( 162250 ) 2024/04/22 14:40:14 2 00 国のチグハグに翻弄され 失敗の烙印押された青森市の「コンパクトシティー」構想 #ニュースその後毎日新聞 4/22(月) 10:00 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/e363ff19ed08a19c9144385104b9bc6e3dbd483a |
( 162253 ) 2024/04/22 14:40:14 0 00 JR青森駅前の大型ビル「アウガ」から少し離れた通りは空き店舗が並ぶシャッター通りとなっていた=青森市で2023年8月11日
色とりどりの洋服やユニークな雑貨が並んでいたテナントスペースは消え、職員が淡々と市民に応対する窓口になっていた――。 昨年8月、JR青森駅(青森市)の目の前にある地上9階建ての大型ビル「アウガ」を、私は6年ぶりに訪ねた。かつて若者たちでにぎわった商業ビルは、無機質な市役所にリニューアルされていた。 アウガの前で駐車していたタクシー運転手の男性(69)は「アウガが破綻したときに比べれば、多少人通りは良くなったけど、どうせまた人も減っていくんでは」と吐露する。「行政に振り回されてきた街で、年々人口が減るのに、再開発ばかり進めてもまいねびょん(だめだよね)」 アウガは2001年にオープン。青果・鮮魚市場や市立図書館などが入った官民複合の再開発ビルで、「コンパクトシティー」構想の目玉と期待された。当時の新聞記事によると、オープン時は開店前から多数の市民が並び、午前9時の開店と同時にプレゼントしたオリジナルバッグ3000個が約20分でなくなる盛況ぶりだった。 市民図書館も来館者でにぎわった。当時の職員は「来館者が朝からずっと途切れない。こんなに来るとは……」と驚いていた。ただ、年間400万人の来館者目標を掲げたが、当初から入場者数が目標の半分にとどまり、前途に暗雲が漂っていた。
コンパクトシティー構想の中核として期待されながらも経営破綻した駅前ビル「アウガ」。現在は市役所の一部部署が入り駅前庁舎となっている=青森市で2023年8月11日
青森市がコンパクトシティーに取り組んだ主な狙いは、郊外の除雪負担を軽減することだった。青森市は世界有数の豪雪都市。高度経済成長期に郊外まで住宅が広がり、除雪作業の負担が市に重くのしかかっていた。郊外の一戸建てに住む高齢者を中心街のマンションに移住させることで、負担を少しでも減らそうという発想だった。 アウガを運営する第三セクターは08年に23億円の債務が発覚するなど、慢性的な赤字が続いた。 アウガはオープン時の熱狂にはほど遠く、若者向けのアパレル店や美容室のテナントは入退店を繰り返た。徐々に増えていく空き区画には、カプセル自動販売機や休憩椅子、絵画展示場が設置されたり、高齢者向けの健康相談ブースが設けられたりしていた。 16年には三セクが24億円の債務超過に陥り、市が追加融資した2億円の回収が困難となったことで、鹿内博市長が引責辞任する事態となった。結局、200億円以上の公金が投じられたが、アウガは16年に経営破綻。市は18億円あまりを債権放棄した。 アウガは破綻直前に、青森市役所の窓口誘致を打ち出した。その際に打ち出したビジョンが「新たなにぎわいの創出」だった。 だが、現在のアウガを休日に訪れると、窓口は網をかけて閉ざされ、無人の役所からきびすを返す人の姿が時折見られるばかりだった。周辺を歩くと、にぎわいにはほど遠く、テナント募集の紙が張られた「シャッター通り」が広がっていた。
アウガ債務問題で謝罪した青森市の佐々木誠造市長(当時)=青森市役所で2008年5月26日
「コンパクトシティーという言葉だけが独り歩きし、僕から言わせると大変心外だ」 1989年から約20年間、青森市長を務めた佐々木誠造氏(90)は取材に渋い表情で語った。 佐々木氏は99年、中心に商業施設などを集め、その周辺を居住エリアに、その郊外は開発を制限して豊かな自然を保護するという3層に分けた都市計画をつくり、「コンパクトシティー構想のはしり」として注目された。 当時、佐々木氏は建設省(現国土交通省)などの官僚に都市計画について説明を求められ、霞が関に何度も足を運んだ。「官僚から、首相官邸で説明するから教えてほしいと請われたこともあった。それほど国は青森の計画に関心を持っていた」
年の瀬の買い物客でにぎわった地下市場=JR青森駅前のアウガで2009年12月30日
だが、コンパクトシティーの意味合いは次第に変わる。郊外に広がった居住地を中心部に集めるという概念は薄れ、商業主義を前面に打ち出した「中心地のにぎわい」という議論に偏っていった。佐々木氏は「街の真ん中さえ栄えればよいと誤解する市町村がいっぱい出てきた」と振り返る。 商業主義にとらわれていたのは国も同じだった。国は07年、中心市街地活性化法に基づき青森市のコンパクトシティー計画を認定。補助金を出す代わりに、アウガ周辺の歩行者交通量や小売業の商品販売額などの決められた指標について、年度ごとにチェックした。 青森市で経済部門を長く担当し、副市長なども歴任した佐々木淳一氏(69)は「都市の特性はさまざまなのに、国が一律の指標を定めて計画を管理するのは、当時からおかしいと思っていた」と明かす。 だが、国からは数字で成果を求められた。「制度に加わった自分たちも毎年、成果をアピールしないと次はない。だから目先の成果が出やすいハコモノにとらわれすぎた」 青森市は、国の支援を受けてアウガ周辺のハコモノ整備を進めた。ねぶた文化施設や市民ホールが整備されたが、人口減少が進む中、集客は進まず、街中心部のにぎわいは年々失われていくように感じられた。 結局、市は計画した交通量や商品販売額などの目標値を最後まで達成できなかった。
郊外にある大型ショッピングセンターの駐車場は買い物客の車で埋まっていた=青森市で2023年8月11日
国土交通省が中心地の活性化を掲げる一方で、経済産業省は郊外開発を進めるという、縦割りに起因する国のチグハグさも、制度を骨抜きにした。 中心市街地ににぎわいを求めたい青森市のコンパクトシティー構想に対して、青森市郊外には規制対象に満たない中規模のショッピングセンターなどが進出し、開発に歯止めがかからなかった。 今も市民の買い物は郊外が主流だ。今回、郊外にある大型ショッピングセンターを訪れてみると、閑散とした中心市街地とは対照的に、買い物客の車が広い駐車場にぎっしりと並んでいた。 コンパクトシティーに詳しい氏原岳人・岡山大准教授(都市計画)は国の政策について「中心部の活性化に偏重し、郊外の土地利用規制が不十分だった。土地利用規制はハードルが高く、行政は『街のにぎわい創出』という聞こえが良いところから入ったが、結局規制ができなかったため、需要は郊外に流れてしまった」と話した。 こうした批判の高まりを受け、国は居住地や商業地を郊外から中心部に誘導する街づくりに方針転換していく。 2014年には、自治体が住宅地や商業地を誘導するような「立地適正化計画」を作れば、国が補助金などで後押しする制度ができた。 氏原准教授は「立地適正化計画の作成を機に、郊外の開発許可を厳しくしようという自治体も現れてきた」と評価する。
政府は現在も、コンパクトシティー形成を「国策」としている。関係省庁による支援チームをつくり、市町村の取り組みを支援している。 国土交通省によると、23年3月末現在で全国675自治体がコンパクトシティーを目指す「立地適正化計画」を作成・公表しているという。 コンパクトシティー失敗の烙印を押された青森市ではその後、アウガ周辺だけでなく、郊外にある複数の拠点に住宅地や商業地などを誘導する多極的な「立地適正化計画」をつくり、街の立て直しを図っている。 青森市では、アウガから少し離れた県庁近くの市街地・新町(しんまち)周辺などで再開発が進み、真新しい商業ビルやマンションが建ち並ぶ。新町再開発には国や青森市が計約33億円の補助金を投じた。 だが、中心市街地全体の人通りはけっして多いとは言えない。青森商工会議所などが22年10月に実施した調査で、中心市街地の歩行者通行量は平日5万3044人。かつて中心市街地活性化計画で定めた目標値の7割程度にとどまった。 青森市の30代男性は「新しい施設もでき、コロナ禍明けやインバウンド需要で結構賑わいも増えてはいるのかもしれないけど、期待したほどではない。それでも中心地開発は一度お金を投入してしまえば途中ではやめられないのでしょう。かつてのアウガのようにいつまで続くんでしょうね」とウンザリした様子で話した。
