( 145813 ) 2024/03/05 12:56:21 0 00 韓国の統一教会本部(写真:Lee Jae-Won/アフロ)
(山本一郎:財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員)
国会では、旧統一教会の関連団体から選挙支援を受けていたとされる盛山文部科学大臣への不信任決議案ですったもんだする一方、文化庁がついに財産監視の強化対象となる宗教法人の基準策定まで漕ぎ着けました。
【写真】戦後、最も成功した思想犯になってしまった山上徹也被告
関係者の皆さま、大変にお疲れ様でございました。登山で言えば8合目までやってきた感じでしょうか。
なお、本件基準の名前は「特定不法行為等に係る被害者の迅速かつ円滑な救済に資するための日本司法支援センターの業務の特例並びに宗教法人による財産の処分及び管理の特例に関する法律に基づく指定宗教法人及び特別指定宗教法人の指定に関する運用の基準」です。クソ長い。
【関連資料】 ◎特定不法行為等に係る被害者の迅速かつ円滑な救済に資するための日本司法支援センターの業務の特例並びに宗教法人による財産の処分及び管理の特例に関する法律に基づく指定宗教法人及び特別指定宗教法人の指定に関する運用の基準を制定しました(文化庁)
これは何なのかと簡単に言えば、旧統一教会(現家庭連合、以下表記は統一教会)は悪い組織だけど、その悪い組織を「お前は悪いから」と勝手に指弾して解散させたり制約したりすることは法治国家ジャパンではできませんから、いろいろ宗教団体がある中で、なるだけ統一教会だけを制裁するために必要な定義を作りました、という内容です。
統一教会は問題だけど、統一教会だけを名指しすることができないのは、まだいろいろ裁判中であり、オウム真理教と違って、直接犯罪行為を犯したと認定することが現段階ではできないからに他なりません。
例えば、統一教会に対して、根拠のない霊感商法はいけませんと行政がパンチを繰り出したら、間違ってその横にいた創価学会の鼻に当たって大出血したり、「宗教法人が得る事業所得は厳密に計算しろ」と指示を出したら檀家が減った郊外のお寺さんが仕方なく運営している駐車場の収入も厳密に決算しろみたいな話になったり、いろいろと都合が悪いというのもあります。
統一教会は悪い組織なのだ、といっても名指しで超法規的にお取り潰しにすることが難しい以上、統一教会がやってそうな悪事を列挙し、かつそれ以外の宗教団体が手がけていなさそうなことを取り上げて「これやっちゃ駄目です」と指定できて初めて統一教会だけぶん殴ることができる、ということになるわけですね。宗教・信教の自由とはそういうものであるという。大変だ。
そもそも、現代社会において「宗教行為は非課税」とか、あんまりみんなピンと来ねえと思うんですよ。いかれたやつが宗教やってんでしょ、みたいな認識を持つ国民も少なくない中で、地元のつながりや先祖の代から特定の宗教に入信して穏やかに慎ましく信仰を重ねている日本社会の構造を完全に可視化するのは困難です。
厳密には、普通に真面目に取り組んでいる宗教とカルト宗教を峻別する法的な方法はありません。他人が信じていることを他人が「そんなクソみたいなもん信じやがって」と言いたくなることもありますが、国家が国民の権利として認めている信教の自由、すなわち「他人が信じてることをみだりにぶん殴ってはいけません」という仕組みを統一教会が悪用したかどうかを認定する必要があります。
また、憲法が自由を保障しているこの「信仰・宗教行為」と、ときとして巨大権力化する「宗教団体」とは概念が異なります。
■ 「テロリスト」山上徹也が白日の下に晒したもの
信者が何かを信仰することはもちろん自由ですが、その信者に寄付金を要求するのは宗教団体なのであって、宗教そのものではないことがほとんどです。
宗教の教義として、「お前は生きてる限り稼いだカネや不動産など富を全部宗教法人に寄進すれば死後幸せになれる」と書かれていたとしても、宗教そのものは概念ですから、儲かるのはあくまで宗教団体であり宗教法人というハコに過ぎないのです。
