( 137151 )  2024/02/08 14:07:58  
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三重交通は、運転士制服を着た男女の公式キャラクターを発表し、その女性のポーズがセクシーと批判された。

また、萌えキャラを使った広報活動は論争を引き起こすこともあるが、批判を受けつつも支持を集めるケースもある。

 

 

一部の批判を受けながらも、萌えキャラを使った広報活動は費用対効果が高いため、今後も積極的に実施される可能性がある。

批判が多くても、実際に抗議する人は少数であることが指摘されている。

また、政治家やSNSの影響で、萌えキャラやその批判が自己満足や承認欲求を満たす手段になっていることが述べられている。

(要約)

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三重交通の公式キャラクター(画像:三重交通) 

 

 三重県を中心にバス事業を展開する三重交通(津市)は2024年1月26日、グループ創立80周年記念事業の一環として、同社の運転士制服を着た男女ふたりの公式キャラクターを発表した。男性は入社6年目の28歳、女性は入社2年目の23歳という設定。同社は2月末までふたりの名前を募集しており、採用されれば5万円が支払われる。 

 

【画像】三重交通の「ウェブサイト」を見る 

 

 しかし、このキャラクターは思わぬところから批判を浴びた。男性キャラクターが直立しているのに対し、女性キャラクターは腰をくねらせた形で片足を上げていたからだ。X(旧ツイッター)では、この女性キャラクターのポーズに疑問を呈する投稿が相次いだ。投稿の大まかな内容は次のとおりだ。 

 

・あんなにくねくねした腰や胸を突き出して立っている人はいない 

・なぜ女性だけがセクシーさを誇示されなければならないのか 

・女性運転士はもっとプロフェッショナルでクールに描いてほしい 

 

ようは「性的なイメージを想起させる」という指摘である。一方で、次のような反論も相次いだ。 

 

・三重交通さん、クレーマーに負けないで 

・不条理な批判が多いが気にせず頑張ってほしい 

 

2月7日時点で、公式アカウントの再生数(ポストが表示された回数)は1459万回を超えている。各メディアの報道によると、三重交通はデザインを変えずにプロジェクトを継続するという。 

 

サブカルチャーの言論・表現の自由をテーマにしたルポルタージュ、昼間たかし『コミックばかり読まないで』(画像:イースト・プレス) 

 

 自治体や企業が「萌(も)えキャラ」を使い始めてから、こうした騒動は何度も繰り返されてきた。なかには、批判を受けて使用を取りやめたケースもある。 

 

 例えば2014年、三重県志摩市をPRするために作られた海女をモチーフにしたキャラクター「碧志摩(あおしま)メグ」は、海女のイメージとかけ離れ、女性蔑視の性描写があるとして公認を取り消された(その後、非公認キャラクターとして継続)。 

 

 最近では、2021年に千葉県松戸市のご当地バーチャルユーチューバー「戸定(とじょう)梨香」が松戸警察署・松戸東警察署の交通安全啓発動画に起用された際、千葉県警が 

 

「使用しているキャラクターが、適切じゃないのではとのご意見をいただいた」 

 

として終了予定前に動画を削除。これが物議を醸した。 

 

 一方で、批判を受けながらも支持されたケースも少なくない。 

 

 例えば、2011(平成23)年に松戸市が防犯キャンペーンのポスターに萌えキャラの「松宮アヤ」を起用した。そのデザインに苦情もあったが、防犯ボランティアの育成講習会に参加する若者が増えるなど、一定の効果があったといわれている。 

 

 近年、萌えキャラを活用するケースが増えているのには、いくつかの理由がある。ひとつは、マンガやアニメ文化で育った世代が広がり、キャラクターを活用することで注目を集めやすくなったことだ。また、基本的に“絵”であるため、安価である。 

 

 サブカルチャーの言論・表現の自由をテーマにしたルポルタージュ『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス、2015年)を執筆した筆者(昼間たかし、ルポライター)は、萌えキャラを使ったさまざまなキャンペーンを取材してきたが、自治体主導のものでも、関連イベントを含めて年間予算は100万円に満たないのがザラだ。それでも、関連グッズによる収入やファンの来場など、大きな効果が期待できる。 

 

 例えば、北海道羽幌町に本社を置く沿岸バスは、2006年から萌えキャラを起用している。同社は、萌えキャラの周遊乗車券「絶景領域・萌えっ子フリーきっぷ」や缶バッジ、キーホルダーを各200円で販売している。売り上げは年間数百万円程度だが、同地区を訪れるファンが増え、知名度や新たな需要が生まれているという。 

 

 

萌えキャラのイメージ(画像:写真AC) 

 

 このように、費用対効果を見込んで萌えキャラを起用するケースが増えるにつれ、 

 

・性的で不適切だ 

・女性差別的だ 

 

といった批判が殺到して騒動になるケースも増えている。ただ、筆者の主観からすると、萌えキャラが増えるにつれて騒動になるケースは減っているように思える。 

 

 もともと萌えキャラに限らず、自治体や企業の広報活動で使われる表現が批判され、騒動になるケースは多い。取材の経験上、批判を受けて使用を取りやめるか継続するかは、担当者や組織の“力量”によるところが大きい。 

 

 かつて地方自治体は、市民からのクレームに対して極めてナイーブであった。抗議が数件あっただけでも、すぐに対象物を撤去していた。しかし近年は、そのような直接的な行動をとる自治体は減ってきているように見える。自治体を取材すると、 

 

「(抗議の)電話が○件、メールが○件あり、対応を検討中です」 

 

と極めて冷静な対応をすることが多くなった。 

 

