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岸田首相の支持率が低下しても、彼は政治倫理審査会へ出席し、権力を強めて異例の土曜国会を強行するなどしている。

これは政治資金パーティー裏金事件の影響による派閥解体に関連しており、牽制役がなくなっているためだと考えられる。

この状況から岸田首相の「低支持率首相による独裁体制」と呼べる現象が起きており、自民党総裁選での岸田首相の対立候補が出る難しさも示唆されている。

また、派閥の再編成や女性首相の就任、院政の可能性なども議論されている。

この状況を注視し、岸田首相の行動には注意が必要である。

(要約)

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Photo:Ezra Acayan/gettyimages 

 

 岸田文雄首相の支持率低下が止まらない。本来であれば党内で「岸田降ろし」の動きが起きてもおかしくない状況だ。にもかかわらず、岸田首相は「政治倫理審査会」への出席とフルオープン化や、異例の「土曜国会」を強行できるほど権力を強めている。その背景には何があるのか。今後想定される“最悪シナリオ”とは――。政治学者が考察する。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人) 

 

● 「支持率急降下」の岸田首相が 権力を強める理由 

 

 自民党派閥の「政治資金パーティー裏金事件」に関して、議員が弁明を行う場である「政治倫理審査会(政倫審)」が2月29日~3月1日に開催された。このうち2月29日の政倫審には、岸田文雄首相が現職首相として史上初めて出席した。 

 

 自民党は当初、政倫審を「完全非公開」で行う予定であり、これに野党が強く反発していた。そこから一転、岸田首相は「マスコミにフルオープン」とする方針に転換。その方針の下で開催に踏み切った。 

 

 現首相の出席という「奇策」の裏側では、国民の政治不信を和らげ、低迷する支持率の回復を狙っていたことは容易に想像できる。だが、岸田首相の政倫審での説明は、疑惑の解明につながらなかった。結果、共同通信が3月9~10日に実施した世論調査によると、岸田内閣の支持率は20.1%となり、同内閣として過去最低を更新した。 

 

 狙いが外れる形となったが、岸田首相はこの低支持率を意に介していないように見える。というのも、岸田首相は政倫審の開催後に衆議院の「土曜審議」を強行し、予算案を衆院通過させて年度内の成立を決めた。今国会では他にも、機密情報を扱える人を政府が認定する「セキュリティ・クリアランス制度」や「税制改正法案」といった重要案件について審議している。 

 

 岸田首相は「支持率低下」という苦境に置かれながらも、山積する重要議案を前に進めるための強い意欲を失っていない。それどころか、先述した「政倫審出席とフルオープン化」「異例の土曜国会」を強行できるほど、今の岸田首相には強い権力・権限が集中している印象だ。 

 

 その背景には、「政治資金パーティー裏金事件」の発覚を巡る「派閥解体」がある。 

 

 

● 派閥解体によって 岸田首相の「牽制役」が不在に 

 

 少し時を戻すと、東京地検特捜部は1月、安倍派・二階派の会計責任者を虚偽記載の罪で在宅起訴。岸田派の元会計責任者も略式起訴した。それを受けて、岸田首相は自らの岸田派の解散を表明し、安倍派、二階派も解散せざるを得なくなった。 

 

 疑惑と直接関係がない森山派、茂木派、谷垣グループも新たな政策集団へと移行した。麻生派だけが存続することとなったが、派閥の影響力は大きく失われた(本連載第347回)。 

 

 ただ、それまでの自民党では、岸田派だけでなく安倍派・麻生派・茂木派が党内主流派を形成し、首相の権力・権限を牽制(けんせい)してきた(第286回)。そして「パー券事件」を機に、「牽制役」を担ってきた派閥のほとんどが事実上消滅した。中でも、最大派閥である安倍派の解散は大きい。「安倍派幹部5人衆」など、岸田内閣で多くの要職を占めていた人物は全員が失脚したからだ(第344回)。 

 

 政策集団として存続することとなった茂木派からも、離脱者が次々と出ている。政倫審の開催に際しても、茂木幹事長は主導権を発揮できず、存在感が薄れている。岸田首相を牽制できる存在が、自民党内から消滅しているといえる。 

 

 そのため、岸田首相の支持率は低下しているにもかかわらず、なぜか権力が強まっているという、不思議な状況が起きているのだ。 

 

 なお余談だが、派閥存続を決めた麻生派は、故・池田勇人元首相が立ち上げた池田派(旧・宏池会)を源流としている。解散前の岸田派や谷垣グループも同様だ。このことから、解散した岸田派と谷垣グループが麻生派を頼って合流し、旧・宏池会を復活させるのではないかという「大宏池会構想」がまことしやかにささやかれている。現段階ではあくまで臆測にすぎないが、実現した場合は、岸田首相の強力な後ろ盾となる可能性もある。 

 

 いずれにせよ、岸田首相への「権力集中」は当面続くとみられる。この現象を、本連載では「低支持率首相による独裁体制」と呼びたい。 

 

 

● 次期総裁選への期待感も 低下の一途 

 

