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「いったい、どのような入試が望ましいのか」中学受験、議論を呼ぶ問題の難化スパイラル #こどもをまもる

Yahoo!ニュース オリジナル 特集 5/4(土) 17:08 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/c6d8ab21e32568a6a58c978bde58e4b77ec7fb75

 

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中学受験(中受)が熱い首都圏や大都市圏で、今年の受験シーズン中に入試問題の難しさが話題になった。

中受問題は過去と比べて難しいと言われ、その理由を取材。

指摘される問題の難化について、保護者や専門家からの意見や懸念も示されている。

学校や塾が教材を修正し、受験勉強が増加する中、子どもたちの負担も増大しているとされている。

一方で、入試問題の変化には教育の進化や向上も見い出せるとの意見もあり、入試問題の難しさや受験プレッシャーに対して、様々な視点からの考察が示されている。

(要約)

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(制作:フロントラインプレス) 

 

首都圏や大都市圏で熱を帯びる中学受験(以下、中受)。今年の受験シーズン中も入試問題の難しさが話題になった。SNSでは「この問題を小学生が解くのか」「大学受験並みだ」といった声があふれた。親世代の中受経験者は、自分たちの時と比べると「勉強量は3倍」と言う。なぜ、中学入試の問題はこんなにも難しくなったのか。出題する中学校や問題を作る教師、学習塾、保護者、専門家を取材した。(文・写真:国分瑠衣子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

渋谷教育学園幕張中の「社会」の問題。裁判の公開に関する正誤問題なども出題された 

 

まずは、この問題を見てほしい。千葉県の難関・渋谷教育学園幕張中学校の入試で、2024年に出された「社会」の問題だ。正しく答える自信があるだろうか。 

 

「……次の図は日本の下級裁判所と最高裁判所における刑事裁判の法廷の見取り図です。下級裁判所のものを、すべて選び番号で答えなさい」という設問文に続いて、裁判官・裁判員、検察官、被告人、弁護人の着席位置が図に示されている。このほか、休日や深夜に裁判官が裁判所に宿直する理由も問われた。 

 

今年1月、この問題などがXに投稿され、「小学生が受ける入試に法学部生向けみたいな問題」と書き込まれると、たちまち1.2万件の「いいね」がつき、さまざまな意見が飛び出した。 

 

「難関中学の受験なんてこのぐらいのもの」「渋幕を受ける層なら別に普通のことだと思うけど」という意見の一方、異論も続出。高校受験塾の講師からは「大人目線だと確かに問題は面白い。が、中学受験は『初見(しょけん)殺しの問題』が次年度以降に『知識問題』と化してエスカレートしていきます」という批判も出た。「初見殺し」とはゲームでよく使われる言葉で、初心者には攻略できない敵や罠(わな)、技を指す。 

 

“渋幕”は海のそばにある。学校の教育目標は「自調自考」 

 

もっとも、“渋幕”の愛称で知られる同校は、この騒ぎに逆に驚いたようだ。校長補佐の永井久昭さんは、SNSで話題になっていると在校生から聞いたという。 

 

「裁判所の記述や法廷図は、小学校の検定教科書に載っています。入試問題として違和感はないと判断しました。細かい分析はこれからですが、例年に比べても正答率は低くありませんでした」 

 

渋谷教育学園幕張は高校が1983年に、中学校は1986年にそれぞれ開校した。歴史は新しいものの、グローバル教育に力を入れていることなどから保護者の人気を呼び、またたく間に難関校となった。 

 

永井さんは続ける。 

 

「短い期間で急成長した学校ですから、(その時々で)受験生の水準に合う問題を出しています。教員たちは工夫を重ねて問題を考え、自信を持っています」 

 

 

塾に通う子どもたち。塾のマークが入ったおそろいのリュックを背負っている(写真は一部加工しています) 

 

午後9時過ぎ、駅前のビルからリュックを背負った塾帰りの小学生が次々と出てくる。ビルを囲むように立つ、お迎えの保護者たちと合流する――。都市部に住む人ならこんな光景を見たことがあるかもしれない。 

 

首都圏模試センターの推定によると、首都圏の私立・国立中学の受験者数は2024年、5万2400人に達した。10年ぶりに減少に転じたが、小学生が受験する割合(受験率)は18.12%と過去最高を更新。少子化にもかかわらず、中受の過熱は衰えを知らない。 

 

大手学習塾・早稲田アカデミーの教務本部長、竹中孝二さんが説明する。 

 

「千葉、埼玉、神奈川の小学生は減っていますが、東京の小学生が一定数います。特に23区の受験率が高い。これを考えると、今の小学1、2年生が受験年齢に達するまで受験率が大きく減ることはないでしょう」 

 

早稲田アカデミーの竹中孝二さん 

 

受験率が高水準で続くなか、入試問題は高度化し、それに伴って塾側の対策は強化され、子どもたちの勉強量は増え、それがまた受験熱を高めていく――。しかし、近年の難問化に関しては、強い疑問を持つ保護者も少なくない。東京都内に住む40代の会社員、坂口龍平さん(仮名)もその一人だ。 

 

「自分の時の中受とは全然違う。この本を見ると分かると思います」 

 

坂口さんはそう言って、『解ければ天才! 算数100の難問・奇問』という本を取り出した。初版の出版は1988年。坂口さんが小学生の時だ。自身も中受の経験者で、最難関と言われる国立の中高一貫校を出た。この春には、ちょうど長男が中学を受験した。 

 

自身が小学生の時に解いた「難問」を指す坂口龍平さん。本は『解ければ天才! 算数100の難問・奇問』(中村義作著、講談社ブルーバックス) 

 

「長男のテキストを見て気がついたんです。私が小学生の時に解いた図形の『かなりの難問』が、長男の基礎ドリルに載っていたんです。笑っちゃいましたよ。『かなりの難問』は、なぜ標準問題になったのか。学校がこれまでにない問題を出す。すると塾が、その問題に対応したテキストに改訂する。翌年には違った角度の問題が出る。塾はまたテキストを改訂する……難化スパイラルですよね」 

 

長男の勉強量も、自分の経験とは比較にならなかった。 

 

「塾を選んでいた時に、塾に『皆さんの時と比べると勉強量は3倍です』って言われたんです。その時は『営業トークじゃないの?』と思ったんですが、本当にきっちり3倍ありました」 

 

 

中学受験塾のテキスト。小学4年の1年間でこの量を解く 

 

坂口さんの塾通いは2年、長男は3年。必要とされた勉強は、小3の2月から3年間を費やさなければ消化できない量だったという。 

 

「とくに理科と社会です。重箱の隅をつつくような、細かい知識を求められていました。変わらないと思えたのは国語ぐらいです。小学生が勉強すること自体は、美しいことと思っています。でも、細かすぎる知識を詰め込む必要はないかなと。英語を勉強したほうがよほど日本に資すると思うんですよね」 

 

京都大学大学院教授の石岡学さん(本人提供) 

 

教育の歴史社会学を研究する京都大学大学院教授の石岡学さんは「中受に限らず、入試にはペーパーテストが最も公平で客観的という信仰があるんです」と話す。 

 

入学試験は相対評価であり、「ここまで勉強すればOK」という上限がない。これが受験の弊害とされ、議論が繰り返されてきた。大正時代にも受験が過熱し、社会問題になった。筆記試験に代えて抽選制などを導入する案もあったが、それも消え、結局、100年以上が過ぎた今もペーパー中心は変わらない。 

 

「選抜のあり方自体を変えなければ、どんなに中身の問題を変えても本質は変わらないと思います。中受の過熱ぶりは、入学したという“手形”さえ持てば、子どもの人生が安泰だと考える保護者の気持ちの表れかもしれません」 

 

おおたとしまささん(本人提供) 

 

教育ジャーナリストのおおたとしまささんは、入試問題の難化を「知恵の輪」に例える。学校が新しい知恵の輪を開発すると、塾がその攻略法を見いだし、攻略本通りに数をこなした子どもが合格する。さらに学校は難しい知恵の輪を開発する。この繰り返し、というわけだ。 

 

「塾が教育者として本当に子どものことを思うのなら、入試に必要な基礎をしっかり教え、後の応用は『自力で解けるように頑張れよ』と見守るぐらいのスタンスでいてほしいですね」 

 

保護者の心構えにも問題があるという。おおたさんが、とくに懸念するのがSNSの「中受アカウント」だ。主に保護者が運用し、フォロワーが数千人を超える人気アカウントもある。勉強法や塾や学校の情報、子どものテストの成績、多くの情報が飛び交う。時として親の不安を増大させ、パニックの様相を呈する。 