※この記事は、毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
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( 162252 ) 2024/04/22 14:40:14 1 00 (まとめ) 青森市のコンパクトシティ構想について、時代の流れや地域の特性、それに伴う課題が様々な意見で語られています。 | ( 162254 ) 2024/04/22 14:40:14 0 00 ・青森市の構想は時代の先を行き過ぎていたのでは。今後少子高齢化社会、バスなど公共交通機関の運営が先細り、防災危機管理体制や、一層シュリンクしていく地方自治体の財政運営を考慮に入れた場合、この先の時代こそ郊外分散から市街地中心部への転換が促進されるような気がします。
・今後日本は確実に人口減少が進む。 過疎化が著しい地域まで社会インフラを整備する経済的負担は遠からず大きな重荷になる。 コンパクトシティ自体は必然的に進めて行く必要がある。 青森は色々な要素が重なって上手く行かなかったかも知れないが、その教訓を活かして地方のコンパクトシティ化は更に進めて行くべき。 災害の多い日本ではそれが命を守る事に繋がると思う。
・箱物を作っただけでは、人が集まるはずもなく、ハードともにソフト的な対策が必要だったのだろうと思います。 現に、郊外の大型ショッピングモールには人が集まっているようですし。 ちょっと不便な場所でも、イオンや道の駅は集客出来ていますので、その辺りにヒントがある気がします。住む場所を指定するのでなく、そこに住む利点を提示すべき。行政の都合だけでは人は動きません。行政と住民のメリットが一致する部分を見つけ出し、わかりやすくプレゼンする能力が行政には求められていると思います。青森だけではなく、全ての地方に当てはまります。
・転勤で東北に住んでいましたが、何処も駅前や中心街はずーっとシャッターが閉まったままになっていたり、デパートが潰れて無くなったり、とにかく衰退していて寂しい感じです。 対して少し離れた場所にある大きなショッピングモールは渋滞になるくらい混んでいて賑やか。車で移動が当たり前の地域では広い駐車場が必要で、他に行くところがないから子供達を自由に遊ばせて買い物も出来て食事もできる広い空間、となるとやはりイオンみたいなところには勝てないでしょうね。
・一昨日、昨日と青森市へ行ってきました。 駅近くの観光施設は多くのお客さんがいたのと、ネットで調べていった複数の飲食店には行列ができていました。 土日のせいなのか、たまたまなのかわかりませんが、人はたくさん歩いていました。 マラソン大会があったことも理由かもしれません。 東京よりも遅い桜はとてもきれいに咲き誇っていて、駅周辺の公演もきれいでした。 シャッター通り商店街は東京の商店街でもたくさんあるので、特定地域の問題とは思えません。 あくまで一人の観光客の目線でしかありませんが、青森市、とてもいい場所でしたので、応援したいです!
・地方都市でも、例えば福岡や大阪、名古屋とかみたく、経済の中心と言うか、その周辺に商業施設を作ってりして、鉄道やバスと組み合わせて、ドアtoドアで行きたいところに行けると言う街づくりが出来ていて、賑わいが絶えない地域とそうでない地域とでは、活気とか含めて、街としての格差を感じるんよね。
コンパクトシティの発想は悪くないが、鉄道とか公共交通の充実があって初めて生きると思う。
・コンパクトシティ化自体は必要なことですよ。現状必要性を感じない人もいるかもしれないけど水道や道路などの老朽化を考えたらいずれ必要になってくる。青森は言っては悪いがコンパクトシティーにしたから衰退したわけではない。どのみち衰退していただろう。この記事は結構偏っている。能登の震災で首長の一部にもコンパクトシティー化して復興を目指すという考えを表明している人もいたが、予算を考えてもそうせざるを得ないだおるし、震災以前にコンパクトシティー化していれば水の問題などはもっと小さくて済んだはず。
・コンパクトシティーのみそは散らばって建っている家屋に住んでいる人達、特に高齢者を人口密集地域へ呼び込むところだと思う。 そうするためには、集めるところに大規模な商業施設や集合住宅が必要だし、引っ越し支援と二足の草鞋で出来たら良いけど、ままならないねぇ。 結局のところ、行政としてはやるだけやって、限界集落には自然に還ってもらうのが一番なのかな。 仕事はともかく、暮らすなら都市部が圧倒的に暮らしやすい。 個人的には引退しても、このまま都市部で暮らしていこうかなと思う。
・中心部に誘導したくても、家賃が高いと難しいだろう。地方では中心部に住んだからといって、車なしで生活できるのは一部だろうし、一家に数台の車庫を用意したら、払える人たちはあまり多くはないだろう。
それに、持ち家が普通の地方だと、集合住宅を避ける人もいるだろうし、望みの間取りの集合住宅が難しかったりもするのではないか。
除雪のコストが高過ぎるという問題の対処が必要なのは変わらない。限界集落みたいなところから郊外に移動してもらうようなことは必要だろう。これからも努力を続けるワケで、経験を活かして首尾よく行くことを願う。
・私は、青森市のコンパクトシティー構想の失敗を、国の縦割り行政と地方政策の不一致が主な原因だと考えています。この計画は、中心市街地の活性化という初期の目標を見失い、郊外開発が進むことで更に混乱を招きました。メディアは「コンパクトシティー」というフレーズを強調しがちですが、実際の市民の声やその影響は十分に報じられていません。
この問題に対する解決策としては、国と地方が協力して一体となった政策を策定し、市民が直接参加する市街地活性化の計画を推進することが必要です。これにより、市の実情に即した持続可能な都市計画を形成し、市民のニーズに応えることが可能になるでしょう。また、市の経済的自立を促すためには、新たな産業の育成にも注力する必要があります。
・自分の地元もそうだが、何故その様になるのか?を考えた時に、地方は車社会であり、車が無いと生活をする事が困難。 市中心部に大型の商業施設を作ったところで、駐車料金を支払ってまで、その場所に行き買いたい物があるかといえば、そうでもない。 車止めるだけで、お金を取られるのなら、多少時間とガソリン代が掛かっても、同じ物を購入出来、ゆっくりと買い物が出来る郊外型の店舗を殆どの人は選ぶでしょう。 また車を止めるスペースが十分に確保出来ない場合は、近隣にある民間の駐車場を借りる事になる。 そこに車を止めて、歩いて店舗に行かないと 買えない物なんて、ほとんど無い。 車を止めるだけの為に、皆んなお金を払える訳ではないし、出来るなら払いたくない。 そして地方に住んでいる人程、歩きたくはない。
・記事内でも触れられていたが、郊外開発に対しての規制がそれほど行われなかったことの他、中心市街地の地権者の意識改革が進まなかったことも(失敗の)要因として挙げられると思う。往々にして、中心市街地の地権者の中には、まちづくり、活性化に対して、当事者意識を持たない者、問題意識を持たない者が少なくない。中心市街地活性化に対して、行政が主体となることは悪いことではないのだが、いかんせん不動産開発・収益性向上という民間が得意とする分野は全くノウハウが足りず、第三セクターという責任の所在が曖昧な形態となったことから最終的に破綻という結果になってしまったように感じる。中心市街地衰退と活性化の問題は全国の地方都市で顕在化しているが、ピンポイントでハコモノだけ作ってもうまくいかないことは明白だ。同じ東北地方では、今、福島駅前が非常に先行きが怪しいことになりそうだ。
