( 149709 ) 2024/03/16 13:08:29 0 00 Photo:PIXTA
アクセルとブレーキの踏み間違い事故を防ぐ方法として、「左足ブレーキ・右足アクセルで運転するべきだ」という論調が根強くあります。この技術はモータースポーツでは一般的であり、乗用車の運転に取り入れても違法ではありません。今回はレースで「左足ブレーキ」を駆使した経験を持つ筆者が、一般車の運転におけるメリット・デメリットを詳しくお伝えしていきます。(モータージャーナリスト、安全運転インストラクター 諸星陽一)
【画像】ペダル踏み間違いによる事故件数
● 「左足ブレーキ・右足アクセル」本当に安全? レース経験者の答えとは
交通事故総合分析センター(ITARDA)の調査によると、2018年~20年の3年間で「アクセル・ブレーキの踏み間違い」による死傷事故が9738件起きたそうです。
痛ましい事故が報じられるたびに議論の的になるのが、「ドライバーは右足アクセル・左足ブレーキで運転するべきではないか」というテーマです。というのも、実は現行の法規制では「左足ブレーキ」は違法ではありません。教習所では「右足一本でペダルを踏みかえましょう」と教わりますが、守らなくても取り締まりの対象にはならないのです。
確かに、ブレーキを踏む足をあらかじめ決めておけば、踏み間違い事故を減らせるという考えは理解できます。そこで今回は、安全運転講習会や試乗会のインストラクターを務める筆者が「ブレーキはどちらの足で踏むべきか」を徹底解説していきます。
ただし、詳しい解説をする前に、お伝えしておきたいことがあります。この議論になると、必ず「レーシングカートでは右足でアクセル・左足でブレーキを踏む」「レースやラリーでは左足ブレーキをよく使う」「だから乗用車でもやるべきだ」という意見が出てきます。
※編集部注:レースは「同時スタート」でゴール順位を競い、クローズドサーキットを使うことが多い。ラリーは「順次スタート」で走行タイムを競い、一般道を使うことが多い。ただ例外もある。
この点について、実は筆者はレース経験者なので、そうしたテクニックを使うことは身をもって知っています。そして乗用車でもテストし、安全性や操作性を検証した結果を、今回は述べていきます。
● 乗用車で左足ブレーキはNG! 識者がそう考えた「二つの理由」
結論から言うと、筆者は「乗用車では右足ブレーキのほうが優れている」「一般ドライバーは右足でブレーキを踏むべき」だと考えています。そう言い切れる理由は二つあります。
そもそも、公道はアトラクションやモータースポーツの場ではありません。レース用の自動車と乗用車では、求められる運転技術が似ている部分もありますが、異なる部分もかなりあります。正しい乗車姿勢もまるで違います。
モータースポーツ用のカートは、右足でブレーキを踏めないレイアウトに設計されています。特にレースやラリーで使用する車体は、非常にホールド性の高い「バケットシート」を使います。シートベルトも「4点式以上」のタイプで、身体をしっかりとシートに固定します。そして、腰から下をピンと伸ばすようにして乗車します。
※編集部注:バケットシートの名称は「バケツ」に由来する。バケツのように背もたれの「へり」が高まっており、ドライバーの身体を包み込んで固定する。
それに対して一般的な乗用車は、さほどホールド性の高くないシートに、軽く膝が曲がるようにして腰掛け、「3点式」のシートベルトを装着します。この姿勢と装備では、傾斜に差し掛かったときや、他のクルマと衝突して車外に飛び出しそうになったときなど、限られた場面でしか身体がしっかりと固定されません。
ゆったりとした姿勢で走行しているときに意外と役に立つのが、「左足を突っ張って身体を支える」という技術です。特にスピードを出しているときなどに、無意識のうちにこの姿勢をしている人もいるはずです。そのために「フットレスト」という足乗せ台が用意されているほどです。
ですが、「左足でブレーキ」をいつでも踏めるように左足をスタンバイさせておくと、突っ張りが利かず、いざというときに身体を支えきれません。
左足でブレーキを踏みながらバランスを取るための苦肉の策として、右ハンドル車では「右足を右方向にずらしてタイヤハウスに乗せる」、左ハンドル車では「センターコンソール付近のフロアで右足を踏ん張る」という方法が考えられます。
しかし、ペダル付近のレイアウトが非常にタイトであり、そうした姿勢を取ろうとすると右足の置き場に迷い、結局はアクセルペダルに足が触れてしまうクルマも多く存在します。
乗用車で「左足ブレーキ」を駆使しようとすると、意外と窮屈でバランスが悪くなり、身体を支えられず、操作性も落ちるのです。これが第一の理由です。
● アクセルとブレーキを 同時に踏むとどうなる?
