( 167851 ) 2024/05/07 17:26:29 0 00 photo by gettyimages
東京市場が休場だった「昭和の日」(4月29日)の午前10時過ぎ、外為市場では、円相場が歴史的な円安に揺れた。まず、米ドルに対し、前日比で一時6円近くも急落し、およそ34年ぶりの安値である1ドル=160円24銭まで下げたのである。
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この日と5月1日、それぞれ円は急落したかと思えば、1ドル=154円台、153円と円高方向に大きく反転する場面もあり、市場は、当局がそれぞれ5兆円、3兆円規模の為替介入に踏み切ったとみている。
根動きが荒かっただけに、マスメディアの報道もヒートアップした。中でも目立ったのは、「外貨準備のうち、介入に使える実弾はいくらあるのか」とか「介入効果は限定的」「円買い介入は時間稼ぎ」といった介入の手法や是非を論じる議論と、日銀に「今後、圧力が強まる見通しだ」と利上げの前倒しを求めるトーンである。背景には、円安の引き金が、4月26日に植田和男・日銀総裁が発言した「今のところ基調的な物価上昇率への大きな影響はない」という言葉で、これが円安の容認と受け止められたことだっただけに、総裁発言への苛立ちもあったのだろう。
しかし、マスメディアのそうした催促は、為替介入や利上げの前倒しが「円安という重い病」に対する対処療法に過ぎないという視点を欠いている。
むしろ、今度こそ過去の彌縫策を反省することを求められている。国を挙げて、円安の主因とされる日米間の金利格差を引き起こしている、潜在成長力の低さの解消に取り組む覚悟を示し、早期に具体的な行動に移り、以って、円の先安期待を払しょくする必要があるはずなのである。
仕掛けた投機筋も、防衛に回った政府日銀も、取引量が少なく、価格が大きく変動しやすい、日本の大型連休を狙ったことは明らかだ。
第一幕は、冒頭でも触れたように、4月29日の月曜日だ。報道によると、アジアの外国為替市場で、1ドル=158円台前半で推移していた円は、日本時間の午前10時半すぎに一気に円安に振れ、一時、1990年4月に記録した対ドルの最安値160円35銭以来、実に34年ぶりに1ドル=160円24銭まで下げた。
ところが、午後1時過ぎになると一転して円高方向に向かい、同じく155円台まで戻した。これも報道ベースだが、この時間帯に、「5兆円規模の為替取引があった」と話す為替ディラーもいた。
さらに、午後3時頃、政府日銀を試すかのように、再び、同157円台まで円安方向に戻ったものの、午後4時過ぎには同154円台まで値上がりした。
客観的に見れば、定説通り、「昭和の日」の介入は効果が長続きしなかった。2日後の5月1日には、ニューヨーク外国為替市場で円相場が1ドル=157円台となったのである。この動きに対して、政府・日銀は一連の円安局面で2度目となる円買い・ドル売り介入に踏み切り、153円台まで押し戻した、とされている。
この2度目の介入は、タイミングもユニークだった。というのは、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、「次の政策金利の動きが引き上げになる可能性は低い」と、大幅な円安要因になりかねないと見られていた米国の利上げの可能性が薄いと強調。この言葉を受けて、円相場が1ドル=157円ちょうど付近まで円高方向に振れたタイミングを捉えて、円買い介入が入ったとされているからだ。売り叩かれた時でなく、小康状態を戻し戻した時に、余勢をかって円高に誘導しようと試みるような介入に踏み切ったと言えることから、こうしたパターンは珍しいというのである。
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これまでのところ、日銀公表の当座預金残高見通しから推定されているだけで、鈴木財務大臣や神田財務官らはノーコメントを押し通しており、政府日銀が介入の事実を公式に認めたわけではない。
が、それでも相次いだとされる為替介入について、マスメディアが介入の規模や効果を巡る論証などと並べて熱心に報じたのは、どちらかと言えば、冷ややかでネガティブな側面だった。
