( 161926 )  2024/04/21 02:01:25  
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日本銀行は、マイナス金利解除などの金融政策転換を行い、「普通の金融政策」と表現された。

これまでの金融政策が異例だったことから、日本銀行が今後は通常の金融政策を行うという意味だ。

景気循環に沿って金融政策を調整するのが通常だが、日本経済は2%のインフレ目標を確保できておらず、緩和的な環境を維持する必要がある。

普通の金融政策の復帰が現在の局面にとって初めての試みであるかもしれない。

(要約)

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政策変更を受け「普通の金融政策」という言葉を使った日本銀行の植田和男総裁(写真:ロイター/アフロ) 

 

 日本銀行は、3月の金融政策決定会合でマイナス金利の解除など金融政策を大きく転換した。これをもって報道などでは金融政策の「正常化」という表現が使われたが、植田和男総裁は「普通の金融政策」と表現した。この「普通」という表現を踏まえ、金融政策の現在地をどう理解すべきなのか。元日銀の神津多可思・日本証券アナリスト協会専務理事が解説する。(JBpress編集部) 

 

【写真】前回のマイナス金利解除を決めた日本銀行総裁 

 

 (神津 多可思:日本証券アナリスト協会専務理事) 

 

■ 「普通=政策対応が不要な均衡状態」ではない 

 

 日本銀行の植田和男総裁は、マイナス金利解除などの政策変更を行った3月の金融政策決定会合後の記者会見で、「正常化」という言葉を避け、「普通の金融政策」と言及した。 

 

 具体的には、今後の短期金利の設定の仕方について、「普通の短期金利を政策手段にしている他の中央銀行と同じように設定していく」と述べ、それを「普通の金融政策」とした。そして「緩和的な環境を維持するということが大事だという点は留意しつつ、普通の金融政策を行っていく」と繰り返している。 

 

 裏返すと、これまでは普通でない金融政策が行われてきたことになるが、それは日本経済が普通の状況ではなかったとの判断に立ってのことだろう。「普通」という言葉が出てくる前提として、新しい局面に入ったという認識があるはずだ。 

 

 では、「普通の日本経済」とはどのようなものか。 

 

 日本銀行は、2%のインフレはまだ確実なものではないとの判断を示しており、それが確かになっていく過程で短期金利を引き上げていく可能性がある点に言及している。したがって、「普通」の意味は、追加的な政策対応が必要のないある種の安定的な均衡を指しているわけではないようだ。 

 

 市場経済においては、それこそ普通は景気循環がある。多くのマクロ経済モデルでは、長期的な均衡が、一定の均衡成長率、均衡インフレ率、完全雇用失業率などが実現される状態として表現される。実は、普通の景気循環を、恣意性を排除して客観的に経済モデルで示すことはなかなか難しい。 

 

 しかし、普通の金融政策が直面するのは、何らかの景気循環がある経済だ。需給ギャップが、時間の経過に沿って引き締まったり緩んだりを繰り返すような経済である。 

 

 

■ 景気循環に沿って金融政策を決定するという「普通」が通用しなかった 

 

 今の日本経済では、景気循環を通して平均的なインフレ率を2%に持っていくことがなお課題として残っている。したがって、それが達成できている場合の金融政策よりも緩和的に運営されるのが、先ほどの植田総裁の「緩和的な環境を維持するということが大事だという点は留意しつつ」との発言の意味だろう。 

 

 そういう今の日本に特別な事情はあるにせよ、これからも普通の景気循環があり、それに対応した普通の金融政策が行われるのであろう。異次元緩和の終了は、そういう状況になったから可能になったというのが、日本銀行の現状判断と言えるだろう。 

 

 異次元緩和が強化されてきた時期でも景気循環はあった。内閣府の景気基準日付をみても、2000年代以降、景気の山谷はそれぞれ4つずつある。この間、日本銀行が金融政策を引き締め方向に動かし、時期尚早との批判が出た時もあったが、景気循環との対比では、それに沿って金融環境を変化させようとしただけとも言える。 

 

 「もっと高い成長ができるはずだ」「それまでは金融環境を引き締めるべきではない」。そういう考え方で、景気循環に沿って金融政策を動かすという、それこそ普通の考え方を否定してきたのが、この間の歴史だったのではなかろうか。そうだからこそ、今日の日本銀行も、政策変更のタイミングを極めて慎重に見極めるようになっているように感じる。 

 

 普通の経済では景気の循環があり、拡大期には金融環境は引き締め方向に動き、後退期には緩和方向に動く。その中で、拡大期には新しいビジネスモデルが試され、後退期にはもはや古くなったビジネスモデルが撤退し、経済の構造が新しい経済環境にフィットしたかたちに刷新されていく。それが普通の経済だ。 

 

 ただ、今日の普通の日本経済を考える時、景気循環を通してどの程度のマクロ経済成長率が実現できるかの判断は難しい。先入観として2%の実質成長といった目線を持っていても、それが合理的とは限らない。 

 