 

「『誰か』とわが子を比べて焦り、大事なことを見失ってしまう場合があります。タイムラインではなく、目の前の子どもを見ましょうよ、と言いたいです。ただ、私学の個性的な出題は変えるべきではありません」 

 

 

声の教育社の後藤和浩さん 

 

中受の問題は、単なる難化スパイラルに入っているわけではない、との見方もある。 

 

東京・神楽坂近くの出版社「声の教育社」を訪ねた。各校の過去問を取り扱うことで知られた出版社だ。常務取締役の後藤和浩さんは「昨日の夜も晩酌しながら入試問題を解いていました」と言いながら現れた。「三度の飯より入試問題が好き」で、編集部時代は年間500を超える解説をつくった。問題の傾向や変化には人一倍詳しい。 

 

「最近はストレートに知識を問うのではなく、文章や資料を見て理解し、文章で表現する問題が非常に多くなっています。今のスタンダードと言えるかもしれません」 

 

日本女子大学附属中の「社会」の問題。近年、ジェンダーに関する出題が目立つ 

 

後藤さんに代表例を挙げてもらった。日本女子大学附属中学校の「社会」の問題で、2023年2月の入試で出題された。 

 

正解を問うと、後藤さんは淀みなく答えてくれた。 

 

「その法律とは改正男女雇用機会均等法です。新聞などの求人広告では、男女別の求人が廃止されました。この問題では、広告を見た上で、求人情報がどう変わるのかを文章で表現できるかがポイントです」 

 

海城中学校の卒業論文発表会。3人の代表生徒が発表した 

 

受験勉強の意味を小学生の受験生に問うた中学校もある。「なぜ入試で試されるのが国算理社の『学力』ばかりなのか、疑問に思ったことはありませんか」。そんな一文で始まる問題が「社会」で出されたのだ。 

 

中高一貫の男子校として知られる東京の海城中学を訪ねると、中3の生徒たちが講堂に集まっていた。中学生活の集大成として、社会科の卒業論文発表会が行われるという。海城の伝統行事だ。 

 

生徒は自分でテーマを探し、見つけ、文献調査や取材、フィールドワークを通して論文を書く。文字数は1万字以上。正解のない問いにどうやってアプローチしていくか。その力が試される。 

 

「大麻への正しい知識を持つためには薬物教育のアップデートが必要です」と発表したのは、星野恵汰さんだ。日本で解禁される医療用大麻をテーマに選び、大麻の根強いネガティブイメージを変えるにはどうしたらいいのかを考えた。医師や薬剤師らを丹念に取材し、論文にまとめた。 

 

星野さんの発表に、会場から質問や意見がガンガン飛ぶ。 

 

「有名人の逮捕とかニュースの取り上げ方にも問題があるんじゃないかと思いました」「高齢者のネガティブ意識を具体的にどう変えますか」 

 

会場の熱気はなかなか途切れなかった。実は、海城の入試問題はこうした学習の“予告編”といえるかもしれない。 

 

「なぜ入試で試されるのが国算理社の『学力』ばかりなのか、疑問に思ったことはありませんか」で始まる今年の入試問題は、中3の卒業論文発表と地続きになっていたからだ。 

 

 

( 166988 )  2024/05/05 00:30:04  
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(まとめ) 

中学受験に関する意見や傾向は、受験が難化しているとの指摘や、受験において将来の成功と学力が直結するといった意見が見られます。

また、受験競争や学校側の入試の目的についての意見や、受験後の人生や進路についての考察も多く見受けられます。

一方で、受験に関しては個々の子供や家庭の状況や適性に合わせることが重要であるとの意見や、受験におけるストレスや子供の健全な成長に配慮する声も挙がっています。

それぞれの立場からの異なる視点や問題提起があり、多様な意見が存在していることがうかがえます。

( 166990 )  2024/05/05 00:30:04  
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・大手金融機関に勤めています。私が入社した頃は高卒、短大卒がいましたが、いまや国立大、有名私大卒業社ばかり。しかし昔に比べて退職者や、メンタルダウンする人が多く、コミュ力が低く、プライドの高い人が増えた印象です。小さい頃から勉強を頑張ることを否定するつもりはないですが、それ以外に大切なこともたくさんあると思います。 

 

 

・中学受験経験者です。 

将来の夢を見つけ、進路を見出した時に、いわゆる進学校で勉強していた事が結果的に後押ししてくれたと思います。今は医学の道にどっぷりはまって充実した日々を開業医として送っております。 

小学生にとってはハードかもしれません。ですので全ての小学生が通らなくてもよい道だとは思います。 

でも、中学受験が夢への第一歩になりうる可能性は十分にあると思います。 

一流スポーツ選手も、科学者もみんなどこかでハードな時期は過ごしてますしね。 

 

 

・受験で合格しても 

その先が順風満帆だと約束されたわけではありませんよね。 

中学で難関校に入らなくても 

大学で難関校に入れる人もたくさんいます、 

中学で難関校に入っても 

その後、落ちこぼれる人もいます。 

中学受験はあくまでひとつの通過点。 

それぞれの子供にあった進学方法で良いと思います。 

 

 

・入試問題は、合格者を選抜するという目的がある。つまり、合格者以外の子供を落とすという目的だ。高い素質の子どもたちが、最大の努力をして、同じぐらい高度な学力の子どもたちが受験校に集まってくる。その子達の中から合格者を選抜しなければならない。知識量、思考速度、価値観など、これからも成長する素質を測定しなければならない。同時に、受験者に差がつくような問題を出題しなければならない。授業中であれば、50%の正解率の問題を扱っても良いが、入試では0〜10%の正解率の問題も出題しなければならない。高度に訓練されてきた素質の高い受験生に、それを達成する問題は、かなりの難問となってしまう。 

 

 

・中学ぐらいまでは地域の公立の方が良いと思う。というのも、多様な家柄の人がいて、色んな立場の人達と接してコミュニケーションをとることができる。 

これが私立中学となると、ある一定ラインを超えた集団となり、多少なりとも考えが凝り固まって来る。 

将来社会に出たとき、エリート層のみで完結することはほぼ無い。色んな価値観を子供の時に知っておくことは人生において有益だと思う。 

 

 

・受験競争の低年齢化は少子化もかなり影響していると思います。日本人がもともと持っていた、学歴信仰が少子化と結びつき、それに受験産業が絡んで過度な受験競争の低年齢化が起こっています。実は、この受験の低年齢化、小中学受験の過熱は首都圏を中心とした大都市圏に限ったことです。日本の大多数の地域では無関係です。小学3~6年生の時期に、生活の大部分を勉強に費やさなければならないほどの価値があるかどうかは個人の判断によりますが、私立の中学に行かなければ、良い大学に進学できない、あるいは進学するのは難しいのかと言えば、そんなことはありません。保護者のみなさんは、塾や予備校の脅しのような宣伝文句に踊らされることのないようにしてもらいたいものです。 

 

 

・中高一貫校の指導をしています。中学受験(中受)の問題は本当に難しいです。大学受験なんかより遥かに難しいです。 

しかし、この難しさを楽しんでチャレンジする子どもがいるのです。このような子を選別するための試験です。遊び等を我慢して一所懸命勉強するものではないのです(このタイプは適正がないので中受はやらないほうが良い)。算数や理科など遊びです。遊びながら、高2レベルの問題をやっています。このような子どもは知性等も成熟しているので、本問のような問題が出ても、現場で最低限の知識から推測して解くことができます。 

 

 

・スポーツや閃きは生まれ持った才能で決まる割合が大きいが、学力だけは本人の努力でほぼ決まる。 

その意味ではとてもフェアだと思う。 

 

知識の詰め込みが問題視されるが、その知識が点となり面となって、より高度な学問の基礎になり、または、新たな発想の素となる。 

 

学力以外の軸での選考もよいが、結局その軸での競争が激化して、塾によって対策され、高度な詰め込みが行われ、同じ話になるだけ。 

 

人生は生涯勉強。事を成すには忍耐が必要。 

努力が継続できる忍耐力を持った人間を選ぶ方法として、学力による選定は理にかなっている。 

 

 

