( 151339 )  2024/03/21 13:37:56  
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スペースワンが開発した小型ロケット「カイロス」の打ち上げ失敗が大きな注目を集めた。

スペースワンは独自にロケットを開発し、日本初の手法として期待されていたが、打ち上げ直後に爆発炎上した。

カイロスは小型衛星を手軽に打ち上げることをうたっていたが、計画は延期を繰り返し、失敗後の記者会見でスペースワンの経営陣が強気な姿勢を示した。

官僚出身者が中心となっているスペースワンに、熱気や熱意が感じられないという指摘もあり、政府の情報収集衛星を搭載していたことや、官からの支援が際立っている点も議論を呼んでいる。

この事例を踏まえて、官民連携による新たなスペース産業の展望や、政府の支援方針の検討が必要とされている。

(要約)

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小型衛星ロケット「カイロス」の打ち上げ失敗について記者会見するスペースワンの豊田正和社長(手前)=13日午後、和歌山県那智勝浦町 - 写真=時事通信フォト 

 

■日本初の手法として期待を集めていたが… 

 

 宇宙スタートアップ(新興企業)の「スペースワン」が、小型ロケット「カイロス」の打ち上げに失敗した。国から民間へと宇宙開発の担い手が移る中、独自にロケットを開発し、和歌山県串本町に自前の射場まで新設してビジネスに乗り出す日本初の手法は、期待と注目を集めていた。衝撃は大きい。 

 

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 3月13日、午前11時に打ち上げられたカイロスは5秒後に爆発炎上。大きな赤い炎と白煙が上がった。派手でショッキングな爆発映像は繰り返し報じられ、それまで世間にあまり知られていなかった「スペースワン」と「カイロス」の名前を一気に広めることになった。 

 

 宇宙開発の担い手を国から民間へという流れは2000年代から顕著になった。 

特に小型衛星を多数打ち上げて観測や通信に使うビジネスが、米「スペースX」をはじめ、世界でさかんになり、小型衛星ブームになっている。打ち上げ用ロケットの需要も高まっている。 

 

 米国などでは、宇宙スタートアップが続々と誕生し、この流れをいっそう加速させている。日本は乗り遅れており、ここ数年、政府もスタートアップ育成に力を入れるようになってきた。 

 

■「あきらめるつもりは全くない」強気発言に抱く違和感 

 

 カイロスは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した「H2A」「イプシロン」などのロケットと比べてぐっと小さいが、小型衛星を短期間で、手軽に、安く打ち上げられるを、うたい文句にしている。スペースワンは、カイロスを年20回打ち上げる計画をたて、「宇宙宅配便」とアピールしている。 

 

 当初の計画では2021年度に初号機を打ち上げる予定だったが、4回延期を重ねた。 

カイロスには政府の情報収集衛星の小型衛星が搭載されており、この衛星も失われた。 

 

 失敗後の記者会見でスペースワンの豊田正和社長は「あきらめるつもりは全くない」「失敗という言葉は使わない。それが会社の文化と理解してほしい」と強調した。 

 

 何ともかっこいい。JAXAの打ち上げ失敗ではまず耳にすることがない、極めて前向きな言葉だ。失敗すると、再開まで時間を要するJAXAのようなやり方では、ベンチャーは失速する。 

 

 スタートアップとして市場に参入し、何度も失敗を繰り返しながら、今や世界のロケット市場を牽引する米スペースXのイーロン・マスク氏のようだ。 

 

 その言葉通り頑張ってほしい。だが、一方で、違和感もおぼえた。 

 

 ひとつは、記者会見に登壇した、豊田社長、遠藤守・取締役、阿部耕三・執行役員というスペースワンの経営陣3人の顔触れだ。 

 

 

■“ホリエモンロケット”のような熱気が感じられない 

 

 スペースワンは、大手精密機器メーカー・キヤノンの子会社のキヤノン電子、大手製造会社・IHIの子会社のIHIエアロスペース、日本政策投資銀行などが出資し、2018年に発足した。 

 