 対応が変わった背景には、過去に起きた数々の炎上騒動で得た経験があるのだろう。多くの場合、抗議はインターネット上か、せいぜい電話やメールによるものだ。つまり、抗議は“実害”がない。むしろ、自治体や企業を擁護するファンが増え、認知度も上がるとさえ捉えられている。今回の三重交通の対応は、そうした経験の積み重ねに基づくものだろう。 

 

インターネットの書き込みイメージ(画像:写真AC) 

 

 そもそも“騒動”は現実世界ではなく、Xを中心としたSNS上で起きている。この閉ざされた世界で、アンチも擁護派も、何らかのテーマを見つけてはののしり合っているだけなのだ。 

 

 実際、過去に取材したいくつかのケースでは、アンチと擁護派がインターネット上でののしり合っている一方で、キャラクターや作品関係者に話を聞くと、 

 

「抗議は1件も来ていない」 

 

ということすらあった。 

 

 経済学者で、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授の山口真一氏の研究によれば、次のことが判明している。 

 

「炎上1件当たりネットユーザのおよそ0.0015%(約7万人に1人)が書き込んでいる計算になる(山口,2018)。これだけ頻繁に発生している炎上について、たった0.0015%しか書き込んでいないとは驚きだ。しかしこの結果は、2016年に対象者を約4万人に増やして調査した際も、ほとんど変わらなかった。ツイート数から分析した別の分析でも同様の結果が得られている」(『情報社会におけるビジネスとリスク―データ分析が示す「ネット炎上」の実態』) 

 

 また、田中辰雄氏と浜屋敏氏の著作『ネットは社会を分断しない』(KADOKAWA、2019年)によれば、10万人を対象とした大規模調査でも次のようなことも明らかになっている。 

 

・ネット上で過激化しているのは「高齢者」 

・ネット上の投稿の約半数は「0.23%」の人が書き込んでいる(435人に1人) 

・ネット上で接する論客の約4割は、自分と反対の政治傾向の人 

 

ほとんどの人は、意見すら発していないし、怒ってすらいないのである。 

 

 では、萌えキャラを使ったキャンペーンだが、アンチの影響は微々たるもので、得られるメリットの方が大きいことを考えると、今後も積極的に実施すべきなのだろうか。 

 

 特に利用客の減少に悩む交通事業者にとっては、萌えキャラを使ったキャンペーンは新規顧客の獲得や認知度向上の手段として魅力的である。しかし、キャラクターの魅力だけに頼っていては成功しない。それは、過去の事例が示している。 

 

 多くのキャラクターが存在する以上、認知度を高めるのは難しく、人気も一過性になりやすい。交通事業者は、キャラクターを目当てに訪れるファンに、路線や沿線本来の魅力を伝え、リピーターになってもらうことが不可欠だ(もちろん、萌えキャラが苦手な人への配慮も必要である)。 

 

 

SNS炎上のイメージ(画像:写真AC) 

 

 前置きが長くなったが、筆者は「女性の権利」「表現の自由」を徹底的に擁護する立場である。そう前置きした上で、最後に、彼らが「なぜこんなことをするのだろうか」を書いておこう。 

 

 筆者が長年の取材を通して感じたのは、キャラクターを批判する人・擁護する人に大差はないということだ。彼らに共通しているのは、自分の不満や鬱憤(うっぷん)を晴らすために、視界に入ってきた「しゃくに障るもの」を都合よくののしる材料にしていることだ。 

 

 彼らにとって「女性の権利」「表現の自由」は流行語やお題目でしかなく、SNSで持論を展開することで何かを成し遂げた気になっているだけだ。こうした人たちは2010年代以降に増えたと考えている。まだマンガやアニメに関する「表現の自由」に関心を持つ人が少なかった頃は、これをなぜ守る必要があるのかを他人に説明するためには、理論武装が不可欠だった。 

 

 しかし、マンガ・アニメを受け入れる人が増え、日本の将来を担う産業として期待されるようになり、流れは変わってきた。マンガ・アニメは日本の産業・文化の主流となった。ゆえに、それに便乗する政治家も登場した。彼らに投票するだけで「表現の自由」を守ったような気分を味わえるようになった。 

 

 さらに、そんな政治家がSNSで「表現の自由」を語れば、あたかも自分たちが権力者の仲間入りをしたかのように錯覚できた。キャラクターを批判する人も同様だ。「女性の権利」や「表現の自由」を主張(という名のいいっぱなし)するだけで、自分たちが巨大な勢力の一員になったような気になり、承認欲求が満たされるのだ。 

 

 自分勝手な主張や「敵」への攻撃によって、自分の不幸や挫折した人生設計が一瞬解消されるような気がする――いわば一種の「麻薬」である。昨今のキャラクターや作品をめぐる炎上騒動が大事件に発展しないのは、常識ある人なら彼らと同類であることの嫌悪感を自覚しているからだろう。 

 

 最後にシェイクスピアの翻訳家として広く知られる、福田恆存(1912~1994年)の名著『私の幸福論』から言葉を引用して、この稿を閉じたい。 

 

「若い時の理想主義、いやこの場合はむしろ世の中を甘く見た空想ともいうべきでしょうが、ひとたびそれが敗れると、今度は社会を呪うようになる。それがひがみでないと誰が言えましょうか。一見、正義の名による社会批判のようにみえても、それは自分を甘やかしてくれぬ社会への、復讐(ふくしゅう)心にすぎないのです」 

 

 キャラクターは、あなたの復讐のための道具ではない。頑張れ、三重交通。 

 

昼間たかし(ルポライター) 

 

 

 
 

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