( 145876 )  2024/03/05 14:11:06  
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日本では、スマートフォンの普及やコード決済システムの発展により、キャッシュレス決済を選択する人が増加している。

例えば、埼玉県では2024年1月から現金での支払いができなくなり、一部の自治体ではキャッシュレス決済が推進されている。

しかし、この動きには貨幣法や日本銀行法といった法的規定から生じる問題があり、現金による支払いの重要性が問われている。

特に、預金以外の電子マネーやコード決済は、リーガルテンダー(法定通貨)の強制通用力を持っておらず、信頼性や安全性に課題があるかもしれない。

今後、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入が進められるなか、埼玉県などのキャッシュレス推進自治体は、現金での支払いを大切にし、法的権威を考慮した方針を見直す必要がある。

(要約)

( 145878 )  2024/03/05 14:11:06  
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写真:iStock 

 

 スマートフォンの普及やコード決済システムの進化により、つい最近までは現金での支払いが多く見られた日本でもキャッシュレス決済を選択する人が増えている。 

 

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 現に、空港や駅の一部では「キャッシュレス決済のみ可能」というルールを設けているお店もある。日本がデジタル化の潮流へ突き進むなか、埼玉県庁の公式ウェブページにこんなアナウンスが掲げられていた。 

 

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<令和6年1月以降は原則キャッシュレス決済になります!  

埼玉県では、令和5年10月から、埼玉県収入証紙(以下「収入証紙」)をご利用いただいている手数料について、キャッシュレス決済を開始しました。> 

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 じっさい、2024年1月から埼玉県の「埼玉県収入証紙」の支払いに現金が使えなくなり、例えば自動車免許証の更新などで訪れる鴻巣免許センターでも、現金での支払いができなくなった。 

 

 しかし、このキャッシュレス決済を、単に「時代の流れ」として片づけてしまってはならない。なぜならば、貨幣法と日本銀行法の規程からすると無視できない問題を孕んでいるからだ。 

 

 そこで今回は普段あまり注目されない通貨に関わる法貨規定を軸に、デジタル化の方向性と行き過ぎたキャッシュレスの強要について、決済のアンバンドリングと共に考えてみたい。 

 

 地方自治体の納税がコンビニでの支払いがすっかり浸透した現在、2020年頃からは「PayPay」や「Line Pay」などのコード決済による税や保険料の納付が可能になり、これらは、より多くの決済手段に拡大されていくと見られている。 

 

 納税自体はキャッシュレス決済が可能であっても、手数料の支払いは、現金に限られていた東京都も2024年2月からはようやくキャッシュレス決済が導入され、利便性の向上が図られた。 

 

 かつてはこうした手数料の支払いに「東京都収入証紙」を購入させて、それを貼付させていたが、 2010年3月末に証紙を廃止して以来、現金での納付が可能となった経緯がある。 

 

 利用できるようになったのは、クレジットカード6ブランド(Visa、Mastercard、JCB、AMERICAN EXPRESS、Diners Club International、Discover)、コード決済5ブランド(d払い、PayPay、楽天ペイ、au PAY、Alipay)、電子マネー主要ブランド(交通系電子マネー、WAON、nanaco、楽天Edy、iD、QUICPay+)である。もちろん現金でも支払うことができる。 

 

 この流れは他府県にも見られ、広島県では2014年10月末に「広島県収入証紙」を、大阪府でも2018年9月末に「大阪府証紙」を廃止し、最近では京都府が2022年9月末で「京都府収入証紙」を廃止。また一部の政令市(横浜市、京都市、大阪市)でも、収入証紙は廃止された。 

 

 手数料を支払う代わりに証紙を購入し、それを貼り付けるというやり方は、書類に、現金を貼付することができない場合には有用な手段だが、窓口で支払う手数料を支払うのに、わざわざ現金を印紙や証紙に換えて貼付するのは面倒だ。 

 

 直接現金等で支払い、領収スタンプがあれば事足りる。従って多くは証紙廃止について検討段階ないし実質的に検討すらしない状態だ。 

 

 

 しかしながらそれとキャッシュレスの強要とは別問題である。既に収入証紙を廃止した自治体が、クレジットカードやコード決済に対応したとしても、現金でも手数料の支払いを受け付けているのにはもちろん理由がある。それは債権債務関係の「清算に関わる強制通用力」との関りである。 

 

 ここからは一般的に聞き慣れない話になるが、日本のマネーに関する基本的な根拠は、貨幣法と日本銀行法によって定められている。貨幣法は正式に言えば「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」、日銀法は「日本銀行法」だ。ここで注意しておきたいのは、貨幣法が指す「貨幣」とは、「硬貨」のことであり、一般名詞としての貨幣ではない。 

 

 貨幣法では、通貨の規程を「貨幣(硬貨)」と日本銀行券(お札)としており、硬貨での支払いは、<貨幣は、額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する>と定めている。 

 

 これは例えば、21円の支払い時に1円玉21枚で支払おうとするものを拒否することができるという規程だ。なるほど硬貨はあくまで補助貨幣であって、主たる通貨は日本では日本銀行券である。 

 

 この日本銀行が発行する日本銀行券(お札)と、造幣局が製造し政府が発行する貨幣(硬貨)はリーガルテンダー(法定通貨)と呼ばれ、これ以外に法的に決済の手段として認められるマネーは日本には存在しない。つまりリーガルテンダーとは「強制通用力」を示すものなのだ。 

 

