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マイナス金利を解除した日本銀行の植田和男総裁は、大規模緩和の解除に向けて準備を整え、成功を収めた。

賃金動向や市場コミュニケーションなど、さまざまな要素を慎重に考慮していた。

今後は2%物価目標への不安や中小企業の人件費増に対する耐久力が試される。

植田総裁は状況を見極め、追加利上げの可能性も示唆しており、次の7月以降に追加利上げがあってもおかしくない状況だと分析されている。

(要約)

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岸田文雄首相との面会を終え、記者団の取材に応じる日銀の植田和男総裁(左から2人目)=首相官邸で2024年3月19日、竹内幹撮影 

 

 日本銀行の植田和男総裁が、マイナス金利解除に踏み切った。さすがに4月の決定会合で追加利上げはないだろうが、次の7月以降はいつ追加利上げがあってもおかしくない。みずほリサーチ&テクノロジーズのチーフエコノミストの太田智之さんの分析です。【毎日新聞経済プレミア】 

 

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 ◇大規模緩和解除に周到な準備 

 

 総裁就任1年を前に日銀の植田総裁は、マイナス金利政策を含む大規模緩和の解除という大仕事をやってのけた。就任当初は慎重な物言いが多く、異次元緩和の出口は遠いとみる向きも多かったが、今から振り返ると、複雑化した大規模緩和を解除するために周到な準備をしてきたことがわかる。 

 

 事実、就任後初となる昨年4月の決定会合では、政策金利について「現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」としていた緩和方向の「時間軸政策(フォワードガイダンス)」を削除。また7月会合で「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)」の柔軟化を決定すると、10月にはYCCの再柔軟化を実施し、10年債利回りの上限を事実上撤廃した。 

 

 かねて政策判断の重要なポイントと指摘してきた賃金動向については、春季労使交渉の結果のみならず、各支店を通じて中小企業の賃上げ計画をヒアリングさせる念の入れようである。 

 

 また市場とのコミュニケーションという点でも植田総裁のしたたかさがうかがえる。実際、17年ぶり、かつYCCの解除も含む大規模な政策変更にもかかわらず、長期金利は安定的に推移し、株式も株高で反応した。事前のリーク報道を多用するやり方に批判的な意見はあるが、金融市場を混乱させることなく、大規模な異次元緩和を終了させたことは今後も成功事例として語り継がれることになるだろう。 

 

 ◇くすぶる2%物価目標達成への不安 

 

 植田総裁いわく「短期金利を政策手段とする普通の中央銀行」に復帰した日銀。次の注目点は今後の利上げペースだ。 

 

 市場参加者の間では、現時点で年末に1回の利上げがコンセンサスとなっている。緩和的な金融環境を維持するとの日銀のスタンスを受けたものだが、その背景には持続的・安定的な2%物価目標が実現するのかいまだ確信が持てないことへのためらいがある。 

 

 確かに今年の春闘は予想をはるかに上回る伸びとなることが確実な情勢だ。連合から発表された第2回集計結果は小幅下方修正されたとはいえ、プラス5.25%(第1回プラス5.28%)と高い水準を維持。組合員数300人未満の中小企業については、プラス4.50%(第1回プラス4.42%)とむしろ上方修正されており、大企業の満額回答を受けて中小企業も果敢に追随している様子がうかがえる。 

 

 一方で、今回の春闘は、特殊要因によって押し上げられた追い風参考値に過ぎないとの見方も根強い。とりわけ雇用者の7割を占める中小企業は、大・中堅企業に比べて収益の回復力が鈍く、賃上げ余力も限られるとする意見が目立つ。 

 

 ◇人件費増に対する中小企業の耐久力 

 

 今年の賃上げ率は出来すぎとしても、物価上昇率に割り負けない賃上げが確保できるかは、先々の経済・物価情勢を見極める上で重要なポイントだ。そのカギを握るのが中小企業というのはその通りだろう。 

 

 では中小企業の賃上げ余力は実際にどの程度のものか。その点について、先月、東京商工リサーチから、生存企業38万社の財務データを用いて、人件費負担の変化と業績への影響を比較した興味深い調査結果が公表された。 

 

 それによると2023年の売上高人件費比率は27.2%と、19年調査の15.5%から大きく上昇した。売上高の1割超に相当する額の人件費が増加したとなると、収益への影響も大きいと思われるが、赤字企業の割合は3.5ポイントの増加にとどまっている(22.1%→25.6%)。 

 

 売上高営業利益率に至っては、5.3%と19年(5.2%)当時と遜色ない水準で、人件費の負担増を経営努力で吸収している様子がみてとれる。 

 

 実態としては、人件費を上げることができる企業と、そうでない企業の二極化が進んでいると思われるが、事業環境が厳しい中でも、しっかり稼いでいる中小企業が相応にあることは間違いない。中小企業は人件費負担余力が乏しいと一概に決めつけるのは実態を見誤る可能性がある点には留意が必要だろう。 

 

 ◇試される植田総裁の矜持(きょうじ) 

 

 「物価見通しがはっきり上振れする、あるいは上振れリスクが高まれば政策変更の理由になり得る」。植田総裁は追加利上げの判断基準についてこう述べた。 

 

 中小企業を含む賃上げはもとより、賃上げを反映した消費の回復ペースや企業の価格転嫁状況、さらには家計のインフレ期待など、先行きの物価動向を占う上での点検ポイントは多い。 

 

 今後はこれらを丹念に精査することが重要になるが、中小企業が思いのほか強じんである点を踏まえると、金融正常化に向けた次の一手が市場参加者の想定よりも早い可能性は十分にある。 

 

 日本銀行は金融政策決定会合に合わせて、四半期ごとに展望リポートを通じて物価見通しを公表する。さすがに4月の決定会合で追加利上げはないだろうが、次の7月以降はいつ追加利上げがあってもおかしくない。植田総裁の言葉から、そうした「常在戦場」の強い意志を感じるのは私だけだろうか。 

 

 

 
 

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