( 155873 ) 2024/04/03 14:53:15 0 00 中SAM(画像:陸上自衛隊)
防衛省は護衛艦用に国産対空ミサイルを新規導入する。通称「A-SAM」と呼ばれる艦対空誘導弾である。これは陸上自衛隊が使用中の対空ミサイル「中SAM」を海上自衛隊向けに仕立て直した兵器である。
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ただ、軍艦での利用には不安が残る。陸上向けミサイルの転用なので本質的に軍艦に向いてはいない。例えば海軍型の発射器の規格と相性が悪い。必須となる艦船攻撃モードの実装も怪しい。
このA-SAMは使い物になるのだろうか。
それは厳しい。肝心の
「超低空目標に命中するかどうか」
に確証は持てないからである。A-SAMは目標追尾、信管動作、信頼性の面で不安を抱えている。
運用構想図(画像:防衛装備庁)
第1は、目標追尾に不安はともなうことである。
海軍用の対空ミサイルは超低空目標を迎撃できなければならない。軍艦にとって最大の脅威は高度3m以下、今では1mまで下がって飛んでくる対艦ミサイルである。
そのためにA-SAMは本質的な改造を施さなければならない。陸自向け中SAMは高度1mの目標に対応していない。高度10mを切るかどうかの目標しか迎撃できないからである。
まずは、ミサイルの接敵角度を俯角(ふかく。物体を見下ろすときの視線の方向と、目の高さの水平面との間の角度)9度に変更しなければならない。1km先の目標なら自分の150m下に見る形である。
この俯角9度とは、海面のブリュースター角である。その角度で電波で照らすと目標が一番よく見える。逆に9度よりも小さくても、大きくても海面上の目標は見えにくくなる。レーダ電波の乱反射や散乱のノイズで目標が紛れてしまう。
しかし、A-SAM開発ではそのように設定した話はない。
むしろ陸上設定のままの可能性が高い。
「上から狙う」話からそう疑える。元3等海佐(中級幹部)の筆者(文谷数重、軍事ライター)は5年ほど前に
「A-SAMは目標を天頂側から狙うので命中率が高い」
との発言を聞いた。これは海上向けというよりも陸上向けの設定である。陸地のブリュースター角は砂漠でも30度だからである。
また、出力抑制と周波数幅の拡大もしなければならない。超低空目標を狙う場合、目標接近にあわせてそうしなければならない。海面近くではA-SAM側の電波がノイズとなり目標からの反射信号は埋もれてしまう。
例えば出力1kwを100wに絞り、帯域幅1MHzを50MHzに広げる具合である。後者について実際の周波数幅で示すなら10.000GHzから10.001GHzまでの幅1MHzから10.050GHzまでの50倍に広げるということである。
これもA-SAMでは聞かない。ブリュースター角も含めて周知技術である。本来なら公表する内容だが、それがない。
これらの理由から目標追尾機構が陸上向けのままの可能性もある。中SAMと同様に高度10mを切る程度の目標までしか迎撃できないのではないか。そのような疑いは拭えない。
第2が信管動作の問題である。
海軍用ミサイルには超低空でも確実動作する信管が必要となる。高度1mの対艦ミサイルも捕捉しなければならない。
それには高度な信管も必要となる。目標距離と海面距離を区別できる機材である。
例えば2経路式信管の採用である。接近距離の測定で使用するレーザーや電波の受波器をふたつとする。その上で、それぞれに戻るレーザーや電波の経路長差を利用する機材である
従来型では都合が悪い。特に単純な「5m以内に何かが近づくと動作」では役に立たない。目標よりも先に海面が5m以内に近づくのである。
しかし、A-SAMにはその種の高度信管を付けた話はない。そもそも防衛省自衛隊が超低空向けの信管を開発した話もない。
これも実用性を疑う理由である。仮に高度1mの目標を捕捉追尾できたとしよう。それでも陸上信管のままでは動作不良から迎撃はできない。
防衛装備庁のウェブサイト(画像:防衛装備庁)
第3が信頼性の問題である。
A-SAMは適切かつ十分な試験を経ていない。その点で確実に動作するかどうか。実戦で対艦ミサイルを撃ち落とせるどうかも疑問である。
ひとつ目には、試験機材の問題である。
まずは不適切な標的利用である。本来ならステルスかつ高度1mで飛ぶ標的が必要となる。だが、A-SAMの試験では使用していない。防衛省にはそのような標的はない。
おそらくは既存のラジコン標的を撃ち落としただけだろう。高度は下げても3mでありステルスでもない。
また、信管単体の試験もキチンとできているか怪しい。
もともと困難である。目標は海面上1mで飛ぶ。相対速度も毎秒1kmを超える。それを適切距離で、しかも海面に立つ波の乱反射の中で動作するかを見極める必要がある。
本来なら専用試験設備を作らなければならない。造波装置付きプールの上に俯角9度で信管を固定する。そこに標的を高速で打ち込む機材である。
やはりであるが、そのような施設を造った話もない。天井から吊った信管に手押し台車で対艦ミサイルの模型を近づける程度の試験で済ませているかもしれないのである。
ふたつ目は、試験期間があまりにも短いことである。
A-SAMの艦上実射試験は2023年度限りである。
しかも、試験終了する前に導入を決めた。防衛省は2023年8月末の来年度予算要求でA-SAM調達を決めている。
導入に際して念入りの試験はしていないということである。おそらくは2023年の第2四半期に限定数の発射試験をして終わりだったのだろう。
その点で、確実動作には不安がともなうのである。
三つ目は、試験そのものが甘いことである。
担当する防衛装備庁には厳格な試験は期待できない。
なぜならA-SAMの推進開発も装備庁だからである。
試験不合格は避けたいと考える。開発失敗は装備庁の失点となる。また開発費や試験費も国損つまり予算の無駄となってしまう。
それからすれば試験は甘くする。なによりも合格水準を甘めにする。そうすれば試験結果について手心を加える必要はなくなる。試験結果を改ざんするといった計量法違反以下の不法行為は回避できる。
合格しない試験は実施しないといってもよい。「高度1mのステルス標的迎撃」は不合格のリスクが高いのでまずはやらない。
A-SAMは太鼓判を押せるミサイルとはいいがたいのである。実戦で本当に使えるのか。乗員の生命や護衛艦の浮沈を賭けてよいか。それには疑義がある。
少なくとも米国製ミサイルと同じ信頼はおけない。米国同等品であるESSMブロック2は試験で徹底した性能チェックを受けている。それと同じ信頼性は期待できない。
文谷数重(軍事ライター)
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