( 158198 ) 2024/04/10 14:11:10 1 00 静岡県知事の川勝平太が数々の問題発言により辞任表明し、後任選びが注目を集めている。 |
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数々の舌禍で辞任表明に追い込まれた静岡県の川勝平太知事の後任選びが注目されている。"火中の栗"は誰が拾うことになるのか。政界事情に通じる経済アナリストの佐藤健太氏は「『ポスト川勝』は、『ポスト岸田』につながる」と見る。はたして、そのワケは―。
「毎日、野菜を売ったり、牛の世話をしたり、あるいはモノを作ったりとかということと違って、基本的に皆さま方は頭脳・知性の高い方たちです」。新年度がスタートした4月1日から、問題発言が多いことで知られる川勝氏は“超特急”ぶりを見せつけた。静岡県の新人職員への訓示でいきなり「職業差別」と受け取れる言葉を発したのだ。川勝氏は一部がマスコミに切り取られたことが問題であるかのような姿勢を示したが、全体を聞いても不適切であるのは間違いない。
たしかに県職員となる人は学力が高く、成績も優秀なのかもしれない。だが、野菜の生産・販売者や酪農家、製造業に携わる人々がそれよりも劣るという根拠はない。農業だけを見ても、静岡県は産出額が全国15位(2022年)で農家は約5万戸も存在する。県民から選ばれた知事が一方的に職業を知性で語るのだから、辞職すべきなのは当然だろう。静岡県には「第一次産業をバカにしているのか」「お前はそんなに偉いのか」などの批判が殺到した。
2009年から4期15年にわたって静岡県知事を務めてきた川勝氏は、度重なる失言・暴言が問題視されてきた。パッと思いつくだけでも「顔のきれいな子は賢いことを言わないときれいに見えない」「磐田は文化が高い。浜松より元々高かった」「あちら(御殿場市)はコシヒカリしかない。ただ飯だけ食って、それで農業だと思っている」などの舌禍がある。さすがに不適切にもほどがあるというものだ。
SNS上には「静岡の恥」「辞めてくれてホッとする」といった厳しい声が並ぶが、驚かされたのは4月3日の記者会見での辞任理由にリニア中央新幹線問題を挙げたことだ。川勝氏は「リニア問題を解決するのは、事業計画を見直す以外にないと従来から思っていた。県民の皆様と約束したリニア問題について、一里塚をこえた」と語っている。静岡県民の中には川勝氏の主張に同調する人もいることは事実だが、自らの舌禍で辞任に追い込まれる際に「リニア問題」をあげる意図が理解できない。
JR東海は、東京・品川―名古屋間を最速40分で結ぶ「夢の超特急」の2027年開業を目指してきた。2014年に国が工事実施計画を認可したものの、川勝氏は生活用水である大井川の水量減少や生物多様性への影響、工事によって大量に発生する残土の取り扱いを理由にストップさせてきた。トンネル湧水の全量を戻すよう求め、それがなければ工事を認めないとの姿勢を続けてきたのだ。
「水はみんなのものであり、同時に誰のものでもある。誰のものでもないという、そういう性質のものではないかと思っている」などと不可解な理由を披露したことを覚えている方も多いだろう。南アルプストンネル工事のボーリング調査をめぐり「静岡の水」が流出する恐れがあるとして、山梨県境周辺の掘削をしないよう求めたこともある。これには、さすがに山梨県の長崎幸太郎知事が「山梨の水か、静岡の水かという議論は受け入れられない」と反発し、県内外から強い不快感が示された。ただ、静岡工区の遅れは取り戻すことができず、JR東海側は最終的に早期開業を断念せざるを得なくなった。
川勝氏が辞意表明する直前に立憲民主党の渡辺周衆院議員(比例東海ブロック)に電話したことも不可解だ。渡辺氏に「リニアの件で一区切りがついたのでやめます」と話したとされるが、渡辺氏は「『私のあとやってくれ』というような直接的な話ではないが、何かそのような含みの形で言われた」という。
ただ、川勝氏は4月3日の記者会見で「(過去に)私が出ない時には連絡を差し上げましょうと約束した」と説明し、後継を打診したわけではないと否定している。渡辺氏は4月8日のニッポン放送番組で、次期知事選に向けた「準備はできますか?と言われた」と明かしているが、一体どちらが正しいことを言っているのか明確にすべきだろう。川勝氏は4月2日の辞意表明の際、6月県議会をまって退任する意向を示していたが、週が明けると今度は辞職願を早期に提出することになった。舌禍だけでなく、コロコロと言動が変わる点も問題は多いと言える。
とはいえ、川勝氏の任期途中での退任に伴う「ポスト川勝」選びは急ピッチで進む。次期知事選は早ければ5月下旬にも実施される見通しで、不名誉なことが続く「静岡の顔」に誰が手をあげるのか注目されているところだ。川勝氏から電話を受けた渡辺氏は、以前から県知事選への関心が強いと言われてきた。こういう状況下で「川勝後継」とみられるのはマイナスと捉えたのかもしれないが、自身が「半々」というように立候補に踏み切る可能性は決して低くない。