 高齢化した国内の労働市場、発展した新興国との比較優位、先進技術のビジネス化の度合い…。それらを勘案して、今の日本経済の実力はいかほどなのかを判断しなくてはならない。昭和前期の「撃ちてし止まむ」的な無理を実現しようとする経済運営は、令和の時代には全く不適切だ。 

 

 

■ バブル崩壊後、存在しなかった「普通の金融政策」 

 

 他方、「普通の金融政策」と言った時、どう普通なのかということもまた難しい。 

 

 バブル崩壊前は、まだ公定歩合を操作する金融政策だった。市場調節を通じた短期市場金利の誘導が始まったのは1995年であり、1998年以降は金融政策決定会合において無担保コールレートのオーバーナイト物の誘導目標が具体的に定められるようになった。 

 

 2001年には量的緩和政策が開始され、その後、短期金利を動かす普通の金融政策に戻り、また量的緩和に戻りといったことを繰り返して、2013年の量的・質的金融緩和に至る。 

 

 そして異次元緩和が強化されていく――。 

 

 こうした変遷を振り返ると、バブル崩壊の後始末をしていた最中の日本経済が普通とも考えられない。普通への回帰というと、何やら大変なことが起きて、ようやく元に戻って一息つくというニュアンスもあるが、日本経済の場合、「今から普通の金融政策を行う」というのは、実は初めてことなのかもしれない。 

 

 景気循環に対応してその山谷を均すという、マクロ安定化政策としての金融政策の理解。景気循環は、実はマクロ経済の構造を新しい環境変化に対応したものへと変え、むしろ長い目でみた成長を引き上げる可能性があるという見方。これらが社会的に十分に浸透しているとは思われない。 

 

 世論の支持なしには安定的な政策運営が難しいこともまたこれまでの経験から得られた教訓の1つであることを踏まえれば、説得力があり分かりやすい説明なしには、普通の金融政策もまた難しいのだろう。 

 

■ 2年で2%インフレ達成は「撃ちてし止まむ」だった 

 

 その普通の金融政策において、2%のインフレ目標も新しい要素だ。そしてそれは重要だと思う。 

 

 2%インフレを2年で実現するというのは、景気循環を均すマクロ安定化政策としての金融政策からすれば、「撃ちてし止まむ」的な話であった。在庫変動による短期の景気循環でも一つのサイクルは4年程度と言われており、過去の日本の景気循環の平均も4年以上である。2年ではなく、その期間の平均として2%のインフレが実現するというのが、本来の考え方ではないか。 

 

 どれくらいの期間で2%を考えるかとは別に、2%というインフレ目標自体が高過ぎるという主張もある。景気循環を通しての2%インフレを日本経済は経験したことがないので、それもやむを得ないが、逆に1%程度のインフレでは、また小幅のデフレに陥る可能性が排除できない。 

 

 過去を振り返ると、日本経済には原因は異なるが、かなり大きい需要ショックが10年に1回程度加わり、その都度、一時的にマイルドなデフレに陥ってきた。 

 

 繰り返されるマイルドなデフレの中で、企業部門のリスクテイク姿勢が全体として過度に後退していなかったか。それを受けて、働く者が雇用機会の確保を重視し、賃金の抑制を受け入れてきたことはなかったか。 

 

 これらは、過去を点検する中でちゃんと分析する必要があるが、もしそういうことがあったとすれば、繰り返すマイルドなデフレも避けた方が良い。やはり1%のインフレ目標では低過ぎる。 

 

 これまで2%の根拠として、円高回避のために他の先進国と揃えるべきである、物価指数は低めに出るバイアスがある、デフレを回避するために糊代が必要、といった理由が言われてきた。日本経済の経験は、デフレが定着しなくても、マイルドなデフレが繰り返されることで長期的な成長率を抑制する可能性があると示しているのかもしれない。 

 

 

■ 昭和後期の思考モデルから脱却するとき 

 

 もともとインフレ目標とは、高いインフレ率を引き下げるために考え出されたもので、考え得る最低の目安として2%という数字が出てきたのだと思われる。それとは逆にインフレ率を引き上げようという1990年代以降の日本経済の分析は、その2%にもっと積極的な意味を与えるのかもしれない。 

 

 株価の動きなどをみると、日本経済は普通に戻りつつあるとの感覚もある。しかし、以上のように考えてくると、その「普通」とは実は新しいもので、日本経済が過去に一度も経験したことがないもののようだ。景気循環の山谷を均し、2%のインフレ期待を定着させる金融政策もまた、普通ではあるが、実現すれば日本では初めてだろう。 

 

 令和の新しい時代は、昭和後期の思考モデルから脱却する時代かもしれない。平成時代、その昭和後期の思考モデルで問題解決に向け懸命の努力を重ねてきた日本経済だが、なかなか不振感は払拭できなかった。 

 

 令和の今、新しい萌芽があちこちにあるように感じる中で、金融政策もまた、新しい普通に挑戦するのだろう。 

 

 神津 多可思(こうづ・たかし)公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。 

 

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神津 多可思 

 

 

 
 

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