統一教会も、その成り立ちは原則としてキリスト教(的なもの)であって、別に聖書には「信者は教会に寄付しろよ」とは一言も書いていません。ただ、その宗教を偉大たらしめ信者を増やすために、信者を入れるハコである「宗教団体」が自らの権益を拡大するため寄付を集め、富んでいく構造があります。
戦後政治において最長の宰相期間を務め上げた安倍晋三さんを射殺した「テロリスト」山上徹也さんが、その犯行の動機について証言や公判で供述していることは、宗教団体としての統一教会の横暴で家庭が崩壊したことに対する恨みと世直しに関わる部分で一貫しています。
本来であれば、悪質なテロリストを思想犯として罰するはずが、その背景に昭和の裏面史があり、日本政治の救いがたい国民軽視の態度が重なった結果であることが衆知のことになりました。その結果、許容してはならないはずのテロリストの背景・心情に国民的同情が集まり、賛否両論になってしまうということは、最も危険な部分と言えます。
うっかりすれば、いま困っている人は同情されるナラティブ(物語、シナリオ)を作って政治家や責任者を殺してしまっても同情が集まって目標が達成されるじゃん、なら無敵の人連れてきて追いつめてそそのかせばテロ起こし放題じゃないですか、ということになりかねません。
そして、往々にして悪徳商法やカルト宗教の問題点として長らく問題とされてきた本件が、その巨大な集金力と歴史的背景において、ほぼすべての期間、戦後政治の最大与党であり続けた自由民主党と結託してきたことは紛れもない事実です。
さらに、得票できた候補者が当選して政治家になるという民主主義のシステムにおいて、信者を入れるハコに過ぎない宗教団体が、カネと集票力をバックに政治に食い込み続けてきた悪しき状況を白日の下に晒したのが、山上徹也さんが放った凶弾であり、斃れた安倍晋三さんであったのも他ならない事実と言えます。
統一教会がなぜ自民党に食い込み続けたのかと言えば、終戦直後のアメリカとソビエト連邦との対立の中で、戦後復興を急ぐ日本においてもSCAP(GHQ)統治下で日本の共産化を防ぐという西側陣営のニーズがあったことに他なりません。
いわば、宗教法人・団体としてのハコを利用して資金を集め、その資金で徒党を組み、共産党員を殴りにいく仕組みだったわけですから、戦後の混乱期で、かつ冷戦構造があったからとて、そんなもん半世紀以上に渡って日本政治が温存してきたのは由々しいことだったとも言えます。
そういうある種の暴力装置としての統一教会が、岸信介さん以下、当時の自民党政権「保守傍流」と手を組み、昭和的なヤクザと政治の世界が成立してきたのも、日本政治に長年抱え込まれた病巣と言えます。
振り返れば、安倍さん銃殺後の1年半前に記事で執筆した状況が、うまい解決策をなかなか導き出せないまま2024年の現在も構図としてなお引き継がれているというのは、驚きであるとともに残念です。
【関連記事】 ◎安倍晋三さんの国葬と戦後政治史における統一教会から考えたい「動乱期の生き方」(文春オンライン) ◎「一過性」で終わらなかった統一教会問題 岸田官邸は“身体検査”を軽視したツケを腹いっぱい味わう(文春オンライン) ◎「勝共連合」から続く歴史、自民党は今すぐ旧統一教会(家庭連合)と手を切れ(JBpress)
■ 安倍晋三さんの命で償わなければならなかった戦後総決算
米ソ対立の冷戦構造が崩壊したあとも、統一教会は宗教団体としての存続を図り、俗に言う霊感商法での違法なビジネスや、信者及びその家族に対する法外な献金・寄付の強要と苛烈な集金を図って韓国へ送金してきた事実は、改めて蒸し返されて日本社会や政治に衝撃を与えました。
そこで破滅に追い込まれてしまった家庭は万単位に及ぶ中、地獄のような生い立ちから捨て身のテロ凶行に及んだ山上徹也さんの存在はあまりにも大きいということになります。
霊感商法の詐欺行為についても、かねて「やや日刊カルト新聞」の鈴木エイトさんや藤倉善郎さんら、被害者と共に救済を求める活動をしてきた方々の歴史もありましたが、政治がなかなか正面から対応してきませんでした。
明確に、自民党議員が長年、統一教会を悪いと知りつつ利用してきた、もちつもたれつの歴史が積み重なってきたからです。
