( 162376 ) 2024/04/22 17:04:54 1 00 日本では、2年以上にわたりガソリンを含む燃料油に補助金が支給されており、軽油や灯油、重油も対象に含まれている。 |
( 162378 ) 2024/04/22 17:04:54 0 00 2年以上続くガソリン補助金。対象に軽油や灯油、重油も含まれている(undefined undefined/gettyimages)
WEDGE Online(ウェッジ・オンライン)
かつて途上国を旅すれば、物価を安く感じた。もちろん外国人用のレストランなど別体系の料金も多くあるが、タクシー料金、街中で買うミネラルウォーターなど、多くのもの、サービスの価格を安く感じた。
今日本に来ている外国人は、かつて私たちが途上国で感じた物価の安さを実感しているに違いない。昨年米国出張時にシカゴの電車の駅で購入したミネラルウォーターは5ドルを超えていた。日本はミネラルウォーターが1ドル以下で買え、10ドル以下でファストフードではなく、レストランのランチが食べられる国なのだ。そう日本は物価では途上国並になってきたのだ。
失われた30年間収入と需要は伸びず、規制改革などにより供給は減らなかったのでデフレになった。最近の円安により輸入品の価格は上昇しているが、その典型はガソリン価格だ。
ガソリンの価格を構成する要素は原油価格以外もあるが、原油の価格が大きく影響している。販売価格の内4割程度が原油のコストだが、21年の半ばから円安傾向になり、2022年年初から為替の影響だけで3割程度輸入価格が上昇している(図-1)。ガソリン価格に円安が与えた影響はリットル(L)当たり20円近い。
政府は、ガソリンを含む燃料油に対して激変緩和措置として22年1月から補助金の支出を続けている(「日本のガソリン価格は世界に比べて高いのか安いのか?」)。
ロシアが引き起こしたエネルギー価格上昇、インフレに対処するため、欧州主要国も22年にガソリン、ディーゼル価格への補助を行ったが、短期間で終わった。
なぜ日本だけが2年以上も補助金を続けているのだろうか。軽油、灯油、重油も補助金対象に含まれており、物流業界、宿泊業界、介護業界など幅広い産業が支援を受けている実態がある。脱炭素に向かう中、燃料への補助金を通し家庭と産業を支援するやり方は正しいのだろうか。
激変緩和措置は、22年1月27日から基準価格をガソリン1L当たり170円、補助上限額を5円とする制度で始まった。コロナからの経済回復の重荷になる事態を防ぐため、時限的・緊急避難的な措置とされ、対象はガソリン、軽油、灯油、重油だった。
当初の計画では3月末までの2カ月間で終了する事業だったが、その後見直しと共に何度か延長され現在も続いている。対象も航空用燃料まで拡大された。
現在の制度では、基準価格168円、ガソリン価格の超過分が17円を超えると(価格が185円超)全額補助、17円までは補助率5分の3となっている。補助は元売りを通して行われ、今年4月11日から17日までの支給単価は1L当たり28.7円だった。
価格の抑制効果は、ガソリンで23.7円だ。事業は今年4月末で終了の予定だったが、延長が決まっている。
欧州連合(EU)主要国もエネルギー価格が大きく上昇した22年に、補助金あるいはガソリンにかかる税の引き下げにより支援したが、3カ月から9カ月の期間のみ実施し22年末までに支援制度を終了した。英国は、しばしば変更するガソリンへの物品税を22年3月に1L当たり0.5795ポンド(112円)から0.5295ポンド(102円)に引き下げ現在も維持している。
ガソリン、軽油などには多様な税が課せられている。石油連盟によると23年度の税額は、消費税1兆9100億円を含め総額5兆7600億円になる。石油諸税3兆8500億円に総額2兆2129億円のガソリン税(53.8円/L)と総額9275億円の軽油取引税(32.1円/L)が含まれている。ガソリン税の内48.6円/Lの揮発油税と石油石炭税(2.8円/L)は一般財源になっている。
23年度の一般会計歳入(当初予算)69.4兆円の内、消費税を含めると約4.5兆円が石油系燃料からの税収だ。
ガソリン税の中には暫定上乗せ分25.1円/L、軽油取引税の中にも暫定上乗せ分17.1円が含まれている。上乗せ分は、本来であれば価格上昇時に減税されるトリガー条項制度の対象になっている。
ガソリンの全国平均小売価格が1L当たり160円を3カ月連続で超えた場合、暫定上乗せ分の課税を停止する制度だ。既に発動される価格に達しているが、発動することなく補助金が支出されている。
経済産業省によると、補助金の予算額は21年度から23年度までの補正予算額などを合計すると累計で6兆3645億円に達している。今年2月までの2年間に4.6兆円が使用されたと報道されている。
税収の多くが補助金として支出されるのであれば、トリガー条項を発動し、ガソリンと軽油価格を下げるべきだが、簡単にできない事情がある。補助金の対象に業務用などにも使用される重油と灯油が含まれているからだ。
