( 141043 ) 2024/02/20 00:17:26 0 00 マクドナルドで勤務するなかで、「おもてなしの心」を次代につなごうとしている=昨年12月、東京都港区(酒井真大撮影)
軽やかな笑い声、弾む会話、書籍やスマートフォンに目を落とす人-。さまざまな表情に彩られた店内に目を配る。
【写真】キャビンアテンダントとして働いていたころの灰田智香さん
用意ができた食事を素早く運ぶ傍ら、紙ナプキンを取りにきた女性をフォローしたり、荷物を抱えて席にきた男性にさりげなく椅子を引いたり…。
「ゆっくり、できましたか」。帰り際の客に声をかけ、笑顔を返してくれる瞬間がうれしい。
78歳。マクドナルド品川港南口店の「おもてなしリーダー」だ。
接客のプロフェッショナルとして、そして、おもてなしの心を伝える伝道師として、第一線を走り続けてきた。
■試行錯誤の毎日
高校卒業後、大手航空会社のキャビンアテンダントとして働き始めた。高度経済成長期。日本人の目と足が外へ外へと向かっていた時代だった。
日本の玄関口の顔となるべく受けた訓練は、厳しかった。
語学や欧米式のビジネスマナーに、茶道、華道なども組み込まれていた。日本人が培ってきた美意識、美しい所作を学ぶことも求められた。
空の上で業務を始めると、接客時の心のありようを深く考えるようになった。どうすれば、思いを伝えられるのか。
例えば、お辞儀。マニュアル通りに角度をつけるだけではなく、流れるような動作の中に「間(ま)」を意識する。親愛の情を表現できると気付いた。
「その場に合わせた立ち居振る舞いの『形』を身につけることで、相対する人を思う『心』がひっぱりだされる。その心が、接客時の『言葉』につながるのだと思う」
28歳までの約10年間、試行錯誤を繰り返した。
■大学で教壇にも
結婚後、妊娠を機に退社を決意した。育児に専念しようと決めていた3年がたとうとする頃、知人から、航空業界に就職を目指す人らが通う学校で「教えてみないか」と誘われた。
培ってきた接客ノウハウを伝え始めた。企業から「うちでもビジネスマナーを教えてほしい」と声をかけられるようになり、研修や講演などもこなすように。大学で教壇にも立った。
70歳で定年退職を迎えたが、仕事を持たない日々は言いようのない喪失感と隣り合わせだった。自分を成り立たせてきたアイデンティティーが「揺らいでいるような感覚」だった。
人知れず、満たされない思いを抱えていた頃、膝の持病が悪化して手術を受けた。術後は、家にこもりがちになった。
■マックに通って
ある日、マクドナルドへよくコーヒーを飲みに行く夫から、「すてきな女性がいるから、一緒に行こうよ」と誘われた。出会ったのは、ひだまりのような女性スタッフだった。リハビリを兼ね、店に通うようになった。
親しく声を掛け合うようになると、思いがけない提案を受けた。
「一緒にお仕事してみませんか」
面食らった。当時、76歳。年齢への戸惑いを告げると「80代の人も働いている」と教えられた。心が弾んだ。
週2回、1日の勤務は2時間だ。店内が特に忙しくなる昼時に、フロアのサポートにあたっている。
訪れる客層は学生、ビジネスマン、子連れの外国人観光客など幅広い。それぞれがほっと一息つくために、踏み入れた場所。穏やかな時間で、あってほしい。だから、接客の中で気が付いたことは、みんなに伝える。
「私たちの世代が築き上げ、これからを担う世代に引き継げるものがあるのだとしたら、伝える一翼を自分も担っていきたい」=敬称略(三宅陽子)
■灰田智香
はいだ・ちか 札幌市生まれ。19歳でキャビンアテンダントとして働き始め、国内線、国際線で勤務。出産後はビジネススクール講師を務め、企業各社のマナー研修なども担った。大学の非常勤講師を経て、一昨年3月、日本マクドナルドに入社。現在、品川港南口店の「おもてなしリーダー」として働く。
■71歳以降も働きたい理由「健康」「収入」「やりがい」上位に
「パーソル総合研究所」(東京)が令和5年2~3月に実施した就業に関する調査で、71歳以降も働きたい就業者(55~69歳の2297人が回答)にその理由を尋ねたところ、回答の上位は、「健康」「収入」「やりがい」に大別された。
最も多かったのは「働くことで健康を維持したいから」で57・8%。次いで「生活を維持するために収入が必要だから」(47・6%)、「働かないと時間をもてあましてしまうから」(39・9%)-が続いた。
仕事を通じ、「やりがいを得たい」「社会に貢献したい」「成長していきたい」とする回答も、3~2割台に上った。
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