安倍政権の政治の舞台で一定の役割を果たしてきた日本会議も、蓋を開ければ特定・複数の宗教団体からの互助活動の果てであったことも知られており、落選議員を養う仕組みや選挙資金の提供、無償ボランティアの派遣など、昭和から連綿と続く闇祓いにも取り組んでいかないと日本の政治は浄化されないでしょう。
ところが、一連の問題解決に取り組む総理・岸田文雄さんの決断は素早いものでした。
銃弾一発で奪われた命の対価として統一教会への対応の協議が早々に進み、本来なら認定のハードルがとてつもなく高いはずの商業上の詐欺行為から、統一教会の霊感商法方面だけを定義として抜き取った改正消費者契約法を昨年の通常国会中に突貫工事で成立させるという岸田文雄スペシャルまで爆誕しました。どういうことなの。
繰り返しになりますが、本来であれば、テロリストがいかなる背景、経緯や思想であろうと、その暴力行為については常に全否定でなければなりません。そのバックグラウンドを報じることそのものもまた、テロの原因となり、暴力の連鎖を生むことを考えれば、評価を行うことも慎むべきという議論も正当であると言えます。
他方で、山上徹也さんが安倍晋三さんごと撃ち抜いた意味は大きすぎる。
つまり、一連のカルト宗教対策に追われた岸田政権の顛末とは、本来ならば、唾棄すべきテロ行為で有力政治家を横死させた犯罪者の思った通りの展開で、民主主義の敗北とも言える事態でした。
裏を返せば、それだけ統一教会が、反共産活動という使命を終えたあとも、政治資金の提供と選挙ボランティアの派遣という両輪で自民党政治家に食い込み続けており、自民党は、それと知りつつ自らそのような関係を絶つどころか、戦後最長期間を務めた宰相の安倍晋三さん自身がその力量を背景に権力維持をしてきたのだということにもなります。
それは、山上徹也さんのような信者の家族を破壊してまで吸い上げた資金が源泉です。こういった問題をついぞ日本政治は解決できず、浄化もされないまま、統一教会が政権の中枢に食い込むのを許すという、政治側の怠惰が引き起こした失態です。
これは紛れもなく日本の民主主義が、自らのシステムをハックしてきた宗教団体を正論で排除できなかった総決算を、安倍晋三さんの命で償わなければならなかったことになります。
■ 改めて考えなければならない山上徹也の意味
そして、私たちが日本政治を見るときに、何も気にせず「そういうもんか」と思って受け入れている「組織票」という存在が、利益団体が政治家とつるんで国家の富を政策的に利益誘導する仕組みになっているのだとすれば、それは民主主義のガワを被った封建主義・荘園制とあんまり変わらないのではないかという危惧も持ちます。
政治家の資金パーティーも支持団体が派遣する選挙ボランティアも、見方を変えれば、統一教会が戦後政治で自民党保守傍流に食い込み、政策を左右させてきたということの証左でしょう。
霊感商法など明らかに問題のある取引でも、事件化することなく去年まで大手を振って問題を巻き散らかしてきた構図を打ち崩した山上徹也さんは、本当にテロリストや犯罪者だとだけ扱われるべきものなのか、それとも腐敗し切った戦後政治からの脱却のきっかけを作った立役者とするものなのか、議論が必要なのは間違いないのかなとも思います。
それでも私たちは彼をテロリストであると断罪し、暴力で政治を動かそうとした問題については糾弾するべきだろうと思うのですが、すっごいモヤモヤするんですよね、今回の政倫審とか見てても。いやはや。
山本 一郎(やまもと・いちろう) 個人投資家、作家 1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し、『ネットビジネスの終わり(Voice select)』『情報革命バブルの崩壊 (文春新書)』『ズレずに生き抜く 仕事も結婚も人生も、パフォーマンスを上げる自己改革』など著書多数。 Twitter:@Ichiro_leadoff 『ネットビジネスの終わり』(Voice select) 『情報革命バブルの崩壊』 (文春新書) 『ズレずに生き抜く 仕事も結婚も人生も、パフォーマンスを上げる自己改革』(文藝春秋)
山本 一郎
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