・学力審査は必要で、やはり飲み込みが早い子供と普通の子、ちっとも覚えられない子供というのはいる。適性を見るうえでも、少なくても学力で居場所を決めるのは正しい。知識量を問うテストでさえ、吸収の速さや努力する姿勢が見て取れる。ビル・ゲイツやイーロン・マスクなど、世界企業のトップはどれも天才的な頭脳を持っていた。マスクなどは家族から図書館と呼ばれていたそうな。超多読人で読んだら覚えてしまうのだと。そういった子供は早く見つけ出した方がいい。逆に、勉強ができなくても体を動かすのが得意だったり楽器を弾くのが得意だったりもいる。あいみょんなど、あれだけ優れた曲を作っていて勉強は「大嫌い」だったそう。音楽を作るのも使うのは頭脳だが、テストでは測れない創造性というのもある。それぞれの個性を見極め、伸ばせる社会であることが大事。 

 

 

・中学受験生の子を持つ親です。私もかなり前に中学受験をやった者ですが、今の受験問題のレベルは、算国理社すべてて、過去とは全く次元のことなるレベルになってると痛感する。例えば、算数は、サピックス偏差値50を超える中学入試試験は、理系の大人でも、半分も解けないレベルだと思う。ホントに難しい。それに、国語は大学入試とそうかわらないし、理科に至っては、実験問題など、知識レベルのみならず、かなりの論理的思考が要求される。社会では、時事問題で、小論文があるなど、殆ど大人のレベル。時代はかなり異常なレベルになってた感あります。 

 

 

 

・勉強をすることは大切だが、幼い大切な時間を受験勉強ばかりにしてしまうのは、発育のバランスとして問題があると思う。 

外で遊び回ったり、テレビゲームに熱中したり、宿題を忘れて怒られたりといった、多様な体験を繰り返しながら人間は成長すると思う。 

勉強は、社会に出た後でも、考える力として役立つものではあるが、そればかりでは生きていけないので、もう少し心豊かに育ってほしいものである。 

 

 

・中学受験に失敗し、今は地方で勤務医してます。 

 

ただ、知識偏重の試験には疑問があります。 

特に制度などはその意義が不確かであったりあまりにも理論的なものでないものがあります。 

 

医学も変わらないものもあれば、使える薬などは以前禁忌だったものが、禁忌でなくなったりもあります。 

 

素朴な好奇心を育てるべきだと思います。 

実際にフラスコをふることと、化学反応式を覚えることは違います。 

 

もう一つの問題点は日本は大学で習ったことを役立てる学生が少ないこともある。理系は未来を作ると思うのでもう少し応援してあげて欲しいとは思います。 

 

 

・中学受験は、何よりも親のケアが大切です 

うまくいかなかった場合の心の傷は、大学や高校受験よりも大きいと考えた方がいいです。 

また合格した場合でも、この時期の選別は、ともすれば、人を見下すような人間になる可能性があります。 

それも踏まえた上で、子供ときちんと向き合っていける親でないと、中学受験には手を出さない方がいいです。 

 

 

・私に取っては全く縁のない世界だが、それでも優秀だと言われる進学校に行って高学歴を持つことは、キャリアハイの就職先に就くこと出来、そして安定した給料へと繋がる。次のステップでは、その後の昇格にも影響を与えるのは間違い無いと思います。だからこそ、親御さんがお子さんの将来を考えて、中学受験を希望されるのでしょう。近年、問題の難度が高度化されているとのことだか、それだけ知識が付けられることは肯定的に受け取っていますが、問題を作成する側は、どの教科でも共通してだが、子供たちにとって将来的に何が役立つのかを考えた上での問題作成が大事ではなかろうか。 

 

 

・数多くある中学試験の一問だけ抜き出しても 

『中学受験内容の是非』にはならないのでは。 

 

他の受験、資格試験も捨て問はありますし 

テストは『こういう子に来て欲しい』という 

メッセージでもあります。 

 

暗記中心だったり 

日頃のニュースや身の回りのこととの関係性を 

問う内容だったり 

発想を必要としたりと様々です。 

 

それも含めて親子で 

どう生きたいか 

どこに通いたいかを納得いくまで話し合い 

対策すれば良いと思います。 

 

 

・単なる暗記だけでは競争には勝てないということの一つの事例なのかもしれないが、この問題 下手すりゃ法科大学院入りたての学生でも間違える人はいると思う 

こんな問題の意味があるのかなと思いますね。 

こんな問題を簡単に正解して受かってくる学生相手だと 先生もそれなりの学歴だけでなく知識も豊富でないと太刀打ちできなくなってきますね。 

何事にも興味を持って記憶していくような能力の学生は素晴らしいけど、でも世界で通用する能力とは違う感じがしますね。 

 

 

・スポーツと同じだよ。好きだから、楽しいから、いくらでも練習する。言われなくても勝手に走り込む。そういう選手が伸びていく。 

 

勉強も同じで、好きだから、楽しいから、いくらでも勉強する。勉強はなんとなく全員がやる(やらされる)から錯覚するだけで、根っこは同じだよ。 

 

興味がなければ無理にやる必要はない。意外に中学や高校から、あるいは大学から楽しくなってくる場合もあるので。 

 

 

・教育関係者です。中学受験について 

中学側→生徒の思考力を見たいから、記憶力に頼らせない奇抜よりの細かい問題を出す 

塾側→それに対応して、子供にそのような問題を知識として埋め込み対応させる 

中学側→仕方なくさらに細かい問題にする 

 

というループになっています。 

結果、難関中受験の教育カリキュラムは、年々ボリュームが増えてきている状態です。 

 

こんな中学試験で試されるのは実力ではなく、子供の早熟さと親の財政力。中学受験より、成長過程のむらが少なくなる高校受験の方が、その人物の力量そのものを測るには適しているように感じます。 

自分の子に適性がない状態で中学受験に挑戦させるのは、親のプライド以外に理由がありません。 

 

 

・中学入試はしなくても公立に行ける訳でして。 

中学受験でトップ校に行きたい場合は本当に大変な状況になってしまうのは仕方が無いと思う。 

 

ただし、親がなすりつけで受験させるのではなく、しっかりと子供に動機づけをした上で中学入試に望むのが大事だと思う。 

自分は親が敷いたレールが中学受験で小学校3年生から塾にいれられて頑張っていたが、強い学習動機もなかったために6年生になるタイミングでやめてしまった。親も子供もやる目的をしっかり理解するからこそ最後まで走りきれるんだろうなぁ。 

 

 

・受験に関して懸念があるとすれば、問題を与えられれば回答できるが自分では問題点を見つけられない、いわゆる指示待ち人間になってしまいがちであることかと思っています。その意味で記事にある様な “答えが1つではない考えさせる問題” は良い傾向だと思います。 

これからの時代、DXやAIなど、知識や記憶は自分の脳に無くても良くなります。意味の理解と論理思考を高めることに役立つ出題を期待したいです。 

 

 

 

・元中学受験塾講師です。 

 

中学受験は難化しました。入り口が厳しい分、大学入試の結果に繋がるからです。 

 

東大や国立医学部の合格者数(首都圏ならGMARCH以上、関西圏なら関関同立を含む)を増やすことが、中高一貫校にとっては大切です。質の高いお子様の集客が安定した経営に繋がるからです。もちろん、このような考え方をあえてしない中高一貫校もあります。 

 

保護者様やお子様は、上記を踏まえたうえで、上手に中学受験を利用して欲しいです。必要であれば撤退することもカードとして持っておき、中学受験の偏差値や合否に囚われず、ご家族の成長に繋げることを意識すれば、満足のいく経験が得られると思います。 

 

多分、ですけど。 

 

ご家庭の数だけ答えがあるので、そのような表現しかできないことをご容赦ください。 

 

 

・私は受験とはあまり縁のない人生を送って来ました。 

勉強は確かに大変だと思います。 

でも、社会人になって自分より上の待遇で働いている人に追い付こうと思うと受験勉強の何倍もの努力をして運が良ければ追い付けるかどうかです。 

もっと厳しい言い方をすれば、受験勉強と同じぐらいきつい仕事をして給料はとても安い会社にはいるととても辛いです。 

受験勉強は大変だとだけど、やると決めたら少しでも上位の学校に入って欲しいです。 

 

 

・それぞれの家庭の方針でやればいいですよね。 

うちはコスパとタイパ考えて、最低限の勉強でそこそこの学校を受けた。 

もっと詰め込もうと思えばできたけど、そんなに精神的キャパの広いタイプではない。体力もあんまりない。塾に勧められる通りやったら破綻すると思ったから。 

塾に勧められた通りでも何なく余裕でこなす子もいるだろうし、比べることなく、それぞれでいいんじゃないかな。 

 

 

