( 139471 )  2024/02/15 15:13:27  
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日本銀行総裁の発言や消費者物価指数による家賃の上昇、家賃の連動性と所得の関係、人口減少と空室リスク、アメリカとの比較など、日本の家賃の現状と要因についてまとめられています。

アメリカとの比較からも、日本の家賃の下がりやすさが確認され、家賃には構造的な「弱さ」があるとされています。

(要約)

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家主にしてみれば、値上げして空室より、毎月家賃が入る方がいい(写真:EKAKI / PIXTA) 

 

 植田和男日銀総裁は1月の金融政策決定会合後の会見で、サービス価格の動向について次のように述べた。 

 

【グラフ】家賃が上がるアメリカ、上がらない日本。家賃がインフレの行方を左右する? 

 

「おっしゃるように、上昇している部分の一部に明らかに一時的と思われる要素がそこそこ含まれていますし、多少消費の弱さのマイナスの影響もみられるということだと思います。私どもはそういう部分を除いたらどれくらいの強さであるかということを、あらゆる手法で抽出しようとしています。そうした分析は厳密にはなかなか行いにくいものですけれども、結果としては少しずつ上昇しているということは言えそうな結果が出ております」 

 

 これから物価目標達成を宣言し、マイナス金利を解除していくにしては弱気な発言だと、筆者は感じた。 

 

■「サービスインフレ」を支えるのは外食と宿泊料 

 

 2023年12月のCPI(消費者物価指数)によると、総合の前年同月比は2.6%で、そのうち財が2.8%、サービスが2.3%である。サービスを押し上げているのは、外食(一般サービス分、サービスの前年同月比への寄与度は0.38%ポイント)や宿泊料(0.96%ポイント)で6割弱を占める。 

 

 言うまでもなく、外食は原材料やエネルギー価格の高騰の影響を受けており、宿泊料は前年の全国旅行支援で指数が低下していたことの反動や、インバウンド消費のペントアップ需要による影響が大きいだろう。 

 

 サービスはCPI全体を10,000としたときに4954のウェイトを占めるが、そのうち公共サービスが1219で、民営家賃(225)と持ち家の帰属家賃(1580)が合計で1805で、その他の一般サービスが1930というバランスである。 

 

 一般サービスに含まれる外食(一般サービス分)が434で、宿泊料が81にとどまることを考えると、これらの品目に安定的な物価目標達成を担わせるのにはあまりにも荷が重い。大きなウエイトを占める公共サービスは前年同月比マイナス0.3%、民営家賃と持ち家の帰属家賃がいずれも同0.1%にとどまっている状況に変化が必要であることは明らかである。 

 

 サービス物価のうち公共サービスは、需給バランスやインフレ予想の変化では動きにくい。しかし、民営家賃や持ち家の帰属家賃のインフレ率がほとんどゼロとなっている状況は日銀にとっても想定外だろう。 

 

 

 むろん、家賃は毎月更新されるものではなく、価格変化は他の品目にかなり遅れる傾向がある。それでも、日本でもインフレ率が高まり始めて約2年経つ中、ほとんど動きが沈黙している現状を予想できた人は多くないだろう。 

 

 アメリカでは全体のインフレから約1年弱のラグをもって動く傾向が続いている。 

 

 日本の家賃インフレの弱さは構造要因である可能性が高い。 

 

■「9年ぶり高水準」でも変化率は沈黙 

 

 日本経済新聞は2023年12月8日に、「『横ばい』家賃に上昇圧力 都区部、9年ぶり高水準」との記事を配信し、「都市部を中心に賃貸住宅の需要が高まっているほか、資金も流入」とした。この背景に、「簡単に上がらないとされていた家賃が動き始めた」という見方があるという。 

 

 もっとも、やや上振れている都区部家賃でも前年同月比はゼロ%台前半であることには変わりはない。「9年ぶり高水準」なのは事実なのかもしれないが、安定した価格上昇とは程遠い状況である。 

 