真っ先に名乗りをあげたのは、元総務官僚の大村慎一氏だ。4月8日には「知事の急な辞職で混乱が起き、対立と分断がある。オール静岡で未来のある県にしていきたい」と立候補を表明した。静岡市出身の大村氏は東大卒業後、旧自治省(現総務省)に入省。地域力創造審議官などを経て、昨年夏に退官した。2010年には静岡県副知事にも就いたことがある元エリート官僚だが、川勝氏が県職員の優秀さに絡めた「職業差別」と受け取れる発言をした直後だけに、その「エリート臭」が県民にいかに映るかは未知数と言える。
他にも、国民民主党の榛葉賀津也幹事長(参院静岡選挙区)は4月5日の記者会見で「いろんな方面から声をいただいているのは事実」と述べているほか、元民主党衆院議員で前浜松市長の鈴木康友氏も地元経済界を中心に擁立へ向けた動きが広がる。
また、徳川家康から続く徳川宗家19代目当主として家督を継いだ徳川家広氏にも一部から期待の声があがる。家広氏は政治経済評論家で慶大卒、米ミシガン、コロンビア両大大学院を修了。国連食糧農業機関(FAO)で勤務し、浜松市のシティプロモーション顧問なども務めた。2019年の参院選では徳川家と縁の深い静岡選挙区から立憲民主党公認で出馬し、落選したものの約30万票を獲得した。
家広氏は立憲民主党を離党しているが、「初陣」で30万票をゲットした集票力には与野党からも注目が集まる。その他には、現在の藤枝市出身で、「ゴン中山」の異名で知られる元サッカー日本代表FW・中山雅史氏の登場に期待する向きもある。独特の嗅覚でゴールを量産したレジェンドが、マイナスに落ち込んだ静岡県のイメージを払拭できる逸材であるのは間違いない。ただ、沼津市をホームタウンとするプロサッカーチームで監督を務めていることから「現実的ではない」(野党中堅)と見られている。だが中山氏の父も旧岡部町(現藤枝市)議会議員を3期務めており、地元企業からは徳川氏とあわせて期待する声があがる。「静岡はリニア問題で分裂してしまった。この状況を打開するためには、静岡を象徴するような人物に、この地をもう一度納めてもらいたい」
では、川勝氏と対立してきた自民党はどうするつもりなのか。注目されるのは、細野豪志衆院議員(衆院静岡5区)の動向だ。川勝氏は初当選を果たした2009年の知事選で旧民主党や社民党などの推薦を受けていた。元民主党議員の細野氏はかつて「民主党のプリンス」といわれ、2017年の知事選の際には立候補を模索していたとされる人物だ。ただでさえ選挙に強い細野氏だが、その後は自民党に入ったことから「保守からも、リベラルからも得票できる」(自民党ベテラン)との声があがる。
ただ、自民党には派閥の政治資金パーティーをめぐる裏金問題で大逆風が吹いている。4月末に投開票される3つの補欠選挙で惨敗すれば、その約1カ月後に実施される静岡県知事選にも負の影響が及ぶのは必至だ。補選の結果で「岸田おろし」がすぐに起きることはないにしても、内閣支持率が超低空飛行を続ければ知事選へのダメージは計り知れない。
そして、早ければ5月下旬にも実施される静岡県知事選の結果は岸田首相が再選を目指す9月の自民党総裁選にも影響するはずだ。「岸田総裁の下で『6月解散』なんて冗談ではない」との声が強まれば、いよいよ「ポスト岸田」選びが本格化するだろう。
注目したいのは、報道各社の世論調査で次期首相候補として名があがる上川陽子外相(衆院静岡1区)の動きだ。麻生太郎副総裁から「おばさん」「美しい方とは言わん」などと容姿を揶揄されながら、その“失言”をスルーしたことは記憶に新しい。旧岸田派の閣僚経験者からも「本人は首相になる気満々。だけど、麻生氏の『主権侵害』発言に言い返せなかったことを見ても、長いものには巻かれろというスタンス。それだけではトップに立てない」と厳しい声が向けられる。
ただ、自民党が大逆風を受ける中、地元・静岡で悲願の「知事奪還」を果たせば上川氏には大きなプラス材料になる。岸田首相の不人気が深刻化し、麻生氏が「もう岸田ではダメだ」と初の女性宰相候補として自民党総裁選に担ぎ出せば、一気に国家のトップリーダーにのぼりつめる可能性は十分にあるだろう。
逆に言えば、地元での知事選で応援した候補者が敗北することになれば「選挙に弱い上川」とのイメージがつき、自民党再建を任せられないと人心が離れていくリスクもある。静岡県知事選は上川氏が首相になれるかどうかを左右する「絶対に負けられない闘い」になるのは間違いない。
舌禍に端を発した知事辞任で迎える次期静岡知事選。候補に名があがるのは旧民主党系が多いが、大逆風を受ける自民党はどのような手を打つのか。まだ見ぬダークホースは現われるのか。宰相選びに直結する自治体のリーダー選びは、かつてない注目を浴びることになりそうだ。
佐藤健太
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