( 160342 )  2024/04/16 14:34:07  
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2018年は「EV元年」と呼ばれ、世界の主要国がEVへの移行を加速させ始めた。

トヨタは他社より早くEV戦略を打ち出しており、2017年に既に2030年までの販売目標を発表していた。

一方で、豊田会長はEVだけでなくハイブリッド車やFCVも含めて幅広く車種を提供する姿勢を示し、「お客さまが欲しいと思う車を作るのが仕事」と強調している。

豊田会長は現場重視の姿勢を貫き、「もがいている姿を書いてほしい」と述べている。

(要約)

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■「EV元年」の2018年、トヨタの判断は早かった 

 

 「EV元年」といわれた2018年。それは世界の主要国がEVへの偏重を発表したのが前年に始まったことによる。アメリカの一部州やイギリス、中国は2035年までにガソリン車の新車販売をとりやめることを決めた。日本では2021年、菅義偉首相(当時)が施政方針演説で「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する」と表明した。 

 

【写真】自らを「トヨタのディスポーザー」と表現する豊田会長 

 

 既存自動車メーカーもまた自社の意志でEVへ力を注ぐと決めていた。GMは2020年に「2025年までにアメリカ国内のラインアップの40%をフルEVとする」とした。メルセデス・ベンツは2021年、「2030年までに全販売車種をEVにする」と発表。しかし、今年(2024)、それを撤回している。 

 

 フォルクスワーゲングループもまた同じ年に「2030年までに、新車販売の50%をEVにする計画がある」とした。 

 

 では、トヨタはどうだったのか。 

 

 実はトヨタの判断は早かった。各社に先立つ2017年12月には「2030年には電動車(HV、PHV)の販売を450万台以上、BEV(バッテリーEV)、FCV(燃料電池車)を100万台以上販売する」と発表している。その後、2021年には「30年、BEV販売台数を350万台」と従来計画よりも引き上げた。 

 

 つまり、トヨタはどこよりも早く意欲的な電動車戦略を発表していた。にもかかわらず、「トヨタのEV戦略は周回遅れだ」「エンジン車ばかり作ろうとしている」と言われ続けてきたのである。 

 

■豊田会長が語った「ガソリン車をやめない理由」 

 

 ただ、2024年、BEVの売れ行きが落ち始めている。欧米、中国、日本など14カ国では、2023年のハイブリッド車の販売台数が前年比30%増と、EV(同28%)を上回った。トヨタのハイブリッド車の販売台数は過去最高だ。このため、「トヨタはEV戦略が遅れていたために、注力したハイブリッド車が売れている」といった論調が出てきた。 

 

 これは正確ではない。トヨタのEV戦略の策定、発表は早かったし、現在、ハイブリッド車が売れているのはEV戦略が遅れたためではない。 

 

 今、トヨタのハイブリッド車が売れているのはユーザーが欲しい、買いたいと思ったからだ。 

 

 政府やメーカーが「この商品を何年後までにこの数量だけ買え」と決めたからといって、消費者は買わない。消費者は自分に必要なものだけを買う。商品の売れ行きを決めるのはマーケットだ。 

 

 話は2018年の社長室に戻る。わたしはそこで現会長、豊田章男と会ってインタビューをした。彼の部屋はミニチュアカーの模型などが飾っている運動部の部室のような狭い部屋だった。彼はこう話した。 

 

 

トヨタ工業学園卒業式の様子 - 撮影=長谷川智哉 

 

■「お客さまが欲しいと思う車を作るのが仕事」 

 

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【豊田】近頃(2018年当時)、EVのことをよく聞かれます。私はレースに行って、サーキット内のインタビューで「ガソリン臭いクルマが好き」なんて言っています。だから、豊田章男はBEVに対して反対しているんじゃないかと思われてしまう。でも、そんなことないんですよ。トヨタはバッテリーEVもハイブリッドもFCVもすべてやります(当時はまだマルチパスウェイという言葉は使っていなかった)。それは、トヨタはお客さまが欲しいと思う車を作るのが仕事だからです。バッテリーEVだけに選択肢を絞るなんてことはできません。 

野地さん、トヨタの現場をご覧になったと思いますが、トヨタ生産方式って、「必要なものを必要なだけ必要な時に」が原理原則です。 

そして、「必要なもの」って政府や自動車会社が決めるものじゃないんです。お客さまが必要とする車をつくる。寒冷地や砂漠ではバッテリーEVでは心配だという人がいる。国によって場所によって条件が違うからあらゆる車を作る。お客さまにとって必要な車を作るのがトヨタです。 

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■「数字だけを与えると人は何も考えなくなる」 

 

 トヨタの公式サイトにはトヨタ生産方式のジャスト・イン・タイムについて、「お客様にご注文いただいたクルマを、より早くお届けするために、最も短い時間で効率的に造る」と書いてある。 

 

 彼は当時のBEV偏重に逆らうために「すべての車を作る」と決めたわけではない。商品を買うユーザーがBEV、ハイブリッド車、FCV車のどれが自分に必要か判断するべきで、自動車会社が「これを作る。あれは作らない」と決めるわけではないと正論を言っただけだ。 

 

 彼はあの時から同じことを言ってきた。発言がブレたわけではない。 

 

 カーボンニュートラルについても、「敵は炭素で、エンジンではない」とこれもまた言い続けているが、こちらはあまり記事にはなっていない。 

 

