( 148437 )  2024/03/12 14:49:24  
00

2024年度の介護報酬改定が、介護現場に波紋を広げている。

訪問介護の基本報酬引き下げにより、事業者や訪問介護員の人手不足が問題となっている。

現在要介護状態ではない人々も、この問題に無関心ではいられない。

介護離職やビジネスケアラーが増加し、在宅介護の充実が地方創生に不可欠なポイントとなっている。

統計によると、介護者の過半数は仕事と介護を両立させるビジネスケアラーであり、介護離職者も増加している。

経済産業省は、2030年には介護者が833万人に増加し、総務省は介護離職による経済損失を約9兆1800億円と試算している。

厚労省の介護政策の軸が揺らいでおり、地域包括ケアシステムの普及が進んでいない現状が指摘されている。

在宅介護の重要性が高まる中、要介護状態にない人々も今後の介護問題に注目する必要がある。

(要約)

( 148439 )  2024/03/12 14:49:24  
00

現時点で介護にかかわりがない人も、他人事として見過ごすわけにいかない(写真は要介護認定の結果通知書/イメージ) 

 

 2024年度の介護報酬改定が、全国の介護現場に波紋を広げている。訪問介護の基本報酬引き下げによって「自分の仕事を否定された」と感じている事業者も少なくないという。今後さらに人手不足が深刻化し、家族の介護や看護のために仕事を辞めざるを得なくなる「介護離職」や「ビジネスケアラー」が増えていけば、この国の社会・経済はどうなるのか──。人口減少・少子高齢化問題に精通する作家・ジャーナリスト河合雅司氏のレポート。【前後編の後編。前編を読む】 

 

【統計を読む】しわ寄せは家族に 「介護離職」は10万人超え 

 

 * * * 

 訪問介護員(ホームヘルパー)の人手不足は、地方の人口流出の加速も呼び起こす。 

 

 広範囲に点在する利用者宅をカバーしなければならない地方の小規模訪問介護事業者には経営体力が弱いところが少なくなく、基本報酬引き下げの影響を受けやすい。こうした事業所が倒産・休廃業に追い込まれれば訪問介護サービスの「空白地帯」が生じる。 

 

「空白地帯」とならなくとも、利用したいタイミングでサービスを受けられない「困難地帯」となれば同じだ。こうした地区の住民は在宅介護の将来展望を描けなくなる。 

 

 一人暮らしの高齢者は増加傾向にあり、頼れる家族や親族がいないという人が増えていく。「空白地帯」や「困難地帯」で訪問介護サービスを不可欠とする人は引っ越しの検討を迫られることになろう。 

 

 現時点で要介護状態にない人も、他人ごととして済ませるわけにいかない。すべての人が要介護状態となり得るためだ。「空白地帯」や「困難地帯」では、元気なうちに親族がいる都市部などに移り住む「予防」の動きも大きくなりそうである。 

 

 これからの地方創生にとっては、在宅介護の態勢がどれだけ充実しているかが大きなポイントの1つになるということだ。訪問介護の「空白地帯」や「困難地帯」の広がりは、国土形成まで左右しかねない。 

 

 影響は「空白地帯」や「困難地帯」にとどまらない。訪問介護サービスを十分に利用できないようになれば、しわ寄せは家族に向かう。サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などは利用料の高いところが多く、誰もが入居できるわけではない。 

 

 総務省の就業構造基本調査(2022年)によれば、介護者629万人のうち有業者は365万人だ。介護者の過半数が仕事と介護の両立させている「ビジネスケアラー」である。 

 

 介護や看護のため過去1年間に離職した人は、2022年は10万6000人(男性2万6000人、女性8万人)だ。2017年の前回調査(9万9000人)と比べて7000人増加した。2007年から2017年にかけては減少していたが、底を打った形だ。 

 

 経済産業省は、2030年に介護者が833万人、ビジネスケアラーが318万人にまで増えると予想している。基本報酬の引き下げによってホームヘルパーの不足が加速すればビジネスケアラーのうち介護離職に転じる人が増えるだろう。 

 

 

 就業構造基本調査はビジネスケアラーが介護者に占める割合を年齢階級別でまとめているが、男女とも50~54歳(男性88.5%、女性71.8%)が最も高い。50代前半といえば管理職や責任ある立場に就いている人が多い。この年代が介護離職に追い込まれたなれば、職場はもとより社会全体にとってもダメージだ。 

 

 経産省は介護離職の増加やビジネスケアラーになることで労働総量や生産性が低下し、2030年には約9兆1800億円の経済損失が発生すると試算している。基本報酬の引き下げによる訪問介護の弱体化という要素を加味したならば、経済損失額はさらに膨らむだろう。結果として税収が落ち込み歳入が減ったのでは、社会保障費の伸びの抑制効果など簡単に吹き飛んでしまう。 

 

 他方、訪問介護の基本報酬の引き下げは、厚労省の介護政策の軸がいまだぶれていることを明らかにもした。 

 

 厚労省は当初、高齢社会の到来に備えて特別養護老人ホームなどの施設整備を進めた。だが、利用者の急増に追い付かず入所待機者の激増を招くと、突如として「施設介護から在宅介護へのシフト」という方針転換を図った。 

 

 そこで打ち出されたのが「地域包括ケアシステム」であった。老後も住み慣れた地域で暮らし続けられるよう医療や介護のみならず、自治体や地域住民などの協力で24時間体制のケアを行うという構想だ。 

 

 しかしながら理想と現実の乖離は大きく、十分に普及しているとは言い難い。それどころか、人口減少で地域社会の維持自体が危ぶまれるエリアが広がり、担い手不足で将来展望が描きづらくなっている。 

 

 地域包括ケアシステムの建て直しを図らなければならない局面にあるにもかかわらず、中心的役割を担ってきた訪問介護サービスの基本報酬を下げるというのだから、厚労省が自ら地域包括ケアシステムを否定しているようなものである。 

 

 こうした厚労省の腰が定まらぬ姿勢に対しては、医療界からも「在宅医療も訪問介護があってこそ継続し得る」(日本医師会幹部)といった戸惑いの声が上がっている。問題は介護だけに収まらない。 

 

 今年(2024年)は団塊の世代がすべて75歳以上となる。もはや猶予はないというのに、厚労省が在宅サービスの推進に疑念を抱かせているようでは、国民の介護不安は募るばかりだ。このままでは日本は一層勢いを失うこととなる。 

 

(了。前編から読む) 

 

【プロフィール】 

河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。主な著書に、ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)のほか、『日本の少子化 百年の迷走』(新潮選書)などがある。 

 

 

 
 

IMAGE