( 137173 ) 2024/02/08 14:33:29 0 00 なぜ「キャリア官僚」が敬遠されるようになったのか(写真は国家公務員の中途採用試験/時事通信フォト)
景気悪化やコロナ禍など不安要因が重なる中、就職ランキングで1、2を争う人気を誇っていたのが「公務員」だった。ところが今、その不動の地位に変化が見え始めているという。「安定」と「やりがい」の高さから、優秀な人材がこぞって就職を希望してきた「キャリア官僚」という職業も、敬遠されるようになってきている。その背景に何があるのか。そしてその先に待ち受ける未来は──。人口減少問題に詳しい作家・ジャーナリストの河合雅司氏がレポートする。【前後編の前編。後編を読む】
【グラフで一目瞭然】公務員採用試験の申込者数の推移。総合職は3割超、一般職も4割減
* * * 高かった公務員人気に陰りが見えてきた。総務省は2022年の地方公務員の受験者数が43万8651人にとどまり、58万3541人だった10年前の2013年と比べて24.8%減ったことを公表した。人数にすると約14万5000人少なくなったということである。
国家公務員についても採用試験の申込者数の落ち込みは顕著だ。人事院によれば2022年の総合職試験は1万8295人にとどまり、2011年の2万7567人と比べて33.6%減だ。
なぜ公務員離れが鮮明になってきたのか。要因は複雑だ。国家公務員と地方公務員とでは異なる部分もある。まずは国家公務員から見て行こう。
人事院によれば、国家公務員採用試験申込者数の落ち込みは総合職だけではない。2011年と2022年を比較すると一般職試験(大卒程度試験)は39.5%減、一般職試験(高卒者試験)は43.1%減だ。
このうち総合職に関してはもう1つ大きな変化が見られる。東京大学の合格者が激減しているのである。
国家の政策の企画立案などに携わる総合職と言えば、「キャリア官僚」と呼ばれる各省庁の幹部候補であり、東京大学出身者が例年トップを占めてきた。2023年の春試験においても大学別では東大の193人が最多だったが、前年度と比べて24人減った。現行の総合職試験制度となってから最少だ。東大からの合格者が200人を下回ったのは初で、10年前と比べると半減である。
東大生の「キャリア官僚離れ」が進んだ理由はいくつもあるが、長時間労働の常態化が主要因の1つと見られている。若い世代は働き方に対する関心が高まっており、ブラック職場に対して「受け入れ難い」と感じる人が少なくない。国会議員からの事前の質問通告が遅く、国会答弁作成終了時間が夜中に及ぶといった官僚の過酷な働きぶりが敬遠されているのである。
こうした官僚を取り巻く労働環境の悪さを見て、東大生に限らず他の一流大学でも「同じ激務ならば、官僚になるよりも、より多くの報酬を得られる外資系企業などに勤めたほうがよい」と考える学生が少なくない。最近は、起業する人も増えている。
官僚OBには、天下りが規制されたことの影響を指摘する声が少なくない。かつてのように「官僚時代は安月給でも退職後に天下りルートに乗って多額の報酬を得られるので、民間に勤めるより生涯収入は多い」と言えなくなったことが官僚離れを加速させているというのだ。
大企業は、少子化が進む中でより良い人材を確保すべく給与水準をどんどん引き上げている。優秀な学生たちの多くにとってはもはやキャリア官僚は「エリートの職業」とは映っておらず、「割に合わない仕事」になり下がってしまったということだ。
優秀な学生を遠ざけている大きな要因はもう1つある。政策決定プロセスの変化だ。
1990年代までは「官僚主導」であったが、経済財政諮問会議を積極的に活用した小泉純一郎内閣以降は政治主導が強まり、2014年に内閣人事局が設置されて政治家が幹部官僚の人事権を握るようになると首相官邸に権限が集中し「官邸主導」へと切り替わった。
選挙で選ばれた国会議員が政策や人事をトップダウンで決めることについては「スピード感のある政治の実現」という評価の声もあるが、裁量権を制約される形となった官僚には「創意工夫の余地が少なくなった」との受け止めが広がっている。行き過ぎた「官邸主導」が散見されるようになったこともあって、官僚全体に委縮の傾向が広がり、“やりがい”が急速に失われているのである。