WEDGE Online(ウェッジ・オンライン)
WEDGE Online(ウェッジ・オンライン)
WEDGE Online(ウェッジ・オンライン)
ガソリンへの補助額ばかり注目されるが、軽油、灯油、重油、航空燃料も補助対象だ。実績ではガソリンへの補助額は全体の半分もない。
会計検査院の資料によると、23年3月までの1年強の期間に30卸売り業者に計2兆9893億円が交付された。その内訳は、ガソリン1兆2849億円(全体の42.9%)、軽油9112億円(30.4%)、灯油2911億円(9.7%)、重油4391億円(14.6%)及び航空機燃料628億円(2.1%)となっていた。
灯油は、暖房、給湯などに、重油はボイラー、ディーゼル発電機などに利用される。円安と原油高の影響により上昇するはずの価格が、補助金により抑制された(図-2)。どの産業がメリットを享受したのだろうか。
業務部門での重油と灯油の消費量が多い業種は図-3の通りだ。L当たり平均30円の補助を受けているとすると、洗濯・美容・理容・浴場への補助額は年間300億円、宿泊業へ250億円と推定される。
物流業界は、当然大きな補助を受けている。22年度に輸送分野で消費されたガソリンは4390万KL、軽油は2460万KLだった。
ガソリン車の主体は乗用車だが、軽油の大半は営業車。軽油使用の自家用の乗用車の比率は、軽油消費量の5%に過ぎない(図-4)。
ガソリンと軽油に対する補助金の内約4割は、営業車、自家用貨物車に対する支援だ。
家計への影響が言われることの多い燃料油補助金だが、灯油、重油、ガソリン、軽油、航空機燃料が対象なので、半分は産業支援に用いられている。
クリーニング代、ホテル代、航空運賃、物流費などの値上げを抑制する効果はあったが、基本的には円安の影響を防ぐための政策を続けていることになる。
WEDGE Online(ウェッジ・オンライン)
産業への支援が物価抑制につながっているならば、家庭も間接的に恩恵を被っているが、補助金制度にいくつか疑問がある。
〇 2年以上も対策を続けているが、実質的には円安により影響を受ける産業への補助であり、円安が続く以上止めることができないのではないか。
〇 燃料費の補助を行うと、燃料消費が多い産業だけへの補助になり、公平性に欠けないか。違う形の補助にすべきではないか。
〇 脱炭素の動きに逆行する。たとえば、脱炭素のため電気自動車(EV)への補助を行っているが、燃料費への補助はEV導入政策と矛盾する。
補助金を続ける背景には、主要国の中で為替の影響を受けている国が日本だけという事情もあるが、そもそも日本が貧しくなり、燃料費の値上げに耐性がなくなっていることがある。
EUのいくつかの国の1人当たり国内総生産(GDP)とガソリン価格は、図-5の通りだ。日本はEUとの比較では、やはりガソリン価格が安い国なのだ。それでも補助金で支援が必要なのは、EUとの比較で貧しい国になったということだろう。
ガソリンなどの生活必需品は価格に対する弾性値が低く、価格が上昇しても需要は大きく落ちることはない。ガソリン価格の抑制も大きく需要を増やすことにはならないので、補助金は温暖化対策には直接影響を与えない。
ガソリン価格がEVの選択に大きな影響を与えることも日本ではないので、燃料油補助は家庭の脱炭素には大きな影響はないと考えられる。
しかし、産業部門での脱炭素はどうだろうか。たとえばボイラーに代えヒートポンプを導入すればエネルギー消費は減少するが、重油、灯油への補助は導入のインセンティブを弱め、脱炭素の動きに反する。
政府が脱炭素を謳いながら長期にわたり補助金の支出を続けるのは、それだけ日本の産業界が苦しいからだ。たとえば、2024年問題によるコストアップに苦しむ物流業界にとって補助金の効果は大きい。
しかし、補助金が長期にわたる理由の一つは円安だ。経済成長により給与増と円安を止めることが当然優先課題であるべきだ。
ドイツは農業部門に適用される軽油の軽減税率を廃止する計画だった。農業従事者は、燃料価格上昇に加えEUの殺虫剤の使用規制などのグリーンディール政策にも反発し、今年初めにベルリンの道路を封鎖するなど抵抗した。ドイツ政府は政策の変更を余儀なくされた。
脱炭素を進めようとしても、エネルギー価格の上昇に直面する現場の抵抗が強いのは世界共通だが、日本は脱炭素によるコスト上昇の前に補助制度を導入する有様だ。
日本政府は、GX(グリーントランスフォーメーション)の150兆円超の官民投資により、産業部門の脱炭素を計画している。EV、水素などの導入だ。
既に支援のため20兆円規模のGX経済移行債の発行が始まっているが、償還財源には28年から導入予定の炭素税による収入もあてられる。
燃料価格の抑制を必要とする産業部門が、4年後に炭素税によるコストアップを受け入れることができるのだろうか。
GXには痛みが伴うが、その痛みを受け入れる用意は政府にも国民にもないのではないか。国民の生活第一の政策を取るのであれば、GXと浮かれている場合ではない。
山本隆三
|
![]() |