・問題見ていると小学生でこんな問題解けるのかと驚く事ばかりだが、だいたいの問題は基本がしっかり抑えられていて知識の使い方が分かっていたら解ける問題が多い。本当の難問は正解率の低さから、レベルの違う天才児がいて、そういう子がトップ校に進むんだろうなと別世界です。 

大手塾は上位層に合わせてカリキュラム組まれているので、ボリュームゾーンの子は取捨選択必須だと思う。100%を求めたら子どもが潰れてしまう。子どもを受け入れながら塾に相談し、方向性を見極める力が親にあるか。見栄や親のプライドを捨てられないなら中学受験は手を出さない方がいいと思います。でなければ、中学以降家庭崩壊する怖さがある。 

 

 

・中学受験したけど良し悪しは人によるかなと。 

学区内の中学が世紀末でいじめが多いなど治安が悪いならやった方が良いと思う。 

あとは少なくとも進学校に入ったら周りはそういう人たちで固められるから自然と勉強する環境になり意識も高くなりやすい。 

そうすると偏差値が高いレベルの大学にも入りやすくはなる。 

高いレベルの大学に入った後も起業などをする人など周りにそういう人も身近に出やすくなるし、就職ということへの意識も高くなるとは思う。 

ただ良い大学=高収入が約束された訳じゃないし、高校からどれだけビジネスやお金に関する意識を高く持てるかが重要だから親の重要度が一番高いんじゃないかなとは思ってる。 

 

 

・飛び級が正解だと思いますけどね。 

中学校側は、小学校の学習範囲内で難問を作るために苦慮し、受験者側は、その難問を解くための対策に追われる。 

これは、無駄な作業をお互いにやっているだけですよね。 

中学受験の難問を解くためのトレーニングが、本当にあの時期の子供に必要な教育内容なのでしょうか。 

優秀な子供なら、小学校4年生くらいで小学校のカリキュラムなど終えてしまうわけですから、さっさと次のカリキュラムに進むべきかと。 

どうせ中学受験が過熱しているのだから、飛び級のための通塾が過熱した方がよほど生産的でしょう。 

 

もっとも、同じ学校内で飛び級をするといじめなどの問題が確実に発生するので、飛び級用の学校や学級を用意する必要はあると思います。 

私立中学も、小学4年生に解かせる小学校卒業程度の「普通の難問」を作る方がはるかに簡単でしょうから、この点でも良いと思います。 

無駄なことは止めましょう。 

 

 

・何か特別な才能か強運でもない限り、学歴と年収は直結します。綺麗事は言えないと思います。 

大学受験を見据えて逆算すると中学受験や一貫校を狙うのもわかる。 

結局は人生どこかで頑張らないといけないし、辛いことやしんどいことから逃げ続けながら豊かさを手にすることは至難の業です。 

もちろん良い会社に行くことが全てではないですが、年収だけでなく、福利厚生や休日日数まで雲泥の差ですからね。 

それら全ていらないと言うなら一生努力しなければ良いと思います。 

 

 

・単純な学力としてのレベルと学者や研究者としての学力や知識レベルは違うと思う。単に私立中学進学の受験であれば公立より少し学力がある程度でいいと思います。 

 

学校の授業でもあれが不要だ無駄だの議論になるが、義務教育期間は広く満遍なく学問に触れて欲しい。高校以上は義務教育より細分化して理科系なら物理・化学・生物等、数学系なら代数・幾何・解析・統計等の専門性の高い内容で良いと思う。 

 

正直言って個々の学力や知識レベルが上昇しても、根本的な人間性の向上が見られない様な学力や学歴を持つ人ほど他人を見下す風潮が強くなる様では残念というか、貴方は何を学んだんですか他人より頭が良いと自負するなら世の中の役に立って欲しいです。 

 

 

・小学生時代というのは小学生時代にしか経験できないことが沢山あります。それらを切り捨てて場合によっては学校まで休んで受験に備える。親も塾も必死で応援する。周りから応援されると本人はそれに応えることが人生で正しい道かのように思ってしまう。 

将来中学受験で得た知識が役に立つ職に就くのならそれもありかと思う。 

しかし、それに費やした時間は受験しない子は他のことに費やしている。それは遊びかも知れない。スポーツ等の習い事かも知れない。 

決してそれは無駄なことではない。特に人と関わることは非常に大事だと思う。勉強一筋の人からしたら無駄な時間に思えるかも知れないがそうではない。それで身につく力もある。中学受験には役に立たないかも知れないけど生きて行く上では必ず役に立つ。あまりにも受験一筋になるとその部分が欠けていることに気づかない。勉強が出来たら人間的にも完璧のように勘違いしてしまう。 

 

 

・受験が悪いとは思いません。 

むしろ努力し、勉強することは素晴らしいと思います。 

しかし、それ以上に子供の貴重な時期をストレスで潰さないようにしてあげて欲しいです。 

親の方が加熱してしまわないように、一人一人にあった道で伸ばしてあげて欲しいです。 

この時期にメンタルを壊すと、一生不安定になるような気がして心配です。 

子供が辛そうなら、受験をやめる選択を考えてあげてください。 

 

 

 

・そもそも中高一貫の難関校は東大、医学部など難関大学の進学実績の維持向上が存在価値の指標となる。そのため、できることなら入試指導が楽な生徒(天才、秀才)が欲しいので、入試での選別(ふるい分け)をいろいろ工夫(難化)してるだけなのかと。 気にするのは受験生だけでいいんじゃないかな。 学校は選別したら、あとは6年間かけて難関大学合格へ育てあげることに心血注ぐ。とにかく、難関大学合格実績を高めるという隠れた理念に基づいている、そんなシステムの学校に入学したければふるい落とされないようにするしかない、と思います。 難関中学を目指す皆さん、親御さん、 決めたからには頑張ってください。 

 

 

・受験競争を努力で潜り抜けて旧帝大クラス、医学部、一流私立に合格出来ても 

社会人で先ずは学ぶのは理不尽さです。 

幼少時代からある程度は判るとは思いますが、受験競争と社会での成功はまた違います。ある程度の学歴と幅広い経験が一番大事だと思います。 

 

 

・なんていうのかな? 

こういう受験難化や求められる生徒層の高知能化が、令和の子育てを難しくしていると思っています。 

 

義務教育での、英語教育やプログラミングなんて昭和40、50年代には無かったけど別に困ること何もなかったし。勉強は母親から教えてもらうものだった 

。習い事は公文とスイミングくらいでしょうか? 

 

高学歴でこ国立大学卒業しても良い収入や恵まれた人生とは限らない。結局、得するのは一部の受験産業だけ。こどもをまもるために、中学受験には一定の制限や、習熟度別のクラス編成が必要だと思います。 

 

 

・中学受験が難化する目的は何かと言えば、将来、難関大学に受かるような子供を選抜したいからだ。今は必ずしも、大学のランク付けには拘らず、医学部合格とか、海外留学とか子供の進路を広げる指導をする私立学校もあるが、結局のところ中高の学校がどれだけ受験対策しても、大学の進路指導が充実していないなら、難関大学に入ったところで、その後の人生も知れている。 

特に中学受験の問題を難しくするのは、私立中学が共学になったことも大きい。女子には寮がない場合も多い。推察するに女子生徒の数を絞るために問題を難しくせざるを得ないのだ。女子よりは男子生徒の合格水準は、低い。男子の方が後々伸びるという思惑もあるだろう。 

一方で、中学受験の科目は主に国語と算数だ。英語は取り入れてない学校も多く、思考力が問われる。とは言え、結局算数に割く時間が多いから、結果、計算ばかりできる子が生まれ、実は国語理科社会の学力は下がっている。 

 

 

・中学受験で私立に進んだものです。現在社会人。 

同級生を見ていると、中学受験したからと言って、その人が幸せか否かは関係ないなと感じてます。有名大学に進んだ子もいますが、頭はいいけれどもコミュニケーションが苦手な子なので、会社でずいぶん苦労しているそう。その人次第ですよね。 

 

 

・私は入試が難しい学校はあっていいと思いますよ。 

そういうことが問題なのではなくて、世の中の価値観が何かの宗教みたいに一つの方向へ収斂していることがいけないのです。 

人には様々な能力があって千差万別です。どんな人にも様々に自分を生かせるフィールドがあるのです。そのどれも、素晴らしい能力なのです。だから難しい難問を解ける人が輝く学校は勿論あっていいし、同時に、そうではない色んな色や輝きを持つ人が進む学校もあるべきなのです。 

一部の人は難しい受験に拘ってどんどん難問を解き続けたとしても、他方では社会を無限大の多様性で満たしていく事が必要で、皆の目が受験など一つの方向ではない方へと複雑に分散すればよいのです。 

