( 153531 )  2024/03/27 14:37:47  
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SNSで「シーチキン虫混入動画」が拡散し、幼虫が混入しているという衝撃的な内容が話題になった。

しかし、企業側が製品の殺菌処理プロセスを説明し、虫混入の可能性が低いことを述べたことで、動画の信憑性に疑問が出始めた。

一部では製品を訴えるべきだという意見もあったが、報道対策アドバイザーは訴訟するよりもリスクコミュニケーションを重視するべきだと提言している。

同様の事例として、スシローやくら寿司の訴訟に関する事例も挙げられており、訴訟によるリスクを考えるべきだとしている。

(要約)

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「シーチキン」が炎上案件に巻き込まれた 

 

 「これは高額訴訟を覚悟しておいたほうがいい」「今からでも遅くないので、とりあえず謝ったほうがいいのでは」――。 

 

【画像】シーチキンに幼虫混入 

 

 そんな風にSNSで盛り上がっているのは「シーチキン虫混入動画」だ。あるSNSユーザーが知人からシェアされたというこの動画は、フライパンでニンジンなどの野菜とあえたシーチキンを箸でつまむと、そこには生きた幼虫がうごめいていた、という衝撃的な内容だった。その後、同ユーザーが写真付きで投稿した説明によると、幼虫は3匹いて、そのうち2匹は死骸だった。既にメーカー側が回収したという。 

 

 「丸亀製麺のカエル、マクドナルドのゴキブリに続いて、シーチキンよ、お前もか」となるかと思いきや、投稿からほどなくして風向きがガラリと変わる。虫に詳しいSNSユーザーから、「この幼虫は野菜に付着するものではない」との指摘が寄せられたのだ。そこにダメ押しをしたのは、製造元のはごろもフーズが『週刊女性PRIME』からの問い合わせに寄せたこんな回答だ。 

 

「一般的に、レトルトパウチ製品や缶詰は、容器を密封した後に、高温高圧で殺菌しています。万が一、密封前に虫などが混入しても、生存できる環境ではありません。」(『週刊女性PRIME』 2024年3月24日) 

 

 このような形で、あの動画には不可解な点があると指摘したのだ。本回答を受けてSNSでは例によって、「悪人に石を投げて日ごろの憂さを晴らしまショー」が催され、冒頭のようなざんげや謝罪を求める声が上がっているというわけだ。 

 

 さて、そこで気になるのは、幼虫のカタラーゼ反応を調べて製造過程に混入した可能性が低いとなった場合、企業側は危機管理の観点から動画の撮影者や投稿者を信用毀損(きそん)罪や業務妨害罪で訴えたほうが「正解」なのかという点だろう。実際、広報セミナーをやると危機管理担当者からこのような質問をいただくことも多い。 

 

 では、筆者はそこでどう答えているかというと、「訴えるのはやめたほうがいい」だ。報道対策アドバイザーとしてこの手の異物混入にも関わった経験から言わせていただくと、はごろもフーズが動画投稿者たちを訴えることは百害あって一理なしだ。 

 

 

 「デタラメなことを言うな! 無責任な投稿のせいで株主や取引先に実害を与えているわけだから、被害回復を求めないと経営陣は株主総会でボロカスに叩かれるだろうが! しかも、同じようなアクセス数稼ぎのために自分で虫を混入するような不届きな連中への抑止力にもなる。はごろもフーズはガツンと痛い目を身させるべきだ」 

 

 確かに、このようなご指摘はごもっともという部分もある。学校の授業や経営書ではそんなことが語られているからだ。ただ、残念ながらそれはあくまで企業危機管理を経験したことがない人たちが頭の中だけで考えたことにすぎない。「早く訴えろ!」「なぜ訴えないのか! 危機管理がなってないぞ」と偉そうに上から目線で説教してくるマスコミやジャーナリストも山ほどいるが、それは彼ら自身が仕事柄、「攻める」ことしか経験していないので、訴訟によってどういう影響があるのか分からないのだ。 

 

 事実、このようなケースに直面した企業のほとんどは、「法的措置も含めて検討します」と言いながらフェードアウトをするか、提訴したものの裁判所から提案されるまま和解して、提訴を取り下げて薮の中へといった対応をする。世間や株主の前では厳しい姿勢を見せておきながら、しれっと法廷闘争を回避するパターンが多い。 

 

 その非常に分かりやすいモデルケースが、スシローペロペロ少年騒動だ。 

 