 「豊田さん、トヨタは今、3位だから世界トップになったらいいのに」と聞いたら、「いや違います」と言下に否定した。 

 

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【豊田】台数とか数字は目標じゃないんです。それは違います。数字だけを目指すと間違いが起こる。そして、数字だけを与えると人は何も考えなくなる。トヨタの現場では考える人が働いています。考えて仕事をする会社です。ひとりひとりが現場で考えながら車を作っているんです。 

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■「もっといいクルマをつくろうよ」の本当の意味 

 

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【豊田】私が社長になった時、「もっといいクルマをつくろうよ」って言ったんですよ。「なんだ、小学校の標語か」とか言われたけど、それはね、答えを言わないことでみんながそれぞれ考えてほしかったんです。いい車って、何か。それは人によって違うはずです。自分にとっていい車なのか、それともお客さまにとっていい車なのか。それから「もっと」が大事。もっといいクルマをつくろうよなんです。 

今の車に満足していてはいけない。もっといいクルマをつくる。それだけに、ひとりひとりが考えなきゃいけない。自分たちはクルマ屋だ。もっといいクルマをつくって、お客さまに喜んでもらおう。町工場から世界規模の自動車メーカーに成長したとしても、忘れてはならないことがある。 

大切にしてきたのは現地現物とお客さま第一の精神です。目先の利益にとらわれず、足元を見直し、もう一度前を向こう。自分たちなりの歩き方と歩幅で踏み出していけば、そこには未来が拓ける。そういう意味なんです。 

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■「もがいている姿を書いてほしい」 

 

 わたしが6年前に聞いた、このふたつに関しては今もまだ言い続けている。何かあると原理原則に立ち返り、判断し、即行動する人である。 

 

 あの時、部室のような社長室から帰ろうとしたら、こう声をかけられた。 

 

 「野地さん、トヨタは100年に一度の危機で、みんな、もがいているんですよ。もがいている姿を見にきてください。トヨタのいいところなんて書かなくていいですから、もがいている姿を書いてほしい」 

 

 そして、笑いながら付け加えた。 

 

 「どこを見てもいいですから納得してから書いてください」 

 

 納得してからと言われて、困った。もっと現場へ行って取材してくれということなんだろう。それからわたしはまた取材した。工場、販売店、部品会社、サーキットへ行った。現場で会えば、立ち話はした。 

 

 ドイツのサーキット(ニュルブルクリンク)ではトイレで出会った。横に立って、「野地さんですよね?ニュルまで来ていただいていたんですね」と丁寧に挨拶された。彼は夜中も走る24時間耐久レースで戦っていた。暗闇を瞬間時速250キロで走るなんてことをやりながら、気遣いを欠かさない人なのである。 

 

 側近に囲まれて、ガラスの温室から出てこない人ではなく、現場で仕事をする人だ。そして、現場ではざっくばらんに人と話をする。 

 

 オープンな人なのに、マスコミからは「閉鎖的」と叩かれた。今、思えば、「トヨタのもがいている人たちを書いて」と言われたけれど、この6年間、いちばんもがいていたのは豊田章男だった。 

 

 

■トヨタ工業学園の卒業式で語ったこと 

 

 今年の2月20日、トヨタ工業学園の卒園式が本社内の講堂で開かれた。同校はモノづくりのプロを育てる企業内訓練校だ。中学を出た人が入る3年間の高等部、職業高校を出た人が入る1年間の専門部がある。学費はなく、給料をくれる学校だ。社長時代から、卒業式には必ず出席していた。そこで、卒業式の間にインタビューすることにした。 

 

 彼自身は「卒業生からパワーをもらうことができる日」と言っている。 

 

 その前に、現在のトヨタが置かれた環境についてまとめておく。 

 

 2023年、トヨタグループの世界販売台数は前年比7.2%増の1123万台で過去最高だった。2位のフォルクスワーゲンは924万台。トヨタは4年連続での世界首位となった。営業利益は4兆円以上となり、時価総額は60兆円を超えた。 

 

 だが、豊田章男という人間は、利益が4兆9000億円であっても浮かれたりしない。「ほうっておくと、すぐに昔の、台数や数字規模のトヨタに戻ってしまう」と危機感を口にする。 

 

 今回のインタビューはトヨタ工業学園についての話から始まった。 

 

■座学ではなく、現場で人の心を学ぶ場所である 

 

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【豊田】トヨタ工業学園にいる時から学園生は社員です。教室で学ぶだけでなく、ちゃんと現場で実習をしている。学園生を見ていると、やはり、人は実体験から学ぶんだなと思います。私は工業学園の人たちに対して勉強ができる人になってほしいとか、技能がいちばんになってほしいなんて、言ったことありません。私が学園のみんなに期待することはモノづくりの心を持つこと。最後まで諦めずに自分が手を汚して現場で頑張る。そういう気持ちがあれば、知識は覚えますし、技能は身に付きます。 

決して諦めずに、最後までやり抜く心の部分を学園で学んでほしい。もう、それだけを言ってます。まあ、これは私ひとりが言っているのではなくて、河合おやじ(正式な肩書 生産現場のトップ)がいつも言っていることです。 

工業学園は座学より、現場に入って人の心を学ぶ場所。日本の教育って、私が学生だった頃から知識をどれだけ知っているのか、理屈をどう紐解いていくかを偏重してきたでしょう。しかし、リアルワールドではそうではないと思う。理屈も必要ですが、それよりも、仕事の上では人の心を大切にしなければと思います。 

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