( 135756 )  2024/02/04 13:52:25  
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2023年末、SNS上で「現業職員」の給与についての議論が盛り上がった。

現業職員は地方公務員で、ドライバーや清掃員などを指す。

この議論は、昔から「現業職員は高給取り」といった考え方が広まってきたため、彼らの給与が高いかどうかが主題となった。

過去には「清掃員の年収700万円、給食調理員の年収800万円」といった声も上がっていた。

 

 

1990年代から現業職員の給与や待遇が問題視され、多くの自治体で給与削減や民間委託が行われた。

給与の削減は結果的に、民間企業の類似職より高いという印象を与えた。

実際には、給食調理員やバス運転手の平均給与は民間より高いが、他の職種では給与の差は少なかったり、低かったりした。

 

 

また、低賃金で民間に委託する手法は、運転手不足や給食業務の倒産といった問題を引き起こした。

これにより「同一労働同一賃金」というルールを再考すべきだとの声も上がっている。

要するに、公務員特定の給与水準や待遇に固執するのではなく、エッセンシャルワーカーの給与引き上げを検討すべきだという意見が出されている。

(要約)

( 135758 )  2024/02/04 13:52:25  
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公営バスのイメージ(画像:写真AC) 

 

 2023年末、「現業職員」の給与に関する議論がSNS上で盛り上がった。現業職員は地方公務員で、技術者、監督者、行政事務職員以外の単純労働に従事する職員を指す。具体的には公用車・バス運転手、電車運転士、学校用務員、清掃員、ごみ収集員、給食調理員、道路維持管理員、公園管理員などだ(各自治体によってさまざま)。 

 

【画像】えっ…! これが自衛官の「年収」です(計8枚) 

 

 きっかけは、あるユーザーの 

 

「今世紀初頭、『ごみ収集員の年収が700万円、給食調理員の年収が800万円なんて信じられない、けしからん』という声が上がっていた」 

 

といったような投稿だった。この投稿には 

 

・その結果、誰も幸せになれないディストピア(暗黒世界)が生まれる 

・不足しているブルーカラー職の給料を上げるべきだ 

・いまや給食のおばちゃんも、おじさんも、お兄さんも、お姉さんも、みんな300万円の会社員だ 

・他人の幸せは自分にとって「損」だと考える人がいる 

 

といったようなさまざまな声が集まった。かつて 

 

「バス運転手、給食調理員、清掃員は年収1000万円」 

 

という“神話”が広く信じられていた。今でもそう批判する人は少なくない。 

 

ごみ収集車(画像:写真AC) 

 

 まず、過去に年収1000万円の現業職員が実際に自治体にいたことを明らかにしなければならない。もちろん、不正によるものではない。 

 

 清掃員や給食調理員の場合は、肉体労働で危険な仕事であるため、特別に賃金が加算された。バス運転手の場合は、残業が多かったからである。つまり、高い賃金は労働に対する当然の対価だったのである。これが、“あたかも社会問題であるかのように”非難を浴びるようになったのは、1990年代後半からである。 

 

 不況で公務員が人気職業となり、それまで問題視されなかった給与や待遇が議論の対象となったのだ。なかでも現業職員は、民間企業に比べて給与が高く、財政を圧迫しているのではないかという批判が盛んに行われた。 

 

 当時の報道を振り返ると、当初は公営バス運転手の給与が問題視されることが多かった。例えば、1997(平成9)年10月の横浜市議会では、横浜市営バス運転手の給与が経営を圧迫していることが議論された。当時報じられた給与の実情は、次のとおりだった。 

 

「平均給与は877万円で、市内の民間業者の平均730万円より高かった。また年間収入が1000万円を超えた運転手は693人で、最高所得額は1360万円だった」(『朝日新聞』1997年10月3日付朝刊) 

 

 記事では、残業が多いこと、年功序列で賃金が上がる仕組みであることも説明されているが、当時は数字だけが独り歩きし、不当に優遇されているように見られていた。バス運転手と並んで全国の自治体で問題視されたのが清掃員だった。 

 

 

仙台市(画像:写真AC) 

 

 清掃員は早い時期から、人件費削減が図られてきた。最も古い例のひとつは、1998(平成10)年に仙台市が家庭ごみの収集を民間に委託することを決定したことだ。結果、当時317人いた現業職員は配置転換により72人に削減され、市は人件費と車両費で年間10億円を節約できたとしている。 

 

 賃金の見直しを実施した自治体もある。和歌山市は1999年、ごみ収集などに従事する環境整備員の「給料の調整額(特別な勤務環境の職員に支給)」を減額した。その理由は「公務員への風当たりが強いから」というものだった。 

 

 現業職員の人件費の大幅削減に「成功」したとされるのが、京都市営バスだ。京都市営バスといえば、2022年にSNSで 

 

「年収1000万円は遠い過去!現在は適正な給与水準です!」 

 

と人件費抑制に成功したことをアピールし、注目を集めたことでも知られる。 

 

 当時の資料によると、京都市営バス運転手の平均年収は926万円だったが、段階的な見直しにより、2021年度には民間バス運転手(529万円)と同水準の542万円まで削減された。 

 

 京都市はどのような方法でこの水準の給与カットを実現したのか。それはふたつの方法があった。ひとつは、新規採用者の給与体系を変更することである。京都市は、2000年3月以降に採用された運転手の基本給を20%引き下げる新給料表を導入し、従来よりも低い給与で運転手を採用した。 

 

 ただ、一見陽気に見える「年収1000万円は遠い過去!」という文言の背景には、この地が抱える、特定の住民への、許されざる不当な社会的不利益もあったことはいうまでもない。 

