( 137798 ) 2024/02/10 14:12:56 0 00 世代間の会話ギャップ問題解決のヒントをご紹介します(写真:metamorworks/PIXTA)
スマホ社会の現代日本。 若者たちは黙々と動画やゲームの画面と向かい合い、用事は絵文字を含む超短文メールを素早く打つばかり。 時間を割いて他人と会って話すのは「タイパが悪い」とすら言う彼らと、「生きた」日本語の距離がいま、信じられないくらい離れたものになっています。 言い換えるならそれは、年配者との間の大きなコミュニケーションの溝。 「日本人なのになぜか日本語が通じない」という笑えない状況は、もはや見過ごせませんが、「その日本人同士と思うところが盲点」と、話すのは、言語学者の山口謡司氏。
【簡単にわかる】「やさしい言い換え」が言葉ギャップを埋める
『じつは伝わっていない日本語大図鑑』と題された一冊には、日本人ならハッとする指摘が満載。
その中から、会話が通じない「落とし穴」になりがちな日本語の興味深い例を紹介してみましょう。
■「人に届かない言葉」は、まったくの無意味
「一家心中って、何ですか?」
先日、若い人からそう尋ねられて、「えっ?」となりました。
最初、「なぜ人間はそういう行動に走ってしまうのか」という、倫理的で哲学的な意味を問うているのかと思いました。
が、そうではなく、たまたま流れていたテレビニュースでその言葉を聞き、どういう意味か理解できなかったのだそうです。
コロナ禍において、「不要不急の~」という言葉を使った注意が当局からさんざん連呼されましたが、「ふようふきゅう」とはどういう意味か、はじめは全然わからなかったと言った人がいました。
「不用品のフリマアプリに関係する言葉かと思った」とも。
その後も何人かの若者が同じようなことを言っていました。
他にも、「外出は控えて、とかの控えてってどうすること?」と言った若者も知っています。
こうした人たちもいるということを少しでも考慮したなら、コロナ禍での注意喚起の呼びかけは、別のわかりやすい日本語での訴え方もあったのではないかと思ってしまいます。
■「国のトップの言葉」も届いているのやら…
ついでに、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが「2類」から「5類」に移行した際、東京都が打ち出したのは、「サスティナブル・リカバリー」というカタカナ標語。
これをいったいどれだけの人が理解できたのでしょうか……。
岸田首相は、先の国会で、「経済こそが一丁目一番地」であり、「物価などの課題に不撓不屈(ふとうふくつ)の覚悟をもって取り組む」と述べました。
そして、衆院解散・総選挙を見送る表明をした記者会見では「先送りできない課題に一意専心(いちいせんしん)取り組んでいく」と。
それぞれの意味は――、
●「一丁目一番地」・・・最も優先すべき重要な案件や課題
●「不撓不屈」・・・強い意志をもって、どんな苦労や困難にもくじけないこと ●「一意専心」・・・他に心を動かされず、一つのことに心を集中させること ちなみに「不撓不屈」というのは、1993年、人気相撲力士だった貴乃花が大関昇進時の口上(口頭で気持ちを伝えること)で使い、脚光を浴びた言葉で、さらには「一意専心」も兄の若乃花が大関昇進時の口上に使用した言葉です。
内閣支持率低迷にかこつけて、「若貴の強さと人気にあやかったか」と皮肉ったマスコミもありましたが、そもそも30年前の話を、今の若者たちが知る由もありません。
これら難しい言葉の意味をスラスラ言える若者がいるならお目にかかりたいくらいです。
誰に向かって言葉を発しているのか、誰の胸に届けようとしているのか――。
言葉というものは、伝わらなければ、意味をなさないのです。
シニア世代だけに届いたとして、それでいいわけもなく、若い人を置いてけぼりにしないキメ細かい配慮を、「生きた」日本語との距離が遠のいているスマホ時代の今だからこそ、上の世代には求めたいものです。
■「外国人」対応を若者に当てはめてみると…
スマホなどの登場によって、日本人は他人と心ゆくまで語り合ったり、大勢の仲間とおしゃべりしたりするようなことが極端に減ってきました。