 給与所得者や事業を営む者に限らず、消費者を含めたすべての経済主体にとって、この強制通用力は債権債務関係の清算において基本的でとても重要である。 

 

 社会は債権債務関係で成り立っており、「払った、払っていない問題」は貨幣経済の要だ。通貨の強制通用力とは、日本銀行券と硬貨での受け取りを“拒否できないこと”を意味するとともに、最終的に債権債務関係を清算させられることを指す。それを貨幣論の領域では「通貨のファイナリティ」と呼ぶ。 

 

 今回の、埼玉県の「キャッシュレス化」においては、キャッシュレス決済ができなければ、銀行やコンビニで現金で支払ったのちに、再び窓口に来るようアナウンスしている。 

 

 現金での支払いもできることはできるが、そうするには大変に面倒で、数千円程度の手数料を現金で支払う場合、出納委託先でしか受付けないという、決済のアンバンドリングを進めた格好だ。 

 

 これには、いくらキャッシュレス決済が便利で、その波が押し寄せているからと言って、課税・徴税する自治体が現金での受け取りを拒否することは、貨幣法と日本銀行法を無視していることになると言わざるを得ず、通貨の強制通用力の否定に当たるかどうかが問われることになる。この点で、今回の埼玉県のキャッシュレス決済の強要には違和感しかない。 

 

 しかも埼玉県のキャッシュレス決済の強要では、利用できるカード会社やブランドが限られていることにも不信感が残る。VISAとMasterは使えても、JCBやAMEXは利用できないし、預金振替指示書のデジタル版であるデビットカードも使えない。 

 

 給与所得者の多くが、振込によって給与を受取っているが、預金振込での給与の「受取」は、かつてあったような「現金手渡し」ではないため、一見するとファイナリティが確保されていないという見方もできる。ではなぜ問題が起きていないのだろうか。 

 

 それは、預金、特に普通預金や当座預金といった流動性預金は、いつでも日本銀行券や硬貨で引出すことが可能な信用貨幣だからだ。実は、預金通帳にお金を預けたり、現金を引き出す時に、その裏側では安全性を、確保するための膨大なシステムが働いてる。一例を挙げれば、 

 

 ・金融庁による検査・監督による銀行経営の健全性の確保 

・金融システムの安定を目的とした、プルーデンス政策による健全性の確保 

・銀行経営の健全性を追求する、極めて厳しい制約によって固められた銀行法の存在 

・破綻に備える預金保険機構というセーフティネットの確保 

 

 など、社会的にも大掛かりに実現している。 

 

 だが、コード決済の残高は預金と同質の信用貨幣ではない。2023年4月に「給与デジタル払い」が制度として解禁され、100万円以下のPayPayやLine Payなどでの給与受取りが可能になったものの、堅牢な銀行システムと比較して資金移動業者の破綻リスクがコントロールしにくいのだ。 

 

 自治体がファイナリティを有する現金での支払いを拒否するようでは貨幣経済が成り立たないのだ。 

 

 

 試しに、お持ちのスマートフォンのキャリアデータ通信もWi-Fiもオフにして、コード決済アプリを起動させてみて欲しい。自宅が停電していなくてもネットワークが通信障害にあっては動かない。 

 

 これに対応するため、例えばPayPayの「オフライン支払モード」では、チャージに登録してあるクレジットカードの利用上限に、1回5万円、24時間以内に25万円を限度としてオフラインでも支払いが可能といった工夫もある。 

 

 FeliCa規格の楽天Edyや交通系電子マネーでは、ネットワーク・アクセスの他に内臓ICチップで処理することもできるが、この処理では、オフラインでの読み込み・書き込みはできても、チャージ機などの端末が停電になると磁場が生まれず動作しない。 

 

 どんな災害にも対応できる社会基盤にはコストがかかりすぎるので現実的ではないが、世の中が停電しても通信障害を起こしても機能するものを残してこそ、キャッシュレス決済を安心して利用できるというものだ。 

 

 今のところそれを網羅できるのはそれはファイナリティを有する現金だけだ。 

 

 決済のキャッシュレス化は、決済のアンバンドリングの問題と似て非なるものだ。三井住友銀行のように、一部の銀行では窓口で現金そのものを授受しない支店も増えており、あおぞら銀行にいたっては自行ATMを持たず、本支店でもの現金の扱いもしない。 

 

 これらは一般の方には決済のデジタル化として映るかもしれないが、究極を言えば決済のアンバンドリングだ。あくまで信用貨幣である預金を扱い、リーガルテンダーに裏付けられた銀行だからこそ実現できるのだ。決済のアンバンドリングは社会的コストを引き下げるために大いに期待できるものの、それを決済のキャッシュレス化はと単には呼べない。 

 

 なぜならば、現金決済を代替する手段であって、現在のところはリーガルテンダーそのものをデジタル化することでキャッシュレス化が実現しているわけではないからだ。 

 

 決済のキャッシュレス化がリーガルテンダーと結びついた形で進むためには、各国が導入を検討し研究が進められているCBDC(中央銀行デジタル通貨)の実現を待たなければならない。現在検討されているCBDCについての詳細な解説は別稿に譲るが、銀行券と同じく中央銀行の債務として発行される点が重要である。 

 

 現金での支払いを拒否する埼玉県は、決済のアンバンドリングとキャッシュレス化とを混同せず、一刻も早く現金での支払いを復活させることが、行政としての責任である。 

 

近廣 昌志(中央大学准教授) 

 

 

 
 

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