つまり全ての人が、どんどん違うものを自分の道で高度化させていけば良いわけです。様々な方向へ向けて、サンゴ礁の魚が多様化するように皆が高度に差別化されていくことで、社会全体が豊かになるのです。 

 

 

・個人的には昨今、とくにここ10年ぐらいで 

問題数も増え、さらに考えさせる問題、記述問題が増えた結果、 

入試の制限時間がかなり厳しくなったことを問題視しています。 

 

共通テストの英語などが顕著ですが、 

本当に「できる」生徒に入ってほしいのか疑問なんですよね。 

早く「処理」できる生徒を欲しているのかと。 

 

自身の体験を振り返ってみても 

確かにテキパキ「最適解」を導くタイプの頭の良い人もいますが、 

発想が独創的であったり、深化した考察をしたりするタイプの頭の良さは 

短時間でできるかどうかにあまり影響されないように感じます。 

 

 

・望ましい入試なんて子供によって様々で正解はないし結局その学校がどういう生徒を望んでるかで決まってくる。むしろ学校教育で何を教えていくかの方が大事では。医療用大麻は題材の取り上げ方としては面白いが、大麻のネガティブなイメージを払拭することは難しいんじゃないかな。実際ネガティブな面があるわけだし、嗜好用大麻が違法なのは変わらない。医療用が認められても使われる疾患は限られるし禁忌の患者や併用薬、リスクについてもより厳しく見られるでしょう。大麻のネガティブな面は認めつつ薬としては有用性もあるんだよってことを周知していくしかない。 

 

 

・ゆとり世代と比較しているような気がするが。団塊の世代あたりの詰込み量もそれなりに多いと思う。 

 

あと進学先を選ぶときに、そこの試験内容を見ながらマッチするところを選ぶようにした方がいい。 

難しさの方向が知識偏重か志向の柔軟さを求める方向か等、少しずつ異なる特徴がある。 

 

 

・中学受験がダメな訳ではないけれど、希望が叶わない子どもの方が多いし、その場合、必ずしも必要な挫折感ではない気がします。ある程度のレベルの問題以上を出すのは禁止にしても良いかもしれないですね。出来る子どもは100点取れるレベル感であとはくじ引きぐらいにしておくほうが、後腐れないかも。出来る生徒も必要以上に塾やテスト勉強に時間をかけなくて済む。賢さの無駄遣いな気がする。 

 

 

 

・中学受験がダメな訳ではないけれど、希望が叶わない子どもの方が多いし、その場合、必ずしも必要な挫折感ではない気がします。ある程度のレベルの問題以上を出すのは禁止にしても良いかもしれないですね。出来る子どもは100点取れるレベル感であとはくじ引きぐらいにしておくほうが、後腐れないかも。出来る生徒も必要以上に塾やテスト勉強に時間をかけなくて済む。賢さの無駄遣いな気がする。 

 

 

・生きる力って、受験して希望の学校に入学して…そうしなくちゃ獲得できないものなのでしょうか? 

私の三人の子どもたちに身につけてもらいたいのは、とにかく生きる力だと思って育てて来て、別に特別の受験や所謂良い学校への入学などしてきませんでしたが、三人ともしっかりとした職について、まっとうな生活をして人生を楽しんでいます。 

遊びの多い子ども時代だったので、大人になっても楽しみ方を知っているように感じます。 

 

 

・ユーチューブの講師や各種参考書、何十年分の過去問のデータ化によって、問題が難化せざる負えなくなった。 

 

本当の意味での論理的思考力と、ある程度の情報の正しい記憶力メモリを持った、情報処理能力のある子供が欲しいんだと思う。今も昔も、大手の進学塾の最高位クラスにいる子にとっては、変わらない状況か、今の方が面白いぐらいだろう。 

 

問題は中堅~難関校下位を目指す、普通の子供。 

 

20年前ぐらいの昔は方程式や連立方程式を使わない、使えない子が多かった。でも今ではできない子ほど、xとyの代入-の値を含む簡単な計算だけはできないからこそ武器として、装備している子がいる。そうすると、学校側はそれだけが武器の子を落としたいたので、旅人算や容器に水を入れる問題、図形なんかも難化していく。そういう所から難化がはじまったように感じる。 

 

 

・かつては「難問」といわれていた問題も、 

その解法や考え方を塾が解説して多くの小学生が理解するようになり、 

かつての難問を中堅校が出すようになり、 

難関校はさらなる難問を考え出す。 

とはいえ、「こんな問題、塾講師でも解けん。」という問題を出す学校は 

全体のごく一部だし、たくさん出される問題の一部でしかない。 

そういう問題を出す学校にも意図があって、「こんなの解けん。」と、 

受験生に捨て問であることを判断させるために出題していることも多い。 

難関校も、小学生にはとても無理という問題を出しまくったら、 

きちんとした判定ができなくなり、かえって優秀な受験生を逃すことになりかねないので、 

小学生でも理解できるような内容を、複合的に組み合わせたり、 

暗記に偏らず、長文も交えて論理的思考を問う問題を増やしている。 

むろん、私立中は個性豊かなので、入試もそれぞれ個性的。 

こういう印象操作的記事は大嫌い。 

 

 

・私は26年前に中受をし中高一貫校を卒業しました。その経験から子供には中心をさせるつもりはありません。辛かった経験と入ってからも地獄。結局メンタルもやられて大学も大したことのないところに浪人して行きました。これなら公立コースでも良いだろって大学。結局は本人のやる気の問題でどこの中高に行こうと変わらないってのが持論です。なんだか最近の中受はその合格がゴールみたいな感じで、頑張り続けないといけない子供が可哀想 

 

 

・例として出された社会の問題は中学受験の問題としても比較的簡単。 

問題を見て、「わからない」から無理だと諦める人とそうでない人を選り分けるのは、中学受験の設問においてごく当たり前のことだ。 

この問題における最大のポイントは、下級裁判所とは何かだ。 

これは一度でも学んだことがあれば即答できる。 

最高裁判所以外の裁判所がその答えだからだ。 

そして、最高裁判所には大法廷と小法廷があり、それぞれ裁判官の定員は十五人、五人だ。 

裁判員が審理に加わるのは特定の刑事裁判の一審のみで、その知識があれば心強いが正答を導くのに必要ない。 

たった二つの知識、それも裁判所に関する基本中の基本であり、問題をよく読まず、見た目ですぐ諦めるような人を落とすだけの工夫がされているのだ。 

決して難化などしていないし、していたとしてもこの問題を例示するのは問題提起のやり方としておかしい。 

 

 

・中学受験はまだしも、お受験と呼ばれる小学受験ではもはや児童の学力審査では無く、両親にどれだけ子供に先取り学習をさせる事が出来るか、その経済力を審査しているに過ぎない。 

 

実際、先取り学習で受験に合格した児童が数年後には一般の児童にくらべ、学力が低下している例は幾らでもある。 

 

実社会へ直結する大学受験、専門学科受験ならともかく、小中高の受験に関しては、どんなに難易度を高めても構わないが、問題はあくまでも義務教育の学習要項の範囲内で無ければならないと思う。 

 

公立校の小学生に、習ってもいない関数の問題を出しても解けるはずないし、本当の意味での学力は測れないのでは。 

 

但し、国策として優秀な学生を養成したいのであれば、飛び級制度を設けるべき。 

 

 

・中受の問題が難化しすぎているのは確かだと思います。特に算数。点差をつけるためだけにやってるんじゃないかと思ってしまいます。 

算数一科受験も流行ってますね。 

 

うちの娘は国語だけは得意だったけど算数が頭打ちで、第一志望も第二志望も受からなかった。 

中学の数学は思ったより大丈夫で、他の教科も順調なので学年で常に上位をキープできているから、自己肯定感は上がっているかもしれません。 

でも本人は文系に進む気満々です。 

 

そもそも大学も理数系学部重視の時代なので、しばらくこのような傾向は続くんでしょうね。 

数学得意な頭に産んであげられなくてごめんねと我が子たちに言いたいです(汗)。 

 

 

・中学受験をしてから大学までエスカレーターで進学しました。 

 

小学2年生の頃から学習塾に通って、夜22時には家庭教師ついて2時間勉強でした。 

 

小学校5年生の頃には高校2年生の教科書やってましたね。 

 

並行してひたすら過去問やって、小学校6年生の頃は過去問と面接の特訓オンリー。 

 

苦しかったかって? 