 従来の自民党であれば、首相の支持率が低下すると、党内で首相交代を求める声が高まり「首相降ろし」が起きた。その結果、首相が任期途中に退陣するなどして自民党総裁選が行われてきた。 

 

 この自民党総裁選は、党の窮地を救う「最終兵器」だった。総裁選を行い、国民の関心を自民党に集中させれば、党への注目度や期待感が一時的に回復したからだ(第285回)。 

 

 そもそも自民党は、政策的に何でもありの「キャッチ・オール・パーティー(包括政党)」だ。デジタル化・社会保障・少子化対策・女性の社会進出・マイノリティーの権利保障など、多種多様なテーマを扱う「政策のデパート」である(第294回・p3)。 

 

 人材的にも多士済々(たしせいせい)で、かつての自民党総裁選では、そうそうたる候補者による政策論争が活発に展開されてきた。その中から新たなリーダーが選出されると、党そのものが生まれ変わり、まるで「疑似政権交代」が起こったかのような錯覚を国民に起こさせた。結局はその効果も長続きせず、首相交代後に何らかの問題が浮上するわけだが、とにかく自民党総裁選の影響力は大きく、そのたびに野党は「蚊帳の外」となった。 

 

 だが、今後は自民党総裁選が「疑似政権交代」として機能しなくなる可能性がある。あくまで筆者による仮説だが、「低支持率首相による独裁体制」が強固になった今、岸田首相は強力な人事権・公認権・資金配分権を行使し、「ポスト岸田」の出現を抑え込むことができるからだ。 

 

 支持率低迷を憂慮し、自民党内で「岸田降ろし」が起きそうになっても、岸田首相は水面下で人事での冷遇・政治資金の配分での冷遇・公認の取り消し・対立候補の擁立――といった圧力をかけることが可能だ。 

 

 また、今は政治資金に対する国民の視線が厳しくなっており、当面は政治資金パーティーを開催できない状況だ。そうすると、選挙に弱い若手だけでなく、ベテラン自民党員の体制も貧弱になり得る。その中で、政治資金を豊富に配分してもらえるか否かは「首相のさじ加減次第」となる。 

 

 だからこそ、首相に対して誰もはっきりと異議を唱えられない「独裁体制」が加速する可能性が十分にある。どれだけ支持率が低下しても健全な競争が起きず、9月の総裁任期まで、首相が辞任せず居座ることも考えられる。 

 

 万が一、岸田首相が支持率低迷の責任を重く受け止めて、9月の総裁選を待たずに辞任した場合も、「反岸田」の候補が総裁選に勝つのは難しいかもしれない。 

 

 

● 「大宏池会」が復活し 「上川首相」を担いで院政を敷く? 

 

 それでも、自民党総裁選には石破茂元幹事長、高市早苗経済安全保障担当相、野田聖子元総務相らが出馬を検討するはずだ。とはいえ、先述の通り岸田首相に権力・権限が集中し、表向きは派閥がなくなった今、立候補に必要な「20人の推薦人」を集めるのは大物政治家といえども至難の業ではないだろうか。 

 

 一方で、上記の候補者に女性が2人含まれているように、岸田体制の閉塞(へいそく)感を打破する唯一の方法として「日本初の女性首相」の就任が期待されているのも確かだ。 

 

 この点について、実は高市氏・野田氏の対抗馬として、岸田派に所属していた上川陽子外相が急浮上している。 

 

 上川外相を巡っては、麻生太郎副総裁が今年1月に「おばさん」「そんなに美しい方ではない」などと発言して批判を呼んだ。だが実は、上川外相の功績を「高評価」する文脈の中での発言であり、その実力を買っているのは確かだ。岸田氏が首相の座を降り、麻生氏と共に上川外相を次期首相候補として担ぐ可能性もゼロではない。 

 

 岸田氏・麻生氏が手を組むとなると、先述した「大宏池会」の復活が現実味を帯びる。総裁選で対立候補を推した議員は、両名の権力・権限を通じて徹底的に干されるかもしれない。 

 

 また、上川内閣が誕生した暁には、上川氏が首相として「政策立案」を手掛ける裏で、政局を左右する意思決定は「キングメーカー」である岸田氏・麻生氏が掌握するケースも考えられる。いわば「院政」を敷くわけだ。これが、「低支持率首相による独裁体制」によって今後起こり得る最悪の事態である。 

 

 岸田首相はかつて18年の総裁選に出馬せず、故・安倍晋三元首相からの「首相禅譲」に望みを託したことがある。だが、目論見(もくろみ)通りに禅譲は起きず、安倍元首相が3選を果たした。20年の総裁選には出馬したものの、菅義偉前首相に惨敗した。21年の総裁選においても、1回目の投票ではどの候補者も過半数に届かず、決選投票によって首相の座をつかんだ。 

 

 そうした経緯に鑑みても、岸田首相は圧倒的なカリスマ性を持っているわけではなく、どこか頼りない印象だ。だからこそ、派閥解体によって「棚ぼた的」に強めた権力を、簡単には手放さないとみられる。この動きが加速し、岸田首相が本当に「独裁化」しないよう、国民は注視していくべきである。 

 

上久保誠人 

 

 

 
 

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