つまり、投下できる資金は有限であり、介入できる回数を制約するというポイントなどを報じるマスメディアが多かったのだ。それらの主張の根拠は、円安局面で行う円買い・ドル売り介入には、売却するドル資金が必要となる点にあった。
説明すると、円安阻止のために費やすことが可能な資金は、外為特会の外貨準備である。特会には今年3月末時点で約200兆円の外貨準備があるものの、実際に為替介入に投入できる金額はこのうちのせいぜい20%くらいとされていることを根拠に、今局面の2回の介入にすでに8兆円以上の資金を費やしたとすれば、「(外貨準備の)残りは、(32兆円弱であり、)実施できる介入回数は、あと8回ぐらい」といった調子の報道が、テレビのニュースや新聞紙上を賑わせた。ほとんどが、為替介入は、効果にも、資金にも限度があり、それほど多くを期待できないと示唆していた。
もう一つ目立ったのは、こうした議論の延長線上の問題として、急激な円安を受けて、日銀による追加利上げの前倒しが必要ではないのか、という催促記事だった。
過去数日、テレビの報道番組が「円安で追加利上げの前倒しはあるのか」といったテーマを掲げたり、新聞やネット媒体が「日銀はこれまでの緩和的な金融環境を当面維持する」という姿勢の修正を迫られそうになってきた」と伝えたり、「まず起きないとみられるリスクシナリオに過ぎなかった『「7月前倒し』説が現実味を帯びてきた」といったエコノミストのコメントなどを紹介する動きが活発だった。
そうした論調と比べると、筆者は、為替介入にも、利上げの前倒しにも決して否定的な立場ではない。いずれも、必要に迫られれば、果敢に実施すべきだと考えている。
それどころか、今回の1回目の為替介入については、絶妙のタイミングだったと評価しているほどだ。というのは、投機筋が東京市場休場で全体として取引が少ない中にあって、円を売り叩き易いと睨んで仕掛けてきたのならば、逆も真なりだ。薄商いで押し戻し易いと見て、このところ、慎重に介入のタイミングをうかがっていた政府日銀が動いたのはおおいに理解できる。
もちろん、為替介入に市場の流れを変えるほどの力はなく、ほとんどが一時的なけん制で終わるというのは、過去の教訓から得た経済の常識のひとつだ。今回も、その域はでなかった。しかし、「昭和の日」の一瞬の出来事とはいえ、為替介入で、5円前後も押し戻した勢いはなかなかのものだ。投機筋に、政府日銀の決意は示せたはずで、できることは最大限うまくやったと言ってもよいだろう。
さらに、利上げの前倒しについても、筆者は、その必要性が一段と高まってきたとみている。なぜならば、植田日銀は今年3月、マイナス金利政策の解除に踏み切り、17年ぶりの利上げに踏み切ったとはいえ、政策金利である無担保コール翌日物金利の誘導目標は0~0.1%程度と依然として極端に低い状態にあるからだ。
それゆえ、筆者は当初から金融政策の正常化を急ぐべきだと感じていたわけだが、ここへ来て、米国では、物価の沈静化の遅れから、利下げ転換が遅れる可能性が高まっている。つまり、日米間の金利格差の是正が従来の予測より遅れるとの見方が市場のコンセンサスになる中では、日銀が利上げを前倒ししないと、投機筋を勢い付かせかねないリスクが大きくなってきたと見なさざるを得ない。
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昨今のような急激な円安の深刻な影響は無視できない。こういうと必ず反論があるので補足しておくが、確かに、円安は円建てで輸出する企業や、円安で増える外国人観光客を取り込んでいる観光、宿泊、飲食、小売りなどの産業にとっては特需という一面を持っている。
しかし、食品や衣料品、エネルギーといった産業にとっては、原材料の輸入コストが急騰して経営の圧迫を免れない。特に、中小企業の多くは、原材料価格の高騰を製品価格に十分転嫁できないとされる。加えて、個人でも、外貨で多くを運用しているような特別な資産家でもない限り、大半の一般の個人にとって、円安は過酷な家計の圧迫要因でしかない。
ここで最も注意する必要があるのは、こうした円安の苦境を回避もしくは緩和するため、為替介入や利上げの前倒しが必要になり、実施に踏み切ったとしても、それらの対策が構造的な円安の流れを反転させるほどの力はないということだ。