「官邸主導」は、一部の官僚に露骨な忖度が見られるという弊害ももたらした。各省庁の幹部が首相や閣僚などの顔色を極度に窺い、政治家の思いつきのような政策に振り回されることも少なくない。
それでも官僚には国の政策に直接関わるダイナミズムを意義に感じる人が少なくないが、実際に行っている仕事といえば「霞が関文学」と揶揄される些末で独特な作法の書類作成や、政策に明るくない閣僚や国会議員への説明や根回しが中心だ。何度も書類の作り直しを求められ、不毛な作業にかなりの時間を奪われている。
政策に無理解な閣僚や横槍を入れる政治家に幹部官僚が迎合する姿に失望し、あるいは社会で役立つスキルが身に付かないことへの焦りなどから、最近は若手官僚が退職するケースが目立つ。
人事院によれば、総合職のうち採用後10年未満で退職した人は、2013年度は76人だったが、2020年度は109人だ。100人超えは3年連続である。2021年3月末までの在職年齢別の退職率(各年度の採用者数における退職者数の割合)で見ると、5年未満退職率(把握可能な2016年度採用者)は10.0%、3年未満退職率(同2018年度採用者)は4.4%だ。
いまやインターネットで簡単に情報を入手できる時代である。「ブラック職場」の実態は学生たちにも筒抜けであり、20代の離職者の多さおよび退職理由を知って、そもそも国家公務員を目指さない人が増えているのである。
国家公務員試験の申込者が減り続けている状況に対して、政府も危機感を募らせている。
その対策として試験制度の見直しを図っている。2023年度の秋試験から受験可能年齢を1歳引き下げて「19歳以上」とし、大学2年生から受験可能としたほか、合格の有効期間も総合職「教養区分」は従来の3年から6年6か月に延長した。優秀な学生に早めに関心を持ってもらおうということだ。各省庁は中途採用にも力を入れている。
政府は昇進してもさほど昇給しないことが早期退職者の増加要因の1つになっているとも分析しており、処遇改善も進めようとしている。
人事院勧告は2023年度の国家公務員の初任給について大卒、高卒のいずれも1万円超の上乗せを求めた。33年ぶりの大幅増だ。月給に関しても全職員平均で3869円増やし、若手職員への配分を手厚くする。さらに、柔軟な働き方を認めるべく、在宅勤務が中心の職員への手当支給や、「週休3日制」の導入も打ち出した。
これらの取り組みの効果もあってか、2023年度の秋試験では総合職「教養区分」で前年度比65.9%増の423人が合格した。だが、このうち2026年度に採用となる19歳の合格者が43人と10.2%を占めている。合格者全員がそのまま国家公務員になるわけではないのだ。
優秀な学生の「キャリア官僚離れ」に歯止めがかかるかどうかは、もう少し時間が経たなければ評価はできない。
今後も長期にわたって国家公務員試験を取り巻く環境をとらえると、厳しさはさらに増しそうである。日本の出産期の女性人口の減少は「動かし難い未来」であり、今後の出生数は減り続ける見通しだ。それは国家公務員試験の受験対象年齢の人口は減り続けるということである。
さすがにキャリア官僚が定員割れする事態は想定しづらいが、優秀な学生のキャリア官僚離れが拡大したならば、採用したいレベルの人材を確保できない省庁が出てくるだろう。
官僚の質の低下が現実のものとなれば、国家運営はダメージを避けられなくなる。
(後編に続く)
【プロフィール】 河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。主な著書に、ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)のほか、『日本の少子化 百年の迷走』(新潮選書)などがある。
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