 豊田社長は、経済産業省のナンバー2である経済産業審議官を務めた後、2008年に新設された政府の宇宙開発戦略本部(本部長・首相)の事務方トップ「事務局長」を務めた。宇宙開発戦略本部は、日本の宇宙政策を策定する。現在の宇宙スタートアップ振興策も、ここの有識者会議での議論が土台になって進められてきた。 

 

 遠藤取締役は、JAXAのロケット開発に長年携わったエンジニアで、JAXA副理事長も務めた。阿部執行役員も経済産業省出身だ。 

串本町に射場建設を決めた当時の和歌山県知事も、経産省出身だ。 

 

 宇宙スタートアップというけれど、なんだか経産省を中心に推進する官のプロジェクトみたいだ。そんな思いを抱いたのも、堀江貴文さんが設立したインターステラテクノロジズのような「何が何でも僕たちのロケットを打ち上げるんだ!」という、ベンチャーならではの熱気や、失敗した時の悔しさが記者会見からあまり伝わってこなかったためだろう。現場のエンジニアなども登壇すればまた違ったかもしれない。 

 

■官からの「信頼」と「厚遇」ぶりが際立っている 

 

 違和感のもう一つは、政府の情報収集衛星の小型衛星をカイロスに搭載したことだ。 

情報収集衛星は、内閣官房・内閣衛星情報センターが管轄する事実上の偵察衛星だ。鹿児島県の種子島宇宙センターから、H2Aロケットで打ち上げられているが、機密保持のためとして、国民から見ると、秘密のベールに包まれている。 

 

 打ち上げ時にも厳戒態勢がとられる。2003年に情報収集衛星が初めて打ち上げられたときには、種子島宇宙センターの周辺道路に警察官が20メートル間隔で立ち並んで警戒にあたるなど、ピリピリしていた。 

 

 安全保障上の機密として、衛星のスペックは公開されていない。衛星が撮影した画像も、大規模災害発生時に、衛星の能力がわからないように加工処理した一部の画像を公開するだけで、基本的に一般国民には公開されていない。 

 

 カイロスに載せた小型衛星は、情報収集衛星に問題が起きた時に代替したり、何か事があった時にすぐに対応したりするための衛星だ。そういう類の衛星を、発足からわずか6年の会社の、しかも打ち上げ実績のないロケットに搭載するのは異例中の異例といえる。宇宙開発の専門家や宇宙産業に携わる人たちも、驚きを隠さない。 

 

 これも米スペースXにならったのかもしれない。スペースXは、今では当然のように軍事関連の衛星を打ち上げている。だが、政治家などから「国家機密に関わる軍事衛星を、スタートアップに任せるわけにはいかない」と猛反発され、スムーズには進まなかった。それを思うと、スペースワンに対する、官からの「信頼」と「厚遇」ぶりは際立つ。 

 

 

■左遷された社長、挽回したい製造会社、過疎地の期待… 

 

 もともとスペースワンは、ユニークな始まり方をした。設立の引き金を引いたのは、キヤノン電子の当時の社長で現会長の酒巻久さんだ。 

 

 酒巻さんは、キヤノンの役員を務めた後、本人の弁によれば「左遷されて」キヤノン電子の社長になった。それを機に、キヤノン電子の得意技術を生かして小型衛星を開発し、自前の射場から自前のロケットと衛星を打ち上げる、一気貫通型の宇宙ビジネスに取り組もうと決めた。常識になっていた「宇宙開発には時間とお金がかかる」を覆すためで、「宇宙時間」「宇宙価格」からの脱却を唱えた。 

 

 ロケットを開発したIHIエアロスペースは、小型ロケットの開発・打ち上げで約70年の実績がある。だが、H2Aなどの大型ロケットを担当する三菱重工業と比べるとビジネスの規模は小さい。小型衛星ブームを追い風に、小型ロケットを頻繁に打ち上げて、形勢挽回をはかろうとしている。 

 

 射場が建設された串本町は、産業に乏しく、高齢化と人口減に悩む町だ。射場ができることで雇用創出や観光の発展につながることを期待している。 

 