 一般に、サービス物価は賃金との連動性が高いと言われているが、そのイメージと合致するのが「家賃」だろう。例えば、「家賃は手取り収入の3割が目安」と言われるように、「衣食住」の中で固定的な支出である家賃は、家計の可処分所得を目安に決定されるイメージがある。 

 

 つまり、可処分所得が増加しているのであれば、家賃もそれに応じて上がっていくことが予想される。 

 

 しかし、実際のデータはイメージとは異なっている。 

 

 家計調査において「民営借家」を住居とする世帯(2人以上世帯のうち勤労者世帯)について「可処分所得」と「家賃地代(の支出)」を確認すると、「可処分所得」は2010年頃に底打ちし、その後は増加傾向にあるが、「家賃地代」の増加は限定的であることがわかる。 

 

 2010年よりも前の時期では、「可処分所得」が減少する中で「家賃地代」も連動してやや減少するケースが見られたが、最近の「可処分所得」の増加に家賃はほぼついていけていない。その結果、「可処分所得」に占める「家賃地代」の割合は低下している。 

 

 

 「家賃は手取り収入の3割が目安」といった安定的な関係にはなっていないことは明らかである。 

 

■人口減で供給過剰だと貸借人が強い立場に 

 

 家賃と所得の連動性が失われた要因として真っ先に思いつくのが、人口減少や空き家の問題である。国連の人口データ(各年1月時点)によると、日本の人口は2010年をピークに減少傾向にある。 

 

 つまり、人口減少により賃貸需要が減少し、賃貸住宅が供給過剰となり、家賃の弱さにつながっていると考えることができる。賃貸物件が供給過剰となっている状況では賃借人のほうが強いため、家賃には低下圧力が加わりやすい。 

 

 例えば、最近の賃上げ機運を敏感に嗅ぎ取った賃貸物件のオーナーが、月10万円の家賃を5%値上げして月10.5万円に引き上げたとしても、それを理由に賃借人が退去して1カ月でも空室状態になってしまったら、それを回収するのには次の賃借人が最低20カ月は安定的に居住してくれないと回収できない(10万円÷値上げ分0.5万円)。 

 

 人口減少によって空室リスクが高くなっている場合、空室リスクが非常に低い場合を除いて賃料の引き上げは困難である。 

 

 なお、人口が減少する中でも核家族化や単身世帯の増加によって世帯数は増加が続いている。したがって、人口減少による賃貸不動産市場の需給バランスが本格的に崩れてくるタイミングはまだこれからなのかもしれない。 

 

 こうした日本の状況はアメリカと比較するとわかりやすい。 

 

 アメリカでは人口が増加傾向にあり、国連の中位推計によると今後も安定的に増加していくことが見込まれている。人口動態からみると賃貸需要は増加し続けている可能性が高い。日本とは反対に、賃貸人が優位となりやすい環境である。 

 

■人口増のアメリカは日本と真逆 

 

 そこで、アメリカの年次の家計調査(Consumer Expenditure Survey)における、借家世帯の「可処分所得」と「家賃(の支出)」の推移を確認すると、「可処分所得」の増加に合わせて「家賃」がきれいに連動して増加していることがわかった。その結果、「可処分所得」に占める「家賃」の割合はおおむね横ばいで推移している。 

 

 やはり、賃貸需要(人口)が増加しているアメリカでは需給のバランスが崩れておらず、安定的な関係となっているのだろう。2013年に段差が生じているが、増税によって可処分所得が減少した影響があったと考えられる。それでも家賃は増加を続けており、人口増加を背景とした家賃の底堅さを示していると言えるだろう。 

 

 以上をまとめると、日本の家賃は可処分所得が増加する中でも上昇が限定的であり、アメリカとの比較からも日本の家賃の下がりやすさが確認された。その背景には人口減少という構造的な要因があると考えられる。 

 

 日本の家賃には構造的な「弱さ」があると言え、日本のインフレ率を抑制する状況は続くだろう。 

 

末廣 徹 :大和証券 チーフエコノミスト 

 

 

 
 

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