( 158193 )  2024/04/10 14:03:29  
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日本人は交通ルールを徹底して守り、信号を無視することはまれだが、欧州やベトナムでは信号を守らないこともある。

ベトナムでは歩行者は信号よりも車やバイクに注意を向けて横断する。

日本の交通ルールは内面化されており、交通事故が減少しているが、日本人も信号を守るだけでなく周囲をよく見ることが重要で、他国の歩行者のように自分の身を守る心が大切である。

(要約)

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赤信号(画像:写真AC) 

 

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」 

 

一度はどこかで聞いたことのあるフレーズではないかと思う。だが、本当にみんなで赤信号を渡るなんてあり得るだろうか。今日は、ここを出発点として「ルールを守ること」について、とりわけ日本人と交通ルールの順守について話をしてみたい。 

 

【画像】えっ…! これが60年前の「海老名サービスエリア」です(計16枚) 

 

 実際に東京の路上を眺めてみると、渋谷のスクランブル交差点であれ、新宿アルタ前の交差点であれ、信号の変わりぎわに慌てて渡る人こそあれど、堂々と信号無視をする歩行者はまれだ。 

 

 そのほかの交差点でも、ほとんどの歩行者は信号が赤になるとちゃんと止まり、往来のまったくない交差点で赤信号が青に変わるまでじっと待っている歩行者さえ(特に東京では)珍しくない。 

 

ベトナム(画像:写真AC) 

 

 ところが日本を出てしまうと、そうではなかったりする。 

 

 ロンドンやローマの交差点で信号が青に変わるのをじっと待っていると、信号を無視してさっそうと交差点に入っていくジェントルマンやレディに出くわす。 

 

「車も来ないのにどうして信号を守ってるの」 

 

と笑われることさえある。私(熊代亨、精神科医)は日本の交通マナーをインストール済みだから、 

 

「赤信号でも車が来ていなければ進め」 

 

という欧州の人々の行動パターンには今でも戸惑いをおぼえる。 

 

 もっと甚だしいのはベトナムだ。自動車やバイクが盛んに行き交う大きな交差点ならともかく、車道と歩道が交差するような交差点では、自動車やバイクも平然と赤信号を無視して突っ込んでくる。 

 

 じゃあ、現地の歩行者はどうやって交差点を渡るのか。しばらく眺めていて気付いたのは、ベトナムの歩行者は 

 

「信号をそこまであてにしていない」 

 

ということだった。彼らがもっと注意を差し向けているのは行き交う車やバイクそのものだ。それらをしっかり見て、ときにはドライバーとアイコンタクトをとりながらベトナムの歩行者は交差点を横断しているのだった。 

 

 ベトナムの歩行者は車もバイクも来なければ赤信号でも道路を渡るし、なんなら信号のない場所で道路を横切ったりもする。車やバイクが近づいて来るときにはしっかり様子を観察し、ときにはドライバーに道を渡ることをアピールしながら横断したりもしている。日本人には危険きわまりなく見えるベトナムの路上にもベトナムなりの不文律があり、歩行者もドライバーも相応に安全確保の努力を積み重ねていることは見て取ることができた。 

 

 

欧州(画像:写真AC) 

 

 ほとんど完璧に信号を守る日本人と、そうでもない欧州人、そして信号をあまりあてにしていないベトナム人。 

 

 これらを実地に見比べると、私は「日本人って交通道徳がすごくキッチリ内面化されている」という思いを禁じ得ない。精神分析っぽいいい回しを使わせていただくなら 

 

「日本人は交通道徳をも超自我として内面化している」 

 

となるだろうか。 

 

 欧州やベトナムの人々も信号機の色を見ていないわけではない。しかし彼らが赤信号を守るのはそれを守って有意味なときだけで、無人の交差点の赤信号まで守り続ける律義さ・忠実さがあるわけではない。彼らにとっての交通ルールはあくまで方便でしかなく、いわゆる道徳的なものや超自我的なものとはどこか違う。 

 

 ところが日本人はそうではない。無人の交差点でも赤信号を守り続ける律義さと忠実さ。交通ルールが方便でしかないなら、無人の交差点の赤信号ぐらい無視したって構わないじゃないか──そのように考える日本人は多数派だろうか、少数派だろうか。ともあれ間違いないのは、 

 

「車も来ないのにどうして信号を守ってるの」 

 

と笑う日本人はとても少ない、ということである。 

 

 誰もいない交差点で赤信号を守っている日本人は、安全を確保するためにそうしているわけではあるまい。交通ルール、ひいては道路交通法を道徳や超自我として内面化し、赤信号を無視すると良心がうずいたり後ろめたく感じたりするから、安全とはほとんど無関係に赤信号を守らずにはいられないのだろう。そうしたメンタリティは日本人には珍しくないが、海外の人には不思議なものとうつるに違いない。 

