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中学受験(中受)が熱い首都圏や大都市圏で、今年の受験シーズン中に入試問題の難しさが話題になった。

中受問題は過去と比べて難しいと言われ、その理由を取材。

指摘される問題の難化について、保護者や専門家からの意見や懸念も示されている。

学校や塾が教材を修正し、受験勉強が増加する中、子どもたちの負担も増大しているとされている。

一方で、入試問題の変化には教育の進化や向上も見い出せるとの意見もあり、入試問題の難しさや受験プレッシャーに対して、様々な視点からの考察が示されている。

(要約)

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(制作:フロントラインプレス) 

 

首都圏や大都市圏で熱を帯びる中学受験(以下、中受)。今年の受験シーズン中も入試問題の難しさが話題になった。SNSでは「この問題を小学生が解くのか」「大学受験並みだ」といった声があふれた。親世代の中受経験者は、自分たちの時と比べると「勉強量は3倍」と言う。なぜ、中学入試の問題はこんなにも難しくなったのか。出題する中学校や問題を作る教師、学習塾、保護者、専門家を取材した。(文・写真:国分瑠衣子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

渋谷教育学園幕張中の「社会」の問題。裁判の公開に関する正誤問題なども出題された 

 

まずは、この問題を見てほしい。千葉県の難関・渋谷教育学園幕張中学校の入試で、2024年に出された「社会」の問題だ。正しく答える自信があるだろうか。 

 

「……次の図は日本の下級裁判所と最高裁判所における刑事裁判の法廷の見取り図です。下級裁判所のものを、すべて選び番号で答えなさい」という設問文に続いて、裁判官・裁判員、検察官、被告人、弁護人の着席位置が図に示されている。このほか、休日や深夜に裁判官が裁判所に宿直する理由も問われた。 

 

今年1月、この問題などがXに投稿され、「小学生が受ける入試に法学部生向けみたいな問題」と書き込まれると、たちまち1.2万件の「いいね」がつき、さまざまな意見が飛び出した。 

 

「難関中学の受験なんてこのぐらいのもの」「渋幕を受ける層なら別に普通のことだと思うけど」という意見の一方、異論も続出。高校受験塾の講師からは「大人目線だと確かに問題は面白い。が、中学受験は『初見(しょけん)殺しの問題』が次年度以降に『知識問題』と化してエスカレートしていきます」という批判も出た。「初見殺し」とはゲームでよく使われる言葉で、初心者には攻略できない敵や罠(わな)、技を指す。 

 

“渋幕”は海のそばにある。学校の教育目標は「自調自考」 

 

もっとも、“渋幕”の愛称で知られる同校は、この騒ぎに逆に驚いたようだ。校長補佐の永井久昭さんは、SNSで話題になっていると在校生から聞いたという。 

 

「裁判所の記述や法廷図は、小学校の検定教科書に載っています。入試問題として違和感はないと判断しました。細かい分析はこれからですが、例年に比べても正答率は低くありませんでした」 

 

渋谷教育学園幕張は高校が1983年に、中学校は1986年にそれぞれ開校した。歴史は新しいものの、グローバル教育に力を入れていることなどから保護者の人気を呼び、またたく間に難関校となった。 

 

永井さんは続ける。 

 

「短い期間で急成長した学校ですから、(その時々で)受験生の水準に合う問題を出しています。教員たちは工夫を重ねて問題を考え、自信を持っています」 

 

 

塾に通う子どもたち。塾のマークが入ったおそろいのリュックを背負っている(写真は一部加工しています) 

 

午後9時過ぎ、駅前のビルからリュックを背負った塾帰りの小学生が次々と出てくる。ビルを囲むように立つ、お迎えの保護者たちと合流する――。都市部に住む人ならこんな光景を見たことがあるかもしれない。 

 