 そうしたさまざまな組織や地元の思惑に答えることがスペースワンに求められている。 

 

■「天下り文化」をスタートアップに広げていいのか 

 

 もちろん官僚出身者がスタートアップへ転身すること自体は珍しいことではない。日本国内の宇宙スタートアップは約100社あるが、官僚出身者が社長を務めていたり参画したりしている会社はほかにもある。 

 

 宇宙好き、ロケット愛の強い人たちだけでは、ビジネスはできない。法律、行政、財務などさまざまな専門家が必要であろう。 

 

 ただ、気になるのは、官の文化が幅を利かせ、スタートアップの勢いや可能性を摘んでしまわないかという点だ。 

 

 3月15日に開催された参院予算委員会で、立憲民主党の水野素子議員が、「カイロスロケットの社長は元役人。天下りの悪しき文化をベンチャー(スタートアップ)にまで広げると、日本の産業競争力の未来は暗い」と舌鋒鋭く追及した。水野議員はJAXA出身であるが、このへんの感覚は一般国民の懸念とも合致するのではないか。 

 

 日本国内の宇宙スタートアップはほとんどがまだ利益を生み出すほど成長していない。政府としては、自らの政策の妥当性を強調するためにも、何としても早く成功例を作り出したい。スペースワンはその第一候補といえるのだろう。 

 

 

■むしろ「あきらめることが許されない」のでは 

 

 これだけ条件がそろったスタートアップが失敗したら、政府のメンツは丸つぶれになる。そうした政府の思惑を考えると、スペースワンの豊田社長の「あきらめない」という発言は、むしろ「あきらめることが許されない」と言っているように響く。 

 

 民間企業であるとはいえ、スタートアップには国のお金がかなりつぎ込まれている。 

スペースXなどのスタートアップを育てるために、NASA(米航空宇宙局)や米政府は開発資金などを提供している。そのやり方を日本政府も取り入れようとしている。 

 

 文部科学省は、中小企業の技術開発と事業化を一貫して支援する制度(SBIR)で、スペースワンに、今年9月までに3億2000万円を支援することを決めた。 

 

 政府は、SBIRのほかにも、スタートアップなどに10年間にわたって総額1兆円規模の支援をする「宇宙戦略基金」を新設。JAXAもスタートアップ支援が業務のひとつとなっている。 

 

 日本も力強い宇宙スタートアップを作ることが必要だ。大手企業だけでは国際競争力を持ちえない。だが、政府が自分たちの言いなりになる企業に重点的に支援するようなことがあっては、いつまでも育たないし、支援規模と現実が釣り合わないまま税金の浪費、企業倒産という最悪の結果を招くかもしれない。最近では、米国の著名な宇宙スタートアップが倒産する例も続いている。安泰な市場ではないのだ。 

 

■国産ジェットやインフラ輸出の悪夢がよみがえる 

 

 宇宙戦略基金の候補をどのように選ぶかは、JAXAが関係官庁の意見を聞いて決めることになっている。なぜその企業を選んだのか、その金額はどうやって決めたのか、などを明確にし、国民に説明することが必要ではないか。 

 

 経産省は、国産初のジェット旅客機「三菱スペースジェット(MSJ)」の開発に巨費を投じたが、開発する三菱重工業は、開始から15年で中止した。 

 

 1980年代から90年代には、官民の人材を集めてAI(人工知能)などの実現を目指す「第五世代コンピューター」プロジェクトに約540億円を投じたが、実用につながらずに終わった。半導体政策、成長戦略の「インフラ輸出」など、企業を集めては多額の国費を出してきたが、うまくいかなかった。 

 

 宇宙スタートアップでは二の舞にならないようにしてほしい。カイロスの打ち上げ失敗は、そのことを肝に銘じて取り組むべきだ、と示していると思う。 

 

 

 

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知野 恵子(ちの・けいこ) 

ジャーナリスト 

東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。 

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ジャーナリスト 知野 恵子 

 

 

 
 

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