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大阪の西成エリアには外国人を主な顧客とするゲストハウスが密集しており、その中には「ホテル東洋」という斬新な宿がある。

宿泊客の9割が外国人で、館内の壁が彼らの落書きやメッセージで埋め尽くされている。

この施設は、日雇い労働者の街だったが観光客向けに変わろうとする地域の若いオーナーたちの発想によって生まれた。

このエリアは簡易宿所の客室稼働率がトップで、観光客に貢献している。

また、周辺には異国の飲食店やアート活動も広がっており、新しい風が吹いているようだ。

(要約)

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写真提供: 現代ビジネス 

 

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【記事前編はこちら】「刺身1パック6000円」の衝撃…! 2024年新春、にぎわいは日本最強か!? 大阪インバウンド最前線 

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ホテル東洋のフロントのスペース。『アオゾラカット』(2017)というNHKのドラマのワンシーンのロケ地として使われた。外国人ゲストのための掲示板や各種観光案内、地図、フリーペーパーが置かれている 

 

 大阪のインバウンドを語るうえで欠かせない、もうひとつのユニークなエリアがある。 

 

 JR大阪環状線の新今宮駅を降りると、大通りをはさんで住人と街の雰囲気が一変する地区がある。そこは東京の山谷と並び称される日雇い労働者の街、西成あいりん地区だ。 

 

 その一画に外国客をメイン顧客とするゲストハウスが密集するエリアがある。地下鉄御堂筋線の動物園前駅からだと徒歩30秒という便利な場所にである。 

 

 その西成ゲストハウス街に「ホテル東洋」という斬新な宿がある。何が斬新かというと、外国人ゲストたちが描いたグラフティで、館内の廊下や階段などあらゆる壁面が埋め尽くされていることだ。宿泊客の9割が外国人で、うち7割は欧米人だという。 

 

ホテル東洋のコモンルーム。ここまで壁が落書きで埋め尽くされると日本人的には落ち着かないが、外国の若者は一般の日本人宅にホームステイしている気分になれるそう 

 

 この宿の構造は、玄関からまっすぐ狭い廊下が延び、両脇に個室が並んでいる。その光景はかつての簡易宿泊所そのものだ。その味気ない空間が外国人ゲストたちの想像力豊かなセンスで生まれ変わったのである。 

 

 1階にゲストの共同の団欒スペースで「コモンルーム」と呼ばれる畳敷きの一室があり、こたつが置かれ、奥には自炊のできるキッチンもあるのだが、その部屋の壁中ゲストの落書きやメッセージがぎっしり書かれている。 

 

 なぜこんな宿になったのか。ホテル東洋オーナーの浅田裕広さんはこう話す。 

 

 「もともとこの宿は祖母が経営していた簡易宿泊所で、2000年頃、私はそれを引き継ぐことになったのですが、当時は施設も老朽化し、日雇い労働者の人たちも減っていたので、閑散としていました。 

 

 2003年に近隣の簡易宿泊所の組合の若いオーナーたちと、これからは観光客を相手にしようという話になりました。まずやったのは、トイレを洋式にし、シャワーを設置したことです。そして、ホステルワールドのような海外の宿泊サイトに登録しました。 

 

 すると、少しずつ予約が入り、外国客が訪れるようになりました。最初は欧州やオーストラリアの若い人たちでした。彼らはたいてい2週間くらい宿泊します。ここを拠点に関西の観光地を訪ね回るようです。 

 

 うちのスタッフは海外でバックパッカーとして旅した経験のあるような若い人たちなので、なんとかこの宿のイメージを変えようと、最初は自分たちで壁を明るい色に塗り替えることを始めました。というのも、トリップアドバイザーに『まるで刑務所のようだ』というようなコメントがあったからで、コストをかけずにできることを始めようと思ったのです。 

 

 ある日、その様子を見た20代前半のフランス人の男性が、自分に絵を描かせてほしいと言ってきました。彼は1週間ほど滞在して、描いてくれました。そのぶん、宿代は免除という条件で。 

 

 その後、ゲストに館内のグラフティを描かせてもらえる宿としてSNSなどを通じて海外に広まったのか、自分も描きたいと連絡してくる外国人が次々と現れるようになったんです」 

 

 顧客を日雇い労働者から観光客に変えよう。そうした若いオーナーたちの発想の転換が、21世以降のインバウンドの時代にハマったことが、現在の西成ゲストハウス街の原点だった。 

 

 観光庁による最新の宿泊旅行統計(2023年12月26日)には、都道府県別宿泊施設タイプ別の客室稼働率(2023年10月)という統計がある。そこでいうタイプ別とは「旅館」「リゾートホテル」「ビジネスホテル」「シティホテル」「簡易宿所」なのだが、このうち全国で簡易宿所の客室稼働率がトップなのは大阪の49.7%で、全国平均の25.7%の2倍近い。西成ゲストハウス街はこの稼働率に貢献していることが考えられる。 

 

 

あいりん地区にある「大寅食堂」の豚汁定食(500円)。外国人ツーリストも利用する 

 