第二の理由は、走行中にブレーキを踏んでしまう可能性があることです。
右足でのブレーキペダルの操作は、急ブレーキの場合を除いて、基本的にはカカトをフロアにつけた状態で行うべきだというのが筆者の持論です(一般車の場合)。
カカトを支点にして足先を左右に振る動作ができれば、アクセルとブレーキをスムーズに踏みかえられるからです。足の裏でペダルの感触を確かめながら、「てこの原理」で踏み込む量を細かく調整することもできます
(※詳しくは本連載の過去記事『アクセル・ブレーキの踏み間違いは「高齢者だけの問題」じゃない!加害者にならないための3つの注意点とは?』でも解説)
この際、右足の先端は、加速・減速といった目的に応じて、基本的にアクセルかブレーキを踏んでいます。そして前述の通り、左足はドライバーの身体を支えるためだけに使われます。両足の役割分担が、意外と明確になっているのです。
一方「左足ブレーキ」の場合は、左右それぞれの足で目的に応じたペダルを踏むことになります。しかし両足の自由が利くため、アクセル使用時にブレーキを誤って踏み、「思わぬ減速」を招く危険性もあります。そうならないよう、左足は「ブレーキペダルをギリギリ踏まない状態」でスタンバイすることが求められますが、これはかなり疲れます。
左足をブレーキペダルにちょっと乗せたまま運転できると楽ですが、ブレーキはフットレストではありません。少しでも体重がかかると、どうしても若干ペダルを踏んでしまいます。安全性の観点から、ブレーキペダルは繊細な作りになっており、少し踏んだだけで作動するのです。もちろんブレーキランプも点灯します。
この状態のまま、右足でアクセルを踏み続けた場合は「先行車が止まるのか進むのか分からない」と後続車の混乱を招くことになります。
現在のクルマの仕様では、アクセルとブレーキを同時に踏み込むと、安全性の観点からブレーキが優先されます。しかし筆者の見立てでは、その状態が続くと「ブレーキの引きずり」と呼ぶ作動不良を起こします。
アクセルのみを使用しているときも、常にブレーキを少し踏んでいるような状態になり、速度が上がり切らないほか、ブレーキの利きも悪くなります。その状態が続くと、全くブレーキが利かなくなる「ペーパーロック現象」「フェード現象」を起こす危険性もあります。
左右同時の踏み込みを防ぐために、「左足をブレーキの横に置いてスタンバイすればいい」といった意見がありますが、この運転姿勢は結局「右足一本での踏みかえ」とほぼ同じです。
それどころか、左足ブレーキのメリットとして主張される「踏みかえ時間の短縮」も意味をなさなくなってしまいます。右足のカカトを支点にして、足先を左右に振る動作のほうが効率的だといっても過言ではありません。
● 一般人の「左足ブレーキ」 体得は至難の業
では、「左足ブレーキ」には一切メリットはないのでしょうか。
確かに冒頭で述べた通り、「ペダルの踏み間違いを減らせる」という点は最大のメリットだといえます。ただし、これには前提条件があって、「普段から左足ブレーキが習慣付けられている場合のみ」という前置きが付きます。
この「習慣化」が難しい点です。教習所には30時限程度の運転教習がありますが、運転教習で「左足ブレーキ」は使いません。当然ながら「右足での踏みかえ」を教わります。まっさらな状態から左足ブレーキを習慣付けていればまだしも、免許取得後に独学で「左足ブレーキ」を学び直すのはなかなか大変です。周囲に迷惑をかけるリスクがあるなかで、その練習をどこでするのか?という問題もあります。
仮に左足ブレーキができるようになっても、先に説明した「身体を支えられない」「走行中にブレーキを踏みかねない」という2つのデメリットは変わらずつきまといます。そうなると、やはり右足で踏みかえるのが合理的だと分かるはずです。
諸星陽一
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