いや、そんな事はなかったですね。問題解くのが楽しくて、点数が良ければそれだけ励みになった。 

勉強がゲームになっていた。 

 

クラブ活動もやってたし、友達とも週に2回は6時間程度は遊ぶことが出来た。 

 

中学校に入学すると、随分楽で、クラブ活動三昧。 

もちろん、テスト勉強はしたけれど、苦にはならなかった。 

大学に行っても付属の仲間もいたし。 

 

そう考えると、ペーパーテストだけってのも悪くなかったなぁって思います。 

 

ペーパーテスト以外のぼんやりしたものって対策しようが無いですからね。 

 

 

・中学受験に失敗して公立中学に進学しましたが、中学受験にチャレンジすることには 

肯定的です。親の思いつきで小5から塾に通い受験勉強を始めましたが、全く歯が立たず第一志望の関関同立付属校に落ち、中堅以下の学校にしか受からず。学費と進学意欲を天秤にかけ、公立中に進学しました。しかし、中学受験で上積み層がごっそり抜けた結果公立中ではトップ層の成績となり、これに自信をつけて成績を伸ばし、高校では2ランク上の高校に進学でき、大学もそれなりのところにに落ち着きました。落ちても経験は糧になるという姿勢で早い時期に受験に挑戦するのは、人生にとってプラスになると考えています。 

 

 

 

・我が家(千葉市)の子供の頃 確かに 何人か中学受験した方がありましたが…… まだまだ 珍しい時代でした。三人姉弟で 長女は40歳になりますが 主人も私も 

高校までは 公立で十分との考えで 塾通いはさせましたが… 

きっと本人が 中学受験したいと言えば 挑戦させたとは 思いますが…  

我が家の子供達は 大学受験をし 

早大 法大 東京理大へ 進学しました。皆 中学 高校と 部活もやりきり満足した学生生活だったようです。親ごころもわかりますが 何が いいのか 難しい判断ですね。 

 

 

・入試はその学校の合意判定をするものなので受験生のレベルに合わせて問題を作成する必要がある。優秀な受験生が多い学校で優しい問題ばかりだとほとんどの受験生が高得点を取り、反対にそれほどでもない学校で超難問ばかりだとほとんどの受験生が低得点で、どちらも合意判定が出来ない。従って優秀な受験生の多い難関学校は自然に問題が難化するのは当然だと思いますが。 

 

 

・7年前に息子に中学受験させました。 

(渋幕受験しましたが落ちました) 

 

うちが住んでる地区の公立中学がいろんな意味でヒドかったため、私立中高一貫校に行かせたものの、当時からトップ校の難易度にはかなり疑問でした。 

 

中高一貫校側は、もはや6年後に東大に行ける素養を持った子を探し出すための出題をしているようにしか思えなかった。 

難問の対策が必要になれば塾側も需要が高まるから、学校、塾ともにWinWin? 

 

算数で旅人算や流水算を学ばせるくらいでいいと思うが… 

 

 

・中学受験の試験が難化しているということで、学校の先生にはそれらの問題が解けるのか疑問に思った。 

侮辱しているわけではないが、私立小中学校の試験問題は年々非常に難しくなってきており、普通に暮らしている大人などまったくといっていいほど解けない。 

学校の先生は算数なり、数学の試験問題が解けるのか?疑問に思った。 

以前聞いたことだが、私立を受験する場合、学校の授業だけでは合格するのは厳しいので、皆塾に通っているとのこと。 

なんでも学校で習わない問題が数問は出るので、それに対応するには塾で学習するしかないらしい。 

確かに、学校で習わないことを覚えるには、塾で学ぶかあるいは独学で勉強するしかないが、そうしないと合格できないのはおかしな話だ。 

本来、試験問題を難化させるなら、学校で習っている範囲において難問を設定すればいい話。 

応用力を駆使して問題を解く学力がなければ受からない。それで良いと思うのだが。 

 

 

・私も中学受験の経験があり、子供が小学生の時に一緒に中学受験の問題を解きましが、解答を見た後小一時間頭をヒネらないと分からない問題ばかりで大変でした。親ガチャとか言われますが親の経済力や学右に左右されない工夫が欲しいところです。 

 

 

・難関中学の試験問題は、本当に難しい。大学入試に匹敵する問題がありますわ。今、超難関中学の入試問題が掲載されている本を読んでいる。最近の情勢や言葉を知っている大人が解けるか否かという問題だ。これを小学生が解くから、素晴らしい。流石は超難関中学だ。あらゆることに目を配らないとなかなか解けないですわ。 

 

 

・数学オリンピックで圧倒的な中国の高校生ですが、フィールズ賞はなかなかとれない。 

フランスは数学オリンピックで大したことのないランキングなのですが、フィールズ賞の数ではアメリカに続いて2番目です。すごいです。 

受験を目的に近視眼的にガリ勉するより、継続して学問をやったほうが長い人生では実りがあると思う。 

 

 

・問題が難しいのは、渡しには良くわかりませんが、考え方を問う問題を出して欲しいです。 

例えば、温暖化対策の考え方や、少子化対策の考え方、自分の人生をどう生きていきたいのか、考える力がが必要だと思います。 

勉強だけ出来ても、会社に入った時に役に立つか、立たかないかは考える力が必要だと思います。 

勉強が出来ても、営業成績はトップにはなれません。 

色々な角度から、ものを見る力が必要だと思います。 

 

 

・昭和生まれの中高年である私は公立中学校に行ったので、中学受験は経験していません。予備校にも通っていません。同級生もそうだろうと思っていたところ、中学に進学したら、あいつもいない、こいつもいないことにビックリ。地元中学がガラが悪いのを案じた父兄が地元を避け、私立の他、近隣自治体に越境通学させたのです。 

少子化の現在、いずれ難関大学に進ませる準備という面もあるのでしょうが、私の場合と同じく、地元中学の学力が低いとか、校内が荒れているとかを心配して公立を忌避するということもあるのかも知れませんね。特に女の子の場合、性被害のリスクも皆無ではありません。 

しかし、私立中に進ませるとなれば、小学校段階からかなりの出費が必要となりますから、多くの子どもを持つことが難しいのは当然です。 

少子化の理由の一つに、加熱する受験競争があるのかも知れませんね。 

 

 

・日本トップクラスの大学を卒業しても定職につけない、トップ企業に就職しても労働環境が過酷で続かなかない、あえて定職につかないというニュースを見ると、そこまで詰め込みの勉強って必要かと疑問に思う。子供は子供らしく伸び伸びと得意分野を伸ばしながら育てば良いと思う。勉強は、基本的な計算や読み書きができれば社会で生きていくには十分。数学の難問や物理の難問ができてもその分野に進む人にとっては必要なんだろうけど、一般的な事務の仕事や、日常生活ではその難しい計算をするというのはまずない。国語の難しい古文なんか読めても現代ではまったく意味がない。学生時代から、基本的な計算と読み書きの他、人との受け答えや、あとは将来自分達が親元を離れて生きていくために技術や家庭科、将来、恋人と過ごす為に保健の分野をしっかりと学んだ方が良いと思う。あとは友達、彼氏彼女との思い出をたくさん作った方が良い。 

 

 

 

・たまたま先ほど中学入試問題を立ち読みしていた。社会の問題に対して自分なりの解決策を書かせるなど良問だと思った。今時の小学生はそこまで考えているのか、と。 

しかし、高校入試でここまで問う学校はあるだろうか? 