 

 もうひとつは、2000年に導入された民間委託である。これは、同じ制服を着ていながら、実際には民間バス会社に雇われた運転手にバスの運行を委託するというものである。そのため、交通局(現業職員)の運転手よりも給料の安い運転手が大量に導入された。 

 

 

給食調理員のイメージ(画像:写真AC) 

 

 そのため、2000年代以降、各地の自治体では 

 

・民間へのアウトソーシングとそれにともなう配置転換 

・新規採用停止による職員数の削減 

・直接的な給与カット 

・新規採用者の給与を引き下げ 

 

といった方法で現業職員の人件費カットが実施され、高給(実際には正当な対価)取りの現業職員は姿を消すことになった。 

 

 それでもなお、これほど多くの人々がいまだに「現業職員は高給取りだ」と信じているのだろうか。それは、彼らの給与が安くなったとはいえ、民間の類似職よりはまだ高いからである。 

 

 いくつかの自治体のデータを示そう。京都市が発行している『京都市人事行政白書』2023年9月版によると、2023年の現業職員の給与は次のようになっている。 

 

●2023年京都市の給与(平均給与月額) 

・まち美化業務員:33万5216円 

・給食調理員:34万5109円 

・管理用務員:36万5717円 

・バス運転手:46万8024円 

 

●民間類似職の給与 

・廃棄物処理業従業員:30万6000円 

・調理士:28万3800円 

・用務員:23万6600円 

・バス運転手:36万1200円 

 

年収1000万円は過去の話となったが、それでも現業職員は民間企業よりかなり高い。特に用務員やバス運転手は民間より10万円以上高い。では、他の自治体はどうだろうか。横浜市が公表している『横浜市の給与・定員管理等について』の最新版(2022年)は次のとおりである。 

 

●2022年横浜市の給与 

・清掃職員:29万4399円 

・学校給食職員:32万1367円 

・守衛:30万2213円 

・用務員:31万7244円 

・自動車運転手:30万1830円 

 

●民間類似職の給与 

・廃棄物処理業従業員:30万6000円 

・飲食物調理従事者:28万5800円 

・警備員:27万7200円 

・運搬・清掃・包装等従事者:23万6600円 

・自家用乗用自動車運転者:23万3400円 

(令和4年度「横浜市の給与・定員管理等について」より) 

 

京都市ほどではないが、給与は一般的に民間企業の類似職より高い。民間より給与が低い職種は清掃員だけだが、これは民間委託の拡大で職員数が減ったためと見られる。では、政令指定都市以外の例として、中核市である鹿児島市の状況を見てみよう。 

 

●2022年鹿児島市の給与 

・清掃職員:33万7900円 

・学校給食員:36万2900円 

・用務員:34万7400円 

・守衛:35万3600円 

・自動車運転手:36万5700円 

 

●民間類似職の給与 

・廃棄物処理業:30万6000円 

・飲食物 調理従事者:21万2200円 

・運搬・清掃・包装等従事者:23万6600円 

・警備員:23万2300円 

・乗用自動車運転者:18万1600円 

(「令和4年度 鹿児島市の給与・定員管理等について」より) 

 

繰り返しになるが、公務員の給与水準は民間の類似職よりも高い。特に用務員や自動車運転手などは、民間との格差が10万円以上と非常に大きい。 

 

 

バス(画像:写真AC) 

 

 このように、現業職員の給与は「民間企業並み」を実現するためにさまざまな形で削減されてきたが、民間企業の類似職の給与はそれよりも低いという状況が存在しているため、「現業職員は高給取り」という“神話”を作り出しているのだ。 

 

 実際、現在の現業職員は高給取りではない。国税庁「令和3年分 民間給与実態統計調査結果」によると、給与所得者の平均給与は443万円である。月収の合計は約37万円である(手取りは約29万円)。平均と比べると、まあまあの額しか得られていない。むしろ、民間の水準がひどすぎるのだ。とりわけ、「名目上の人件費」を削減する成果を生み出した民間委託によって、この格差は拡大した。 

 

 その失敗が最近になって明らかになりつつある。特に目に付くのが公共交通の民間委託である。京都市以降、全国の多くの自治体で公共バスなどの民間委託が拡大したが、低賃金で運転手が確保できず、委託を打ち切るケースが増えている。 

 

 京都市では、委託の一部を担っていた京阪バスが運転手の確保難を理由に2019年度に撤退する(2023年度時点で801台中316台を5社に委託)。仙台市も一部路線を民間委託していたが、2017年ごろから委託台数を減らし、直営に戻す動きが相次いでいる。理由はやはり、委託先の民間バス会社が運転手を確保できないからだ。 

 

 また、2023年9月には、全国の公立学校などの給食調理業務を担っていた民間業者が、食材価格の高騰で経営が維持できなくなり倒産した。今後、清掃などの公共サービスで民間業者が倒産するケースは増えるだろう。 

 

 結局、低賃金で民間に委託して人件費を削減するという手法は、「低賃金でも働き手が集まる」という甘い見通しに基づいていたのである。「同一労働同一賃金」という当たり前のルールを、今一度思い起こさなくてはならない。 

 

 冒頭で触れたSNSでの議論のように、労働には、それに見合った対価が必要であるという「常識」が取り戻されつつある。現業公務員が優遇されているという“神話”を捨て、エッセンシャルワーカーの給与水準の引き上げが検討されることが望まれる。 

 

昼間たかし(ルポライター) 

 

 

 
 

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