( 147997 )  2024/03/11 14:22:22  
00

経済アナリストの森永卓郎氏が、新著『書いてはいけない――日本経済墜落の真相』を出版し、財務省主導の緊縮財政やアベノミクスについて警鐘を鳴らしている。

アベノミクスの金融緩和や財政出動政策の効果、消費税増税の影響などを検証し、経済政策の問題点を指摘。

また、新たな経済政策が必要であり、所得税減税よりも消費税減税の方が効果的であると述べている。

(要約)

( 147999 )  2024/03/11 14:22:22  
00

参院予算委に臨む岸田首相(左)と鈴木財務相=2023年11月29日(写真:共同通信社) 

 

 財務省主導の緊縮財政に警鐘を鳴らした著書『ザイム真理教』が大きな話題を呼んだ、経済アナリストの森永卓郎氏。その続編とも位置づけられる新著『書いてはいけない――日本経済墜落の真相』(三五館シンシャ)が、前作から約10か月の時を経て刊行された。この間、岸田政権は所得税減税を目玉とする経済対策を実行。森永氏はここにも「財務省への忖度」があると指摘する。 

 2023年12月にすい臓がんステージ4の宣告を受け、現在療養中の森永氏。「命のあるうちにこの本を完成させて世に問いたい」。そう記した新著『書いてはいけない――日本経済墜落の真相』より一部を抜粋・再編集し、お届けする。(JBpress) 

 

【グラフ】金融緩和を継続しながら消費税増税をした結果、この有様に 

 

■ アベノミクスとはなんだったのか?  

 

 財政緊縮派、すなわちザイム真理教信者の皆さんが、ほぼ例外なく批判するのがアベノミクスだ。そこで、まずアベノミクスとはいったいなんだったのかを説明しておこう。 

 

 2012年12月に発足した第二次安倍晋三政権は、アベノミクスを掲げて日本経済のデフレからの脱却を図ろうと、政策の大転換をした。 

 

 (1)金融緩和、(2)財政出動、(3)成長戦略の3本柱だった。 

 

 3番目の「成長戦略」に関しては、たいした中身はなかったし、そもそも成長戦略は民間が作るものなので、政府がやれることは限られている。だからアベノミクスの本質は「金融緩和」と「財政出動」だ。 

 

 実際に安倍元総理は約束どおり政策を断行した。財政出動もある程度実施した。たとえば、GDP統計で見ると、実質公的固定資本形成(公共投資)の前年比伸び率は、2011年度が▲2.2%、2012年度が1.1%だったのに対して、実質的に第二次安倍政権のスタートとなった2013年度は8.5%と、近年ではもっとも高い伸びを実現した。 

 

 そして、アベノミクスでとくに注目を集めたのが金融緩和だった。それまで常に緊縮指向だった日銀を改革するため、安倍政権は2013年3月に日銀総裁に黒田東彦氏を就任させ、政策の大転換を図った。いわゆる異次元の金融緩和だ。長引くデフレから脱却するため、2013年4月からインフレターゲット政策を導入し、2%の物価上昇率目標が達成されるまで、大規模な資金供給拡大を続けることを宣言したのだ。 

 

 安倍政権の金融緩和・財政出動政策がどのような効果を発揮したのかは、その後の消費者物価の動きを見れば明らかだ。 

 

 次ページの図表は、異次元金融緩和が始まった直後の消費者物価指数の前年同月比を月別に見たものだ。 

 

 

■ アクセルとブレーキを同時に 

 

 アベノミクスが開始される直前まで、1997年に消費税率を3%から5%に引き上げたのをきっかけに、日本経済は15年間にわたって物価が下がり続けるデフレに苦しんできた。ところが、2013年4月からアベノミクスが始まると、消費者物価指数はするすると上がり始め、2013年12月には、ほぼ2%という目標物価上昇率に達している。そして、ほぼ2%の物価上昇率が2014年3月まで継続したのだ。経済政策の結果がここまできれいに現れることはきわめて珍しい。それだけ、金融緩和・財政出動という政策が正しかったということだ。 

 

 それはある意味で当然だ。マクロ経済学の教科書には「不況になったら、金融緩和と財政出動をしなさい」と書いてある。つまり、アベノミクスは特殊なことをしたのではなく、まさに教科書どおりの経済政策を採っただけだったのだ。 

 

 ところが、2014年4月に消費税率を5%から8%に引き上げた途端、事態は急変する。物価上昇率が、目標物価上昇率の2%から急速に転落して、1年足らずでデフレに舞い戻ってしまったのだ。アベノミクスは、消費税増税によって破壊されたのだ。 

 

 私はわけがわからなかった。金融緩和を継続するなかで消費税増税をするということは、アクセルを踏みながらブレーキを踏む運転に等しい。そんなことをしたら、クルマは正常な動きができなくなってしまう。経済学の常識に反する経済政策が採られた理由を、私は理解できないでいた。 

 

■ 経済理論より教団の教義 

 

 しかし、最近になって当時の事情が明らかになってきた。じつは、安倍政権は、日銀総裁を黒田東彦氏に入れ替えただけではなかった。副総裁や審議委員を次々に金融緩和派に入れ替えていった。なかでも、新任の岩田規久男副総裁は、異次元金融緩和に理論的バックボーンを与える重要な役割を果たしていた。岩田副総裁は、異次元金融緩和を殺してしまう消費税増税に明確に反対して、そのことを黒田東彦総裁にも進言したという。 

 

 ところが、黒田東彦総裁は、岩田副総裁の進言をこう斬り捨てたという。 

 

 「消費税の引き上げは、景気動向に一切影響を与えない」 

 