中学らあるいは高校入試の勉強で、これだけ考えさせることができれば、日本の国はもっとよくなると思う。 

 

 

・中学受験の問題は特殊です。中学受験を経験してこなかった大学生が問題を解いても出来ない人もたくさんいます。上位校は合格させる為の試験ではなく振るい落とす為の問題です。算数とかは大学の理系に進むのには役にたちます。そのくらい難しいのです。 

 

 

・難関中学の難化もそうだが、中堅中学の難化も見逃せない。典型問題が減った変わりに、 

 

「教科書レベルの基礎は全て出来て当たり前。その知識をいかに活用するのか。」 

 

を見てくるような、知識活用型の問題が激増しています。まるで大学入試問題の構成です。今の大学入試問題は思考力重視ですが、中学側も0から思考力を養成している時間はないのでしょう。ある程度の思考力を持った生徒を欲しがっているのは、入試問題から見えてきます。 

 

こうした問題が出来るようになるには時間が掛かります。少なくとも小6の1学期中には小学校で学習する範囲を4科目全て終え、夏休みから入試本番までは、入試問題演習をしないといけません。 

 

一昔前の中堅中学は、ここまで厳しくありませんでした。少し練習すれば出来るようになる問題も多かったからです。今の厳しさはやはり、中堅中学から難関中学のグループに入りたい中学側の意向だと思います。 

 

 

・中学受験経験者です。 

小学校3年生から塾に通い、6年生の頃には週6回授業がありました… 

小学生にはハードすぎる日程だと今になって思いますが、当時は合格するためにはそれだけ勉強するしかないと思って必死に塾へ行きました。 

結果的には第三志望の学校にご縁をいただき、進学。後悔はしていません。 

小学生に復習など到底できないので、補講や特訓を取らされた(塾はこれを「スパイラル方式」と呼びます)ことで、6年生の時には年の月謝が100万を超えているような状態。親には感謝しかありません。 

 

 

・地方の方には理解できないと思いますが、都内では中学受験が当たり前なので、より良い中学校に入るべく一部の学校に人気が殺到しています。 

それに伴う難問化は自然なことなので特別疑問視するような状況ではありません。 

 

ただし、東京の特殊な状況が全国的に報道されるようになり、地方の教育事情にも波及しつつあるのは注目すべきでしょうね。 

 

 

・会社の技術系の業務も複雑化したり処理速度が求められ限られた時間でマルチタスクをこなすためにはそれなりの能力が求められるようになってきていると感じる 

これまで所属してきた組織や取引先見ていて同じ組織の同年代を比べても社員の能力差に個人間で大きな開きがあると思うことがある 

受験でも競争の世界に身を置くなら甘えても仕方ないまだ子供のうちは競争を避けて公立に行く事も出来るのだから家族でじっくり考えれば良いと思う 

 

 

・勘違いしてはいけないのは、この記事で紹介された問題は、一握りの高学歴中学の受験問題であって、受験生もその親の大半はそれは当たり前に受け入れていること。 

そして、受験生でもその親でもない人達には云々する必要も資格もないということ。 

プロアスリートを目指す小学生の練習と仲良しごっこの遊びとが段違いなのと同じことです。 

 

本来は優れた知能を持っているのに貧困などでこうした問題を解くスキルを得られない小学生がいるなら支援係必要です。 

しかし、大人になってもこうした問題が解けないような人達にレベルを合わせる必要はなく、彼ら彼女らに必要ない職業教育や社会教育を拡充するのが本筋です。 

 

 

・こういうの見ると教えて育てるって感じするな。入試問題は「こういう人を育てたいからその素質がある人だけ来てください」って意思表示でもあるな。合格した人間は学校側がすごい伸ばしてくれるだろう。 

 

管理教育の詰め込みタイプとこういう思考プロセスを伸ばすタイプは大学で同じ時間を過ごしても行く末は全く違うだろうな。 

 

素晴らしいと思います。 

 

 

・周りが中受するから(雰囲気)、だれだれが行くからとか、流され受験が増え、また滑り止めや中受特有の力試し受験で受験者が増えれば当然ボーダー層は過密になり、パターンだけで解ける問題では点数の差がつかず合否を毛めることが困難になります。 

そうなると差をつける問題(解けないのが殆ど)を出さざる得ず、翌年はそれが対策されイタチごっことなっていく。 

答えの無い問題の出題とありますが、それさえも対策がされていきパターン化した解答が量産されます。しかし間違いでない以上それを減点することも出来ません。 

何のための受験対策?それは本質的に子どもの役に立つものなのか?というジレンマ。 

一定学力さえ確認できれば、あとは抽選でも良いのではないかとも考えてしまいます。(運も実力のうち、実力が無ければその土俵に上がれないとして) 

 

 

・まぁ受験に限らず資格試験にも言えるけど、前年の問題が過去問として出版され受験を考えている人はその問題は解いてきているし、先生方もそれを織り込み済みで問題を考えるから年々難化する。TOEICも前なら800点取れたけど今だと試験前にブラッシュアップしても750点がやっと。何にもしなかったら700点だったろう。親世代が中学入試をした時にはまだインターネットが普及していなかったから勉強の効率も悪かった。今やグーグルの宿題機能を使えば正答がわかる時代だから単純比較できないけど、その時はその時で机にかじりついて必死にやっていたんだよ。そろそろ中学入試の在り方も変えていったほうが良い。答えがない問題について考えるような問題もいいと思うけどな。 

 

 

 

・最初から勉強を武器に生きていくなら受験頑張った方が良いかもしれませんが、勉強できたからと言って高収入に必ずなる訳ではないと思っていないと、大人になった時に理想と現実のギャップを埋められない気がします。高収入だけを考えるなら受験勉強よりも技術的な勉強をする方が確率は高いと思います。 

 

 

・大人になって必要なのって自分で学ぶ力と自分で稼ぐ力であって受験勉強ができることじゃないことを理解していない親が多い。 

 

必要なのは情熱がもてる仕事を見つけられるか、とお金を稼ぐ積極性とコミュ力。IQ高くて頭がいい人身近に二人いたけど人間関係が不得意で人生破綻したよ。もちろん頭良くてうまくいってる人もいるけど。 

 

稼げる人の共通点は積極性。頭が良くても行動できない人間なんかごまんといる。中学生なんか興味のあること色んなことに挑戦させる時期。親の勉強マシーンになるなんて子供を潰すようなもの。子供が受験したいなら別だけど。 

 

 

・受験対策を長い目で見ると、中学受験に全振りするよりも英語に子供の頃から慣れさせたほうがコスパという意味ではいい気がするな 

受験の難易度という意味でも中学受験と大学受験は競争がひときわ激しいし、最近は修士卒の就職待遇は改善されていて院卒=アカデミアみたいなイメージは文系でも過去のものになりつつある 

就職難易度にしても、時代によって全く違ったりするのは個人の能力ではなく多分に市場の需給に由来するもので、しかも案外抜け道はあることが分かれば過当競争に無理につきあう必要がない人は結構いるんじゃないか 

 

 

・社会は思考系に寄ってきていて面白いと思うんだよね。算数の難易度と国語の文章量の多さがエグい印象。ただまあ篩にかけるのが目的だから、思考力・論理力か処理能力を試す方向にいくしかないんだよね。個人的には、高校受験の内申点や、大学受験のAO型に比べれば、純粋な学力で篩にかけるのが公平さの面ではもっともマシだと思う。他に考えられるのはIQテスト系の認知能力を測る問題だけど、これだとコツコツ努力するなどの非認知能力を測れないから問題がある。 

 

増えてほしいと思う入試形式は、公文国際学園の「英語」「数学」で受けられるタイプ。高校レベルの英語・数学に達していれば、入試問題はオーソドックスな問題なので、特殊な対策は必要ない。低学年からコツコツ学習を続けていけばポテンシャルの高い子なら達するし、毎日1時間程度の勉強量で済む。公文国際学園の進学実績は偏差値帯にしては良いので、選抜方法としては機能している。 

 

 

・個人的には中学受験は反対です。 

中学受験をしてしまうと、個人差はあれど、どうしても睡眠時間に影響を及ぼす懸念があります。 

小学校の高学年は勉強するのも勿論大事ですが、同時に身体が発達する時期でもあります。 

この時期に中学受験の勉強で遅く寝る習慣がついてしまうと、成長ホルモンが十分に出ず将来的な低身長に繋がる可能性も否定できません。 

両親の身長からして本来なら170cmになるはずの男の子が、成長期の睡眠不足により160cmまでしか伸びず後悔している子もかなり居ます。 

 

それくらい進学校に進んでいる子は、一般の公立の生徒に比べて低身長な子が目立ちます。 

 

身長程度で中学受験を否定するな!と言われるかもしれませんが、個人的にはかなり由々しき問題だと考えています。 

 

 

・かつて中学受験したものです。当時は良く理解できなかったですが、週4〜5で塾に通って辛かった記憶があります。 

同級生は素晴らしく良い意味で競い合う事ができました。環境をくれた両親に感謝です。 

ただ、良い学校に行っても良い会社に行けるわけでもなく、自分自身の選択、考え方だと言うことを理解しなければなりません。 

 

 

・『二月の勝者』を読んで中学受験に対する先入観が無くなりました。 

 

たとえ小学生と言えど、自分の意思で勉強し目標校を目指す行為は 

人格形成の意味においても、非常にプラスになると思います。 

(成功、失敗どちらの経験でも) 

 

とてもお金がかかるのが難点ですが、中学受験をする生徒とご両親には 

心身ともに頑張って欲しいと心から応援します。 

 

 

