( 152111 )  2024/03/23 14:21:43  
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日本銀行の植田総裁は、「異次元緩和」「イールドカーブコントロール」「ETFやJ-REITの買い入れ」を一気にやめて「普通の金融政策」に移行し、金融正常化を実現したと評価されている。

量的緩和は終了し、日銀は負の遺産の処理に取り組むだけとなり、「普通の金融緩和」のみを行うことになる。

将来の政策は景気や物価を見ながら利上げなどを進めるだけであり、負の遺産の処理も別枠で進められる。

市場は植田総裁の政策変更に驚くことなく、ほぼ無風で受け入れたが、これは投機的トレーダーによる日銀ネタに市場が麻痺したためである。

一方で、異次元緩和が出口リスクを高めるだけで実体経済には効果がなかったという疑問も提起されており、日本の金融関係者やメディアの中央銀行と金融市場との関係についての見直しが求められている。

(要約)

( 152113 )  2024/03/23 14:21:43  
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「異次元緩和」「イールドカーブコントロール」「ETFやJ-REITの買い入れ」をいっぺんにやめ、「普通の金融政策」に移行した日銀の植田総裁。筆者は「すでに金融正常化は実現した」と評価する(写真:ブルームバーグ) 

 

 すばらしい。 

 

 植田和男・日本銀行総裁は期待どおり、「腹を据えて静かに闘う」という彼の本領を発揮し始めた。 

 

【写真】2013年4月、黒田東彦日銀総裁(当時)は就任早々、異次元の金融緩和策を打ち出した。 

 

■いっぺんに「イレギュラーな政策」をやめた植田総裁 

 

 3月18~19日の日銀政策決定会合で、日銀はマイナス金利を解除しただけでなく、異次元緩和を一気に終了してしまった。ついでに、これまでの大規模緩和の中で最も異常な枠組みであるイールドカーブ・コントロール(=YCC、長短金利操作)、さらにはETF(上場投資信託)およびJ-REIT(不動産投資信託)の買い入れまでも、いっぺんにやめてしまったのだ。 

 

 これまでの数年間、われわれを含めた外野は、金融政策正常化の道筋として、この3つのイレギュラーな政策をどのように、どの順番で解除していくのか、散々議論してきた。それを事もなげに、3つ同時にやめてしまった。記者会見で、新しい金融政策の枠組みをなんと名づけるか、コメントを求められ、「普通の金融政策です」と。 

 

 カッコいい。 

 

 しかし、まさにそのとおりだ。これこそが正常化だ。ある意味、量的緩和も半分は終わったといえる。あるいは、植田総裁の頭の中の枠組みでは、もはや量的緩和ではないのかもしれない。 

 

 実際、マネタリーベースの拡大に関する「オーバーシュートコミットメット」は外された。植田総裁の言う「短期金利を操作手段とした普通の金融緩和」になったのだから、マネタリーベースを目標とする量的緩和(日銀による元祖量的緩和)は終了したのだ。 

 

 あとは、日銀が国債などのリスク資産を抱えるバランスシートポリシーをどうするかだ。現在ではこれが量的緩和だと思われているが、アメリカのベン・バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)元議長は、自身では決して量的緩和という言葉を使わず、バランスシートポリシーと呼び続けた。まさに今、日銀はこの政策による、バランスシートに残ってしまっている遺産をどう処理していくかということが残っているのである。 

 

 

 したがって、量的緩和は終了し、日銀は長期国債を一定程度買い続けるが、それはあくまで緩和ではなく、過去の遺産の処理のための調整手段だから、これからは「普通の金融緩和」と過去の負の遺産の処理(まさに負債処理)のみ、ということだ。 

 

■これから日銀は何をするのか 

 

 つまり、正常化をもう実現してしまったのだ!  

 

 メディアや金融関係者は「正常化はまだ第一歩にすぎず、これからの道のりは長い」などと言っているが、植田総裁も、私と同じように正常化は終わったと考えているのではないか。記者会見では、「正常化が何を意味するかによるけれども」と留保条件をつけ、はっきりと正常化が終了したとは言わなかったが、彼の説明の全体を見渡すと、「普通の」というのは正常化したあとの姿ということではないだろうか。 

 

 これからは、景気と物価を見ながら利上げをしていくだけのことだ。つまり、本当に本当の「普通の」金融政策になったのだ。そして、負の遺産の処理は、それとは別に、金融緩和や引き締めのための金利の上げ下げとは別のものとして、景気や物価とは別の観点で、金融市場と向き合いながら、(おそらく淡々と)処理していくのだ。 

 

 この負債処理、言い換えれば、含み益がある株式と含み損が出始める国債という「負の遺産」に関する「ある種の不良(普通ではない異常状態という意味で)」資産処理、これを行っていくことになる。 

 

 これが完全に終了するまで、完全な正常化は果たせないという見方もある。だが、アメリカの中央銀行にあたるFEDも量的引き締めのペースを調節しながら、現在、「普通の」金融政策として、雇用と物価をにらみながら金利の上げ下げをしている。だから、21世紀の中央銀行は、「普通の」金融政策と同時に、つねにバランスシートポリシーも調節し続けるのが常態化するのかもしれない。それが、21世紀の「普通の」中央銀行の姿になるのかもしれない。 

 

 

 いずれにせよ、植田日銀は、一瞬でほとんどの正常化を完了してしまったのだ。大絶賛だ!  