首都圏模試センターの推定によると、首都圏の私立・国立中学の受験者数は2024年、5万2400人に達した。10年ぶりに減少に転じたが、小学生が受験する割合(受験率)は18.12%と過去最高を更新。少子化にもかかわらず、中受の過熱は衰えを知らない。 

 

大手学習塾・早稲田アカデミーの教務本部長、竹中孝二さんが説明する。 

 

「千葉、埼玉、神奈川の小学生は減っていますが、東京の小学生が一定数います。特に23区の受験率が高い。これを考えると、今の小学1、2年生が受験年齢に達するまで受験率が大きく減ることはないでしょう」 

 

早稲田アカデミーの竹中孝二さん 

 

受験率が高水準で続くなか、入試問題は高度化し、それに伴って塾側の対策は強化され、子どもたちの勉強量は増え、それがまた受験熱を高めていく――。しかし、近年の難問化に関しては、強い疑問を持つ保護者も少なくない。東京都内に住む40代の会社員、坂口龍平さん(仮名)もその一人だ。 

 

「自分の時の中受とは全然違う。この本を見ると分かると思います」 

 

坂口さんはそう言って、『解ければ天才! 算数100の難問・奇問』という本を取り出した。初版の出版は1988年。坂口さんが小学生の時だ。自身も中受の経験者で、最難関と言われる国立の中高一貫校を出た。この春には、ちょうど長男が中学を受験した。 

 

自身が小学生の時に解いた「難問」を指す坂口龍平さん。本は『解ければ天才! 算数100の難問・奇問』(中村義作著、講談社ブルーバックス) 

 

「長男のテキストを見て気がついたんです。私が小学生の時に解いた図形の『かなりの難問』が、長男の基礎ドリルに載っていたんです。笑っちゃいましたよ。『かなりの難問』は、なぜ標準問題になったのか。学校がこれまでにない問題を出す。すると塾が、その問題に対応したテキストに改訂する。翌年には違った角度の問題が出る。塾はまたテキストを改訂する……難化スパイラルですよね」 

 

長男の勉強量も、自分の経験とは比較にならなかった。 

 

「塾を選んでいた時に、塾に『皆さんの時と比べると勉強量は3倍です』って言われたんです。その時は『営業トークじゃないの?』と思ったんですが、本当にきっちり3倍ありました」 

 

 

中学受験塾のテキスト。小学4年の1年間でこの量を解く 

 

坂口さんの塾通いは2年、長男は3年。必要とされた勉強は、小3の2月から3年間を費やさなければ消化できない量だったという。 

 

「とくに理科と社会です。重箱の隅をつつくような、細かい知識を求められていました。変わらないと思えたのは国語ぐらいです。小学生が勉強すること自体は、美しいことと思っています。でも、細かすぎる知識を詰め込む必要はないかなと。英語を勉強したほうがよほど日本に資すると思うんですよね」 

 

京都大学大学院教授の石岡学さん(本人提供) 

 

教育の歴史社会学を研究する京都大学大学院教授の石岡学さんは「中受に限らず、入試にはペーパーテストが最も公平で客観的という信仰があるんです」と話す。 

 

入学試験は相対評価であり、「ここまで勉強すればOK」という上限がない。これが受験の弊害とされ、議論が繰り返されてきた。大正時代にも受験が過熱し、社会問題になった。筆記試験に代えて抽選制などを導入する案もあったが、それも消え、結局、100年以上が過ぎた今もペーパー中心は変わらない。 

 

「選抜のあり方自体を変えなければ、どんなに中身の問題を変えても本質は変わらないと思います。中受の過熱ぶりは、入学したという“手形”さえ持てば、子どもの人生が安泰だと考える保護者の気持ちの表れかもしれません」 

 

おおたとしまささん(本人提供) 

 

教育ジャーナリストのおおたとしまささんは、入試問題の難化を「知恵の輪」に例える。学校が新しい知恵の輪を開発すると、塾がその攻略法を見いだし、攻略本通りに数をこなした子どもが合格する。さらに学校は難しい知恵の輪を開発する。この繰り返し、というわけだ。 