・青森駅周辺の再開発案件はかなり多いですね。 駅ビルは今週オープンするし、夏にはホテルもオープン 数年後には中型商業施設兼マンションがオープンし、 その後は旧青森グランドホテルの再開発という話も聞こえます。
私の感覚では、駅周辺の活性化はある程度成功して 駅から徒歩10分以上のエリア(青森市最大の歓楽街はここです)がさらに衰退するのかなという感じです。
・時代を考えればまだ00年代は郊外の開発をしてある程度イオンはじめ全国チェーンがやってくる元気があった。だからこそ車社会が加速して、中心市街地の衰退もより顕著になったわけだけど、郊外の開発も落ち着いていよいよカンフル剤もなく過疎化が黙って進む状況なら、今こそ青森市のような構想がくると思うけどな。 コンパクトシティにするにも車社会を受け入れつつ目玉の複合施設でもないとそもそも今は人が集まらない。駐車場や各方面へのバス路線を整備した上でなら今こそ通用するしこれからのトレンドになり得ると思う。
・青森市だけではなく、三沢市もアメリカンヴィレッジ構想で街づくりをしましたが、見事に外れて閑古鳥状態です。 地方や地域に見合った内容ではなく、無理をして都会っぽい建物や外国風に街並みを変えてもいかがかと思います。 もっと青森ならではの魅力を発信して欲しいです。
・郊外ではマイカーで移動する人が多いので、広い駐車場が無ければ人は集まらない。広い敷地を確保しようと思えば、必然的に郊外になる。コンパクトシティを目指すのであれば、商業施設の誘導ではなく、住宅地を誘導するべきだろう。空洞化する中心市街地への移住、建て替えを補助したり、郊外の新規の宅地造成を規制したり、住民を誘導するのが先決だと思います。
・公務員も民間も経験しました。
公務員がプレイヤーとして、悪い意味で出過ぎたのかもしれません。 コンパクトシティの発想は大切です。どう具現化するかの実践例の積み重ねが大切かと思います。 青森はとても魅力的な街なので、この困難も乗り越えられると信じて応援していきたいです。
・郊外のショッピングモールは賑わっていると言ってもそもそも若者やファミリー層の車客を想定して商圏も半径50kmくらいを想定してる。今は賑わっていても人口減少が急速に進む日本では若い人は仕事を求めてどんどん大都市に出ていくので30年後には廃墟と化す地方のショッピングモールが続出すると思う。そうなった時、残された高齢者をまとめて移住させて徒歩圏内に商業、医療、行政施設を集約化した本当の意味でのコンパクトシティが求められるでしょうね。でも年取るほど長年住んでる土地への執着が強くなるからインフラは整備できても実際に人を動かすのは苦労しそう。
・田舎は車社会ですからね。 以前、コンパクトシティーを謳う富山に行きましたが、中心部も道路が広く駐車場も多くて、しかもライトレールなど公共交通も発展しててコンパクトシティーがうまく進むようなポテンシャルは感じました。 青森にも行きましたが、公共交通はバスのみで本数も少なく、道路も狭くて、これでは不便でコンパクトシティーには向かないと感じました。 車が1人1台の田舎では、それだけの駐車場も必要ですし、となると働く現役世代は土地代や固定資産税などを考えると郊外に家を求めます。 行政側の都合(もちろんインフラの維持などの経費は税金なので住民にもメリットはあるが)で中心部に集めようとしたところで、車生活の利便性や経済的なデメリットを受け入れてまで中心部に住もうと言う人は少ないと思います。 コンパクトシティーは目指すべき方向としては正しいと思いますが、もっと現実に即した計画を進めてほしいと感じます。
・郊外での宅地造成をより厳しく規制するしかないですよ。特に市街化調整区域ギリギリのエリアの農地を買い漁って宅地化している地元工務店は本当に法規制の対象にしたほうが良い。現状、宅地化を規制する農地法や農振計画、都市計画法は抜け穴だらけ。このままの状態で人口が減少すれば、公共インフラは間違い無く維持出来ない。より厳しい法規制で、住むところと最低限の土地管理だけするエリアを明確にしましょう。
・コンパクトシティ化と駅前再開発は似ていて違うのではないでしょうか。 インフラの整備が高齢化で出来ない地域の方々を地域ごとにまとめて中心部への移住が前提にあり、車の運転が難しい年齢になっても買い物、通院、役所などの生活に必要な施設が自力で賄えるようにして行くのがコンパクトシティ化だと思います。 その中で駅前やその他の必要な施設へ行く為の道・歩道などをバリアフリー化するための再開発ならばありですし、必要な買い物を出来るスーパーの誘致などはありだと思います。 まだ若い世帯には郊外型のショッピングモールも必要でしょうが、地域性を鑑みて高齢化に対応するコンパクトシティ化はこれからの日本には必要な(むしろ着手が遅いくらい)ではないのでしょうか。 能登の復興も含めて取捨選択して本当に今後の生活のことを考えたコンパクトシティ化が大事なのではないでしょうか。
・駅前の商業地域になぜ客が来なかったのかといえば、やはり駐車場でしょう。 車社会なのに駅前は駐車場が少ないし、そもそも駐車にお金を払うという概念があまり浸透していない。郊外のショッピングモールは基本的に無料で広いスペースに停められるし。 そして記事中にもある人口減少問題。 1番の理由は働き口が少ない・給料が安いからだと思う。 極端に言って月50万円もらえるのであれば県外に人はあまり流出しないであろうし、逆に県外から人は移住してくると思う。 あと青森県は人が分散しているのも出身者からすれば魅力的でないのかもしれない。青森市(27万人)、弘前市(16万人)、八戸市(22万人)に人が分散してるんで、人口50万人の市があれば大きいビルもたくさん建って都会感が出て魅力も増すのになと思う。 もちろん人口減少にもメリットはあると思うので、現状が一概に悪だとは言い切れないが。
・コンパクトシティの成功例として挙げられる富山市の近くに住んでます。 確かに街中は以前と比べると新しい建物も多く、人通りも増えたように思います。 きっと車を持たない人でも十分に暮らしていけるでしょう。 一方で富山市中心部を外れると車がないとどこにも行けない。中心部に向かう道路は慢性的な渋滞。街中は混むから車では行きたくない場所です。 郊外からするとコンパクトシティはにぎわっているけど行きにくい場所になってしまっています。 富山市は富山県の3分の1を占める大きい市なので、街中とそれ以外で大きな隔たりはあります。青森は除雪費削減の目的があったようですが、郊外に人が住まなくなるわけではないので、管理する範囲は変わらず、中心部の渋滞が増しただけのような感覚になります。
・地方都市・しかも豪雪地帯の再開発は、難しいと思います。
地方都市は、都会と比べ、電車の路線が少なく、本数も少ない。 バスも同様です。
シャッター商店街の共通点は、無料駐車場・公衆トイレが整っていません。
郊外の大規模店舗には、それがあります。 地方都市ほど、モータリゼーションが進んでいるのです。
また、空き店舗に補助金を出して出店を促すより、無料駐車場・公衆トイレに改装した方が効果的だと思うのですが。
また、雪国の事を熟知していないアドバイザーを採用している様に感じられます。
・中心市街地の衰退は、地方の県庁所在地・中小都市で急速にすすんでいます。駅前商店街のシャッター通り化は、日本中で見慣れた光景となっています。 なんといっても、郊外の大規模ショッピングモールの集客性(スーパーからファッションまで多様な店舗構成・飲食も充実)、利便性(大規模駐車場・子育て世帯や高齢者等への配慮)、娯楽性(映画館・ゲームセンター等を併設・イベント開催)は、圧倒的です。 中心市街地の活性化策(再開発ビル建設・商店街の活性化)は、既存の市街地の中で行うので、規模は限られ、また、商店店主や地権者等の利害関係者に配慮しなけれなならないので、斬新な事業を展開することは極めて困難です。
