生産できる。また人の技能や教育水準が高ければ高いほど、より多くのものを生産できる。経済成長は人口増加と生産性向上の両方によってもたらされ、このふたつが合わさったものが「人的資本」である。 

 

 アメリカの現状を分析すると、21世紀に入ってからの労働人口増加率の鈍化による影響が、労働人口の教育と経験の増加による影響を上回っていて、その結果、人的資本が経済成長の足を引っ張っていることがわかる。1970~80年代に、人的資本の増加が年率1.5パーセント以上の経済成長に寄与していたのとは対照的である。 

 

■中高年労働者にも利点がある 

 

 じつは中高年労働者には利点がある。生産性と収益力のピークはキャリアの後期に訪れるので、中高年労働者のほうが活力は劣るかもしれないが経験は豊富だと言える。また本質的に要求における挑戦性が低いと考えられるので、賃金上昇圧力を、ひいては物価上昇圧力を抑えることにつながる。労働人口の増加が止まれば、職を得るのも維持するのも容易になる。 

 

 また経済理論に反して、完全雇用はもはや職場での権利主張につながらないようだ―中高年労働者は対立を求めたがらず、危険を冒したがらない。フランスの黄色いベスト運動は、この国のデモや街頭行動の伝統を存続させる役には立つかもしれないが、近代後のプロレタリアート―そもそもプロレタリアートがまだ存在するとしての話だが―は国家転覆を謀ったりはしない。 

 

 

 また高齢化社会は社会全体の嗜好や要求の変化を伴うので、課題もあるが、起業家や企業に明確な機会をもたらす。たとえばラベル表示の文字を大きくするといった簡単なことで、特定の商品を差別化できる。 

 

 高齢化の経済への影響は日本で始まり、急速に世界に広がりつつある。欧米の金利がこれほど長く低水準で推移しているのも、人口変動の影響かもしれない。労働市場に新たに参入する若者の数は減少している。イタリアの25歳未満の人口は、2050年には1980年の半分になりそうだ。韓国でも20代前半の人口が10年前にピークに達し、2050年までには半減すると思われる。 

 

 その一方で、わたしたちの経済モデルは自由貨幣〔経済学者シルビオ・ゲゼルが提唱した貨幣制度。時間の経過とともに価値が減るのが特徴〕に近いものを使った延命装置で維持されている。以前は高齢者が老後の資金のために債権を売るので金利が上がると期待することもできたが、今では金利の低下を促すほかの力のほうが強いことが明らかになっている。 

 

■民間部門は硬直している 

 

 最近「ポスト現代貨幣理論(PMMT)」という言葉をよく耳にするが、この理論によると、公的部門の役割は民間部門が不安定な場合に投資するだけではなく、恒常的に完全雇用に必要なレベルまで需要を増加させることにあるという。 

 

 民間部門はあまりにも硬直していて、もはや国の支援がなければ経済を引っ張ることができないからだというのだが、この点は少なくとも部分的に人口動態に起因している。労働市場に入ってくる若者が少なく、出ていく退職者は多く、人口は高齢化している──この3つが重なる環境においては、投資家も労働者も市場が提供する機会ではなく、国が提供する安全に目を向けるようになる。 

 

 ゼロ金利あるいはマイナス金利が長く続いた結果、住宅、債券、株式の価格が上昇し、これらを保有している高齢者の富がさらに増加している。高齢者人口は投資に際してより短期で安全な回収を求める傾向にある。 

 

 

 高齢者が新事業を始めたり新会社を設立したりすることはあまりない。高齢者はベンチャー・キャピタル・ファンド〔未上場の新興企業への投資〕や株式市場に投資せずに安全な社債や国債を求めるので、その価格が上昇し、利回りは下がる。 

 

 資金調達が容易なので政府は財政赤字を出しても前ほどコストがかからない。また政府が財政赤字を出さざるをえない必要性も増していく。人口の高齢化とともに人々は保守的になり、需要も投資も不十分で、国の介入なしには完全雇用を維持できなくなるからだ。新型コロナウイルス感染症の危機はこうした圧力をさらに強めた。 

 

 高齢者人口はリスクの低いプロジェクトにより多くの資本を投じるので、経済はますます失速する。これは日本とドイツで実際に起こっていることで、どちらも世界のものづくりセンターとしての評判を失い、低成長に甘んじている。 

 

■高齢化が新たなインフレにつながる?  

 

 一方、経済学者のチャールズ・グッドハートとマノジ・プラダンは、高齢化の経済への影響について最近別の見方を提唱した。労働力の減少により賃上げ要求が可能になり、それがきっかけとなって新たなインフレスパイラルに向かうとする見方である。日本がそうならずにデフレのまま推移したのは、1990年ごろから中国と東欧が世界経済に参加したことによって世界の労働供給が著しく増加し、日本がそれをうまく活用できたからだという。 

 

 グッドハートとプラダンによれば、インドとアフリカの人口動態は健全だが、中国のように世界の工場になることは難しいと思われ、数億人規模の新しい労働力によるデフレ効果は終わりを告げる。そして世界は労働力不足に陥り、労働者は賃金の引き上げを要求し、それが物価上昇へとつながっていく。 

 

 繰り返すまでもなく、人口減少に伴い景気が減速することは間違いないと思われるが、グッドハートとプラダンはその景気減速がデフレではなくインフレを伴うと考えているのである。たしかに世界各地でインフレ率上昇の兆しが見えているが、それが新型コロナウイルス感染症からの立ち直りによる一時的なものなのか、もっと根の深いものなのかを判断するのは時期尚早である。 

 

ポール・モーランド :人口学者 

 

 

 
 

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