 

「令和5年交通安全白書」(画像:内閣府) 

 

 ひとつ断っておくと、私は、交通ルールや道路交通法が日本人に内面化されているのがいけない、といいたいわけではない。 

 

 内閣府「令和5年交通安全白書」を確かめると、国内の交通事故で死傷する人の数は大幅に減っている。特に交通事故死亡者数は、1970(昭和45)年に史上最悪の1万6765人を記録していたものが2024年は2610人まで減少した(84%減)。 

 

 交通事故の犠牲者がここまで減っているのは、ある面では 

 

・ガードレールの設置 

・歩車分離ブロックの設置 

・乗用車へのエアバッグの設置 

 

などのおかげであり、と同時に、交通安全運動や違反の取り締まりのおかげであり、子ども時代から交通ルールをよく教え、それが皆にしっかりインストールされているおかげでもあるだろう。 

 

 誰もが交通ルール守って当たり前の環境ができあがり、誰もがそのようなメンタリティを内面化しているから、交通事故の頻度が低く抑えられているのである。 

 

 実際、交通事故死亡者数の比較でいえば、総人口では日本を下回るはずベトナムの交通事故死者数は2018年の段階で約2万5000人と、日本よりもずっと多い。乗用車よりバイクの割合がずっと大きく、そのバイクにタンデムどころか3人、4人と乗っているベトナムのお国事情のせいもあるだろうが、交通ルールがあまり守られず、あてにもされていない状況だからという部分もあるだろう。 

 

 ベトナムの歩行者とドライバーがアイコンタクトをしているといっても、それはどちらも十分に注意深く行動している前提があって初めて意味を持つものでしかない。歩行者かドライバーのどちらかが不注意なら、たちまち事故のリスクが首をもたげるだろう。 

 

 

赤信号(画像:写真AC) 

 

 日本の路上は、それとは対照的な安全さを誇っている。乗用車やバイクはもちろん、歩行者も信号をきちんと守るし、赤信号や青信号はあてにできる頼もしい存在だ。誰もが交通ルールを守り、道徳や超自我のように内面化しているおかげで歩行者もドライバーも交通事故から遠ざけられているといえる。 

 

 だが、おそらくそのせいで日本ではベトナムのまったく正反対の歩行者を見かけることがある。 

 

 どういう歩行者か。それは 

 

「信号の色だけ見て交差点に入ってくる歩行者」 

 

である。彼らの挙動を観察していると、道路の右も左もまったく確認せず、信号機の色だけを見て青信号になるとまっすぐに交差点に突っ込んでくる。横断歩道の「カッコー」や「ピヨピヨ」といった音声案内だけを頼りにして、ほとんどスマートフォンを見つめっぱなしで交差点に入ってくる歩行者さえ見かけることがある。 

 

 こうした、「信号機だけ見てまわりを確かめようともしない」道路の横断はベトナムでは極めて危険で、おそらく欧州でも勧められたものではないはずである。交通ルールが緻密に守られている日本でしか成り立たたない芸当だといえる。 

 

 しかし、これはこれで危険な横断ではないだろうか。確かに日本では交通ルールはよく浸透しているが、まれには急病で車をコントロールできなくなっているドライバーがいるかもしれないし、車が故障してコントロールを失っている事態に出くわすこともあるかもしれない。そうした例外的な危険状況に際し、交通ルールは暴走してくる乗用車やトラックを止めてはくれない。 

 

 交通ルールが徹底しているとはいっても、交通ルールが神様のように私たちを守ってくれるわけではないのである。交通ルールの徹底や安全対策という点で、日本が「先進国のなかでもとりわけ安全」なのは事実としても、それは交通ルールをあてにしていれば絶対に事故に遭わないことを意味しているわけではない。ときにはベトナムの人々のように周囲をよく見て、ときにはドライバーとアイコンタクトを成立させつつ譲り合いの精神を働かせたほうがよい場面だってあるはずである。 

 

 日本人が交通ルールをよく守り、みんながルールを守ることで交通事故をここまで減らしてきたのはよいことだった。けれども道徳や超自我としてそれらを内面化し、あてにするあまり、信号の色はよく見ていても左右の安全確認などを怠っていては、それはそれで本末転倒、危なっかしいものである。ときには国外の人々を見習い、 

 

「自分の身は自分で守る」 

 

という気持ちを思い出す必要もあるだろう。交差点を渡るときは、右見て、左見て、どうかご安全に。 

 

熊代亨(精神科医) 

 

 

 
 

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