一例を挙げれば、前倒しを含めて、日銀が利上げを2、3回程度進めたとしても、日本の政策金利の到達点は0.5%~0.75程度にとどまるだろうということだ。
国際通貨基金(IMF)は、今年(2024年)と来年(2025年)の日本の実質成長率をそれぞれ0.9%と1.0%程度とみている。こうした低い成長見通しがある以上、それを上回るような水準に政策金利を引き上げることは、金融政策の選択肢としてあり得ない。つまり、引き上げられる政策金利の幅には、自ずから、制約がある。
一方で、米国の政策金利は5.25~5.5%だ。米国では昨今、物価高がなかなか沈静化せず、今年6月にも行われると見られていた利下げが、今年秋か来年以降にズレ込むとの見方が強まる一方だ。
言い換えれば、日米間の金利格差の縮小は、当面、ほとんど期待できないということである。この結果、両国の金利格差に主因があるとされる円安は今後も当分の間、発生し易い環境が温存されることになる。
そこで打たなければならない手は、為替介入や日銀の利上げの前倒しといった対症療法的な対策だけでは決してなく、日米間の金利格差の背景にある両国の潜在成長力の格差を埋める抜本策がより重要になってくる。
歴代総理が時々の政権浮揚策として講じてきたような人気取りやバラマキに巨費を投じるような大型経済対策ではなく、バブル経済の崩壊以来放置されてきた抜本的な成長力の強化策こそが求められるのだ。
比較的最近のケースで言えば、前回、2022年10月の円安局面の直後である同月28日の臨時閣議で、岸田総理が決めた、物価高対策が主眼の総合経済対策などは最悪のパターンのひとつだった。
その裏付けとなる2022年度第2次補正予算案は、一般会計で29兆1000億円を計上した。安倍政権末期の2020年度から菅政権、岸田政権の3年間で、通算5度目となる破格の大型経済対策だった。一般会計に財政投融資などを入れた財政支出は39 兆円。さらに民間投資などを加えた事業規模は72兆円と膨らんだが、岸田総理を含めて、与党の政治家の多くが、この規模の大きいことだけを捉えて良いことだと言い、胸を張っていた点は情けない限りだった。
肝心の中身では、39兆円という財政支出の中で、最も大きいのが全体の3分の1近い「物価高・賃上げ対応」の12兆2000億円だったと言えば、思い出す読書も多いはずだ。これは、地球温暖化対策のために本来は節約を進めるべきだった電気代やガス代の負担を軽減するためなどに、巨費を投じるものだったからだ。しかも、企業向け料金を手厚く支援する内容だった。国費をバラまいて、節電や省エネを妨げるという愚策だったのである。当時、前述の国際機関IMFも、こうした政策を手厳しく批判していた。
ちなみに、あの時は、岸田政権にとって、旧統一教会問題を端緒に、目を覆うばかりだった支持率の低下に歯止めをかけることに、大型の経済対策が利用されたことは記憶に新しい。
そして、今回は、円安が起きにくい成長力の回復を主眼にすべき時にもかかわらず、またしても大型の経済対策が政治資金パーティ関連の裏金問題から目をそらすために利用されかねない状況だ。
二度とああしたことは許さない見識を国民も求められているのである。
紙幅も尽きたが、成長戦略として何をすべきか。老舗の民間シンクタンクである日本経済研究センターが3月に公表したエコノミストリポートがその点に詳しいので、簡単に紹介しておこう。
その最も実現可能性が高い標準シナリオによると、日本は現状のまま、抜本的な改革を実現できず、2031年度から5年間の実質成長率が「マイナス目前に陥る」という。
これに対して、生成AIの活用による生産性の向上や、⾼齢者の労働参加率向上による人手不足の解消、そして脱炭素を新たな収益分野として取り込むことなどにことごとく成功できれば、現状並みの実質成長率1%程度の「改革シナリオ」を維持できるというのである。
今回の歴史的円安は、改めて、我々が怠ってきた抜本改革の重要性を思い起こさせてくれたものと受け止めて、実効ある抜本策を講じることが重要なのである。
町田 徹(経済ジャーナリスト)
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