・少子高齢化の対策としては、地域商店街や点在する小売店、同業種の多店舗乱立を是正するところからだと思う。 便利で贅沢な暮らし向きだった時代に縛られるのでなく、人口減少に見合った小規模の経済を作っていくこと。 能登地震でも明らかになったが、どうしても山奥や限界集落から離れたがらない人は一定数いるが、申し訳ないけど死ぬまで住んでもらってあとは自然に返すという考え方が適当だろう。新たな住民を呼び寄せたり、インフラ整備したりするのは、決して未来志向ではない。 自治体も、人口減少を止めることはできなのだから、再開発や活性化よりも周辺の自治体と合併することを考えた方がいい。部分最適より全体最適、そういう考え方の方が今の日本には必要だ。 都市集約が必須とは思わないが、人口に見合う面積に居住もインフラも、経済も集中するという考え方こそがコンパクトシティなのだと思う。
・商業の活性化で中心市街地をどうこうしようとするのは地方都市ではほぼ不可能で、可能性が生まれるとすればそこに暮らす人が増えることのみかと思います。が、現時点において中心市街地に暮らすことにメリットを見いだせる人も限りがある。若い人を呼び込むにしても高齢者の移住を促すにしても、相当の経済的メリットが与えられない限りは難しい。地権者を行政が取りまとめて効率よく再配分したうえで、税負担が軽くなったり還付があったり、家賃補助があったりなど、経済的にインパクトのある仕組みづくりをしないと、人の思いだけではどうにもならない。仮にそれができて暮らす人が増えれば、商業は少しずつでも上向く可能性があるかと。でも、難しいですよね。
・現居住地から距離が近く生活風習が変わらない程度の、各地域の中心市街くらいへの移住の方が心理的な抵抗は少なそうです。
限界集落や過疎地をあちこちに点在させたままよりは、だいぶ合理化できるとは思います。
また、街場まで車や電車で2、3時間かかる絶対的な奥地は、実は日本にそう多くない。 ほとんどの山間部や田園地帯は、街場まで30分~50分位で出れてしまうので、親族や集落内での協力でなんとかなってしまう現状があります。
いよいよどうにもならない状況まで悪化しないと、変革は難しいのでしょうか。
・既存のコンパクトシティーの構想は、人は働いて収入を得ながら生活をしているという前提を考慮していないところに問題があります。
移動の自由が認められた世界では、物を動かすのと人を動かすのでは考慮する要素がまったく異なります。
結論からすると、産業構造転換とセットで進めないと想定通りの政策効果を得るのは極めて困難でしょう。
東京に行かなくても東京でしか見つからない仕事がそこそこの収入を伴って青森で見つからないと中心市街地に転居する資金も捻出できないのは言うまでもありません。
青森の就業環境で働き続けられないと思ったら、中心市街地よりも東京に転居した方が良いと思うのが当然です。
これは青森に限らずすべての地方で言えることです。
多くの人が当然のように考慮する前提条件に対して政策立案の段階で十分な分析がされていなかったのと、その後の変化に対して機敏に対応できなかったのが原因だと思います。
・アウガができる前は青森魚菜センターがあって買物客と魚を運搬する業者さんの為の駐車スペースになってたんですよね。 明石家さんま、大竹しのぶ主演のロケ地にも使われて作品内で当時の面影が見れます。 夏場はねぶた祭りを県外から見に来る人で駐車場が取り合いになるくらいに埋まって駅周辺のお店は1番の稼ぎ時でした。
佐々木さんが市長に就任した辺りで市場の場長さんが死去、青函トンネルの完成でこの辺から落ち込んでいきましたね。 買い物に便利な所にあった駐車場を潰してビルをおっ建てて少し離れた所に立体駐車場を作ったけど写真の夜店通りからは少し離れてるしねぶた祭りの巡行ルートからも遠ざかった。 バイクに乗って見に来る観光客には配慮が足りなくなりました。
自分の父親も駅前市場に店を構えてましたが青森駅に新幹線が来ないのを知って早めに見切りをつけて移転しましたね。
・諸外国では中心市街地の治安の悪化という喫緊の課題があったのに対し、日本ではそこまでの危機感がなかったために、単なる財政出動の名目になってしまったのだろう。そもそも商業地は人の集まるところに出来るので、それをはじめから作ろうとするより、良い住宅地であることを先に目指すほうが良いのでは。商店街だったところが宅地化した結果、むしろ綺麗な通りになったところをよく見る。
・コンパクトシティと地域復興を混同してしまうと、どらちも立ちいかないんでしょうね 元々経済発展が目的でなかったはずなのにいつのまにかそちらの方が重点的に語られるようになるとは
経済の論理で物事進めていくと、人口が都市部に集中すればそのぶん土地の値段や物価が上がり、実質賃金が増えず高齢化していく家庭はとくにそこに住みにくくなる だから自然と中心地から郊外に分散し、不要な箱物ばかりが増え、コンパクト化が進まない
でも、元々主な目的は広範囲にわたる除雪の負担を軽減したかったことですよね 商業施設とか本来関係ない話だったはず 高齢者用のマンション建てればそれで済んだのでは
・青森、大好きな場所です。 初めて訪れたのはもう20年前で学生の頃。夜行列車の乗り継ぎで降りました。県庁所在地駅前なのに閑散とした雰囲気。自分は都心に疲れてたので逆にそれが新鮮で一気に好きになりました。 アウガは雰囲気が暗いんですよ。近くのねぶた館とAFactoryは現代的なオシャレさがあってやっぱり足はそちらに向きます。絶対できますよ。
それに、郊外のショッピングセンターは生活するのに一番必要だから賑わうのは当たり前ですよね。それが、街中に必要なのか居住区が広がってる郊外に必要なのか。生活を考えれば一目瞭然だと思います。 イオンが潰れるような街になったらまた再考が必要だと思います。
・コンセプトはともかく、公共交通機関が未発達な地域でコンパクトシティを目指すには時間が掛かる。 そもそも移動が自家用車なので、基本的に中心地いはあまり行かない(駐車場の問題)。
確かに高齢化が進むとマイカーは減るんだろうが、そうは言っても需要を喚起したい現役世代はどう考えても自動車が主体。 つまり県民の意識レベルで改革をしていかないと成立しない。そもそも、コンパクトシティ化のメリットを感じにくいよね。それこそ今後はデジタル化していくので、役所自体がオンライン手続きで済むようになっていくし、オンラインで対面にすればそもそも役所にも行かないで済む。
・青森は除雪という切実な問題があってコンパクトシティ化を進めましたが、住民が市街地中心部に集住しなかったのですね。 除雪問題がほとんど発生しない地方でも、高度経済成長期に郊外の山沿いに分譲団地が出来て宅地を得て移り住んだ人たちが、高齢になった現在生活に色々困っていますね。 地場産業の繊維産業で繁栄していた岐阜市も、東部から北西部の市境に近い山沿いに次々に分譲団地が出来ましたが、鉄道駅から遠く離れた郊外の山沿いの住宅地はいずれも交通機関がたくさんあるとは言えず、駅前や柳ヶ瀬の繁華街は繊維産業が無くなってかつての賑わいは無く、分譲団地に残った住民は車を運転して郊外の店舗で買い物するしか生活出来なくなっています。 住民が幹線鉄道の駅も繁華街も徒歩圏内にあるような狭い範囲に住まないとコンパクトシティとは言えず、住民も便利な生活は出来ないのだなと思います。
・基幹産業はなければ経営才覚も生まれない。富山市は従来の路面電車を活かして集約する方法を取ったからうまくいっていると思う。まず、動線の確保。そして既存施設の活用。流れができてから新たな施設建設の順ではないかな?そう考えると、ローカル線も積極活用する策も必要かなと思う。鉄路に張り付くように商業施設や病院、役所などがあれば、必然的に列車利用しなければならないし。
・コンパクトシティについて、よく青森の事例が失敗例として論ぜられるが、湖の記事にあるとおり、失敗には理由があるのだ。第一に、居住の集約化を後回しにして、中心部の商業的開発だけを先行させたこと、第二に、郊外の土地利用規制が不徹底であったことだ。
どちらも私権の制限に触れる論点があるから、簡単には出来ないのだが、結局、その点が失敗の要因になっている。