 覚えている方も多いだろうが、回転寿司チェーン「スシロー」の店内で少年がしょうゆ差しをペロペロなめるという不適切動画があった。日本中を大騒ぎにしたあの一件の時も、ネットやSNSでは「訴えろ」の大合唱だった。 

 

 スシローのイメージダウンと大損害を招いた少年に、一生賭けても罪を償うべきだという意見や、外食チェーンが同様の被害に遭わないためにも「見せしめ」として巨額の損害賠償金を支払わせるべきだとの意見が世の中の大多数を占めたのである。 

 

 そんな中で筆者は、本連載の記事「『外食テロで店がガラガラ』問題 スシローが訴えても“解決”できないワケ」「スシローは『6700万円の損害賠償請求』を止めるべき、3つの理由」の中で繰り返し、少年を訴えても世間の留飲(りゅういん)を下げるだけで、スシロー的にはマイナスのほうが多いので訴訟を止めるべきだと提言させていただいた。 

 

 もちろん、ネットやSNSではボロカスに叩かれた。ご立派なジャーナリストやら評論家の方から「こういう頭の悪い大人がいるので、不適切動画を投稿するバカがいるのだ」と厳しいお叱りも散々頂戴した。 

 

 しかし、それからほどなくして、スシローは少年への訴えを取り下げた。「和解」をしたのだ。 

 

 「おそらく少年の家族が背負う賠償額はこれくらいになるのでは」なんてワイドショーで熱弁を振るっていた「自称・危機管理の専門家」の皆さんは、ムニャムニャと歯切れの悪いことを言っていた。だが、危機管理の現実を知る者からすれば、これは当初から分かりきっていた結末だ。 

 

 スシローがペロペロ少年を訴えることには大きなリスクがある。それは、少年側の主張や反論を定期的にメディアに流して、日本全国に広めてしまうということだ。 

 

 

 スシローは「少年の動画によって信用が失墜し、売り上げが落ちた」として高額な賠償請求を提起したわけだが、実はスシローの客足はその前から「おとり広告」などの不祥事が続き低迷していた。訴訟が長引けば、少年側はスシローがいかにして顧客離れをしていったのかを主張していくだろう。 

 

 裁判で戦っていくことは、スシロー側が触れてほしくない話が定期的にマスコミなどで報道をされていくということだ。しかも、最終弁論、結審、控訴などのタイミングで、少年がペロペロした動画が蒸し返される。せっかくあの不快な動画を忘れかけていたところに「ああ、そういえば」と思い出して、気分が悪くなってスシローから足が遠のく人も出てくるはずだ。 

 

 米国のような訴訟社会ではない日本で、企業が個人を相手に高額訴訟をしていくのはそういうことなのだ。 

 

 企業と関係のないジャーナリストやら専門家は「企業の社会的責任として訴えるべきだ」とか「株主や顧客の信頼回復のためのも毅然とした態度で」とか好き勝手なことを言うが、それは自分たちはなんのリスクも負わない野次馬だから無責任に言えることなのだ。 

 

 当事者としては訴訟が長引けば長引くほど醜聞が蒸し返され続けるし、訴えが認められず「負け」のイメージが定着をするリスクもある。「やらなきゃよかった」という結末になることも少なくない。 

 

 その代表が、「くら寿司」だ。 

 

 覚えている方も多いだろうが、同社はかつて「無添 くら寿司」という屋号だった。創業以来取り組んでいる「四大添加物の不使用」という方針からだ。だが、この屋号についてネット掲示板に「何が無添なのか書かれていない」「イカサマくさい」などと叩く人がいて、会社側は大激怒。個人情報開示を巡る訴えを起こしたが、敗れてしまった。 

 

 この「負け」のイメージが広がったことで、ネットやSNSでは「無添というのがイカサマだという主張を裁判所が認めた」と拡大解釈をする人々が続出し、同社が大切にしている「四大添加物」まで否定的に見る人々が増えてしまった。その後、看板から「無添」が消えたことからも何をか言わんやであろう。 

 

 こうした訴訟のシビアな現実を踏まえれば、はごろもフーズが今回の動画投稿者を訴えないほうが「得策」なのは明らかだ。 

 

 まず裁判をすれば今、「野菜に付いていた虫でしょ」で終わっているこの話が蒸し返されて、全国ニュースで大きく取り上げられる。場合によっては、あのショッキングな動画も公共の電波で放映される。普段SNSを見ない、今回の騒動を知らなかった人々にも知らせることとなり、「ええ、そんな話があったの? 気持ち悪い」と事実関係そっちのけで言葉の響きだけでシーチキンを敬遠する恐れもある。 

