( 144193 ) 2024/02/29 13:04:13 0 00 写真提供: 現代ビジネス
「何をされるかわからない」「襲われる」……。相手が障害者と見るや、こうした過剰でまちがった「不安」をぶつける人がいる。ごく普通の住宅街で起きている、不寛容の現場を歩いた。
【写真】反対運動に加わる普通の人びと
障害者グループホームの周辺に立ち並んでいた差別的な旗(筆者撮影)
「なぜ住民感情に配慮しないのか!」
「町内会の全員が賛成しなければ、(施設の開設は)やらせない!」
昨年10月、神奈川県横浜市金沢区の集会所で、住民のひとりがまくし立てた。町内で開設目前となっていた知的障害者向けグループホームへの猛抗議を始めたのだ。
経緯を調査した横浜市障害福祉保健部の担当者は語る。
「グループホームの運営会社は別の地域でも実績があり、大半の住民は開設に好意的でした。町内会の役員たちも、入居者と良好な関係を築きたいと考えていました。
そこで役員会に運営会社の担当者を招いたのですが、役員ではない住民が現れて、怒声を上げ始めたのです」
同市は障害福祉計画に基づき、毎年40ヵ所の障害者グループホーム開設を目指している。金沢区のグループホームもそのひとつで、設置費や運営費が補助金の対象となり、中古の一軒家を改装した建物は既に準備できていた。ところが、住民の剣幕に運営側は恐怖を感じて、間もなく開設中止を決めた。
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このグループホームでは、作業所などに通う知的障害者6人が、スタッフの支援を受けながら暮らす予定だった。
どんなに健康な人でも、いつかは心身に病気や障害を抱えて老いていく。愛着のある街に一生住み続けるためには、障害があっても快適に暮らせる仕組みづくりが欠かせない。そのような理屈は誰でも分かるはずだ。
だが、「障害者のグループホームが町内にできる」という話を耳にすると、途端に理性を失う人がいる。まるで犯罪者のアジトが町内にできるかのように危機感を募らせ、障害者の心を傷つけることなどお構いなしに猛抗議を始める。
'19年3月、一戸建ての家々が立ち並ぶ同市都筑区の住宅街に、30本を超える黄色い幟旗が立ち並んだ。各戸の塀に括り付けられた旗には「地域住民の安全を守れ」「子どもたちの安全を守れ」などの文字が記されていた。この地域で近く完成するグループホーム(定員10人)の入居者に向けた露骨なヘイト(差別を煽る)メッセージだった。
住民たちの暴走は止まらなかった。同年5月、内覧会を実施したグループホームの前に、子供連れを含む約30人が集結した。前述の2種類のヘイト幟旗と、「運営反対」「地域住民を無視するな」と書いた計4種類の幟旗を数多く掲げ、拡声器で旗の文言を連呼するなどしてグループホームの職員を威圧した。
事の発端は'18年10月。横浜市の承認を得た運営会社がグループホーム建設を始めたところ、近所の住民が「精神障害者が住むとは聞いていない」「なぜ同意を得ずに作るんだ」と言いがかりをつけてきた。
グループホームは迷惑施設ではなく住宅である。建設時に地域の同意を得る必要はない。障害者差別解消法の附帯決議でも「国及び地方公共団体において、グループホームやケアホーム等を含む、障害者関連施設の認可等に際して周辺住民の同意を求めないことを徹底する」とされている。同意を求めること自体が障害者差別になるからだ。
とはいえ、慣れない土地で生活を始める障害者にとっては、地域住民との温かな交流が支えになる。そこで万全を期すため、本来は必要のない説明会を開設前に実施する福祉法人や運営会社もある。しかし説明会にはリスクもあり、金沢区のケースのような住民が現れるとやぶへびになる。
都筑区の住民の不安を煽ったのも、説明会に参加した少数の反対派住民だった。彼らは大声でデマをがなり立てて周囲を刺激し、不安と恐怖が伝染病のように広がった。
「統合失調症は何をするかわからない」「家の資産価値がゼロになる」「精神障害者は無罪になるから殺され損だ」……。
こうした住民たちの被害妄想は膨れ上がり、最終的に700筆近い開設反対署名が集まった。
この説明会の音声は、ドキュメンタリー映画『不安の正体』(飯田基晴監督)に収められている。DVDも発売されているので、ぜひご覧いただきたい。精神障害者が犯罪に走りやすいという事実はないことや、心神喪失を理由に無罪になるケースは極めて少ないことも、この映画はデータを基に伝えている。
〈「子供にも差別心を植え付ける」障害者グループホーム反対運動が多発している…日本が陥った「隔離政策」の罠 〉では、反対運動に眉をひそめる住民たちの声、さらに人びとの差別心の背景にある障害者の「隔離収容政策」についてさらに詳しくお伝えしたい。
「週刊現代」2024年2月24日・3月2日合併号より
佐藤 光展(ジャーナリスト)
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