幸いにして、青森市はやる気を失っていない。中心部にマンションも建ちはじめたという。過去の失敗を教訓にし、実効性ある政策に期待したい。
・私が住んでいる福岡はコンパクトシティに成功しているところだと思うが、やはり、交通網がしっかりしているところだと思います。 広大な東北の地では、コンパクトにしても実際コンパクトになりにくいと思います。 高さのある建物を建てるより、土地を買ったほうが安いとか、新幹線はあるが空港まではちょっと距離があるとかそういうところだと思います。
・青森が好きでよく行きます。食べ物が美味しいのは当たり前ですが、無くなりつつあるレトロな街並みが残っている貴重な所です。マツコさんもおっしゃっていました。
東北地方は残っているようでないのです。仙台はすべてと言っていいほどそういう町並みは無くなりました。新しい真四角のきれいなビルと似たような住宅、整備された公園そんな感じです。便利は便利です。だけどどこも似たような風景です。
青森は駅近くなどは再開発でマンションなどが出来てはいますが、ちょっと歩けば昭和の風情が色濃く残る通りがけっこうあります。歩いていて気持ちがゆっくりとして楽しくなります。いつかは無くなるのかと思うとその地域の特性ってなんだろうかと思います。住んでいる人からすればそんな事を言われてもなのでしょうが風情のある所や物って無くなったらすぐ復活とはいかないので勝手ですが青森はそういう街であってほしいなと思ってしまうのです。
・できた当時を知ってます。学生でした。 弘前でしたがアウガに行くのが楽しかった記憶。そしてすごい人混み。 でもこういう箱物はいつかはこうなるんですよね。 そのたびに周りの商店街なんかもさびれていく。 でも、生き残った商店なんかは活気を取り戻したりしてる。 昔ながらの商店街の良さってのも考えるべきですね。貧乏なんで、小分けで買えたりするし、おまけしてくれることもあるし。新鮮で良いものもあるし。
・世代を超えて積み重ねないといけないのに、当事者はもちろんだけど、生活する庶民、民間の意見が十二分に反映されていたものだったんだろうか。
新規の土地造成をさせてはいけないよね。それやったら元もこうもないよな。 土地造成の規制は当然必要だし、行政はもちろん、住んでる人、商売する人、みんなが得にならないと成功は難しいだろうな。 きっちり線を引かないとな。でも、引きっぱなしも駄目だろうな。 芯はありつつも、柔軟さも求められるんだと思うね。
・コンパクトシティが実現できれば、高齢者の安全に加えて、中心地の活性化、交通網の簡素化に加えて移動距離の縮小による温室効果ガス削減、郊外の自然の回復による環境保護等にも繋がると思います。しかし、某企業が地方の郊外に大きなショッピングセンターを建設したりして、郊外に人を留め置くきっかけを使ってしまっています。企業の利益を考えたらコンパクトシティより、既に存在する郊外の住民を目当てに、広大な土地を利用した施設を建設するほうが利益があるでしょう。さらに、住民が中心地へ移り住むかどうかは、住民の自由であって、強制できないのだから、コンパクトシティの実現は難しい気もします。行政が住民を強制的に移住させることができるのならば話は別ですが・・・
・足るを知るって言葉に示されてる通りで、郊外や過疎地域に住んでいる人は他人が見ると不便だとしても、本人は現状維持(自分の代で先祖からの土地を放棄するとかもってのほか)で何も問題ないんですよね。 そんな人にコンパクトシティやらなんやらで例え補助金積んだとしても住みやすくなるから移住してくれで、移住するわけがないんですよ。 自治体としていインフラ維持に自信ないなら、整備困難な地域は早くから示してあげた方がいい。
・コンパクトシティーを作るなら、従来の(古い考えの)中心部ではなく、郊外のバイパス沿いにした方がいいかもしれない。
一方で、公共施設の移転はともかく、商業施設の誘致等に行政がお金を出す必要ないと思う。各種再開発も行政は許可を出すだけが良い。
お金を出すなら、コンパクトシティーに移住したい市内の過疎地域などに住んでいる人の移転費用だ。住居費の補助をしてもいい。
・人口減少、高齢化、少子化、医療機関不足、移動手段不足、買物難民、土地の有効活用などなどの諸問題を解決するには、コンパクトシティは有効ではないか、でもそのためには住民や団体の反対にもかかわらず権限をもって進められることが必要。過疎の土地に残りたいという高齢者引き剥がしても都心に住まわせることができるか、そのうえで十分なサポートも提供できるか。
・都心郊外に住んでるですが、病院、100円ショップ、ホームセンター、飲食店、コンビニ、巨大なショッピングセンター等、重い荷物も何のその、車でほぼドアツードアで行けちゃう。 想像ですが、車の所有、運転ができる比較的働ける若い人は郊外、そして車の所有、運転ができない方は市街中心地になってしまってる気がする。 そう考えると、ショッピングビル一棟どうののレベルじゃあ、車さえあれば便利で環境の良い郊外の住人を、市街中心地に集めて賑わいを取り戻すのは厳しいと思う。
・過疎化する地方で子供が成人し一緒に暮らすには働く場所がないので難しい よって高齢者だけが残るが、子供が帰ってこないなら朽ちるまで今の家で暮らしたい コンパクトシティとしても、引っ越しも買い物に行くのも難しい こうした過疎化の流れに抗うのでなく、それを前提にした国土と生活のあり方を描いていくべき
・地方都市が抱える共通の課題ですね。 日常的に行動の手段として自家用車を使う若い世代は、広い商業施設が消費の中心となり、運転免許証を返納し公共交通機関を移動の手段とする高齢者が中心市街地に残ると、自ずと年金暮らしの高齢者が消費出来る量が限られてしまいます。そしてその世代の自然減が続きます。この波は地方都市からじわじわと東京に向かうのだと容易に想像できます。
・自分は富山県民なのですが富山市も同じ政策を掲げてます。肌感覚としてですが北陸新幹線が通ったこと等もあり中心部が1番衰退してたころよりは息を吹き返してるとは感じてます。
富山市には路面電車があるのでこれも大きいと思います、中心部を環状運転もしていて凡そ10分間隔ぐらいで運行してるので実際使うとかなり便利なんです。ただそれを県民、市民の間にあまり周知できてないのかなと思います。それぐらい地方で育ち社会に出ると車移動が当たり前過ぎていくら公共交通機関が思ったより使えてもまずそれが頭に無いと言うか車以外で移動すると言う固定観念が強いと言うかとにかく電車やバスでどこかに行く、と言うのが初めから選択肢に入ってないんです。
ここらへんを住民側に意識改革してもらえるような対策や広報を地道にやっていくのがひとつ重要じゃないかなと思います。電車やバス移動は自然と歩く事も増えて健康にもいいですしね。
・この記事のタイトルがすべてを物語っている。国交省と経産省が違うことをやっていては、青森市のように立ち行かなくなるでしょう。コンパクトシティの発想は理にかなっているものの、郊外の土地が安くなるとそこに大型店舗を出店し、住宅販売もそこに需要が生まれるのは当たり前。 能登の震災でも感じたことだけれど、多くの人が生まれた場所を離れたくないという意識もあって、なかなか思い通りに進まないのが現実だと感じます。
・コンパクトシティは今から絶対必要になります。日本の端々まで伸ばしたインフラも人の数に対していつまでも維持は出来ないし、人は減り、震災で壊れる可能性が高い国なのだから急務で修復する範囲も集約していった方がいいと思う。
先に商業施設を作るのでは無く、田舎、極度な郊外にいる人達を移動させる事が先だと思う。店があるから移動してくるのは若者が東京に行くのと違い、お尻が重たくなった人達では動きが悪いと思う。住居や支援などをそれこそ公的機関が主導して。
世の中、人がいなくて利益がないから田舎に店ができないし無くなるわけですよね。
人がある程度いれば店も継続出来る、病院や公的設備も作りやすくなる、行きやすくなる。そうすれば生活しやすいコンパクトシティになるのでは?
