( 151085 ) 2024/03/20 14:36:18 0 00 AdobeStock
日本銀行は3月19日の金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決定した。政策金利の引き上げは17年ぶりで、大規模な金融緩和政策は大きな転換点を迎えた。注目されるのは、日常生活や住宅ローン金利への影響だ。経済アナリストの佐藤健太氏は「ただちに極端に敏感になる必要はないかもしれないが、短期金利に連動する変動型ローンなどの金利が上昇していけば、インフレ加速につながる点は注意が必要だ」と警鐘を鳴らす。
マイナス金利政策は、民間の金融機関が日銀に預けている預金の金利をマイナスにすることにより、企業への貸し出しなど世の中に出回るお金の量を増やすことを狙ったものだ。日銀は短期金利をマイナス0.1%、長期金利を0%近辺にコントロールする金融政策を採ってきたが、2023年7月と10月には長期金利の操作目標の上限を緩めていた。
日銀は今回、賃金と物価の好循環の強まりが確認されているとして「2%の物価安定目標が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至った」(植田和男総裁)と判断。金融政策決定会合後の声明文では、政策金利について「無担保コール翌日物金利を0~0.1%程度で推移するよう促す」とし、長期国債は「これまでとおおむね同程度の金額で買い入れを継続する」とした。上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)の新規買い入れは終了する。
植田総裁は記者会見で「大規模な金融緩和政策は、その役割を果たした」と説明し、今後については「現時点の経済・物価見通しを前提にすると、当面緩和的な金融環境が継続する」とした。ただちに追加の利上げはしないと示唆したことで、為替相場は円売り・ドル買いに向かった。
マイナス金利政策の解除は「織り込み済み」だった。ほとんどのメディアは3月の早いタイミングから解除の可能性に触れていたからだ。その根拠の1つだったのは、植田総裁が2月29日に開いた記者会見にある。植田総裁は「物価目標はもう持続的・安定的な達成が見通せる状況になっているかどうかという質問だが、私の考えでは今のところ、まだそこまでには至っていない」と説明する一方、「今年の春季労使交渉の動向は、その確認作業の中で1つの大きなポイントである」と語っていた。
連合が発表した春闘の平均賃上げ率は5.28%と33年ぶりの高さを記録。中川順子審議委員も3月7日の記者会見で「2025年度にかけて(物価上昇目標の)2%に向けて徐々に高まっていく、その見通しの実現の確度は引き続き少しずつ高まっている」としていた。つまり、春闘や賃金の動きをチェックした上で判断すると“予告”していたのだ。
日銀による最近のアナウンスメントで気にすべきポイントは、内田真一副総裁が2月に奈良県金融経済懇談会で語った言葉だろう。内田氏は「仮にマイナス金利を解除しても、その後にどんどん利上げをしていくようなパスは考えにくく、緩和的な金融環境を維持していくことになると思う」と説明。その上で「わが国の実質金利は大幅なマイナスであり、金融環境はきわめて緩和的だ。この状況が大きく変化することは想定されていない」と述べている。要するに、植田総裁が記者会見で述べたのと同様、極端に敏感になる必要はないということだ。
とはいえ、金融政策の転換で気になるのは住宅ローンの金利動向だろう。住宅ローンは「固定型」と「変動型」にわかれるが、約7割が選択している「変動型」は短期金利、「固定型」は長期金利の影響を受ける。2023年の金融政策変更時には長期金利の上昇と連動して「固定型」の金利が上がった。マイナス金利政策の解除は短期金利の上昇から「変動型」の金利上昇へとつながることも予想されている。だが、内田氏が「どんどん利上げをしていくようなパスは考えにくい」と指摘したことを踏まえれば、当面は様子見ムードが漂う。
実際、どうなるのかは各金融機関に委ねられるが、政策金利の引き上げ幅を見ても大きな金利上昇にはつながらないとの見方は強い。ただ、マイナス金利政策の解除で金融機関の金利が上がり、さらに物価上昇が続いていけば国民生活に打撃となる点は注意が必要だ。
大企業では高い賃上げ率がみられているが、中小企業で働く人々の賃上げが追いつかなければインフレによって苦しむことになる。金融機関から資金を借り入れている企業も利払い費の負担増につながる。
興味深いシミュレーションがある。2023年11月に「みずほリサーチ&テクノロジーズ」が公表したリポートだ。2024年から2026年にかけて年4回、0.25ポイントずつの段階的な引き上げを想定している。この結果、2026年10~12月期に短期金利は2.75%に到達し、住宅ローンの「変動型」金利は4.0%になると予想。長期金利は利上げ打ち止めとなる2026年に3.5%へ到達すると想定し、住宅ローンの固定金利は4.8%になるとしている。
企業部門の負債利子率は2023年度の1.0%から2026年度に3.6%へ、資産利子率は2.9%から4.4%となる想定だ。普通預金金利は0.1%から0.4%に上がり、預金からの利子収入増加で高所得層や中年層にメリットがある一方で、住宅ローンの支払い増加は中年層で負担大になると予想されている。2026年の住宅ローン負担は年間2兆2000億円程度増加する見通しという。
金利上昇が予想されると、一般的には「固定型」を選択してリスクを回避する人が増える傾向があるが、先に触れたリポートや内田氏の発言を踏まえて「極端に敏感になる必要はない」と判断するならば、今のところは「変動型」を選ぶことを排除すべきではないだろう。
とはいえ、ペアローンで無理してタワマンなどを購入した家庭にしてみれば、少しの金利上昇でも家計に大きな影響が出ることには間違いない。
物価上昇の荒波を受ける中、日銀が決めた金融政策の転換。一部からは金利上昇が物価上昇をさらに招くとの悲観論も漏れる。ただ、わが国の経済を見れば、個人消費は弱めの指標がみられるものの緩やかに増加している。法人企業統計の全規模全産業ベースの経常利益は比較可能な1985年4~6月期以降で最高水準にあり、企業収益は好調だ。
教育資金、老後資金と並び「人生の3大資金」に数えられるマイホーム(住宅)資金には多くの人がローンを利用する。これからローンを組む人には、日銀の金融政策だけでなく、米国の金利動向や為替の動き、さらには賃上げが今後も続いていくかなどを見た上で、「固定型」にするか、「変動型」にするか総合的に判断を下すことをオススメする。
佐藤健太
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