 黒田総裁は、法学部出身ではあるものの、財務省時代にオックスフォード大学に留学して経済学を学ぶなど、経済の専門家だ。だから、アクセルとブレーキを同時に踏んではいけないことなど常識でわかっているはずだ。にもかかわらず、消費税増税を簡単に容認してしまった。ここがザイム真理教の恐ろしいところなのだ。経済理論よりも、教団の教義が優先されてしまう。 

 

 結局、この消費税増税は経済に致命的な被害を与えた。翌2014年度の実質経済成長率はマイナス0.4%に転落し、その後も低成長が続くことになったからだ。 

 

 

■ 増税せずに税収を増やす方法 

 

 「税収弾性値」という言葉をご存じだろうか。名目GDPが1%増えたときに税収が何%増えるかという数字だ。税収弾性値は一般的に1を超える。たとえば、給料が増えたとき、給与の増加率を上回って所得税が増える。累進課税の下で、より高い税率が適用されるようになるからだ。 

 

 財務省は、中長期の財政計画を立てるときに、この税収弾性値を1.1と設定してきた。しかし、最近この税収弾性値に異変が起きている。たとえば、2022年度は3.0、2021年度は4.1となっているのだ。 

 

 つまり、名目GDPを1%伸ばすと、その3倍から4倍のペースで税収が増えていることになる。もちろん税収弾性値は、単年度で見ると不安定だ。たとえば、2020年度の弾性値は▲1.2とマイナスになっている。そこで、過去5年間平均の弾性値を計算すると、22年度は15.5という恐ろしい数字になっている。そして、2000年以降の数字を眺めていくと、1という数字はなくて、3前後の数字が並んでいる。このことは、増税ではなく、GDPを増やすことを考えていけば、高齢化に伴う社会保障負担増などの財源を確保できることを意味している。 

 

 ところが、財務省は、消費税の引き上げなどの増税策ばかりを示して、経済規模拡大による税収増というビジョンはほとんど出てこない。いったいなぜなのか。 

 

 財務省内では、増税を「勝ち」、減税を「負け」と呼んで、増税を実現した官僚は栄転したり、よりよい天下り先をあてがわれる。さらに消費税率の引き上げに成功した官僚は「レジェンド」として崇め奉られる。一方、経済規模を拡大して税収を増やしても、財務官僚にとってはなんのポイントにもならない。 

 

■ 阪神タイガースに学べ 

 

 18年ぶりにセ・リーグ優勝を果たした阪神タイガースは、攻撃面で見ると、チーム打率が突出して高いわけではない。しかし、出塁率はダントツの1位だ。その理由は、選んだ四球の数が圧倒的に多いからだ。ヒットだろうが四球だろうが、塁に出るのは同じだ。そこで岡田監督は、フロントに掛け合って、選手の成績評価で、四球獲得に与えるポイントを高めてもらったという。これにより四球を選ぶ選手が劇的に増えた。 

 

 そのことを考えると、財務省の増税路線を改める方法は簡単だ。 

 

 増税を主導した官僚にマイナスポイントを与え、経済拡大に伴う税収増を実現した官僚にプラスポイントを与えるのだ。そのために官邸が財務省から人事権を取り上げ、個別に官僚の人事評価をすればよいのではないだろうか。 

 

■ 繰り返された“非科学的”経済政策 

 

 2014年の消費税増税のような非科学的経済政策は、今もなお繰り返されている。その典型が2023年11月2日に政府が閣議決定した経済対策だ。 

 

 経済対策の目玉は、所得税・住民税減税だ。物価高で苦しむ国民生活を救うため、岸田総理は「税収増を国民に還元する」と、住民税非課税世帯への7万円の定額給付に加えて、1人あたり住民税1万円、所得税3万円の定額減税を1年に限って実施することにした。立憲民主党を除く野党からは消費税減税を求める声が出ていたし、自民党の若手国会議員102人で構成する「責任ある積極財政を推進する議員連盟」からも、消費税率を5%に引き下げたうえで、食料品については消費税率を0%とする政策提言がなされていた。だが、そうした案は見向きもされなかった。 

 

 岸田総理の打ち出した所得税減税は、消費税減税とくらべると、かなりの問題がある。 

 

 

■ 消費税でなく所得税を減税、その4つの問題点 

 

 第一の問題は、物価高対策にならないことだ。消費税減税であれば、税率引き下げと同時に物価が下がるから、完全な物価抑制効果がある。とくに食料品は物価が9%も上がっているから、軽減税率である8%の消費税をなくせば、物価高の大部分を相殺できる。国民が経済対策の効果を毎日の買い物のたびに感じることができるのだ。一方、所得税減税は、所得を増やすので、理論上は、需給がひっ迫して物価をむしろ押し上げる。 

 

 第二の問題は、実施まで時間がかかることだ。来年度の税制改正を行なった後、給料の源泉徴収額が変わるのは翌年6月になってしまう。 

 

 第三の問題は、一時的な減税は、貯蓄に回ることが多く、消費を拡大しないことだ。これまで行なわれた一時金給付の効果試算では、給付金のおよそ8割が貯蓄に回ってしまうことが明らかになっている。今回の対策では、減税の後に増税が待ち構えていることを誰もが知っているので、おそらくほとんどが貯蓄に回るだろう。つまり、景気対策の効果はほとんどない。 

 

 そして第四の問題は、減税にエアポケットが発生することだ。年間の所得税が3万円を超えるのは、専業主婦の妻がいる世帯で年収320万円、独身者の場合で240万円だ。それ以下の年収の世帯は3万円の定額減税をフルには受けられないことになる。 

 

 こうしたことを考えると物価高対策としては、所得税減税よりも消費税減税のほうがはるかに効果が高いのだが、消費税減税の話は、与党幹部から一切出てこない。消費税減税を嫌がる財務省への忖度だろう。 

 

森永 卓郎 

 

 

 
 

IMAGE