ポツンとな生活がしたい方は出来るならすればいい。でもある程度自己責任にしていくしかないと思う。
私、地方田舎民はそう考えてます
・青森市のケースは失敗の原因はあれこれ考えられるが 現在自分が住んでる地域も最寄り駅の前のシャッター街が 増えつつある姿を見ると何とも言えない気持ちになる。
確かにいくつかある郊外の駐車場の大きい商業施設のほうが 賑わいはあるし今後も混み合いそうではある。 一つの商業施設に頼るのは撤退した時のリスクが大きいが 複数の賑やかな商業施設を有機的に結び付けて生かすほうが まだ可能性があるかと思う。 結果的に緩やかなコンパクトシティー化になるのでは。
駅前の中心地を再興するプランは一度捨てて そのエリアそれぞれに あった発展形を考える方が良いと思うし それが行政の役目だと思う。
・将来世代のインフラコスト負担増を避けるためにはコンパクトシティ化は必要。しかし順番がある。地方で広い家、広い敷地に住み車社会が浸透していれば市街地中心部のマンションやアパートに住むのは嫌がるだろう。交通インフラも併せて統合して商業施設も統合していかなければ住民は目先の楽な方向へ流れていくだけ。都心部への移住に対する税優遇なども必要。 推進順序を組み、少子化対策と並行しながらも100年計画で推進するべきだ。
・最近ある外国の記事で、これから行くべき注目の世界の街として、たしか岩手県の『盛岡』が取り上げられていたと思います。日本人でも意外な指摘でしたがあらためて見ると確かに魅力的な街ですよね。青森市もポテンシャルはあると思うので、こういう『盛岡』の街づくりを参考にしてはどうでしょうか。
・1997年頃から国が地方への投資をやめたのが根本要因です。予算を削られ地方に仕事がないから若者が都市部へ流れ、地方は衰退しまた予算を削られ、の悪循環の繰り返しでどうして地方が活性化できようか。これは年単位ではどうしようもない問題です。今後30年かけて国が地方にインフラ投資するべきです。インフラが整えば企業も投資先として動き始めます。
・コンパクトシティーは良いけど、駅前ではない。駅は「市の顔」と言う意識を捨てるべき。
駅前は古くからの利権の塊で開発のコスパが悪い上に、明治大正昭和にわたって敷設された鉄道路線は、建設しやすい沖積平野を縫っているから、地震が起きれば液状化しやすく水害にも弱い。既成概念を捨てて、地盤が安定した郊外の小高い原野をゼロから開発して移転を促した方が良い。道路の下は共同溝として、上下水道や電線を通すなどの工夫も必要だ。
土地代を安くして分譲し、10年くらいは固定資産税免除などのインセンティブを付ければ、数十年で自然とコンパクトシティーが誕生するだろう。
・いくら地方といえど駅前は家賃、土地代も高いですしまとまった土地もないですからね だったら郊外ということでそっちの方が栄えてきてます あと新町の方は私からすると不便なんですよね 家から遠いし交通も夜はないからタクシーだし、自家用車でも広い駐車場ないし 最初の構想通り集合住宅を進めて歩いていける人を集めるのはいいかもしれないですが地方なのに集合住宅か、とも思う
・コンパクトシティ化は縮小していく日本において必須です。
失敗と結論を出すのは時期尚早。 中山間部まで細やかにインフラを整えつづけるのは厳しい。 豪雪地帯で施設が傷みやすい、除雪コストがかかるのでなおさら。
東北は人口や経済規模などで他地域より難しいところもありますが、ぜひインフラの整備、学校誘致や転居支援など継続して人口減少に負けないでほしい。
・私が思うにコンパクトシティを作るのなら47都道府県を撤廃して県と県が合併し新たな場所にスマートシティを創るべきだと思う…と言うよりももう20年後には今の高齢者が亡くなられて現在40代から30代後半の世代の割合が大きくなる。益々人口減少が進み地域事にかなりの空洞化が目立つようになり公共の維持が難しくなるからだ。そうなると衣食住がままならなくなりポツンと一軒家が増え続ける事になる。こうなると国も自治体も管理仕切れなくなり不法外国人の移住地になりかねない。やるなら急いで動いた方が良い
・地方都市には地方都市の良さがある。 都市周辺部の、田圃や畑と住宅が入り混じったような地域は自然が豊かで、人間が人間らしい暮らしをするのに最も適している。 自然豊かな周辺部で暮らす人々をコンクリートで囲まれた中心市街地に移住させることは、いくらコスト削減のためとは言え、受け入れられないだろう。 コンパクトシティー構想は自然が豊かという地方都市の良さをスポイルし、過疎化に拍車をかけるだけだと思う。
・仕事の関係上、様々な地方都市、またその郊外に短期滞在するが全国的に同問題に悩まされている印象を受ける。 私が思うに地方行政の都市計画がどこも画一的な発送しか展開できないところに問題がある様に思う。 明らかに過疎化が進んだ村に瀟洒な役場や豪勢な音楽ホール。外部の者から見ても採算が取れそうに無いのは明らか。ホールの開催イベントを見ても年間数回の開催に留まっている自治体も多数ある。 国との現状のしがらみを一旦置いておき、独自の都市計画を考えるべきである。そのためには自治体トップは無論、職員による新たなアイデアに期待するのも選択肢に加える度胸も必要である。
・人口減少、郊外の過疎化、防災の観点、地方財政の最適化など、大きな流れの中でコンパクトシティ構想は間違いでは無いのだろうけど、敢えて郊外の方が落ち着くと言う世帯も一定数存在するのも事実だから、行政の思惑と実際に生活している市民の声をどこまで都市造りに反映するのか、どこで折り合いを付けるのか難しいだろうね。
・日本はもちろん社会主義の国ではないけれど、中心地集約型の都市を造るなら覚悟を決めてある程度社会主義的な「規制」が必要かもしれない。
郊外は中心地に比べて安価に住めることが多い。 これでは郊外志向はなくならない。 「郊外税」「郊外建築・出店規制」など、心を鬼にして設定せざるを得ないだろう。
また、中心部に徒歩地域と駐車地域をうまいこと配置・再開発することも必要だ。中心部に職場がある人のほうが少なかろう。車の保管場所は中心部でも必要だ。
静岡県裾野市でトヨタがウーブンシティを試行する。 このくらい思い切ったことをしたらどうなるか、非常に興味がある。
・コンパクトシティの本筋は、あくまでも「人間」(例えば僻地や高齢者だけの世帯等)を中心地に集積し、それに付随してインフラであったり不動産業もそうだし医療機関や福祉機関、そして商業など物流が効率良く回転する。という「まちづくり」であるはずで、先に「目玉施設」などのハコモノであるはずないのではないかな。 生まれ育った土地を後にしても(「捨てる」という感情を持たせない)「住みたい」と思わせる様なまずは「住まい」と、まちの「ビジョン」が大事ではないかなと思います。
・駅前が活性化しないのは駅前に住宅地を作ろうとするからです。駅前はオフィスビルと大型駐車場を整備し通勤客を増やす。さらに若者を増やすために複数の専門学校を誘致する。住宅は駅から商店街の先に単身者、家族、高齢者のマンションを建築する。そうすると住宅地から駅前までの商店街が活性化する。 駅前の好立地に高齢者住宅とかの単位面積あたりの購買が低い居住者とか廃れるのが当たり前です。オフィス、専門学校とか人の入れ替わりが見込める購買層を誘い込むのがポイントです。
・どこにでもありそうな地方都市の荒廃過程、読んでいるだけで暗い気持ちになりました。絶妙にださいカタカナ名をつけておしゃれを気取っても、すぐに現実に突き当たる。こういう路線はイオンモールあたりに任せて、行政はもう少し地味で地道な、雇用創出や子育て支援に取り組んだほうが良いのでは。