 

 しかし、同時に衝撃的なサプライズでもある。そして、政策議論としては、深刻な大問題を提起しているのだ。それはどういうことか。 

 

 こんなに大胆に、一気に「三段跳び」をしてしまったのに、市場はまったく動かなかった。もちろん「事前のリークがあったから」という見方もあるが、そもそもリークされたときも「多少波立った」くらいだった。 

 

■なぜ「無風」という「事件」は起きたのか 

 

 ほぼ無風。これは、植田日銀の大成功であると同時に「金融市場とは何なんだ?」という疑問が生じる「無風」という「事件」である。金融市場がこの2年騒いできたこと、とくに「黒田(東彦)日銀」の末期、YCCをネタに締め上げ続け、為替で仕掛け続けたのは何だったのか。 

 

 それは、金融市場で仕掛けたがる奴らが日銀ネタに飽きてしまったから、なのだ。つまり、日銀ネタで仕掛けるのは賞味期限切れで、盛り上がらないから、誰もついてこない。ついて来なければ、乱高下が起きなければ、仕掛けても儲からない、だからやめてしまったのだ。 

 

 むしろ、この1年は日本大ブームで、日本を何かの理由にかこつけて、とにかく「買い」たかったのだ。だから今回も、日本を売るという方向では材料にしづらいから、日本株を暴騰させてみたのだ。 

 

 これまた、植田総裁の成果、彼の静かな忍耐強さの勝利ではある。私たちが、植田新総裁に「すぐにでも正常化に進んでほしいのに、何モタモタしてやんでえ、さっさと正常化しちまえ!」と怒鳴っていたのに、まったく静かに時機を待った植田氏の殊勲である。 

 

 しかし、である。ということは、投機的トレーダーにおもちゃにされるという問題だけが正常化の障害だったのか? という政策議論上の問題がある。異次元緩和の副作用の1つは「出口戦略が難しくなる」というものだったのだが、その副作用は市場(の悪いやつらに)にもてあそばれるということだけだったのか? という問題である。 

 

 すなわち、異次元緩和は実体経済に対しては副作用すらなかったということだ。そして、副作用すらないということは、そもそも実体的な効果はそもそも存在しなかったということだ。 

 

 

 もちろん、日銀はETFの買い入れは実質的にもう止めていたし、YCCも植田日銀になってから2度の変更で関連はなかった。つまり、YCCの上限金利のメドである1%とは無関係に長期国債の金利が市場で決まっていた、ということがベースにはある。しかし、それにしても、それならば、やっぱりあってもなくても最初から同じだったのではないかという疑問が生じてくる。 

 

■そもそも異次元緩和をやる必要はあったのか 

 

 問題は2つである。第1に「中央銀行は金融市場との対話が重要だ」というが、それは本当なのか、という問題だ。金融政策を投資家の都合のいいように変更することを強いるような催促相場になったり、過去2年間のように政策変更を食い物にするようなトレーダーが多かったり、という状況においては、そもそも対話というものが成り立つのか。 

 

 中央銀行の金融市場への対峙の仕方に関する日本の金融関係者やメディアの常識は間違っていたのではないか。そのような「悪い」トレーダーや投資家に対しては、支配するあるいは相手にしないという考え方で臨まざるをえないのではないか。そして、植田日銀は、丁寧に静かに、しかし本質的には「相手にしない」というアプローチで、今回成功したのではないかということだ。 

 

 第2に「そもそも異次元緩和には、出口でもてあそばれるリスクを高めただけで、何のメリットもなかったのではないか」という根本的な疑問だ。 

 

 副作用は、国債市場の機能低下、政府財政への規律の低下、民間経済主体へも長期の低金利による規律低下および資源配分の効率性の低下という明らかな弊害がそもそもあるのに、それ以外にも出口リスクという大きな副作用があり、それにもかかわらず、実体経済には効果がゼロだったのはないか。つまり、そもそも異次元緩和をやる必要は最初からなかったのではないか、ということだ。 

 

 これが実は当たり前のことではあるが、今回の政策変更において総括をしておかなければいけない最重要のことなのではないか。植田総裁は「それはレビュー待ち」と記者会見で返答したが、待ちきれないので、今回の記事の最後に整理しておこう。 

 

 

 
 

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