 ところで、西成ゲストハウス街の立地がさらにユニークだ。このエリアは、東西を堺筋、南北を御堂筋線の通っている通りで十字に切り分けると、東南部に位置している。そこから堺筋を挟んだ西南部は日雇い労働者街、またそこから環状線をはさんだ西北部は、2022年4月にオープンした星野リゾートOMO7大阪。そして、東北部はジャンジャン横丁や新世界のある歓楽街が広がっているからだ。どこに行くのも徒歩3分圏内である。 

 

 実をいえば、今回筆者はホテル東洋に宿泊していたのだが、早朝、若い外国人ゲストたちが朝食を自炊する姿を横目に、あいりん地区を散策した。まだ人出の少ない時間帯だったが、炊き出しをする店も何軒か見た。そこで見つけたのが、「大寅食堂」という大衆食堂だった。 

 

 店に入ると、日雇い労働者と思われる人たちがビールを飲みながらつまみをつついていたが、筆者も朝の定食をいただいた。なんでも外国客もよく来るそうで、その日は台湾から来たふたり組の男性と相席した。 

 

 さて、食後のコーヒーはということで、大阪環状線のガードレールをくぐり抜けた先にある星野リゾートを訪ねた。1階の朝食スペースは宿泊客でにぎわっていた。外国客も多いが、日本人の家族連れも多かった。 

 

西成ゲストハウス街の周辺の住宅地に突如現れたグラフティ家屋 

 

 西成ゲストハウス街の周辺の住宅街を歩いていると、グラフティが描かれた家屋をよく見かけた。なんでも地元に釜ヶ崎芸術大学というゲストハウス&カフェがあり、ワークショップを開催するなど、さまざまな活動をしているそうだ。また阪南大学の学生たちが、路面電車の阪堺線の駅にグラフティを描く活動をしていると聞いた。どうやらこの街は、ゲストハウスの中だけでなく、野外にも新しい風が吹いていることがわかる。 

 

 ホテル東洋から徒歩30秒の場所にベトナム料理の店があったので、気になって入ってみた。この店は「PHO BETOCHAN」という昨年11月21日にオープンしたばかりの自家製生麺のフォー専門店だそう。こぎれいな店内には、台湾人の若者とふたりのベトナム人の若い女性の客がいた。 

 

 東京でもそうだが、大阪もベトナム料理店が増えているが、あとで西成にベトナム人経営の飲食店が増えていることも知った。これはコロナ禍に飲食店を閉じたテナントに中国系のオーナーたちが「ガチ中華」の店を始めたのと似た事情のようである。 

 

 西成ゲストハウス街のすぐ隣に商店街の「動物園前一番街」があり、ここはちょっとした異次元トリップ感がある。 

 

 地方によくあるさびれた昭和の商店街といった感じで、以前訪ねたときは、若い外国人が一眼レフを片手にシャッター通りと化したこの商店街を歩く姿を見かけたこともある。10年ほど前から中国人経営のカラオケ居酒屋がたくさんできて、メディアが一時期、「中国系ガールズバーが商店街を占拠し、無法地帯化した」などと報じたこともあった。 

 

 ところが、あるカラオケ店を覗くと、なんと欧米人の若いグループが歌っている光景を目にして、まさかこんなところにも! 苦笑してしまった。 

 

 ホテル東洋の浅田さんは言う。「ここ数年、在阪メディアの多くが西成に来て、ここは日雇い労働者の街だから、危険を感じないのか、などと外国客たちに聞いて回っていたが、そういうのはやめてほしいと話しました。なぜなら、彼らは言うのです。海外にはいろんな安宿街があるけど、ここほど安全な場所はないと。彼らは海外経験があるから、日本の治安の良さを肌で感じているのだと思います」。 

 

 なにしろGoogleMAPの「西成区」の紹介文が以下の通りなのである。 

 

 「西成区は、低価格の宿泊施設や民泊で知られる飾らない地区です。活気あふれる深夜のバー、居酒屋、カラオケ スポットには地元の人々も集まり、日本ならではの演劇を上演する舞台芸術の会場もいくつかあります。鶴見橋商店街や萩之茶屋商店街は、賑やかな屋根付きアーケード。衣料品や小物、食料品を扱う店があります」 

 

 浅田さんは笑いながらこう話す。「飯場に行く前に日雇い労働者の人たちが荷物を預ける貸しロッカーの店舗が、英語表示になり、きれいになって外国人ツーリスト向けに利用されていますが、それがこの街の名残ともいえます」。 

 

 訪日外国人の国籍や年代、階層はさまざまで、目的や旅行スタイルなど千差万別だ。なかでもバックパッカーのような、なるべくお金をかけずに長期で旅する外国人たちを吸い寄せる安宿が集中する地区は、世界中至るところにある。そうした安宿の必要性や楽しさを、身をもって理解しているこの街の若いオーナーたちが始めた静かな取り組みは、これまで誰もが考えてもみなかった新しい変化を地域に生んでいるようだ。 

 

中村 正人(インバウンド評論家) 

 

 

 
 

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