・青森市に住んでいました。青森市は本当に失敗したまちづくり事例だと思います。その理由の1つは、中心となるべきはずの中心地の再開発の失敗であり、その失敗の理由の1つに家賃補助制度にあります。アウガ単体の問題ではありません。 家賃補助制度によって、補助金で借主は家賃が少なくて済む一方で、貸主は一定の収入が見込める。一見するとよいように見えますが、逆効果を生んでいます。 普通は、魅力がなければ、地代が下がり家賃収入も下がり、再開発しようという機運になるのですが、補助がなされるとまったくそれが起きません。既得権益のために税金を投入するだけで、一般市民にはまったく恩恵がないのが現状です。税金の無駄遣いです。 青森市の問題だけでないのですが・・・。当地は既得権益が甚だ強く、40年間何も変わっていません。
・コンパクトシティにするためには、商業施設を作ることではなく、人の少ない地域にインフラを今後整備しないことで、そこに住む人に移住を促進させることが必要。 移住が進み人が集まれば、商業施設は自然とできるから、わざわざ作らなくても良い。結局、移住費用を行政が負担しない限り進んでいかないのだから、ハコモノ作りにお金かけないで、個人に直接支払うべきだと思います。
・新潟市も同じだな、と読んでいて感じた。next21ですね。その頃はまだ若かったし、現在はそこから離れているので当初の目的はよくわからないが、青森市と同じだったのではと思います。 ネクストの立地は駅から遠く、もともと古い家が建ち並ぶ場所。そこに向けて移住しようとする人は少ないでしょうね。駅ちかの南口に建てて南側の発展を促していけば良かったかもしれないが、古町の集客や再開発に走ってしまったのかな。BRTしかり。その証拠に南口側のイオンの周りは人口が増えたのではないかな まぁ、なんにせよ生産する人がいないので、どこの開発も地方は厳しいのではないでしょうか
・東京23区内とかくらいに公共交通網が発達しててなおかつ地価も駐車料金も高ければ駅近のマンションに暮らすのが便利なのだけども。
満足な公共交通も無く、クルマ移動が当たり前、郊外は地価安い、って前提だと、大型駐車場がある郊外のショッピングモールにみんな行くことになっちゃう。 人件費掛からないから安価な自動運転タクシーとか出てきて高齢者の運転問題が解決したら、田舎ではなおさらクルマ依存が進んで路線バスや電車(田舎は気動車だろだって?ハイブリッドは電車区分なんですかね?)は確実に無くなるでしょうね。
でも郊外は除雪しません、ってわけにもいかんでしょ?不便なら他市に引っ越す人増えるだけだし。 いつでも好きな場所に行けるクルマ(将来は自動運転含む)とコンパクトシティは絶望的に相性が悪い。
個人の移動の自由と行政サービスコスト、どうやって天秤に乗せるか、乗せちゃっていいもんなのか?ですね。
・人通りの少ないシャッター街には住みたくない 中心部は無駄に地価が高くて、集まれない (駐車場も有料だし、品物は郊外より高くなるし)
郊外に分散したある程度のまとまりが現実的な落としどころ ニュータウンとかそういう開発規模じゃなくて良いので、もっと手頃なプランが出てくるとよいですね
・駐車場問題が大きいでしょう。中心市街地の再開発ではこれを念頭に置いて開発しないと目論見外れになってしまう。余裕をもって、比較的安価に停められ駐車場の有無はかなり成否を左右する。駐車場が難しいなら、公共機関の整備だが、補助金を注入してある程度採算度外視で維持できれば良いがこれはもっと難しい。
・コンパクトシティの失敗というよりは、補助金先行の事業が問題なのでは? 県庁所在地の人口ボリュームが大きい都市と言えど、公共交通に乏しく、車中心になった社会、郊外の大型店舗が中心になったまちのなかで、いきなり中心市街地に店舗ができたとしたって、そこに行く暮らし、ライフスタイルではなくなっていた人たちがいきなり中心市街地に行くか、という話。 中心市街地がどういう場所で、どういう人に来てもらうべきかを考えたうえでの事業にしないとなかなか厳しい。 ある意味、市役所が中心市街地にあるというのは、目的性も高く、そこで働く人たちも一定数いるということもあり、理にかなった部分はあるんだけど、空きテナントの対策みたいに受け取られるのは良い印象をもたれないよね。
・青森市へは何度か訪れたことがあるが、商店街というよりは横丁?というか八百屋や鮮魚・飲食店が並んだ古びてるがそこそこ立派な通りが結構大きくあったと記憶している。その風情を活かせればよかったのではと思う。 また、地下市場へも行ったことがあるが、下りのエスカレータで降りている最中からする異臭にダウンしかけた。 換気の問題だと思うが、あれでは行かない人が増えると思った。
そもそもコンパクトシティーを目指すにしても日本は財産権が強く難しい。 それに行政が計画して民需を呼び込むのは殆ど失敗する。 行政の計画は無難であり利益調整など主眼が違うから。
実家近くの某市に商店街は行政による再開発の成功例のように報道されているが、その実は市や県からの予算が直接だけでなく迂回して相当金額投入されている。成功かどうかは微妙だろう。まぁ、繫栄しただけマシなんだろうけど。
・田舎になればなるほど、高齢者になればなるほど、利便性や効率性を度外視した地元愛に縛られている人の割合が多く、このような施策は非常に困難になるのだと思います。本来であれば予算投入を絞って手厚くするコンパクト化は、特に地方都市や高齢化の進む地域で有効だし、予算削減や適正化に繋がると思います。自ら不便な地に住む不自由を享受しておきながら、交通サービスが充実していないだの見捨てられているなど言われても困ってしまいますよね。 今の時代に適合できていない高齢者が減り、時代が移り代われば、徐々にコンパクトシティの概念や有用性が理解され、居住エリアとその他の地域で住み分け進んでいくのではないかと期待しています。
・コンパクトシティ構想は行政側から見た視点が中心だからなぁ。 老人世帯を中心に郊外の過疎地集落を数か所に集約できれば福祉サービスやインフラの整備・管理運用効率が高まり結果余剰金が産出せるというのはもっともらしいが、現実には、土地に縁故愛着のある人は不便でもそこに住みたがるし、仮に70~80%の住民が移動しても、そこに残る人が居れば行政サービスは必要となる。居住者市民の視点が抜けている。 また、都会に住んでいると一言に郊外・過疎地と一括りにしてしまうが、日本の海岸線の総延長は35000kmにもなるし、山間部も多い。そこに住む人が居るからこの広大な国土のあらかたが保全されている事も忘れてはならない。人が済まなくなった国土を保全するのは行政の仕事なのだから。そうした目に見えない費用を考えると、郊外都市をもう少し細分化してオフグリットな生活環境の整備を整えていくことが重要な気がする。
・地元が地方新幹線駅前です。 自治体はコンパクトシティー、駅前に全てをまとめたいとの意思表明してますが現実は、そう上手くいってません。
まず、地方でも新幹線駅前くらいだと土地も高く地権者が手放さない。人口が減ってるけど、固定資産税の関係かまだらに駐車場ができています。 新しく戸建てを建てたくても前の建物壊して新築作る余裕は若い世代にはありません。 故に郊外の大きなショッピングモール近くの土地代が安い所に家を建てます。
また、市の計画も近年の災害などが考慮されておらず一級河川の浸水域が開発区域に入ってる、自治体の構想に地域の有力者の意見が不自然に加わっているなど田舎にありがちな事もしばしば起きます
・コンパクトシティの考えそのものは良いと思うのだけれども、 青森市の場合、青函連絡船前提で旧市街ができていて、 線路の北側、かなり海際に広がっているし、 さらに青森駅で東西が分断されている。 これがインナーゾーンの大半。 インナーゾーンには在来線の南も含んではいるけれど、 新幹線新青森駅はインナーゾーンとミッドの境界だし 高速道路やバイパスをミッドとアウターの境界に置いた。