・日本に必要なのはリーダーシップ教育。答えのない問題に当たった時、どうやってチームワークで乗り越えるか。リーダーをどうやって効果的にフォローするかは、リーダーを経験した者で無いと分からない。チームの弱者をどうフォローするか、役立つ役割を与えるか。義務教育や高等教育の中で、きちんとしたカリキュラムを組み込んでリーダーの振る舞いと、リーダーの支え方を教育すべき。仲良しこよし、みんな友達教育では、社会での国内外の競争についていけないし、実際、コミュ障ばかりが新人で入ってきては辞めていく悪循環が起こっている。 

 

 

・45年前に中学受験した世代ですが 

地頭の良さが効いた時代と思います 

塾一年で名門に受かる子もいれば 

3年通ってどこも受からない子もいた 

そうして入学してからも 

見事に地頭の違いを思い知る 

そうやって優秀な頭脳を選別し 

選りすぐるのが優秀校の存在価値 

問題を解くベースに 

知識の量を求めるのは 

ちょっと違うと思いますね 

 

 

・大器晩成 

 

人生においてどこがピークか、というのはあると思っています。小中学校で頑張って凄い高校、凄い大学に行くのも一つの凄い人生だと思っています。 

 

その一方で普通に国公立の小中高大と進んで、まぁ普通に就職して、社内でもまずまず仕事して、気付けば新卒就職から定年まで同じ会社で、というのもそれはそれで良い人生だと思います。 

 

親が子供にして上げられるのは良い教育の機会の提供ではありますが、それが度を超すことは避けたいものです。 

 

 

 

・難関校の入試がと言うより、まず最終学力で全てが判断される仕組を変えるべきです。 

最終学歴が高くても仕事じゃ全く戦力にならず文句ばかり言ってる人もいれば、最終学歴が低くても仕事だと即戦力になって、そこから伸びる人もいます。 

今の社会最終学歴や親のコネとかで、その後の昇進とかも左右されるせいで、全然本題の所じゃない所で訳の分からない事が繰り返されてると思うし、就職してから伸びた人は報われない 

 

 

・入学できる生徒数は限りがある。 

問題の難化は仕方がないと思う。 

もしも、易化させたら点数での差が付けられなく中学の先生の時間が大幅に奪われる事になる。っと、人間としては考えると思うが今後AIでの同じ時間の中で今までにない解決策が見つかるのかもしれないね。 

 

 

・合格者の数は決まっているのだから、満点を取る必要はない。 

 

全員出来ない4択の問題ならば1/4で当たっていると割り切って適当に書き、合格者の大部分が取れる問題は確実に得点する、という戦略が正しいのではないかと思う。 

 

 

・資格試験も入試も、過去問の類似問題から50%以上出ると言うのは適切な事だと思う。 

 

その学校に入りたい、その資格が取りたい、その気持ちを叶える事、合格させるために試験をしているという心が大切だと思う。 

 

ただ難しいだけ、IQ測るだけの問題なら、暗号読解問題やマッチ棒クイズでも出せば良い。それこそ初見殺しの問題なんか幾らでも難しくしようと思えば難しくできる。 

 

うちの過去問を調べてくれて、この難問の解き方を練習してくれた事が、入りたい気持ちの現れなんでしょう。 

過去○年間の過去問から80%出しますとか宣言しちゃってもいいぐらいです。 

 

 

・・限られた時間で 

・客観的に点数が決まる(この社会が求める公平性) 

この2点を満たしながらとなると,記事がいう「難化スパイラル」は必然。 

 

試験室に入る前にある程度の知っていないと勝負にならないのは昔からだろうが,なんかスパイラルが進むと「ある程度」の割合が大きくなってくる。言葉を選ばなければ「記憶ゲー」に近づく。 

 

時代の変化,テクノロジーの進む方向を鑑みれば「どれだけ知っているか」は価値を失っているのは明らか。それでも,日本社会が求める公平性を満たすにはこの方法しかない。(入試を変えようとすることに対する反発を見ればよくわかる) 

 

例えば「ユニークさ」を測りたいという先生はいると思うが,そんな問題を出してしまったら・・・ 

 

 

・これに関しては、ジャーナリズムには次の仮説をぜひ掘り下げていただきたいです。 

 

・完全中高一貫化により、特に中学担当の教員に、入試問題の相場感がなくなってきているのではないか。一貫校でも、高校入試が入ると、標準的な中学課程の水準を意識せざるを得ないが、高校入試が完全になくなると、出題担当者のなかには、”何でもあり”の出題に対する歯止めが掛からなくなる傾向が生じているのではないか。 

 

・入試の複数日化が見られる中、塾系の組織が、入試問題の請け負い(ないし「問題案」の提供・販売)をおこなう慣行が広がっていて、そのことが問題の難化と関係しているのではないか。 

塾や作問請負産業は「テスト問題屋」で、問題の水準や範囲の適切性は問わない、ないし判断できない。そうしたいわば業者が、場合によっては、産業を広げ存続させていくために、範囲や水準の適切性を度外視した「問題商品」の製造・販売を行ってはいないか。 

 

 

・約40年前の話です。ワシ、塾にも行かず高校まで公立。並みレベルの高校でスポーツに没頭。勉強した記憶無し。完全に落ちこぼれて学年で下から7番目の成績で卒業。一浪したはいいが偏差値36で体育大学にもD判定、将来絶望。1年頑張って当時偏差値60の総合大学進学。私立です親に迷惑かけました。そこから東証プライム上場のメガ金融に総合職で入社。メガでない会社には面接で落ちたがまさかのラッキーパンチが当たる。そして生涯報酬5億を得て、さらに金融知識も豊富であったため運用にも成功。相続もあり資産2.5億を築く。昨年58才でFIRE。現在は取引先からの雇用要請も断り、人生を楽しむことに全振りする毎日。こんなわらしべ長者の人生もあります。小中学生の頃に塾三昧で勉強詰め込むより好きなことをしたのがその後の人生で頑張れた要因です。 

 

 

・こう言う記事を読むと怖くなります。 

中学生までは勉強だけで無くて色々なことにチャレンジして欲しいと思います。 

何と無く画一的な生徒ばかり出来てしまいそうで、逆に日本の将来が心配です。 

将来専門分野に進みたい極小数の、本人の望みで勉強したい子以外はそれほど勉強だけに集中しないで、自分がやりたい事を見つけて好きなことをすれば良いのにといつも思います。 

頭を使うトップの人は全体の1割以下で、あとは違う自分の得意の能力を磨いた方が自分も楽しいし、国のためにもなりそうですけど。 

今や漫画家や料理人が人気がありますし、それこそ成功したらサラリーマンの数倍から数十倍と稼げますよ。 

 

 

・渋谷学園は一族経営だが、日本の公立学校に週休二日制を強く進めておいて自身のところは土曜登校、という態度をとったことで有名ですね。 

渋谷学園は偏差値操作を経て優秀な学生を集めるようになったけど、 

やり方は最悪だと思う。犠牲が多すぎるよ。 

 

犠牲と言えば本題の難化もそう。 

コロナで不足したのは学力もだけどコミュ力や体力のほうが顕著。 

そんな中で、いずれは習得するレベルの考察を小4~6に強いるなんて、 

その世代の教育に非常によくない現象だと思うな。 

私立の学校法人なんて税制優遇と補助金で、宗教法人もびっくりの金まみれ。 

そこの教育が素晴らしいなんてのはほぼ幻想だよね。 

学習ではなく教育に目を向ければ、中受なんて非効率極まりない愚行だわ 

(ゆとりもって、子どものペースだけでやれる場合は例外ね) 

 

 

・最初の下級裁判所の法廷の問題はなかなか良い問題だね。なぜ、証言台がない肢があるのかを考えれば、基本的な中受テキストの範囲で回答を導ける。この図面を見たことがなくても、試験の中で推察できるし、そういう頭の良い子、観察力のある子を取りたいんだろう。 

なぜ夜間や土日に裁判官が裁判所にいる必要があるのか。令状主義くらいはテキストにあるから、事件は土日もあることを考え、警察が令状を取らなければ、逮捕などが原則できないことを考えつくかどうかだろう。 

中受の問題は、知識を聞いてるようで、実は物事の原理原則や、社会の常識から推察する問題が多い。 

多分、大人によっては興味も持たずに一生分からない人もいるし、子によったらガリ勉しなくても、観察力の高い子や推論を立てれる子は有利だね。 

  

学校訪問したとき、過去問というのは教師からの手紙と説明していた学校があった。どんな人物を取りたいかは試験見るとよく分かる。 

 

 

 

 
 

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