 

「塾が教育者として本当に子どものことを思うのなら、入試に必要な基礎をしっかり教え、後の応用は『自力で解けるように頑張れよ』と見守るぐらいのスタンスでいてほしいですね」 

 

保護者の心構えにも問題があるという。おおたさんが、とくに懸念するのがSNSの「中受アカウント」だ。主に保護者が運用し、フォロワーが数千人を超える人気アカウントもある。勉強法や塾や学校の情報、子どものテストの成績、多くの情報が飛び交う。時として親の不安を増大させ、パニックの様相を呈する。 

 

「『誰か』とわが子を比べて焦り、大事なことを見失ってしまう場合があります。タイムラインではなく、目の前の子どもを見ましょうよ、と言いたいです。ただ、私学の個性的な出題は変えるべきではありません」 

 

 

声の教育社の後藤和浩さん 

 

中受の問題は、単なる難化スパイラルに入っているわけではない、との見方もある。 

 

東京・神楽坂近くの出版社「声の教育社」を訪ねた。各校の過去問を取り扱うことで知られた出版社だ。常務取締役の後藤和浩さんは「昨日の夜も晩酌しながら入試問題を解いていました」と言いながら現れた。「三度の飯より入試問題が好き」で、編集部時代は年間500を超える解説をつくった。問題の傾向や変化には人一倍詳しい。 

 

「最近はストレートに知識を問うのではなく、文章や資料を見て理解し、文章で表現する問題が非常に多くなっています。今のスタンダードと言えるかもしれません」 

 

日本女子大学附属中の「社会」の問題。近年、ジェンダーに関する出題が目立つ 

 

後藤さんに代表例を挙げてもらった。日本女子大学附属中学校の「社会」の問題で、2023年2月の入試で出題された。 

 

正解を問うと、後藤さんは淀みなく答えてくれた。 

 

「その法律とは改正男女雇用機会均等法です。新聞などの求人広告では、男女別の求人が廃止されました。この問題では、広告を見た上で、求人情報がどう変わるのかを文章で表現できるかがポイントです」 

 

海城中学校の卒業論文発表会。3人の代表生徒が発表した 

 

受験勉強の意味を小学生の受験生に問うた中学校もある。「なぜ入試で試されるのが国算理社の『学力』ばかりなのか、疑問に思ったことはありませんか」。そんな一文で始まる問題が「社会」で出されたのだ。 

 

中高一貫の男子校として知られる東京の海城中学を訪ねると、中3の生徒たちが講堂に集まっていた。中学生活の集大成として、社会科の卒業論文発表会が行われるという。海城の伝統行事だ。 

 

生徒は自分でテーマを探し、見つけ、文献調査や取材、フィールドワークを通して論文を書く。文字数は1万字以上。正解のない問いにどうやってアプローチしていくか。その力が試される。 

 

「大麻への正しい知識を持つためには薬物教育のアップデートが必要です」と発表したのは、星野恵汰さんだ。日本で解禁される医療用大麻をテーマに選び、大麻の根強いネガティブイメージを変えるにはどうしたらいいのかを考えた。医師や薬剤師らを丹念に取材し、論文にまとめた。 

 

星野さんの発表に、会場から質問や意見がガンガン飛ぶ。 

 

「有名人の逮捕とかニュースの取り上げ方にも問題があるんじゃないかと思いました」「高齢者のネガティブ意識を具体的にどう変えますか」 

 

会場の熱気はなかなか途切れなかった。実は、海城の入試問題はこうした学習の“予告編”といえるかもしれない。 

 

「なぜ入試で試されるのが国算理社の『学力』ばかりなのか、疑問に思ったことはありませんか」で始まる今年の入試問題は、中3の卒業論文発表と地続きになっていたからだ。 

 

 

 
 

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