再開発のメインが線路の北だったため、 車前提の方には在来線の線路が障壁だったのだろうし、 コンパクトシティにするには、 駅やICが既に分散しすぎていたのだろう。
・確かにコンパクトシティというのは利にかなっている部分がある。 ただ、人間感情は必ずしも一致しない。 確かに構外で何事にも不便で、免許・車が無ければ買い物もできず、移動時間もかかれば効率は悪い。それが雪国なら尚更だし、移動のリスク、除雪などのコストもかかる。 しかし、政府が市街地にあらゆるものを終結させてコンパクトシティ化を狙ったとしても、人の多い場所、マンションに住みたくない、生まれ育った土地を離れたくない等々、人の感情までは操れない。 多少不便があっても、住みなれた場所で静かに暮らしたい。そういう人が多ければコンパクトシティは成り立たない。当然、訪問客が無ければ商売も成り立たない。 かくいう自分も、将来的に多少の不便を被ったとしても、田舎もしくは地元(結構な田舎)に住みたいと思う。
・コンパクトシティというのは、青森駅周辺に人口を集中させることではない。 人が集まった集落を多く作ることだ。例えば、水道管を500メートル伸ばして、その水道を使う人が10人だったら水道管を撤去すべきだ。 その人たちをもっと多くの人が住んでいる地域に移動してもらう。そうすると、結果として平野部に人口が集まることになる。 水道管なり介護サービスを、人の少ない集落に提供するのは、人口減少時代では不可能だ。 限界集落の人たちを5キロ先とか、少しずつ移動してもらって、行政を効率化していくことがコンパクトシティだ。
・コンパクトシティ化に反対する人は少ないだろう。しかし、実際に転居をしろと言っても費用負担、隣近所との繋がりをどうするか。何より住み慣れた土地を離れるという事は容易では無い。少しでも郊外に家が残れば除雪などの行政サービスを省くわけにはいかないだろう。強制力がない以上、一旦広がった市街地を縮小するのは不可能という事だ。
・将来の少子化を考えると基本的な構想は間違って無いと思う。 インフラ整備等を現状と同じ形で進めると少子化での税収減少で賄えるはずも無く、必然的に郊外や農村部、過疎地域へのインフラを減らし限定したエリアに人口を集中させる必要があるはず。 何れ多少の住民の反対が出てもエリアを限定した上でインフラや公共サービスを提供する必要があると思う。 言い方は悪いが将来、行政として捨てる地域を出さないと少ない税収でサービスを行えるとは思えない。
・車で10分の中心部よりも、1時間かかっても広くて無料駐車場のある大型ショッピングセンターに行くのが地方都市の現実。 しかし過疎化問題や郊外のインフラ維持を考えるとコンパクトシティは必須の課題となる。まずはそれに耐え得る基盤の整備と、住居移転を地道に進めて行くしかないんだろうな。
・少子高齢化、人口減少、これからの日本は避けて通れないというか、もう真っただ中に落ち込んでいる。コンパクトシティというのは今後、より必要になっていくと思う。しかし本当に集めたければ、法改正なりなんなりして、強制的に集め、中心地以外の土地利用を極力許さないとかしないと無理。誰もが同じ考えじゃないし自分が良ければ良いという人もいる。それではいつまで経っても集まらない。でも今の時代強制的に云々はまず無理だろうね。自然に中心部に集まるような事をしないと。例えば固定資産税とか光熱費に差を設けるとか。中心地=安い、郊外=高いとなれば、自然と中心部に人が集まると思うけど、でもそんな法案や条例案が通る訳もないよね。
これは青森市だけの問題じゃなく、日本全国どこにでもある、起きている問題じゃないでしょうか。どうしたら良いんだろうね?
・コンパクトシティ構想は失敗でも何でもなく、今後確実に必要となる、地方都市にとっては核となる考え方です。自分も地方都市在住ですが、ここ数年明らかに人口が減っていて空き家も増え、それに伴い企業・店舗の撤退が相次ぎ、生活インフラとなるサービスが途絶える地区も出てきています。ガソリンスタンド等がその最たる例です。
今の街の範囲を維持するのは将来的には不可能なのは明らか。積極的に集約化を進める夕張市のように財政が原因でなくとも、街そのものを集約化しないと少子高齢化で労働力が減り続けるためサービスを提供することが出来てなくなる。北欧のように人口が少なくてもある程度機能出来る街を目指すべきで、これからは人口減を前提とした都市構想が必要。人口減少を悪役に仕立て移民推進政策をとったところで追いつかないし、1億2千万人という人口を基準にするのはもう止めるべき。
・概ねこういう計画地は家賃、郊外の土地代が割高になる。利益を出したいのはわかるが、だいたいこの理由で失敗する。例え最初成功したとしても地方の住宅地の場合、世代が代われば子供は都市に出ていき爺さん婆さんばかりの団地になり空き家になっていく コンパクト化にするのなら中心部を開発するより過疎地のサービスを減らしていき自然に中心部に集まるようにするしかない。
・コンパクトシティという考え方自体は妥当性を持っていますが、都市毎の特性や計画によって差が顕著に出ている印象です。 例えば神奈川県海老名市などは駅前にららぽーとを誘致し、(待機児童の問題はあるものの)マンションが多数駅近に建設され、人口が急激に増加しています。そして、駅近以外の土地については都市立地を生かし物流施設などの産業施設を誘致することで健全な財政を作っています。
青森については、そもそも失敗だったのかというところから議論する必要があると思います。もちろん賑わい創出という面ではいい成果が得られていないようですが、そもそもの目的が行政の負荷軽減を目的にしていたのならば、別に駅前に行政が積極的に商業施設を誘致していく必要はなく、これから駅前にマンションや高齢者向け住宅をつくっていくことでまだ挽回は可能だと思います。
・青森の人達は基本、クルマ移動ですので買い物なんかは郊外の広い駐車場があるモール系に行きがちです。青森の新町や弘前の土手町みたいに商店街に行って歩いて買い物をするっていうのがあまりなくなりましたね。特に冬は外を歩きたく無いし夏は暑いしね。 しかし、近い将来人口がもっと減ったらコンパクトシティ計画は良いと思います。除雪だけでなく小さな集落のために道路電気水道の維持管理は大変ですから。
・コンパクトシティは何のためにやるのか?目的は何なのか? 青森市の当初の目的である除雪のコストを下げるために市の中心部に居住地を集約したいというのは合理的で明確な目的だが、多くの人が住み慣れた土地を離れることを余儀なくされる。そういった全体最適ではなく全体主義的な側面を伴う。 それでも尚、市にとってメリットが有るのならその事を市民に理解してもらい、協力できない人は除雪の頻度や時間帯で不利になっても仕方がないとまでやれば良い。 除雪だけではない、コンパクトシティは上下水道や道路整備などにもメリットがある。 人口減少が進む中、新たな財源を開発するか、コストを抑えるかいずれしか無い。 コンパクトシティを目指すなら、国の補助金よりも先に市民との対話が必要なのだと思う。
・新町の通りを亡き祖母に手を引かれて歩いていたのを今でも思い出します。 カネ長武田や松木屋本店にもよく行きました。 靴屋の2階にあるレストランで、兄とメロンクリームソーダを飲んだ記憶が忘れられません。 当時は外食が今ほど安くはなく、滅多に行けない場所だったので、なおさら印象に残っています。
毎年ねぶたの時期に立ち寄りますが、あの賑やかな新町通りの活気は記憶の中だけで、もう戻ることはないと思います。
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