その上、自分たちの言葉がずっと通じていると信じて疑わない年配者たち。そしてスマホ画面の動画を黙々と堪能し短いメールを打つだけの若者たち。
両者の会話は、もはや信じられないくらい乖離が広がっています。
こうした現状のままでは、日本社会の行く末が案じられる……と言ったら言い過ぎでしょうか。
せめて、日本人同士で交わされる会話は、双方が十分理解し、納得し合うものであってほしいと願うばかりですが、じつは最近、日本語にまつわる新しい動きがあり、ここに、世代間の会話ギャップ問題解決のヒントがあるような気がするのです。
それは、日本各地の主だった自治体で進められている、在日外国人との交流ガイドライン作りというもの。
自分たちの地域で暮らす外国人の不便を少しでも減らすため、さまざまな取り組みがなされているのですが、なかでもその基本となるのは、「やさしい日本語」の周知と普及です。
「やさしい」には、「易しい(簡単な)」と「優しい(相手を思いやる)」の2つの意味が込められ、だいたい次のような決めごとになっています。
●簡単な言葉を用いる ●難しい言葉は、平易な言葉に換えて ●話を長く続けずに、短く区切って話す(1つの文に1つの内容――を心がけて) ●具体的に伝える ●ゆっくり話す ●相手に伝わっていないと感じたら、別の言葉や表現に言い換えて伝えなおす ●語尾を濁して、相手に意図をくみ取ってもらおうとしない。最後まで言い切る
●カタカナ外来語はできるだけ使わない
わかりやすい例をいくつか挙げると、このような感じになります。
◇「~はご遠慮ください」→「~はできません」 ◇「必ず施錠してください」→「必ず鍵をかけてください」 ◇「医療機関を受診してください」→「病院へ行ってください」 ◇「運転を見合わせています」→「電車は動いておりません」 外国人に相対するときの手引きではありますが、なるほどと思うことが多く、今の日本人にとっても十分参考になりそうではありませんか。
老いも若きも世代を超えて、いったんみんな同じ易しい(優しい)言葉を通い合わせてみれば、相互の理解もきっと進むはず。
特に、会社で若い人に接している年配の方たちにとって、役立つ示唆になれば何よりです。
【やさしい言い換え:力試しクイズ】 問:次の言葉をやさしい日本語に言い換えてみてください。 ① 「避難する」 ② 「未加入」 ③ 「該当者」 ④ 「土足厳禁」 ⑤ 「天地無用」 (※模範的な答えは、記事の最後に)
■「自分の当たり前」は「他人の当たり前」でない
言葉は、自分自身を表現し、状況を説明し、希望を述べ、相手を理解する……生きていくためには欠かせないものです。
たくさんの言い回しや言い換えが自在にできるようになると、説明力が増します。
説明力がなければ、人を納得させることができません。
つまるところ、言葉を覚えて増やすことは、自分の思いを人にわかるように伝える力を養うことにほかならないのです。
人を納得させる力がないと、自分に自信がなくなり、人生がうまくいかないことにもなります。
そして、最も大事なこと。
それは――自分にとっての「当たり前」が、相手にとっても当たり前なのかを立ち止まって考えること。
これができると、他人とのコミュニケーションの質がぐんと上がります。
なぜなら、相手に合わせて何が〈やさしい〉のか(=どのような配慮や工夫が効果的なのか)を考えるからです。
そうすれば、若者側も年配者に素直に歩み寄れるのではないでしょうか。
ただし、若者たちにも留意してほしいと思うのは、ふだん使う語彙数が少ない人は、説明力や表現力も劣っている、ということなのだという点。
だから、理解できなかった言い回しは、その日のうちに辞書やスマホなどでぜひチェックをして、少しずつ語彙を増やす努力も忘れずに。
【やさしい言い換え:力試しクイズの(模範的な)答え】
① 「避難する」→「逃げる」 ② 「未加入」→「まだ入っていない」 ③ 「該当者」→「当てはまる人」 ④ 「土足厳禁」→「靴を脱いでください」 ⑤ 「天地無用」→「この荷物は上下を逆にしてはいけません」
山口 謠司 :大東文化大学文学部教授
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