 

 そこに加えて、はごろもフーズ側のこれまでの対応も法廷で全て明らかにされる。分かりやすいのは、2016年にやはりシーチキンにゴキブリが混入していた騒動だ。このとき、はごろもフーズ側は「公表しない」方針で、異物混入の詳細に関する情報を一切出さなかった。しかし、後になってシーチキンの製造を委託していた下請け工場を訴えたことで、それが全て白日の元に晒(さら)された。 

 

 本件を報じた『デイリー新潮』(22年11月)には当初、はごろもフーズの担当者が販売をしたスーパー側に対して、「検査結果が出ておらず、まだ開封後に虫が飛び込んだ可能性も否定できない」と説明していた。しかし怪しいと感じたスーパー側が詰め寄ると説明を翻して、「実は、検査結果は出ています。検査結果では、開封前にゴキブリが入ったものと判断できます」と言ったことや、「今回の事故の責任は、弊社ではなく製造した下請会社にあります」と露骨な責任逃れをしていたことなどが、公判資料に記されていた、と報じている。 

 

 

 もし今回のケースを訴えれば、同じようなことが起こるだろう。動画投稿者のX(旧Twitter)によれば、虫の混入を発見した人は、はごろもフーズの担当者の対応に不満を感じていたようだ。しかも、やりとりを全て録音しているという。 

 

 信用毀損罪や業務妨害罪で高額訴訟となれば当然、撮影した側はそのような虚偽の風説を流す意図や、はごろもフーズの信用を貶(おとし)めようとする意図などなかったと反論するだろう。 

 

 では、なぜ動画を投稿させてしまったのかと問われたらどうするか。筆者が弁護士ならば、「はごろもフーズ側の対応に誠意を感じられず不信感を抱いたから」というストーリーで戦うだろう。そして、証拠として録音した担当者とのやりとりを裁判所に提出する。弁護士によっては記者会見などを開いて、はごろもフーズ側の対応にかなり不満があって、それがあのような動画投稿につながったとして、虚偽の風説や信用毀損の意図はなかったと強く主張していくだろう。 

 

 「あの動画を投稿したのは、事実なのに責任逃れで見苦しい」と思う人もいるかもしれない。しかし、裁判というのはそういうものだ。自分が正しいことをしたと信じる人は訴えられてあっさり「私が悪うございました」とはならない。死に物狂いで抵抗して、相手の主張を覆していく。 

 

 だから、このようなケースでの訴訟はあまりおすすめしない。特許や契約などに関する争いなど絶対に裁判で白黒をつけなくてはいけないこともあるが、少年がしょうゆ差しをなめたとか、虫混入の動画を投稿したとかの裁判は、よほどのケースでなければ企業にはデメリットのほうが多い。 

 

 ダウンタウンの松本人志さんの騒動を見ても分かるように、訴えれば世間のイメージがガラリと変わるものでもない。しかも、裁判である以上、結果はやってみなければ分からない。分かりやすい勝敗がつかない場合もあって、一部はこちらの主張が認められ、一部は却下されることもある。 

 

 そういう場合はニュースの報じられ方によって、「負け」のイメージが社会に定着してしまう。だから、われわれのような危機管理のプロは安易に法的措置に流れずに、「リスクコミュニケーション」を重視する。 

 

 今回のケースでいえば、「シーチキン」の信用を回復したいのなら、客観的な調査データを基にしてしっかりと消費者に説明する。「あの動画は不可解だ」なんて暗に犯人扱いをするのではなく、虫混入を訴えた人ともしっかりと話し合いをして、「和解」したことを世間にしっかりとアピールする。 

 

 例えば、動画を撮影・投稿した人たちに安全性や衛生管理を徹底していることを分かってもらうために工場見学などしてもらってもいい。その感想や意見などを聞いてリリースをするのだ。 

 

 企業にとってマイナスの主張をする人々を法的手段で黙らせるのではなく、コミュニケーションによってダメージを「最小化」させていくのである。 

 

 何かあればとにかく「訴えろ!」という野次馬が多いギスギスした社会である。だからこそ、企業危機管理の担当者は冷静に何が自社や社会にとって有益なのかという選択をしていただきたい。 

 

(窪田順生) 

 

ITmedia ビジネスオンライン 

 

 

 
 

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